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君に捧ぐ魔法  作者: 秋茶
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第21話 誓いの在処

――雷光と蒼炎が交わり、閃光となって空に弾けた。

空中で剣を交え、刃と刃がぶつかるたびに、心が高揚する。


渾身の一撃を放とうとしたその瞬間、ふっと身体が落下をはじめ、

真っ逆さまに地面へと引き込まれていく。


地面に衝突する直前――


――視界が切り替わり、天井が映る。


アリはハッと目を覚まし、飛び起きた。


(……夢?)


見渡した部屋には見覚えがあった。ここは、アリにあてがわれた部屋――

数日前、グランゼルドに赴任してから暮らしている部屋だ。


王宮に隣接する迎賓館で、もともとは高位貴族向けに用意されたもの。

今回、アリのためにルイが整えたらしい。


この館には、アリのほかにゼノ、ユイナ、ノアの部屋もある。


アリは軽く身支度を整えると、ふらりと中庭へ出た。


空は茜色に染まり始めていたが、まだ十分に明るい。

今は、夕暮れが近いのだろう。

庭には色とりどりの花が咲き誇り、風に揺れていた。


中庭の中央では、ゼノとノアが剣術の稽古をしていた。


ゼノはアリに気付き、声をかける。

「よ、姫! 起きたのか。調子はどうだ?」


「うん、おはよう。調子も……」

と言いかけて、


(……あれ? 今って“おはよう”の時間? いつから寝てたの、私)

