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君に捧ぐ魔法  作者: 秋茶
33/50

第33話 操られた幼き刃

茶屋を後にしたアリとノアは、まず魔導具屋へ向かった。


この店は、日用品から高額な魔導具まで幅広く揃うと評判の店だ。


しかしショーケースを眺めると、小型の魔導灯や結界札、護符、初級者向けの装備品といった、以前は手頃な価格で売られていたはずの品々が、軒並み高額で販売されていた。


さらに、魔導石や杖といった中級〜上級者向けの品は値が上がっているうえ、上級魔導士が使うような高等魔導具はほとんど品切れの状態だ。


アリが店員に声をかけると、少し呆れたような口調で答えてくれた。


「上級魔導具をごっそり買い占めてった奴がいてな。まぁ、金はちゃんともらったんだが……そのあとから高級素材がさっぱり入ってこなくてよ。素材屋の話じゃ、俺ら魔導具屋に卸す前に、横からまとめて買ってくやつがいるらしいんだ。素材屋にしてみりゃ、高値で売れるなら文句も言えねぇわな。でもこっちは品が回らなくなって大迷惑よ」


少し肩をすくめてから続けた。


「しかも最近じゃ、その買い手が軍じゃねぇかって噂が立ってる。あまりにも規模がでかくてな」


聞けば、そんな状態がもう半年ほど続いているという。


武器屋も同様で、質のいい武器や上級装備は片っ端から買い占められていた。


武器屋にいた鍛冶職人は言う。


「腕のいい職人連中、最近は『うまい仕事がある』っつって、どっかに出張してばっかだよ」


最後に向かったのは、魔導士紹介所だった。


カウンターの前には受付待ちの人々が列をなし、掲示板には無情にも『魔導士 派遣不可』の文字が貼られている。


アリも列に加わり、しばらくして順番が回ってきた。


「申し訳ございません。現在、魔導士のご案内は停止しております……」


受付の女性は恐縮したように謝ってきた。


「いつから再開されそうですか?」


「それが……こちらに登録していた魔導士のほとんどが、突如として登録を解除してしまいまして。いま、新規募集をかけている状況です」


それを聞いた隣の客がぽつりと口を開く。


「なんでも、うまい話があるらしくてさ。魔導士たちはそっちに流れちまったらしい」


「高額の仕事って話だよ。国や軍の関係者が動いてるんじゃ、って噂まで出てる」


アリは心の中で「また、うまい話か」とつぶやいた。


買い占め、職人の流出、魔導士の消失──それらを動かすには、莫大な金が必要だ。

きっと、あの“消えた資金”が関わっている。


アリの「気になること」とは、まさにこれだった。

あれだけの巨額の資金が、ただ蓄えられているとは思えない。

どこかで使われ、何かが動いている──そう直感していた。


そして今、少しずつ形を成し始めた断片の中で、最悪の事態が脳裏をよぎる。

(誰かが、反乱を起こそうとしている……目的は、王位の奪取……?)

(――まさか、あの人?)


疑念は、まだ確信には至っていない。

だが、それが現実となれば、取り返しのつかない事態になりかねない。


そう考えながら、アリは商店の並ぶ通りを歩いていた。


✦ ✦ ✦


そのとき、少し離れた路地から、怒号と悲鳴が響いた。


「ギャー!やめろ!離せー!!」

「黙れ、このガキ!」


数人のガラの悪い男たちが、ひとりの少年を縛り上げようとしている。


少年はボロボロの服を着て、擦り傷や殴られたような痕もある。盗みでも働いたのだろうか?叱られているようにも見える。


しかし、その少年はアリと目が合った瞬間、必死に手を伸ばして訴えてきた。


「助けて!!」


アリは目線を感じ取ると、すぐさま駆け寄った。


男が少年に手をあげようとしたその瞬間、アリは素早く腕を掴み制止する。


「やめなさい」


「なんだてめぇは」

いかにも典型的な悪党の台詞に、アリは内心で少し呆れつつも冷静に言葉を重ねた。


「やめなさいって言ってる。この子は何をしたの?」


力を込めたまま、目を逸らさずに問いかける。


男はその力に抵抗できず、すぐに怯んだ様子で答えた。


「こいつが、店のもん盗み食いしやがったんだよ」


予想通りの理由だった。


男が少年の腕を乱暴に離すと、少年はその場に尻もちをつく。


「君、ひとりなの? お父さんかお母さんは?」


アリが尋ねると、少年は小さく「いない」と答えた。


アリは男たちに向き直る。


「申し訳ないわ。弁償するから、今回は見逃してくれない?この子には、きちんと叱っておくから」


いくらかの金を渡すと、男たちはぶつぶつ文句を言いながらも立ち去った。


「次は容赦しねぇからな!」と、捨て台詞を残して。


男たちの姿が喧騒に紛れて消えると、アリは少年の目線に合わせてしゃがみ込んだ。


「さて、君。お腹が空いてたのかな?……お金は無さそうだけど、盗みはだめよ」


そう優しく語りかけたときだった。


少年の目がかっと見開かれ、いつの間にか手にしていた短剣を、アリの胸元へと突き立てた。


 ――!!


