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君に捧ぐ魔法  作者: 秋茶
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第14話 波乱の宴

――アストリアン王宮 執務室


アリは、騎士団団長レイガルから、古の魔物出現に関する調査の経過報告を受けていた。


「陛下のご指示通り、いくつか目星をつけた神殿に監視をつけておりますが、いずれも異常は見られません」


古の魔物フェンリル出現から、すでに七年が経過していた。

あの出現により、召喚の舞台が“神殿”であることが明らかとなり、以降は各国の神殿を定期的に巡回・監視してきたが、これまでに兆候が現れた例は一つもなかった。


対象としているのは、無数にある神殿の中でも、とくに歴史が古く格式高い“高位神殿”に限られている。それでもなお、監視対象は相当な数に上る。


また、古の魔物ハーピーの出現と《フェンリル》出現の間は六年空いていたことから、「今回はより長い間隔になるのでは」とする仮説も一部で立てられていた。


アリは静かにうなずき、言った。


「わかったわ。

監視は、可能な範囲で続けて。ただし、厳戒態勢は解除することにする」


そしてこの“厳戒態勢の解除”を機に、アリは退位を決断した。


カインが元服を迎え、重臣たちとの協議の結果、皇位継承に十分な資質があると判断されたためだった。


✦ ✦ ✦


――アストリアン王宮 玉座の間


アリは、この日を一つの目標として生きてきた。

(父上……ようやく、父上の意志を果たせます)


カイン入室の合図とともに、扉がゆっくりと開く。


赤と白を基調とした装飾鎧風の礼装に、クラシカルなロングマント。

晴れの装いをまとったカインは、一歩一歩、玉座へと進んでくる。


ここ数年で、彼はぐんと背が伸び、顔つきも引き締まり、

幼さを残しつつも、皇族としての風格と気高さを備えた青年へと成長していた。


(父上、母上……この姿を見ていただきたかった)


あの小さかった弟が、こうして国を背負う日を迎える。

時の流れの重さに胸を打たれ、アリは思わず視線を伏せた。

込み上げる想いを押しとどめながら、弟の姿をまっすぐに見つめ直す。


純白の礼装に身を包んだアリは、皇帝としての最後の装飾をまとい、

両手に王冠を携えていた。


カインが玉座の前で静かに跪く――


アリの声音が、玉座の間に澄んだ響きを残した。


「カイン・クラリエル」


「汝は、アストリアンの未来を託すに足る者と信ずる。

 民を導き、国を護り、この冠の重さに耐える覚悟はあるか」


カインは真っ直ぐに頷き、力強く答える。


「はい。命を懸けて、この国を守ります」


静寂の中、アリは王冠を高く掲げた。

そして、ゆっくりとカインの頭上へとかざし――

そっと、その額に王の証を授ける。


「この瞬間より、カイン・クラリエルを、アストリアン大国皇帝とする」


アリの宣言と同時に、玉座の間に拍手が湧き上がり、

祝福の鐘の音が宮廷中に響き渡った。


アリは一歩、ゆるやかに退き、玉座へと向かうカインの背を見守る。

その眼差しはもはや、幼い弟を見つめる姉のものではなかった。

新たな皇帝を敬う、ひとりの臣下としてのものだった。


そして、カインが玉座に座したその瞬間――

アリは深く、静かに頭を垂れた。


その姿は、まさしく。

王が、次代へと王座を託した証であった。


✦ ✦ ✦


――アストリアン王宮 宴の間


その夜、カイン即位を祝う戴冠祝賀の宴が盛大に開かれた。


この宴には近隣諸国からの外交賓客も参列しており、

グランゼルド帝国皇太子ルイ、カルディナス帝国第一皇子アレクシスの姿もあった。


まず、ルイがカインに歩み寄り、丁重に挨拶を述べる。


「新たな皇帝陛下のご即位、心よりお祝い申し上げます。

この国が陛下のもと、安らぎと希望に満ちた未来へと歩まれますよう、

ささやかながら願っております」


カインも誠実に答える。


「ご丁重なる祝辞、誠にありがとうございます。

アストリアンとグランゼルド、これからも友邦として手を携え、

共に平和と繁栄を築いてまいりましょう」


続いて、アレクシスがカインのもとに進み出る。


「初めまして、カイン皇帝陛下。

カルディナス帝国第一皇子、アレクシス・ロウグランツと申します。

このたびは、まことにおめでとうございます」


ここまでの丁寧な口調に、周囲は「意外と礼儀正しい」と思った――だが。


「……カイン皇帝の時代が、平和と繁栄で満ちることを願ってるぜ!

