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君に捧ぐ魔法  作者: 秋茶
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第25話 語られぬ真実

アリは古の魔物タイタンを討伐した直後から、丸一日眠り続けていた。


その場に崩れるように倒れたことで周囲は大いに心配したが、

近づいて確認すると、どうやら穏やかな寝息を立てていたらしい。


グランゼルドから夜通し馬を走らせてきた上に、強力な魔法を行使したのだ。

疲労によるものだと、周囲は納得した。


アリが眠っている間にも、神殿の調査は進められていた。


タイタンが出現した神殿は『テラ神殿』と呼ばれ、【地】属性に属する高位の神殿である。


祭壇には、フェンリルのときと同じように魔法陣の痕跡がわずかに残され、

遺物が安置されていた場所には焦げ跡が見つかった。

ただし今回は、遺物の残留物が前回よりも多く残されていた。


それは硬質で、タイタンの外殻と類似した性質を持つことから、

調査団は重要な手がかりと見て、遺物の破片をグランゼルドに持ち帰り、詳しく分析することとなった。


また、シリウスとセリオスらが遭遇した謎の人物が、

召喚の張本人である可能性が高いと判断された。


顔立ちや年齢などの詳細は不明だが、単独で行動していたことから、

少なくとも組織的な動きではないと見なされた。


「突然現れて“取るに足らない”“闇が深い”と……その男が手をかざしたとたん、意識が遠のいて……」

と語るセリオスに対し、

シリウスも「私も気づいた時には倒れていた」と証言した。


“闇が深い”とは一体どういう意味なのか。

疑問は多く挙がったが、詳細は不明のまま、帰還後に再度検討されることとなった。


✦ ✦ ✦


――数日後


アデル率いる調査団は、夜通しの移動とアリの体調を考慮し、比較的緩やかな行程で帰還することとなった。


帰路の馬車の中で、アデルから調査結果の概要を聞かされたアリは、いくつかの疑問を口にした。


「なぜ謎の人物は神殿にいたのか? 召喚の最中だったのかしら。

それに、なぜ今回に限って遺物が大量に残っていたの?

“闇が深い”という言葉……

そして何より、なぜあの男は誰一人殺さなかったのか……」


ゼノが口を挟む。


「殺さなかったってことは、殺せない理由があったってことかもしれねぇな」


アリは頷く。


「“取るに足らない”と言ったのよね。それなら、容易に殺せたはず。

でも殺さなかった……。それに“闇が深い”って、人に向けた言葉よね?

もしかして、誰かを見て、それを理由に見逃したのなら……」


(“闇が深いから、殺さなかった”……?)


意味がわからないが、そこに何かしらの意図がある気がして、しばし黙考する。


だが、今この場で答えが出ることではないと判断し、アリはひとまずグランゼルドに戻ってから再考することにした。


そして、自身の身体の状態も気にかかった。


夜通しの移動による疲労は確かに大きかったが、魔法を使用するたびに意識を失うような体調は、他の者には見られない。


アデルやゼノも同じ状況だったはずなのに、彼らは倒れていない。

討伐後すぐに神殿調査に入り、ひと段落ついてから各自休息を取ったと聞いていた。


(……私だけ、倒れるなんて。やっぱり、どこかおかしいのかもしれない)


アリは密かに決意する。


(戻ったら、侍医に診てもらおう)