アリは完全に無防備だった。


だが、反射的に魔装を展開し、さらに傍にいたノアがアリの体をわずかに後ろへ引き寄せたことで、急所はなんとか逸れた。


(……っ!)


剣はアリの左胸、鎖骨と脇の間に深く刺さっていた。


血が地面に滴り落ちていく。


「アリア様!!」


ノアがすぐに庇うように前に出た。


少年は、剣を落としたままガタガタと震えている。


ノアが顔を覗き込むと、瞳は虚ろで、焦点が合っていない。


「……何か、術がかけられているかも」


ノアの言葉にうなずきながら、アリは傷を押さえつつ、少年の精神の揺らぎを視ようとした。


だがその瞬間、少年は意識を失い、倒れてしまった。


そして、彼の指にはめてあった指輪から、煙のように薄い魔力が立ち上り、空気に溶けて消えていった。


ノアが眉をひそめながら言う。


「……嫌な感じが、消えましたね」


そして、少年の肩をゆすると、少年がうっすらと目を覚ました。


「……ここ、どこ? なんで俺、ここに……?」


少年の目がノアを見て、次いでアリへと向けられる。


「うわ……お姉さん、血がすごい出てるよ……!」


完全に怯えた様子だ。先ほどの凶気は消え、悪意の気配は一切ない。


ノアは少年を近くの人に預け、アリの治療のため、憲兵の詰所へと急いだ。


アリを見て驚いた憲兵たちは慌てて街一番の侍医を呼び、応急処置の後、王宮で静養するよう指示を出す。


その間、ノアは少年から話を聞いてくれた。


少年は、盗みをしたことすら覚えておらず、「うまい仕事がある」と言われ、男について行ったことだけは覚えていたという。


アリは、またしても「うまい話」か……とつぶやいた。


そして──操られた少年。

それは、かつてグロザリア国王が見せた異常な状態と酷似していた。

アリは、その記憶を静かに呼び起こす。


やがて、ひとつの可能性に至り、背筋が凍りつく。

(グロザリア王を裏で操っていた人物と、“消えた金”は関係がある……?)


✦ ✦ ✦


王宮に戻ったアリを待っていたのは、青ざめたルイと、同じく顔色を失った侍医ルドガーだった。

すでに先に報告が届いていたらしい。アリはすぐさま医務室に担ぎ込まれた。


「アリ、大丈夫か!」

ベッドに横たわるアリの手を握り、ルイは動揺を隠せない様子で問いかける。


「う、うん……。大丈夫。心配かけて、ごめんなさい」

どうやら刺された件は、すでに把握しているようだった。


ルドガーはルイの剣幕に気圧されつつも、手早く治療を進めていく。

「陛下、治療を始めますので、いったんご退室を」


ルイは頷き、「またあとで来る」とノアを伴い、その場を後にした。


傷を確認したルドガーは、すぐに診断を下す。

「うむ、幸い急所は外れております。傷もそれほど深くはありません」


一瞬、言葉を切ったのち、表情を少し曇らせて続ける。

「アリア様。治癒魔法が効きにくいと感じられたことは、これまでにございますか?」


アリは思い出す。以前、ユイナに言われたことがあった。

「あっ、あります。治癒の得意な友人がいるんですが、治りが遅いって言われたことがあって……」


「さようでございますか」

ルドガーは頷きつつ、慎重に魔力を流し続ける。

「私も治癒魔法をかけておりますが、確かに反応が鈍いようです。

ただ、出血はほぼ止まりつつあります。このまま安静にしていれば、じきに塞がるでしょう。

どうか、くれぐれもご無理はなさらぬように」


――そのころ、医務室の外では、ルイがノアから事の詳細を聞いていた。


アリの反応がわずかに遅れていたら、あるいはノアが庇わなければ──

考えるだけで、ゾッとする。


明らかにアリを狙った犯行。

敵は“消えた金”と関わりを持ちつつ、アリの存在を脅威と見なしたということだ。


アリが傷つけられた事実。

そして、敵がどこかで着々と武装を進めているかもしれないという予感に、

ルイの胸中には怒りが湧き上がった。


「……許さない。必ず、阻止する」

強く、拳を握りしめた。


✦ ✦ ✦

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