アストリアンの未来に、祝福を!」


後半から急に砕けた調子に切り替わり、会場に微妙な空気が流れる。


「……なにその落差」

「いや、でもまあ、気持ちは伝わったよね……」

と周囲がざわつく中、アリとルイは内心で同じことを思っていた。


(……アレクシスらしい)


ルイの脳裏に、彼とアレクシスの出会いがよみがえる――


数年前、グランゼルドとカルディナスの間で小規模な紛争が起こった際、

一時休戦を経て、カルディナスが正式に和平交渉を申し入れてきた。


そのとき、アレクシスが使節団の相手として、あえてルイを名指しで指名した。


(なぜ自分を?)と疑問を抱いたルイが、後に本人へ問うと――


「ああ、アリアが肩入れした皇子だろ?

アリアは器のない奴には肩入れなんてしねえだろうよ。

それに、軍の指揮能力はしっかり見てたつもりだ。

外交任せるなら、あんたが一番だと思ったんだよ。

あんたの兄貴、シリウスは……なんか腹に一物ありそうで、ちょっとな」


皇太子に「あんた」と言い放つあたりもすごいが、

兄シリウスへの評価はあまりに辛辣だった。


それ以来、ルイのアレクシスに対する評価はこうだ。


『言葉選びには難があるが、少なくとも嘘をつかない男。礼節より率直さを尊ぶ、少々野趣に富んだ人物』


そんな回想をしていたところ、アレクシスがアリのもとへと歩み寄る。


満面の笑みを浮かべて、こう言い放った。


「アリア、退位お疲れさん!

これで心置きなくカルディナスに来られるな――

俺の妃になれよ!」


場が凍りついた。


あちこちで話していた者たちがぴたりと動きを止め、視線がアリとアレクシスに集中する。


「……今、プロポーズしたよな?」

「大胆すぎる……」

「アリア様、固まってらっしゃる……!」


ざわめく空気の中、ルイも一瞬動揺したが、すぐにアリのもとへと歩み寄った。

誰よりも速く、誰にも気取られない静かな動きで――


アリも最初は「えっと……」と頭が追いつかなかったが、

すぐにハッと我に返り、


「ちょっと、何を言ってるのか、わからない」


と以前にも口にした台詞をまた呟く。思考は軽くパニック気味だった。


そんなアリとアレクシスのあいだに、いつの間にか割って入っていたルイが言った。


「退位されたばかりで、ぶしつけでしょう。

アリア様はまだ多くの務めを担っておられます。

即位されたカイン陛下を支えるためにも、容易に動ける立場ではありません」


その声音はあくまで穏やかで、微笑をたたえていたが――

アリもアレクシスも、その背後に底知れぬ圧を感じていた。


そして、それを少し離れた場所から見ていたゼノがぽつり。


「わぁお……三角関係、始まっちゃった?」


と茶化しかけたところで、ユイナが肘で容赦なく突いた。


(……アリア、モテモテね)

彼女は心の中で、くすりと笑っていた。


一方、アレクシスは意外そうに目を細めた。

まさかルイが割って入るとは。


(へぇ……なるほどな)


妙に納得したような顔をしたかと思うと――

「じゃあな、アリア。次会うまでに考えといてくれよ!」


そう言い残し、風のように去っていった。


その場にいた誰もが、

(……なんだったんだ、あの男は)と心の中で首をかしげた。


アリは、しばらくぽかんとしていたが――

(……からかっただけ、だよね)

と自分に言い聞かせ、思わず笑みをこぼした。


その笑顔を見て、重臣たちも(冗談だったか)と胸をなでおろしたが――


ルイだけは、黙ってはいなかった。

静かにアリへ向き直り、真剣な目で言った。


「アリ。……ああいう男は、悪気がない分、厄介だ。

冗談のように見えて、本気で口説いてくる。――くれぐれも、気をつけて」


その声音には、かすかな怒りと…焦りがにじんでいた。


アリは目を瞬かせ、少し戸惑ったように答える。

「う、うん……そうだね」


ルイの真面目な声音に、なぜか胸の奥がざわついた――理由はわからなかったが。


✦ ✦ ✦


賑わいの余韻が去ったあと、

静まり返った宮に吹き込んだ風は、どこか、遠くの空の匂いがした。

――それは、新たな旅立ちの予兆だった。


✦ ✦ ✦

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