✦ ✦ ✦


――グランゼルド王宮・謁見の間


アリと調査団が帰還するとすぐに、緊急会議が開かれた。

目的は、古の魔物に関する詳細な報告と、得られた情報の共有である。


ルイの前で、アデルが調査結果を淡々と報告する。


謎の人物については、シリウスとセリオス本人の口から再度証言が行われた。

その内容は、アデルが事前に聴取したものとほぼ一致していた。


一通りの報告を終えたあと、ルイが静かに言葉を発した。


「皆、危険な任務ご苦労だった。

騎士数名が命を落としたことは遺憾ではあるが、被害は最小限に抑えられた。

また、セレフィア王国との協力関係も良好に築いてくれたこと、感謝する」


その後、今後の警戒態勢についての方針を協議し、その場は解散となった。


✦ ✦ ✦


会議のあと、王宮の廊下を歩いていたシリウスの背に声がかかった。


「シリウス様!」


声をかけたのは、セリオスだった。


シリウスがゆっくり振り返ると、セリオスはまっすぐに彼を見つめた。


「なぜ、話さなかったのですか」


「……何のことだ?」


「神殿での出来事です。あの男と、何か話したのでは?」


セリオスは真剣な眼差しで迫った。


「俺は、気を失う前にシリウス様がまだ立っているのを見たんです」


シリウスは一瞬黙し――やがて静かに答える。


「見間違いだよ。私もすぐに倒された。それだけだ」


その言葉には、どこか冷たいものがあった。


セリオスはそれ以上、何も言えなかった。


そしてシリウスは、そのまま廊下の奥へと歩き去っていった。

その背に残ったのは、ただ静かな、闇だけだった――。


✦ ✦ ✦


会議の後、ルイ、アリ、アデルが集まり、今後の調査方針について詳細を詰めていた。


「そういえば、アリ、また倒れたと聞いたけど、大丈夫なのか?」

会話の区切りでルイが心配そうにアリに尋ねた。


「うん、不眠で駆けたから討伐後に寝落ちしてたみたいで。

みんなに心配かけてしまって申し訳ないわ。」


「無理もありません。あんな魔力をお使いになって…」


そう、アデルは古の魔法を目にしたのは、今回はが初めてだ。

五大魔法を全属性解放したときの魔力とは異なる系統だが、

くらべものにならない底知れなさを感じていたのだ。


「一度、侍医に診てもうといいよ」

ルイのその申し出を、アリは素直に受けとった。


「ありがとう、診てもらってくるわ」


そして、その場を解散しようと3人が動き出そうとした瞬間

扉が荒々しく叩かれた。


「失礼いたします!」


駆け込んできたのは近衛の一人。顔色は青く、息を荒げていた。


「陛下が……ロイ陛下が……!」


その言葉に、ルイは嫌な予感がした。


「どうした」


「容体が急変されたとのことです。侍医がすぐにルイ様をお呼びするようにと…!」


一瞬の静寂――


ルイは表情を崩さず頷くと、静かに言った。


「アリ……来てくれるか」


「もちろん」


ルイとアリは歩を早め、ロイが治療を受けている寝殿へと向かった。


✦ ✦ ✦


寝殿には薬の香が立ち込め、重苦しい空気が漂っていた。


寝殿の中央の寝具に沈むようにロイ皇帝が横たわっている。


枕元には侍医と側近、少し離れたところに、重臣たちが控えている。

ロイの呼吸は浅く、胸の上下も弱々しい。

だが、その瞼がうっすらと開き、来訪者の気配を察していた。


「ルイ……か」


かすれた声が、静かに空気を震わせる。


「父上……!」


ルイは急ぎ、ロイの傍に膝をついた。アリも静かに頭を下げ、寄り添うように立つ。


ロイの唇が微かに動いた。


「……この国を……お前に……託す」


わずかに笑みを浮かべながら、震える手でルイの手を握る。


「……守って……くれ……ルイ……そして……」


「アリア……様、どうか……ルイを……頼む」

「ルイの隣に……立てるのは……あなただけだ……」

「ルイを、支えてやってくれ……ずっと……」


――その言葉に、重臣たちの間にざわめきが走った。


彼らの誰もが、“妃に望まれているのだ”と受け取ったのだ。


だがアリだけは、以前にロイから「ルイには、君のような支えが必要だ」と語られた日のことを思い出していた。

それが、ただの“信頼”から来る言葉であることも、アリにはわかっていた。


だから彼女は、そっと微笑んで答えた。


「……ロイ様、どうかご安心を」


その後、ロイは一人ひとりに静かに言葉をかけていった。


シリウスには「ルイを助けよ」と。

皇族や重臣たちには「派閥に囚われず、国のために一つとなれ」と。


そして――

すべての言葉を語り終えたとき、ロイはほっとしたように息を吐き、

穏やかな表情のまま、静かにその瞼を閉じた。


侍医が脈を確かめ、静かに頭を下げる。


「ご臨終でございます――」


寝殿を静寂が包んだ。

誰もが息を呑み、声を失う。


ロイの最期の言葉がまだ空気の中に残っているかのように、

誰一人として、その余韻を破ろうとはしなかった。


やがて、重臣の一人が深く頭を垂れ、それに倣うように、

皇族、近衛、侍医――全員が無言のまま、膝をついた。


アリはその光景を黙って見つめていた。


そしてルイは、目を伏せ、

握ったままの父の手を、しばらく離せずにいた。


その手は、もう動かない。


だがルイは、手のぬくもりが消えていくのを、ただ静かに受け入れていた。


✦ ✦ ✦

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