第20話 君に勝利を
ついに、帝国魔導大会は決勝戦を迎えた。
審判のコールとともに、アリとルイがフィールドへ歩を進める。
優勝賞品――帝国特産鉱石の詰め合わせが、フィールドの傍らにきらめいていた。
アリはちらりとそれを見やり、ぱっと目を輝かせる。
(あれが詰め合わせ……!)
そんな様子を見ていたルイは、思わず微笑をこぼした。
ハッと気づいたアリは、にこやかに話しかけながらごまかす。
「まさかルイが“謎の魔導士”だったなんて、びっくりしたよ」
「急遽、棄権者が出てね。君と戦いたくて出場させてもらったんだ」
「なんでマント着てたの?」
「……パフォーマンス、かな」
ルイは軽くはぐらかした。
本当は、カルディナス紛争で見たアリの戦う姿に憧れて、真似したかった――
そんなこと、恥ずかしくて言えない。
「そっか!」
アリは明るく返し、ふっと表情を引き締める。
「ルイの詠唱なしの魔法、すごかった。でも、あのときの魔力――本気じゃなかったよね。
私、本気でいくよ。だから、ルイも」
そう言って、アリは剣を構え、魔力を解放した。
五大属性すべてを一斉に解き放つと、空気が震える。
フィールドを包むその威圧感は、先ほどルイが放ったそれをはるかに凌駕していた。
ルイは、息を呑んで彼女を見つめた。
(これが……アリの魔力。
圧倒的なのに、清らかで、美しい……君には本当に……)
こんなにも胸が高鳴り、体中が熱を帯びるような感覚は、ルイにとって生まれて初めてのものだった。
読まれていたことへの動揺か。武者震いか。いや――それ以上の、純粋な高揚。
「さすがだね。うん。俺も本気でいくよ」
――“俺”。
本来、公の場では「私」を使うはずの皇太子が、無意識のうちに口にしていた。
今のルイは“皇子”でも“皇太子”でもなく、ただアリと向き合う一人の青年なのだ。
ルイもまた剣を構え、魔力を解放する。
今度は、先ほどよりも遥かに強大な魔力を込めて――五大属性、全解放。
その瞬間、観客席にいたゼノ、アデル、レオンたちは、一斉に息をのんだ。
アデルは、ルイが本気を出していなかったことには薄々気づいていた。
だが、まさかここまでとは――と目を見開く。
ゼノもまた、アリの全属性解放を見るのは幼い頃以来だった。
しかし、今の魔力は当時の比ではない。まさに別次元の強さだった。
(姫……そんなに力を使って……大丈夫か?)
心配の色がゼノの表情ににじむ。
アリもまた、ルイの魔力解放を見て驚いていた。
(おお!やっぱり!! ……あら?……でも何か……)
圧倒的な魔力に目を見張りながらも、どこか胸にひっかかる“違和感”を覚えていた。
観客席は、かつてないほどの熱気に包まれていた。
帝国魔導大会に何度も参加してきたアデルやレオンも、思わず呟く。
「……こんなに盛り上がったのは、初めてだな……」
そして、試合開始の合図が鳴り響いた。
「行くよ!」
アリの掛け声とともに、両者が一斉に動き出す。
アリの剣がきらめいた瞬間、ルイは反射的に構えを取った。
気づけば、アリはもう目の前に迫っていた。
(速い……!)
その速さに驚きながらも、ルイは剣で受け止め、すぐさま反撃へ移る。
一度距離を取ると、今度は自身の速度で一気に詰め寄る。
キィィィィン――
剣が鋭くこすれ合い、甲高い音がフィールドに響き渡る。
風をまとった斬撃が、火花を散らしてすれ違う。
(……重い!)
アリは、一瞬意表を突かれた。
軽やかな動きに反して、ルイの剣撃は重みと力強さを兼ね備えていた。
両者の体と武器には魔装が施されており、
その攻防はもはや肉眼では捉えられないほど。
ただ、剣がぶつかり合う音と、時折交差する残像が、激しい戦いを物語っていた。
まるで――優雅な剣舞のように。
観客席からはどよめきが起こる。
「ぜんっぜん見えないー!!」
「えっ、今なにが起きたの!?」
驚き、嘆き、ぽかんと口をあける者もいれば、息を呑んで見入る者もいた。
ゼノやアデルたちは、当然攻防の中身を見抜けてはいたが、
「自分にできるか」と問われれば、答えは「否」だった。
騎士団の面々は言葉もなく、ただ見つめ、圧倒されていた。
レオンが小さく呟く。
「ルイ様……とても楽しそうですね」
それにアデルが静かに頷く。
「ああ。あんな顔、初めて見たな」
ルイの表情には、皇太子としての仮面はなかった。
ただ一人の青年として、今この瞬間の戦いを心から楽しんでいた。
その喜びは、観ている者にも確かに伝わっていた。
「ゼノ殿。アリア様はどうだ? 楽しんでいるように見えるが」
アデルの問いに、ゼノは笑いながら答えた。
「そりゃあもう、めちゃくちゃ楽しんでるぜ!
