第31話 闇に潜む影
――グランゼルド 南部辺境駐屯地
「定期調査」で派遣されたゼノとノアがこの地に到着した。
「ゼノさん、涼しいですねー。少し肌寒いくらいですー」
とノアがゼノに話しかける。
「そうだな、グランゼルドは中央でも涼しいけど、
ここの辺りはもっと涼しいな」
グランゼルド南部は標高の高い丘陵地帯にあたり、
年間を通して涼しく、夏でもひんやりした空気をまとう地だ。
到着するなり、駐屯地の指揮官が出迎えた。
「ゼノ殿、ノア殿、陛下より通達をいただいています。
お越しをお待ちしておりました」
ゼノとノアも一礼し、さっそく内部の案内を受ける。
訓練施設をはじめ、兵舎、厩舎、補給物資保管庫、武器庫など、
ざっと案内を受けたのち、ゼノが言う。
「案内ありがとさん。ちょっとゆっくり見て回るから、
案内はここまでで大丈夫だぜ」
この地の指揮官に対してもおかまいなしにため口をきいていく。
「ゼノさん、堂々としててすごい」などとノアも感心している。
指揮官が「では」といって立ち去ると、
ゼノは「さて」と言いながら、ひとつずつ施設を見て回った。
ゼノは、アストリアンにいた際に、アリとともに各地を視察しており、
どこにどれだけ費用が掛かりそうかの見積もりや査定ができる。
だから、アリはゼノをここへ送ったのだ。
事前に預かってきた収支内訳の項目を照らし合わせながら見ていく。
この駐屯地に二十近くの施設があるが、追加予算の請求対象となったのは十数箇所の施設。
どの棟にどれだけ改修予算が割り振られたのか、記載がある。
上から順に実態を調べていく。
兵舎・A棟、兵舎・B棟、指揮本部棟、魔導訓練棟……
そして、最後から二番目に記載されている建物。
「……えっと、魔力観測塔か、これはどの建物だ……?」
駐屯地内を探すが、観測塔らしき建物が見つからない。
(あれ、無いぞ?? 記載ミスか?)
そう思ったゼノは、先ほどの指揮官に話を聞きに行った。
「すんません、魔力観測塔ってどこ?」
すると、指揮官は首を傾けながら答えた。
「観測塔……ですか? この駐屯地には無いですよ?……」
ゼノは、目を見開いた。と同時に、瞬時におかしいことを察知した。
そして、鋭く目を細めると、
「ここの、責任者は? この試算表に承認印押した奴、今いる?」
ゼノのただならぬ雰囲気を察し、指揮官が「すぐに呼びに行きます」と
部屋を出ていった。
――そして数分後に、駆け込みながら戻ってきた。
「ゼノ殿! 申し訳ない、責任者のバルネス殿が不在でして……
いつもこの時間であれば、執務室にいるのですが。
今朝から誰も見ていないとのことでして……」
ゼノは嫌な予感がした。
「指揮官殿、そのバルネス? 殿の住まいは?
