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君に捧ぐ魔法  作者: 秋茶
13/50

第13話 動き出す焦燥

――グランゼルド 王宮


アストリアンから帰国したルイは、その足でロイのもとへ報告に向かった。


ロイはいつものように執務室の椅子に腰を下ろしていた。

ルイが部屋に入るなり、その表情をひと目見て、微笑を浮かべる。


(……ここを発つ前とは、顔つきが違うな)


静かにそう感じ取ったロイは、穏やかな口調で問いかけた。


「アリア様とは、何か話をしたか?」


それが単なる謝意や挨拶を指していないことを、ルイはすぐに理解していた。


「はい。魔法について、少し。それと……私自身のことも、少しだけ。」


ルイが“自分のこと”を誰かに話すのは、極めて稀なことだった。

ロイは驚くと同時に、どこか安堵する。アリアが、彼の心に寄り添ってくれたのだろうと。


「アリア様は、良き理解者になってくれそうか?」


「……そうですね」


「そうなってほしいです」と続けかけて、ルイはふと口を閉じた。

代わりに浮かべたのは、わずかに照れを含んだ、ぎこちない微笑み。


その微妙な仕草から、ロイはすべてを察した。


(……さすが、アリア様だ)


ロイもまた、心から願っていた。

息子のそばに、彼の痛みに気づき、寄り添える者が現れてくれることを。


――そして、ルイが報告を終えると、ロイは次なる任務について話すため、シリウスを呼んだ。


✦ ✦ ✦


兄シリウスが執務室に入ると、軽く会釈し、ルイに声をかけた。

「ルイ、おかえり。アストリアンはどうだった?」


「はい。アストリアン皇帝陛下は、我らの謝意を受け入れてくださいました」


澄んだ表情で答えるルイの変化に、シリウスも気づいた。

「そうか。それは何よりだ」

と、いつもの柔らかな微笑みを返す。


そのやり取りを見届けてから、ロイが口を開いた。

「さて、仕事の話に入ろう。カルディナスから正式な外交交渉の申し出が届いた。

先日の紛争後、一時休戦となったが、これを機に正式な友好関係を築きたいという意向のようだ。

その使節団に――ルイ、お前を指名してきた」


「……陛下!」

先に口を開いたのはシリウスだった。

「これまでカルディナスとの外交は私が担ってまいりました。

なぜ今回、ルイが――?」


ロイは一拍置いて答える。

「どうやら、紛争時にルイと対峙した指揮官が、強く推薦してきたらしい。アレクシス皇子といったかな。

加えて、ルイの皇太子冊立により、カルディナス側は関係強化の意思を明確に示してきている。

妥当な判断だろう」


シリウスは何か言いかけたが、言葉を飲み込み、口をつぐんだ。


一方ルイは、驚きを隠せなかった。

たしかに先の紛争では自分が前線で指揮を執ったが、外交の窓口は一貫して兄だったはずだ。

(あの時の指揮官が…?推薦とは……何か腑に落ちないな)


考えを巡らせていると、ロイがルイに視線を向けて問う。

「ルイ、引き受けるか?」


その口調には、すでにルイを任命する意志が感じられた。


かつての自分であれば、兄を差し置いて名乗り出ることはなかっただろう。

だが、アリとの会話を経て、自分のすべきことと進むべき道を見定めた今、

もう迷わない。遠慮もいらない。

(俺は、俺のすべきことをするだけだ)