空の色と自分の口にした挨拶のちぐはぐさに、アリは困惑する。


「調子はよさそうだけど、ずいぶん寝てたわね」

とユイナが声をかけてきた。


「えっ……私、そんなに寝てた?」


「ほぼ丸一日よ。覚えてないの?」


「……うん」


一日寝ていたとすれば、帝国魔導大会の直後ということになる。

魔力を大量に消耗したせいで、反動が出たのだろうか。


そう考えていると、ゼノが補足してくれた。

「姫、昨日の帰りの馬車で『ちょっと休むわ』って言って、そのまま落ちたんだぜ。

……ぜんぜん“ちょっと”じゃなかったけどな」

と笑いながら続けた。


「まぁ、あれだけ暴れたんだ。魔力も体力も、そりゃあ削られるさ」


「たしかに……あんなに張り切ったのは久しぶりだったし、疲れてたのね。うん、きっとそう」


魔力解放、召喚魔法、大魔法。

あれだけの規模の魔法を次々に使えば、普通の魔導士ならすぐに倒れる。


だが、ルイは最後まで平然としていたし、自分もまだやれると思っていた。

古の魔物フェンリルを討伐したあの時と、どこか感覚が似ている気もする。


衰えたのか? とも思ったが、それにしては早すぎる。アリはまだ若い。


今も、魔力が体内に満ちている感覚はある。調子も悪くない。

アリの体格からは想像しがたいが、その魔力は生まれつきの体質によるものらしい。


膨大な魔力を扱える代償として、反動も大きい。

だから、今回も疲労によるものだと――自分に言い聞かせた。

一抹の不安を、心の奥へ押し込めながら。


考え込んでいると、ゼノが言った。

「ルイ殿下、政務の合間に何度も様子を見に来てたぞ」


「……そうなの? 心配かけちゃったのね」


「祝賀会も延期になったしな。姫が目を覚ましたら開こうってことになってる」


アリは礼服に着替え、目覚めの報告を兼ねてルイのもとへ向かうことにした。


✦ ✦ ✦


ルイは、王宮東棟にある皇太子専用の政務室にいると聞いた。


アリはその建物へ足を運ぶ。


――東棟政務室


白灰色の石材で築かれた荘厳な外壁は、歴代の皇太子たちが政務に臨んできた場としての風格を宿している。

柱や窓枠には金属細工の繊細な装飾が施されており、簡素ながらも上品な威厳を放っていた。


アリが近衛兵にルイへの謁見を申し出ると、兵は丁寧に取り次いでくれた。


取次から間もなく、扉が開き、ルイが早足で姿を現した。


「アリ!」


「あっ、ルイ。お忙しいところごめんなさい。

目が覚めたから、その報告に来たの」


アリが頭を下げると、


「いや、全然かまわないよ。元気そうで安心した」

と、ルイは柔らかく微笑んだ。

その表情には、心からの安堵がにじんでいた。


続けて、少し心配そうに問いかける。


「決勝戦で、魔力が切れたって……いつも、あんなふうになるの?」


アリはあまり心配させまいと、努めて明るく答えた。


「そうね、たまにあるけど……魔力を使いすぎると、ちょっと疲れちゃうみたいで」

そして、「あんなに魔法を使ったら、さすがに消耗するよね」と、笑って肩をすくめた。


「そうだね……君の魔力は膨大だから、反動も大きいのかもしれない」


ルイ自身、アリの魔力量には及ばないと理解している。

だからこそ、消耗の度合いも常人とは違うと察していた。


アリが今は回復し、調子も良さそうだとわかると、

ルイの顔にも再び安心の色が浮かんだ。


「くれぐれも、無理はしないようにね」


その声には、気遣いと優しさが込められていた。


(……色々と心配させちゃったわね)

(でも、私は指南役としてここに来たのだから、ちゃんと責務を果たさなきゃ)


アリはそう自分に言い聞かせ、気持ちを引き締める。


「そうだ、腕試しは先に済ませたけど……まだ、騎士団のみんなには正式な挨拶をしていなかったわね」

かつて自分の着任に反発していた騎士たちと、きちんと向き合う必要がある。そう思った。


するとルイが提案した。


「なら、これから詰め所に行こうか」


その言葉に、アリは少し驚いた。

一緒に行くつもりなのだ、と。


ルイはすぐに近衛兵へ目配せし、控えていた者に声をかけた。

「エリオットを呼んで」


やがて、アリとルイの前に一人の男性が現れる。


「アリ、紹介するよ。こちらはエリオット。

私が皇子だった頃から仕えてくれている、信頼する側近だ」


ルイの言葉に、エリオットは一礼しながら口を開いた。


「エリオット・グレイヴと申します。

アリア様、お噂はかねがね――どうぞよろしくお願いいたします」


年齢はルイより少し上だろうか。

落ち着いた雰囲気と、知性をたたえた穏やかな眼差し。

薄茶色の髪に、エメラルドの瞳が眼鏡の奥できらめいている。


「アリア・クラリエルです。こちらこそ、よろしくお願いいたします」


アリも丁寧に頭を下げると、エリオットが眼鏡をくいっと持ち上げながら、少し考えるようにして言った。


「ふむ。お話で伺っていた通りですね。

お美しく、聡明で、勇敢で――そして何より、心が気高い方だと。まるで、時代を導く光のようだと」


(な、なんでそんな話になってるのよ……誰情報!?)

アリは思わず内心で突っ込んだ。


その横で、ルイがそっと視線を逸らしている。

顔が、わずかに赤い。


そしてエリオットに向き直ると、静かに言った。


「……エリオット、アリが驚いてるよ」


「おっと、失礼しました」

エリオットは少し肩をすくめてから、柔らかく微笑んだ。


「私のことは、どうぞ“エリオット”とお呼びください。

アリア様、どうか――ルイ様をよろしくお願いいたしますね」


(ルイ様をよろしく……つまり、私がここに来た理由も全部わかってるってことね)


「ええ、ありがとう。エリオット」

アリは小さく微笑み返し、頷いた。


そのやりとりを見届けてから、ルイはエリオットに留守を託し、

アリとともに騎士団の詰め所へと向かった。


✦ ✦ ✦


騎士団の詰め所に足を踏み入れると、砂の舞う鍛錬場から鋭い剣戟の音が聞こえてきた。

数組の騎士たちがペアを組み、汗を流しながら剣の稽古に励んでいる。


その様子を、アデルとレオンが少し離れた位置から見守っていた。


アリとルイが現れたことに気づいたアデルが、声を上げる。


「整列!」


号令と同時に、騎士たちが一斉に動きを止めて並び始める。

音を立てず素早く並ぶその様子は、長年鍛え上げられた精鋭部隊の風格を感じさせた。


ただ、その列の一角――

ラグナルとバルトの二人は、わずかに表情をこわばらせていた。

先日の失礼が頭をよぎっているのだろう。視線を伏せ、居心地の悪そうな様子を隠せない。


アデルが一歩前に出ると、厳然とした声を響かせる。


「先日の帝国魔導大会で、アリア様の実力は十分に証明されたはずだ。

彼女が騎士団の指南役にあたられることに、いまなお不満がある者はいるか?」


誰も口を開かない。

沈黙が一拍おかれたが、それはすでに答えとして十分だった。


騎士たちは皆、アリの力を目の当たりにし、納得していた。

ラグナルとバルトも顔をしかめながらも反論はしなかった。

その沈黙は、敗北と理解、そして不本意ながらも納得したという証だった。


アリはその空気を読み取り、自身の着任が一応受け入れられたことを感じ取った。

だが、それだけでは足りない。

彼らが本当に“誰に忠誠を誓うのか”――

その宙ぶらりんな在処を、今この場ではっきりさせる必要がある。

それは着任の宣誓であると同時に、確認でもあった。


アリは一歩前に出て、皆を見渡す。


そして、真っ直ぐな声で語りかけた。


「私は、グランゼルドとルイ殿下のために、ここに来た。


貴殿らは、何のためにここにいる?

