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君に捧ぐ魔法  作者: 秋茶
39/50

第39話 はじまりの確信

クラーケン討伐からアリが目覚めるまでの間に、神殿の調査はすでに完了していた。


アリが目覚めた翌日、アデルが報告に訪れた。

その場には、ルイ、ゼノ、アレクシス、ゼイガルも同席していた。


神殿には、これまでと同様にいくつかの痕跡が残されていた。

今回、クラーケンが召喚されたのは『アクア神殿』――【水】属性に属する高位神殿である。


祭壇には、タイタンの時と同様、魔法陣の跡が残っていた。

また、遺物が安置されていた場所には焦げ跡も確認された。

召喚に用いられたと見られる遺物は、半透明の硬質な殻のような物体だった。

鱗のような素材とは異なり、涎や粘液が硬化したものではないかと仮定されている。

この遺物はグランゼルドに持ち帰り、詳しく分析されることになった。


調査結果を受け、これまでの仮説も整理され、いくつかの対策が決定された。



【神殿調査と今後の対策】


・タイタンの出現からクラーケンの出現まで一年足らず。今後さらに間隔が短くなる恐れがあり、各国で厳戒態勢に入る。

・空・風・地・水の高位神殿が召喚に用いられていることから、残る【火】属性の高位神殿を各国で調査・警備する。

・万一、召喚の兆候が見られた場合、周辺住民を速やかに避難させる体制を整える。

・五属性混合魔法は古の魔物に対して有効と考えられるが、最終的に消滅させうるのは古の魔法のみ。

・混合魔法を扱える魔術士を各国で選抜し、戦闘体制を整備する。



アデルがここまでの報告を終えると、アリは頷き、口を開いた。


「ありがとう。報告、理解したわ。……でも、疑問は残る」


アリはゆっくりと言葉を継いだ。


「まず、タイタンとクラーケンの間は一年足らずだったけれど、フェンリルとタイタンの間には七年も空いていた。

本来なら、召喚する魔物が強大になればなるほど、術も複雑になるはずよね。

なのに、なぜ今回はこんなにも短期間だったのか……」


「なんか、試されてるみたいで気持ち悪いな……

“ほら、こんなに簡単に召喚できるんだぜ”みたいな」

ゼノが低くつぶやいた。


アレクシスも頷く。


「確かに。ここまでは準備だったんだってさ。で、“さぁ、これから本番だ!”ってノリに聞こえるよな」


その軽口に、場にいた全員がうすら寒い目を向けた。


「お、おい、なんでみんなそんな目で見るんだよ……」


アレクシスは小さく抗議したが、皆の本音は同じだった。

(不吉なんだけど……当たりそうで怖い)


アリはふと、ゼノの言葉を反芻する。


(簡単に召喚できる……?)


「……なにか、召喚を容易にする理由があるのかもしれないわ」


「遺物が揃って、あとは召喚するだけって段階になったとか?」

ゼノの推測に、皆が頷く。一理ある。


沈黙していたルイが、何かに気付いたようにぽつりと呟く。


「……高位神殿の多くには、結界が張られているはずだ。

本来なら、それを破らなければ召喚なんて不可能だ。

結界を破るには高位の魔法が必要なはず……

敵が古の魔法使いだから破れたのか、それとも結界自体が弱まっていたのか……」


その言葉に、アリはある記憶を思い出す。


幼い頃、初めて古の魔法を発動してしまった時――

膨大な魔力が解放され、王宮の結界に異変が生じた。

その後、ゼノがこう言っていた。


『あのとき、王宮の結界が破れたって、騒ぎになってたんだぜ』


「もしかして……観測所で膨大な魔力が検知されたのって、結界を破ったときの反応……?」


アリの呟きに、全員がハッとした。


「それは……ありえるな」


「古の魔法でなければ破れないほど強固な結界。

でも、それだけの魔力を使って結界を破ったあとに、さらに召喚までするなんて……

召喚者は、相当な魔力を持ってるってことになるわ」


点と点がつながっていくような感覚はあったが、まだ全体像は見えない。


「でもさ、観測所で魔力の反応があっても、魔物が出現するのは数日後だよな?

召喚ってそんなに日数かかるのか?」


ゼノが疑問を投げかける。


すると、アデルがぽつりとつぶやいた。


「……タイタンも、クラーケンも、出現したのは我々が神殿を調査した直後でしたよね」


その言葉に、全員が凍りついた。


“試されている”――ゼノの言葉が脳裏をよぎる。


「……まさか、待っていた……のか?」


ルイが言いたくない予感を、口にしてしまった。


アリの中で、何かが決定的につながった。


そして、確信してしまった。


(待ってる。そう……それだ……。――そして、“試されている”のは……私……だ)