「陛下。交渉の件、謹んでお受けいたします。どうかお任せを」


その言葉に、シリウスは目を見開き、口元をきつく結んだ。


ロイは静かに頷く。

「うむ。では、ルイに任せる。

シリウス、お前は使節団の補佐を頼む」


✦ ✦ ✦


執務室を退出したシリウスは、扉を背にしながら、

しばしの間、目線を伏せ、じっとしていた。


やがて静かに歩き出す。

行き先は、皇族の傍系が住まう西の離宮。


……その表情に浮かぶ影を、誰も見ることはなかった。


✦ ✦ ✦


――アストリアン 王宮


アリは、先日ルイとアレクシスから献上された鉱石や鱗などの素材を、魔導具研究省に渡していた。

その試作品が完成したとの報せを受け、ゼノとともに研究省を訪れていた。


試作品の効果を試すため、二人は隣接する魔導練場へと向かった。


そこでは、弟のカインが魔法の鍛錬をしていた。そばにはアリの側近・ノアと、ゼノの妹であるユイナの姿もある。


魔導練場に足を踏み入れると、近衛たちが一斉に敬礼した。

カインもアリに気づき、礼を取る。


「やあ、カイン。魔法の練習中かな?」


「はい! 今日はノアに練習相手をお願いしました!」


そのノアを見ると、体中に傷を負っている。

ユイナがそばにいるということは、応急処置は施されているようだが、完治していない傷も多く見られ、痛々しい。


「ごめんね、ノア。カインの相手、させてしまって」


「アリア様~、カイン様ったら容赦ないんですよ~」


そう言いながらも、ノアの声にはどこか楽しげな響きがあった。


カインとノアは年が近く、気が合うようだ。

騎士団に稽古を頼んではと提案したこともあるが、「次期皇帝には遠慮して手加減してしまう」と皆気を遣いがちで、カイン自身がノアを希望した。


(……まあ、確かに。カインに怪我をさせたら、それこそ騎士たちには荷が重い)


