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君に捧ぐ魔法  作者: 秋茶
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第23話 闇の胎動

――アストリアン南東・魔力観測所


この観測所には、魔力の流動を検知する「魔力探知機」が設置されている。

数年前に古の魔物フェンリルが出現したのを機に、アリの手配で、最新型の装置が導入されていた。


その日も、いつもと変わらぬ静かな一日が終わろうとしていた。


詰め所で勤務していた研究員が、一息入れようと席を立とうとした瞬間――


突如、魔力探知機の振り子が激しく、不規則に揺れ始めた。


この装置には魔法陣が組み込まれており、強大な魔力や、五大属性に属さない異質な魔力を検知すると反応する仕組みになっている。


魔法陣は微かに軋みをあげて光り始め、振り子はまるで痙攣するかのように大きく揺れていた。


「――こ、これは……! 誰か! 急ぎ王宮へ報告を!」


その報告は、ただちにアストリアン王宮へと届けられた。


✦ ✦ ✦


――アストリアン王宮・玉座の間


急報を受けて、皇帝カイン、宰相セラフィムをはじめとする重臣たちによる緊急会議が招集された。


「観測所の報告によれば、アストリアンのはるか南東――セレフィア王国方面から、強大な魔力の反応があったとのことです」


セラフィムが落ち着いた声で現状を伝える。


「だが、セレフィアで何らかの被害が出ているという報せは、まだ届いていないな……」

カインは唇をかみしめ、苦い表情を浮かべた。

「古の魔物の出現――その前触れかもしれん」


「アリア様にも、速やかにお伝えいたしましょう」

セラフィムが確認を求める。


『強大な魔力を感知した場合、即座にグランゼルドへ報せを』

アリが赴任の際に取り決めた、連絡体制の要項が生きていた。


「そうだな。急ぎ報告を。

グランゼルドから調査団が編成されるだろうが、アストリアンとしても必要な支援を行うと伝えてくれ」


「かしこまりました」


セラフィムの返答とともに、王宮は即座に動き出した。


✦ ✦ ✦


――グランゼルド王宮・謁見の間


アストリアンからの急報を受けて、こちらでも緊急会議が招集された。


皇帝ロイは体調が思わしくなく、決裁はすべて皇太子ルイが担っていた。

会議には、アストリアン組、騎士団、重臣たち、そしてシリウスの姿もある。


進行役を務めるエリオットが、アストリアンから届いた報告を読み上げ、ルイに問いかけた。


「ルイ様、早急に調査団の結成が必要かと存じます。

また、調査はセレフィア王国内に及ぶため、協力を仰ぐには外交の窓口となる方が必要です」


ルイは頷き、明確に指示を出した。


「アデル。騎士団から数十名を派遣する。人選は任せる。

アリも調査団に同行させよう」


「御意」


アデルが一礼し、アリも静かに頷いて応じた。


エリオットがさらに問う。


「外交役はいかがなさいますか?」


「そうだな……」


ルイは少し考え込んだ。


セレフィア王国とはこれまで交流がなく、互いの信頼も築かれていない。

不用意な交渉では火種にもなりかねない。

相応の身分と立場を持つ者を送り、丁重に協力を求める必要があった。


そのとき――


「ルイ殿下」


静かな声が会議室に響いた。


声の主は、ルイとシリウスの叔父にあたるザカリア・ヴァルディアである。


かつて王位継承権を剥奪された傍系の皇族でありながら、その知略を買われて政務に重きを置かれ、現在は参議の地位にある。


「ご提案がございます。

外交役は、シリウス皇子にお任せになってはいかがでしょう。

セレフィア王国との交渉は、帝国としても初の外交機会。

身分と威信のある方が適任でしょう。

シリウス皇子は以前、カルディナスとの外交任務を立派に務められました。

今回もきっと、良好な関係を築いてくださることでしょう」


その発言に数名の重臣も頷き、賛意を示す。


確かに、一定の地位と経験を持つ者の派遣が望ましいのは理解している。

だが――ほんの一瞬、ルイの胸に不安がよぎった。

そのため、すぐには頷けなかった。


その沈黙を破るように、シリウスが一礼して言う。


「ルイ殿下。私にお任せを。

セレフィア王国と、必ずや良好な関係を築いてみせましょう」


さらに、宰相カイエンが助言を加える。


「ルイ様。シリウス様ほどのご身分であれば、外交使節として何ら不足はございません。

適任と存じます」


宰相の後押しもあり、もはや否とは言い難い。

ルイは静かに息を吐き、頷いた。


「……わかりました。では、兄上に外交をお願いしましょう」


こうして、セレフィア王国への出立準備は本格的に動き出した。


✦ ✦ ✦


セレフィア王国への出立準備が整い、その日がやってきた。


調査団、アリ一行、そして外交役のシリウスらが王宮前に集う。

ルイは見送りのため、早朝から姿を見せていた。


アリのもとへ近づくと、声を落として話しかける。


「アリ、くれぐれも気をつけて。無理はするな。

それと……兄も。少し気になる。用心してくれ」


思いがけない言葉に、アリは一瞬驚いた。

シリウスが何かを起こすというのだろうか――だが、ルイの慎重さは理解できた。


「……わかったわ。気をつける」


アリは短く頷いた。


✦ ✦ ✦


セレフィア王国までは、最短でも七日を要する行程だ。

古の魔物の出現が懸念される以上、ゆったりとした旅路は許されない。

休憩を挟みつつも、調査団は昼夜を問わず早馬を走らせた。


✦ ✦ ✦


――セレフィア王国・王都


王都に到着した調査団は、その足で王宮へと向かった。

事前通達により、一行は丁重に迎えられる。