古の魔法、皇帝暗殺、操られたグロザリア王、消えた金、操られた少年、次々現れる魔物、

そして、自分の体の違和感――


すべてが、目に見えない一本の線でつながっている気がしてならなかった。


導かれているような感覚。

操られているような不気味さに、アリの身体は小さく震えた。


その異変に、ルイが気づく。


「アリ……? どうしたの? 顔色が悪い……」


アリは、声を発することすらできなかった。

血の気が引いたその顔を見て、ルイはすぐに皆へ指示を出した。


「すまない。アリを休ませたい。……退室してくれるか」


一同は黙って頷き、その場をあとにした。


✦ ✦ ✦


皆が退室し、その場にはアリとルイだけが残っていた。


「アリ……まだ体調、戻らない?」


アリは目覚めた後も「もう少し休む」と言って半日ほど休息を取っていた。

ルイはまだ体調が万全でないのだと思っていたが――様子がどこか、おかしい。


血の気の引いた顔、わずかに震える肩。

それは、ただの体調不良ではなく……**“恐怖”**だ。


話し合いの中で、アリは何かに気づいた。

それが原因だと、ルイには察しがついていた。


「……“試されている”のは、たぶん……私……」

アリが、ぽつりとつぶやく。


「アストリアンでの出来事も、消えた金も、魔物も――

全部、つながってる気がするの……」


ルイは、アリがグランゼルドに来る前に何があったのか、すべてを知っているわけではない。

けれど、アリの中で何かが確実に結びついたことは、見て取れた。


次々と起きる異変がすべて自分に向けられているとしたら。

その中心に自分がいるとしたら。

――それは、想像するだけでも恐ろしいことだった。


アリの感じている恐怖は、きっと言葉では言い尽くせない。


ルイは、そんなアリを守るつもりでいる。

どんな危機が待ち受けていようと、一緒に立ち向かう覚悟があった。


だから、そっとアリを抱きしめて、優しくささやいた。


「……大丈夫。俺がついてる。君を、守るから」


アリは何も言わずに、その胸に身を預けた。


確信してしまった以上、もう完全な安心などできはしない。

これから先、さらなる地獄に巻き込まれる――それを否定する材料は、もう何もない。


けれど、そんな恐怖の中で、ルイの言葉だけが、

ほんの少しだけアリの心を救っていた。


“ルイはきっと、嘘をつかない”

それを信じられるからこそ、

「俺がついてる」――その言葉が、アリにとっては何よりの支えだった。


「……ありがとう、ルイ。

もう、大丈夫」


そう言って顔を上げると、確かに顔色は戻っていた。

ルイは少し安心したように微笑む。


「本当? ……ならよかった。あ、そうだ。魔力のほうは?」


その言葉で、アリはようやく思い出す。

さっきまでの恐怖で、魔力の状態など気にも留めていなかった。


そっと目を閉じて、体内の魔力の流れを探る。


(……あ、戻ってきてるかも)


「うん、だいぶ戻ってきてるみたい」


アリの表情に、ようやく安堵が浮かぶ。

魔力が戻らなかったらどうしようかと思っていた。

けれど、ちゃんと戻ってきている――それだけでも救いだった。


ルイも、微笑みながら頷き、やわらかく言った。


「じゃあ、明日にでも――グランゼルドへ帰ろう」


✦ ✦ ✦


――翌日


帰還するグランゼルド一行を見送ろうと、アレクシスとゼイガルが王宮前に駆けつけていた。


アレクシスはアリのもとへ歩み寄り、少し照れくさそうに言った。


「アリア、ゆっくり話す暇もなかったけどよ……

もう少しゆっくりしてけよ」


その言葉には、もっと一緒にいたいという子どものような想いがにじんでいて、アリは思わず笑った。


それを見ていたゼイガルも、肩を揺らしてニヤニヤしていた。


「ありがとう、アレクシス皇子。

でも、ルイと早く帰らなきゃ。やることがたくさんあるの」


そう答えると、アレクシスは珍しく神妙な顔をしたかと思えば、

ゆっくりとアリを引き寄せ――そっと抱きしめた。


その大きな体格と、普段の豪胆さからは想像もできないほどの、やさしい抱きしめ方。

まるで小さな子犬を抱くような、慎重で繊細な動作だった。


ゼノもアデルも、ゼイガルまでもが(うわっ)と思いつつ、顔を赤らめていた。


そしてアレクシスは、今まで見たことのない真剣な表情でアリと向き合い、言った。


「アリア……ここに残れよ。俺と一緒にカルディナスで……」


そこまで言ったところで、アリはぐいっとアレクシスから引き離された。


「そこまでだ、アレクシス皇子」


ルイの声だった。


(……怒ってる)

その場にいた全員が、ルイの怒気を敏感に感じ取っていた。


「なんだよ、ルイ陛下! 邪魔すんなよ!」


そう言って、再びアリを引き寄せようとしたアレクシスを、ルイがぴしゃりと阻んだ。


「いいかげんにしろ。本気で抜くぞ」


剣に手をかけようとするルイを、今度はアリが止めた。


「うわぁああ! ルイ、まって、まって! アレクシス皇子のは、冗談だから!!」


「いやいやいや、冗談じゃねぇから!!!」

アレクシスは完全に心外といった顔で、ショックを受けていた。


「えっ? 冗談でしょ?」

アリはへっ?と真顔で応えた。


アレクシスは本気だった。

だがアリには、それが冗談100%で伝わっていたことに、愕然としていた。


ゼイガルは(まあ当然でしょうね……)と、内心で笑いを堪えていた。


そして追い打ちのように、ルイが言い放つ。


「冗談でも、本気でも――アリに触れるな。

アリは、俺の妃になる人だ」


その一言に、アリは驚きのあまり変な笑い声が漏れてしまった。


「ルイまで……!からかって!」


「からかってない。本気だよ」


その目は真剣そのものだった。

アレクシスへのけん制、そしてアリへの明確な意思表示。


アリは、その視線を見て、ようやく気づいた。


(……本気だ)


アレクシスは、アリに想いが伝わっていなかったことの方が、何よりも堪えたらしく、肩を落としていた。


一方のルイは、正々堂々とけん制できたことで、どこか清々しい顔をしている。


「帰ろう」


そう言って、ルイは颯爽と馬に乗った。


「アレクシス皇子、いろいろ世話になった! では、また!」


手綱を引き、一行は帰還の途についた。


残されたアレクシスの肩を、ゼイガルがぽんと優しく叩く。


「……おい、優しくすんなよ!!!」


アレクシスの悲痛な声が、王宮前にむなしく響いていた。


✦ ✦ ✦

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