国のためか、家族のためか、それとも騎士としての誇りを貫くためか。

そのどれでも構わない。何かを守りたいという気持ちや、意志を貫こうとする信念を、私は否定しない。

ならば、それを貫けばいい。


――ただし、ここに立つ以上は、目指す先を一つにしたい。

グランゼルド、そしてルイ殿下に忠義を尽くしてほしい。


私が他国の者であり、若輩であることに不安を感じるなら、それを覆すだけの実績を示してみせよう。


私は、持てる力と知識のすべてをこの地に捧げる。

ルイ殿下とグランゼルドのために、忠義を尽くすとここに誓う。


貴殿らも、自らの信念を今一度問い直し、ここに誓いを立ててほしい。


これは命令でも、懇願でもない。

どうか――グランゼルドとルイ殿下のために、騎士としての誇りをささげてほしい。


……それでも、もし納得できない者がいるのなら。

納得するまで、私が相手をしよう」


ただ、真摯な想いで向き合う、強い言葉だった。

静かだった詰め所に、一筋の風が吹き抜けるような感覚が走る。


次の瞬間――


「――はっ!――グランゼルドとルイ殿下に忠誠を。この剣に、誓いを!」


一人の騎士が剣を抜き、その切っ先を胸の前に掲げた。

柄に添えられた手は迷いなく、視線はまっすぐと前を見据えている。


それを皮切りに、他の者たちも次々にそれに倣う。


それは――

彼らが誇りをもって忠誠を誓うときにだけ示される、グランゼルド騎士団の正式な敬礼だった。


その動作こそが、彼らなりの答えだった。


騎士たちは今、自らの意志で忠誠を示したのだ。


その光景を見つめながら、ルイは静かに息をついた。

胸の奥に、ふっと温かなものがこみ上げてくる。

それは驚きでも誇らしさでもなく、ただ――深い安堵だった。


(……こんなにも、味方がいたのか)


もともと騎士団はルイに対して、反発していたわけでも、命令に背いていたわけでもない。

ただ、心の奥にあったわずかな距離と温度差が、今ようやく溶けた気がした。


そしてそのきっかけをくれたのは、隣に立つアリだった。


彼女の言葉がなければ、騎士たちはここまで明確に忠誠を示すことはなかった。

それを、彼女はわかっていて引き受けたのだ。


皇太子である自分が問いかければ、それは命令になる。

団長や副団長が言えば、上司としての強制に聞こえてしまうだろう。


だが――アリは外から来た。

他国の者であり、誰の上下にも立っていない。

だからこそ、騎士たちに「自らの意志で選ばせる言葉」が言えた。


ルイはアリを見た。

彼女は何も言わず、ただ騎士たちを見つめていた。

その瞳に、驕りも押しつけもなかった。


(ありがとう、アリ)


ルイは、声には出さずにそう呟いた。

その表情には、わずかに安らぎと感謝の色がにじんでいた。


✦ ✦ ✦


――騎士団との対面がひと段落した頃、アデルがルイに進言した。


「ルイ様。アリア様の祝賀会を、この後、詰め所で開いてはどうでしょうか」


騎士たちがアリを正式に認め、彼女は今や仲間となった。

その歓迎の意も込めて――という、アデルなりの気遣いだろう。


(さすが団長殿……配慮が行き届きすぎる!)

アリは内心で思わず感嘆した。


ルイは一拍考えたのち、穏やかに頷いた。


「……うん。そうしよう」


✦ ✦ ✦


こうして詰め所では、アリを迎える祝宴の準備が進められていった。


騎士たちは静かに、しかし確かに彼女を受け入れつつある。

――その変化は、王宮の空気をわずかに揺らし始めていた。

そしてそれに、最も敏感に反応した男がいた。

誰よりも静かに、誰よりも深く――焦りを募らせながら。


✦ ✦ ✦

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