姫は滅多に表情変えねぇけど……あれは“本気の顔”だ」
アリにとっても、この戦いは特別だった。
これほどの実力者と全力でぶつかり合うのは、初めてのこと。
その顔には、緊張でも苦しさでもない――高揚と喜びが宿っていた。
ゼノはその表情を引き出したルイに、心から敬意を抱く。
(……悔しいけど、俺には無理だな。あんな顔、させられねぇよ)
そして、幾度もの剣撃を繰り返した末、二人は同時に距離を取った。
その刹那――
交わされたのは、ただひとつの視線。
『次は、大魔法で――』
言葉はなくとも、互いの意志は確かに通じていた。
先に仕掛けたのはルイだ。
当然、詠唱無しで、ルイは"蒼炎"の竜を召喚した。
大地を這うように現れたその竜は、眼前で一度、静かに咆哮をあげる。
だが、その音は爆音ではなく、低く重い“鼓動”のような音圧。
(イグニヴォムス・ドラコを"蒼炎"で召喚するなんて…すごすぎる!!)
アリは、ルイの創造力とその応用力に感嘆した。
「では、
フルゴラ・フェニクス!」
アリは、【火】属性の雷と【風】属性を混合し、フェニックスを召喚した。
アリの周囲に雷が帯同し、空が割れるような音とともに巨大な不死鳥が出現。
翼を広げ、羽ばたくたびに雷が舞う。
蒼炎の竜が翼を広げ、火の旋風を生み出しながら不死鳥へ突進する。
雷の不死鳥も雷撃を纏い、真っ向から突っ込んだ。
二体の幻獣がぶつかり合う。
ズガァァァァン!!
爆発のような衝撃が起き、青と金の光が弾ける。
観客席が一瞬沈黙するほどの轟音と閃光。
竜と不死鳥は空中で組み合い、炎と雷が絡み合って渦を巻く。
その中で何度も火花が走り、衝撃波が大地に届く。
その一撃の末、竜が不死鳥を下方へ叩きつける。
だが、不死鳥も反撃の雷撃を残し、蒼炎の竜の翼に傷を負わせた。
二人とも、軽いダメージを負ったが、まだ戦う意志がある――
アリは剣を持ち直し、微笑を浮かべる。
「――さすが、ルイ。本当に強い」
ルイも軽く頷き、笑みを返す。
「君もね」
静かな余韻の中で、両者の幻獣が再び空に舞い上がる。
観客席からは息を呑む音が洩れた。
「まるで…神話だ……」
「これが……王と姫の魔法……」
試合は、まだ続いている。
だが観客たちはすでに、伝説を見ているかのような気分で息を呑んでいた――
――蒼炎の竜と雷の不死鳥が、互いの力を認めるように一声鳴いてから、光の粒となって消えた。
空が静かに晴れてゆく。
フィールドに、ふたつの影だけが残された。
アリは深く息を吐きながら、剣を構えなおした。
少しだけ、唇に笑みを浮かべて言う。
「――そろそろ決着をつけよう、ルイ。」
その瞳に宿るのは、真剣な光。
敵意ではなく、対等な者としての“挑戦の意志”。
ルイは静かに頷き、返す。
「……ああ、望むところだ」
彼もまた、剣を構え――
その刃に、蒼炎が宿る。
青白い炎が、風にたゆたいながら剣を包みこむ。
その光は激しくも、どこか神聖だった。
アリもそれに呼応するように、自らの魔力を剣へと流し込む。
雷光が剣の刃を伝い、電流のようにほとばしる。
周囲にぴしりと空気の緊張が走る。
ゼノはごくりと息をのんだ。
「……剣に“魔法”を纏わせての一騎打ち、か。
とんでもねぇ戦いだな」
アデルも目を細める。
「どちらも、ただの剣ではない。
魔導士としての極致にして、騎士としての矜持……
すべてを懸けた一撃、か」
観客の誰もが言葉を飲み込み、思わず立ち上がる。
誰もがその瞬間を見逃すまいと、目を凝らしていた。
そして――
ルイの剣に蒼炎が強く瞬き、アリの剣には雷がうねるように走った。
ふたりは同時に空へと跳躍し、宙で交差する。
【空】属性の魔法によって、宙を駆けるように舞いながら、
彼らは何度も剣を交わし合った。
刃と刃がぶつかるたびに、
雷光と蒼炎が混じり合い、閃光となって空に弾ける。
数度の交錯ののち、アリが「そろそろ一撃を――」と考えたその瞬間。
ふ、と身体の内側から魔力の流れが切れた感覚が走った。
(……えっ?)