セレフィア王国国王、オルデリオ・セレフィアは直々に出迎え、礼を述べた。


「グランゼルドの皆々、遠路を駆けつけてくれたこと、心より感謝する。

どうか調査を頼みたい。必要なことがあれば、何なりと申し付けてほしい」


その言葉に、一行を代表してシリウスが一礼する。


「第一皇子、シリウス・ヴァルディアと申します。

ご厚意に感謝いたします。調査は、我がグランゼルドが責任をもって遂行いたします」


現在、古の魔物そのものは確認されていない。

だが、あの魔力反応を見過ごすわけにはいかない。

セレフィア国内に点在する神殿のうち、特に高位とされるものを中心に調査を行う旨、シリウスから説明がなされた。


王側も協力に応じ、対象となる神殿の洗い出しが始まった。


✦ ✦ ✦


調査対象として絞られた神殿は、それでも数十か所に及んだ。

調査団は複数の班に分けられ、それぞれに任務が割り振られる。


アリはゼノとともに、南西の神殿へ。

人員不足により、シリウスもまた一つの調査班に同行し、南東の神殿へ向かうこととなった。


✦ ✦ ✦


――セレフィア王国・南西部


アリとゼノは、割り当てられた神殿へと馬を走らせた。


神殿は荘厳な石造りで、周囲には人の気配もある。

高位神殿としての格式は感じられたが――


「……ここには、何もないわ」

アリがぽつりと呟いた。


「お、勘か?たしかに……フェンリルが召喚された神殿みたいな、あの妙な緊張感はねぇな」

ゼノも同じように感じていた。


念のため内部も確認したが、案の定、異常は見つからなかった。


肩透かしに安堵したい反面、他の神殿も同様であってほしいと願う気持ちが芽生える。

この魔力反応が、ただの誤反応であれば――と。


アリは調査終了後、近くの別の神殿への支援に向かうことにした。


✦ ✦ ✦


――セレフィア王国・南東部《ナガル平原》


シリウス班が向かったのは、南東の草原と岩山の境界に広がる、ナガル平原。

そこに、環状に並んだ巨岩に囲まれた古い神殿がぽつりと佇んでいた。


「まったく……アデル団長も人使いが荒い。

人手が足りないからといって、私を調査班に組み込むとは」


馬上のシリウスは、ため息混じりに小さく嘆いた。


出立前、アデルはルイから密命を受けていた。

――「兄上から目を離すな」

そのため、小隊長セリオスを護衛兼監視役として同行させている。

ただし、セリオス自身は、その役目を知らされていない。


やがて――

平原の奥に、巨岩に囲まれた神殿が見えてきた。


「シリウス様、あれが目的の神殿かと」

セリオスが馬を止め、指差す。


「……すごいな。巨大な岩が、まるで何かを護るように並んでいる……」


岩に囲まれたその姿は、まさに“眠る神域”のようだった。


✦ ✦ ✦


――神殿内部


神殿に入ると、ひんやりとした空気が一行を包む。

歩みを進めるうち、セリオスの表情が徐々に険しくなっていった。


「セリオス? 何か感じるのか?」


シリウスが問うと、セリオスは静かに人差し指を立てて制止し、声を潜めて言った。


「……妙な気配がします。気を付けてください」


セリオスは魔力探知の術こそ持たないが、上位魔法の使い手であり、

敏感に魔力の“質”を感じ取る勘を持っていた。


隊を警戒態勢に切り替え、慎重に進んだ先に、円形の広間が広がっていた。

その中央には――禍々しい魔力を放つ石造りの祭壇と、何かの遺物が安置されていた。


セリオスはそれを見た瞬間、目を見開いた。


(あれは……! 危険なものだ! ここが魔力の発生源か……!)


すぐに報告の準備をしようとしたそのとき――


ぞくり、とした。

背筋を走る冷たい感覚。

アリやルイのような強さではない。

それは、言葉では説明できない“不気味さ”だった。


セリオスは直感的に戦闘態勢を取り、声を上げた。


「……誰だ! そこにいるのは!」


しんとした沈黙。

そして――広間の奥、通路の暗がりがわずかに揺らいだ。


そこから、フードを深くかぶった人物が姿を現した。


男はゆっくりと歩み寄り、隊の面々を見回すように無言で視線を走らせる。

そして、言った。


「……取るに足らぬ」


だが、その目がシリウスに向けられると、声の調子が変わった。


「……だが、闇が深そうだな」


「なにを……?」


思わず剣に手をかけようとした瞬間――

フードの男が前に手をかざす。


次の瞬間、広間全体を、禍々しい魔力の波が覆った。


シリウスがハッとして振り返ると、セリオスを含む騎士たちが、

全員――地に伏していた。


「……し……死んでいる……?」


足元が崩れるような衝撃。

逃げ道もない。


シリウスは剣を構えながら、震える声を押し殺して叫んだ。


「……何者だ……!」


男は一拍の沈黙の後、ゆっくりと口を開いた。


「名乗るほどの者ではない。だが……“ゼロ”とでも呼ぶとしよう」


「ゼロ……?」


「君は、“選ばれなかった者”だろう?

力はあるのに、認められない。……くすぶる気持ちが手に取るようにわかる」


シリウスは返す言葉を見つけられなかった。

内心の一部が、不気味なほど正確に突かれたような気がして。


「君が本当に欲しいもの。

手に入れるには、“待っているだけ”ではだめだ。

望む未来を手にしたいのなら……力を貸そう」


シリウスはしばらく黙したまま、俯いていた。

だがやがて、何かを決意したようにゆっくりと顔を上げ、言葉を返す。


その瞳には、かすかに覚悟の色が宿っていた。


目の前のフードの男――その顔は見えない。

けれど、フードの奥で、静かに笑った気がした。


✦ ✦ ✦

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