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君に捧ぐ魔法  作者: 秋茶
36/50

第36話 目覚めの時

水属性、かつ最も海に近い高位神殿――

その条件に合致する神殿は三か所に絞られ、アリたちは調査にあたることとなった。


それ以外の神殿は海からやや離れていたため、優先度を下げ、両国の調査団を分割して対応させることとした。


上位三か所の神殿は比較的近接しており、万が一異変があれば魔法弾により即座に連絡を取り合う体制が敷かれていた。


アリとゼノ、ルイとアデル、そしてアレクシスとゼイガルの三組に分かれ、それぞれ神殿へと向かった。


✦ ✦ ✦


――カルディナス 南南東

王都から南南東、ケネル海から少し内陸に入った場所に、アリとゼノが向かった神殿はあった。


水属性の高位神殿のひとつで、今回の調査対象の中でも、海に近い三箇所のうちの一つ――

だが、アリは到着した瞬間に、異常がないことを直感で感じ取っていた。


「……静かね。普通すぎるわ」

神殿の周囲には人の気配もなく、水の流れは穏やかで、空気に歪みもない。


ゼノが魔力探知用の魔導具を展開しながら応じた。

「魔力濃度、基準以下。祭壇も異変なし……やっぱり、ここは“当たり”じゃなさそうだな」


アリは小さくうなずいた。

「召喚の痕跡も、結界の破れもない。……ここには何もないわね」


小さくため息をつき、静かに神殿を振り返る。

重厚な石造りの外壁が海風に晒されながら、まるで“何も起きていない”ことを無言で証明しているかのようだった。


「残るはあと二つ……急ごう。ゼノ」


アリの横顔に、わずかに焦燥が滲む。

その視線の先――遥か彼方の海で、何かが蠢いている気がしてならなかった。


✦ ✦ ✦


――カルディナス 西南

海沿いの断崖に建つその神殿は、白い岩肌と青い海に抱かれるように佇んでいた。

ルイとアデル、そして騎士団の選抜隊が到着したのは、日が傾き始めた頃だった。


「……静かですね」

アデルが周囲に目を配りながら、低く呟く。


「結界の痕跡も、魔力の揺らぎも感じられないな」

ルイは海風を受けながら、神殿正面の階段に目を向けた。

古びた石の段には苔が生い茂り、参拝者の足跡らしきものもない。


「長く放置された神殿でしょうか……。信仰も薄そうですし……」


ルイも静かに頷いた。

「……そうだな。信仰が薄い場は霊的な干渉も少ない。召喚には向かないな」


ルイはゆっくりと神殿に足を踏み入れ、中央祭壇まで進む。

漂う微かな冷気――水属性の残滓ではあったが、それは“力の余韻”ではなく、“時間に忘れ去られた気配”だった。


「……水属性の神殿ではあるが……使われた形跡はないな」


「外れですね……」

アデルの言葉に、騎士たちも安堵と落胆の入り混じった表情で肩を落とした。


空を見上げたルイの視線の先――遠くの雲が、かすかに鈍く揺れたような気がした。


「……急ごう。残る神殿が、的中である可能性は高い」


その一言に、空気が引き締まる。

一行は静かに神殿を後にした。


✦ ✦ ✦


――カルディナス 南南西

海沿いの湿原を抜けた先に、その神殿はひっそりと佇んでいた。

周囲には霧のような靄が漂い、空気は重たく、肌にまとわりつくような違和感を孕んでいた。


「……ゼイガル。感じるか?」

神殿から少し距離を取った位置で馬を降りたアレクシスが、眉をひそめて呟く。


「はい。魔力の濃度が……異常に高まっています。まるで、大地が唸っているような……」


遠くに見える神殿の輪郭が、ゆらりと歪んだ。

気のせいではない。魔力の渦が、あたりを覆い始めている。


「間違いない……絶対、ここだ」

直感が告げていた。

これまでの神殿とは比べ物にならない、得体の知れない圧。

何かが、目覚めようとしている。――もう、時間がない。


「急ぐぞ、ゼイガル!」


部隊は神殿前まで駆け抜けた。

その門に立った瞬間、彼らの全身に戦慄が走る。


全身の肌が粟立ち、背筋を冷たいものが駆け抜ける――

この奥に“何か”がいる。


「ゼイガル、魔法弾だ! 即時の救援が必要だ!」


「はっ!」


ゼイガルが高く手を掲げ、魔力を込めた魔法弾を天に放つ。

淡赤色の閃光が尾を引きながら、真っすぐに空へ――

それは、遠く離れた者にすら明らかに映る緊急信号だった。


「頼む……気づいてくれ」


アレクシスは空を見上げ、唇を引き結ぶ。

眼前の神殿は、不気味なほど静かだった。

だがその奥では、“災厄”が、今にもその姿を現そうとしていた。


✦ ✦ ✦


――同時刻、アリとゼノは南南西の方角に淡赤色の煙を確認した。


「姫、南南西の方角! 緊急信号だ!」

「アレクシス皇子たちの方ね……見つけたんだわ! ゼノ、急ぐわよ!」


アリとゼノは馬の手綱を握り直し、速度を上げた。


✦ ✦ ✦


――同時刻、ルイとアデルもその信号を見上げていた。


「ルイ様、南南西の方角です!」

「急ぐぞ!」


(どうか、間に合ってくれ――!)


ルイは強く手綱を引き、一行は南南西の神殿へと駆けた。


✦ ✦ ✦


――南南西 神殿


「アレクシス様、この魔力……中に入るのは危険です!」


「いや、まだ魔物が出現した気配はねぇ。

おそらく召喚中だ! 急げば間に合うかもしれねぇ!!」


部下の制止を振り切り、アレクシスは神殿内部へと駆けた。

中に進むにつれ、魔力の密度は増し、肌を焼くような熱が漂う。


(なんて魔力だ……)


やがてたどり着いた神殿の広間。

中央の祭壇には、禍々しい魔力を帯びた“何か”が鎮座していた。

魔法陣は赤黒く軋み、脈打つように光を放っている。


アレクシスもゼイガルも悟った。

これはもう――召喚の儀式は終わっている。

あとは魔物が現れるのを待つだけだ。


「出現がまだなら……間に合う!」


アレクシスは魔力を全開放し、詠唱を始めようとした――そのとき。


ゴゴゴゴゴゴゴ――!


大地が揺れた。

神殿全体がギシギシときしみ、激しい縦揺れが襲う。


「な、なんだ!?」


数十秒の揺れの後、ようやく地震は収まった。

祭壇に目をやると、先ほどまで禍々しい魔力を放っていた“何か”が静かになっていた。

魔法陣も、脈動を失っていた。


(これは……もうすでに……!!)

その言葉を口には出さず、アレクシスとゼイガルは互いに絶望を読み取った。


「どこだ……そうだ、海……ケネル海……行くぞ!」


アレクシスの指示と同時に、一行は神殿を飛び出した。


外に出た瞬間――

辺りは異様な魔力に包まれていた。

ケネル海の方角から、圧倒的な気配が漂ってくる。


神殿上空から、海の上空にかけて暗雲が広がり、不気味な影を落としていた。


アレクシスたちが断崖の先まで駆けると――

そこには、信じられない光景が広がっていた。


✦ ✦ ✦

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