直後、魔装がふっと解け、身体が空から急落しはじめる。
(うそ、やばいいい……落ちる!!!)
真上にはルイが迫ってきており、剣を構えて斬撃の構えを取っていた。
(ちょっ、ルイ、ちょ、待って!?)
フィールドが目前に迫ったその瞬間、アリの身体をやさしい風がふわりと包んだ。
それでも地面に衝突したときには大きな風が舞い、砂ぼこりが舞い上がる。
「な、なんだあ!?」「見えねぇぇぇ!」
観客たちのざわめきが広がる中、
やがて砂煙が落ち着き、フィールドの光景が露わになった。
そこには、アリがあおむけに倒れ、
その上からルイが覆いかぶさるようにかがみ込んでいた。
すぐ傍らには、地面に深く突き立てられた剣。
「アリ、大丈夫?」
ルイが覗き込むように優しく声をかける。
「う、うん……なんか、魔力が切れちゃって」
アリは正直に答えながらも、(こんな大事なところで……)と悔しさを噛みしめた。
そして、フィールドに激突する直前の風が体を包む感じ、あれは結界だった。
ルイが守ってくれたのだ。
「……結界……守ってくれたんだね。ありがとう」
と、小さく呟いた。
ルイはそれに何も言わず、ただ静かに微笑んだ。
そして、アリはまっすぐにルイを見上げて、宣言した。
「私の負け!」
そう言って、審判に手を上げようとしたアリを、ルイがそっと制した。
「……いいや。俺も魔力がちょうど切れたよ。
それに――剣が、もう戦えない」
そう言って、ルイは剣を持ち上げた。
刃の根元が折れていて、ぽろりと破片が落ちた。
「俺の負けだよ」
そう告げて、ルイが静かに審判に合図を送った。
審判が手を高く掲げ、叫ぶ。
「勝負あり! 勝者――アリア・クラリエル!」
その瞬間、観客席から割れんばかりの大歓声が沸き起こった。
「すごいぞ! あの娘さんが優勝だなんて!」
「殿下も最高だったー!!」
「決勝、まるで伝説だったぞー!!」
アリは目を丸くして、ルイを見上げる。
「えっ、ルイ……!?」
「うん。いいんだよ。君と全力で戦えたから。それだけで。」
その一言に、アリの胸の奥がきゅっと締めつけられる。
魔力切れなんて、嘘だとわかってる。
剣の破損だって、ルイの力なら制御できたはず。
それでもアリは、ルイの気持ちを、優しさを受け取った。
「ルイ、ありがとう」
ルイはそっとアリの手を取り、ゆっくりと立たせた。
そのまま、手を離すことなく、
アリの背中に手を添え、観客席の方へとやさしく促す。
まるで「行っておいで」とでも言うように。
アリは一瞬だけルイの顔を見上げたが、すぐに意味を悟った。
そして、ほんの少し照れながらも、観客席へと手を振る。
その瞬間――
スタンドが大きく沸いた。
拍手と歓声が、嵐のようにフィールドを包み込む。
その隣で立つルイは、何も語らず、ただ微笑んでいた。
ただ一人の少女の勝利を讃えるように――。
✦ ✦ ✦
そして、帝国魔導大会は幕を閉じた。
戦いの熱気が冷めぬ中、騎士たちは静かにアリを認めはじめていた。
けれどその裏で、ふとした違和感と、ひそかな焦りが――確かに、動き出していた。
その余波は、まだ誰にも気づかれていなかった――次回、波紋が走る
✦ ✦ ✦
お読みいただき、ありがとうございます。
帝国魔導大会はいかがだったでしょうか?
アリとルイ、そしてアリとグランゼルド騎士団の絆もどんどん深まっていきます!
次話もどうぞお読みいただければ幸いです✨