他に行きそうなところは?」
指揮官は迷わず頷いた。
「すぐにこちらで捜索の手配を」
南部駐屯地補給責任者 バルネス・グラフト。
奏上に添付された試算表への承認印、そして予算執行報告書に受領した際の受領印を押した人物だ。
その者は調査当日、突然姿を消し――翌朝、遺体となって発見された。
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バルネスの遺体は、駐屯地から西に数キロ離れた山道沿いで発見された。
通り魔か、盗賊などによる襲撃かと思われたが、心臓を一突きされていたらしい。
これを発見したのは、遺体発見現場からさらに西に進んだところにある宿屋の店主だ。
店主の話によると、バルネスとは顔見知りだったという。
その宿屋は旅人や兵も立ち寄れる宿兼食事処として有名であり、バルネスがよく会食などで使用していたらしい。
その日も宿屋に向かう途中だったのでは、と店主は話しているという。
駐屯地に遺体が運び込まれたため、ゼノとノアは検分に立ち会った。
遺体を確認すると、確かに心臓を貫かれており、即死だったようだ。
「これは、相当な手練れにやられたな。迷いなく一突きだ。」
と、剣による一突きと考察した。
ノアは遺体をあまり見たくなかったが、任務の一環と決意し、見ることにした。
「これは…………」
「お? ノアどうかしたか?」とゼノが声をかける。
「あ、いえ、この人怒ってる風に見えますー」
「怒ってる?」
「はい、なんとなくなんですけど…死ぬ直前に怒ってたような気がします」
遺体の表情や状況から、そんな情報はどこからも得られないが、
ノアは何かを感じ取ったのだろうか。
ゼノは、アリのような魔力検知の魔法も知っているし、
あながち間違いではない気がして、
「だとしたら、顔見知りにやられた可能性あるよな」と返した。
ノアもなぜそんな気がするのかあまりよくわかってないようだが、
その可能性に頷いた。
「承認印と受領印を押した人物が死んだってことは、口封じだろうな。
魔力観測塔が無いだけじゃねぇ、なにかもっとあるぞ」
そう言って、手持ちの資料と指揮官から軍の収支記録を預かり、調査を開始した。
現地で調査できることを終え、グランゼルドへ帰還することとなった。
✦ ✦ ✦
グランゼルド王宮 政務室
調査を終え、帰還したゼノ、ノアからの報告を受けるべく、
ルイ、アリ、エリオットが集まっていた。
「ゼノ、ノア、調査ご苦労だった。
バルネス・グラフトが死亡したとは聞いている。
詳細を報告してくれ」
ルイが報告を促す。
ゼノは頷きながら、報告を始めた。
「この追加予算の試算表に記載のある魔導観測塔ってやつは
存在しない建物だ。あとは、資材調達の項目な。
『特殊装備品』『魔道兵器』など明らかに過剰なものを購入したと収支報告に
記載があるが、現地にそんな物おいてなかった。
後は、細かいんだが、新兵入隊および訓練の費用も、実際の人数以上の予算が
組まれているし、存在する施設の改修っても、こんなに掛からないだろうって印象だ。
状況から見るに、追加として請求してきたうちの5億ルクト程度は使途不明って
言えるだろ」
ゼノはざっとの見積もりの額を言ったが、アリは、だいたい正しいだろうと
踏んだ。
エリオットも指示を受けていた収支の突合せを行った結果を報告した。
「私が調べていた国防費の今年度予算と、各駐屯地の支出内訳についてですが、
やはり、南方駐屯地の支出に、不明な記載がありました。
“寄付金支出”の項目に“帝国南境復興支援組合”への復興支援費として寄付した記録があるのですが、
このような団体はどこにも存在していませんでした」
いったん、言葉を区切ったが、続けた。
「いえ、正確には、もともとはちゃんと存在していた団体ですが、
いつの間にか、団体は解散していたようなのです。
この団体の代表は六年前に亡くなっていますが、中央省に申し出がなく、誰も気づいていなかったと。
いつ解散したのかもわからぬまま、毎年、予算が配られていたようです」
ルイは、会計の杜撰さに頭を抱えたが、これらの不正会計はすべて繋がっている、
そう思ったとたん、背筋が凍る緊張感が襲った。
そして、アリも言葉をはさんだ。
「責任者バルネス・グラフトは、ちょうど六年前に南部駐屯地の責任者に
着任したと記録があったわ。
ということは、六年前から、不正会計が行われていた可能性が高いわ。
そして、その本人も殺害されたということは……
口封じにあったとみて、間違いなさそうね」
一同が頷く。
そしてルイが、
「背後にもっと大きな……権力者がいるな」
考えたくもないが、ゼノとノアを調査に派遣したとたん、これだ。
情報が筒抜けになっていることも踏まえ、背後にいる人間は、
王宮内にいる……おそらく、それなりの権力を持つ、重臣か皇族だろうと確認した。
そして、ルイは、次の指示を出した。
「消えた金の行方を追ってくれ。そして、身辺を監視してほしい人がいる――」
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