その点ノアは、「皇族?だから何?」という態度でアリの側近となった。

グロザリアとの紛争があった五年前、アリが近隣の村で彼を見つけたのが始まりだ。


当時六歳のノアは身寄りもなく村をさまよっていた。アリが馬上から声をかけると、

「あなただれですか?」と無邪気に問い、

騎士団団長レイガルが「アストリアンの皇帝陛下だ」と答えると、

「あ、そうなんですか。じゃあ殺してくださいー」と返してきた。


六歳の子どもの言葉とは思えず、アリは衝撃を受けた。

敵国の捕虜となれば命の危険があると理解していたのだろうが、アストリアンはそういう国ではない。

アリはノアを連れ帰り、「アストリアンは!!そういう国じゃないの!」と教育することにした。


しばらくは反抗的な態度を取っていたが、やがて心を開き、今ではアリや側近たちとも打ち解けている。

無礼講なのはゼノの影響かもしれないが、とても優しい性格であることを、皆が知っている。


「ノア! 再開だ! 覚悟して!」


「わかりましたー」


そんなやり取りに、どこか嬉しそうな様子すらある。


すると、横からぼやきが入った。


「まったく……ケガを治す身にもなりなさいっての」


ぼやいたのは、ユイナだ。


「ユイナもごめん。無理しないで、侍医も呼んでね」


アリがそう言うと、ユイナはふっと笑って答えた。


「ま、私の得意分野だし。私の鍛錬にもなるしね」


彼女はアリの二歳上で、敬語を使わない数少ない存在の一人だ。

ゼノほど不謹慎ではないが、やはり兄妹、根本的な感性は似ている。


アリが幼少期にこっそり魔法の練習をしていたとき、傷を治してくれたのもユイナだった。

当時はまだユイナの治癒魔法も未熟だったのか、傷はほとんど癒えなかった――が、

それでも、気にかけてくれる存在がいたことが、何よりも嬉しかった。


そして、ユイナがぽつりと続けた。


「そういえば昔、アリアもよく治癒したけど……なかなか治らなかったよね」


「え? そうだったっけ?」


「うん。私の治癒魔法が未熟だったのもあるけど……アリア、ちょっと治りにくい体質なのかなって」


致命傷を負ったことがなかったため、アリ自身もあまり気にしていなかったが――

確かにそうだった気がして、ぼんやりと思い返していた。


と、そこへ。


「魔道具、試そうぜ」


試作品の入った木箱を抱えて、ゼノが練場に姿を見せた。


アリの意識はすぐに魔道具へと向かう。


「よし、やってみよう」


巨大魚の鱗から作られた硬質な皮防具をゼノに手渡しながら言った。


「……え、俺が着るの!?」


「うん♪」

アリは満面の笑みで圧をかける。


しぶしぶ装備したゼノに向かって、アリが構えを取った。


「じゃあ、いくよ――フルミナス!」


軽めの雷撃が放たれ、防具がしっかりと機能したようで、ゼノの体に稲妻が走ったが――


「い……たくな……ない?」


「おおっ」

とゼノもアリも感心した様子でうなずき合った。


「じゃあ、次!」


「ちょ、ちょっと待――」


言い終える前に、再び雷撃。


「フルミナス!」


今度も威力は変わらないはずだったが――


「い、てぇぇぇぇぇ!!」


ゼノは叫びながら地面に倒れ込んだ。


「……やっぱり効くんだね」


と、アリは納得顔。


「姫……混合したろ……」

立ち上がりながらゼノが問う。


「正解!さっきの雷撃は【火】属性だけだったけど、今回は【水】の魔力も混ぜたんだ」


アリは楽しそうに説明を続ける。


「水は導電性があるからね。ただの雷なら防げても、水と混ざると属性判定が変わって、貫通するんだね」


「感電じゃねえか……」とゼノも唸った。


それを見ていたカインとノアが目を見開き、


「ど、どういうことですか! 今の魔法、どうやったんですか!?」

と、声をそろえてアリに詰め寄った。


✦ ✦ ✦


魔法の稽古は、いつのまにかアリによる“魔法講義”に切り替わっていた。


「じゃあ、まずは五大魔法の基礎からおさらいしようか」


アリはそう言って、各属性について丁寧に語りはじめた。


「【空】は空間を操る魔法。空中を自在に駆けたり、空間の形を変えたりできるわ。

【風】は癒しの風で傷を癒す回復系の魔法。ヒーラーには必須ね。

【火】は火と雷の攻撃魔法。地に強くて、水に弱い。

【水】は水と氷を操る攻撃魔法。火に強くて、地に弱いわ。

【地】は大地や石を操る魔法。水に強くて、火に弱いの」


カインとノアは、感心したように「うんうん」と目を輝かせて聞き入っていた。


「一般的な魔導士は、だいたい一つか二つの属性しか扱えないけど、騎士団員クラスになると三属性以上が使える人も多いの。

四属性以上を使えるのはかなりの実力者で、団長クラス。五属性全部を扱える人は“希代の魔導士”といっていいわね」


「そして――四属性以上を扱えるようになると、“魔力の混合”ができるようになるの」


「混合…ですか?」とノアが首をかしげる。


「うん。たとえば、さっき私が使ったように【火】に【水】を混ぜて雷を貫通させたり、

【地】と【火】を混ぜて爆破の力を強めたりね。組み合わせ次第では、効果がない場合もあるけど、

攻撃系の三属性は比較的混合に向いているわ。

あと、“複合技”として、【空】で空を駆けながら【火】で攻撃――みたいな使い方もできるの」


「それ、すごい……!」と、カインが目を丸くする。


「ということは、空を飛びながら攻撃できるってことですよね!?」


「そう! ただし注意が必要。混合や複合は魔力の消耗が激しいから、使いどころは慎重に見極めないとね。

魔力切れを起こすと、その瞬間に身動きが取れなくなったりもするから」


「大魔法も連発すると消耗が激しいしな。……まぁ、俺はすぐ回復するけどな」とゼノがぼそりと挟む。


「ふふ、そうね。魔力って、空気みたいなもの。

肺に溜めた空気を使い切ったら苦しくなる。でも、呼吸すればまたたまる――そんな感じかな」


みんなが「なるほど」とうなずく。


「陛下は……五属性、全部使えるんですよね?」とカインが尋ねる。


「うん、使えるよ」


「苦手な属性って、あるんですか?」


アリは少しだけ考え込むようにしてから答えた。


「そうね……【風】かな。あまり治癒が得意じゃないの。人を“癒す”っていうのが、ちょっと苦手」


「えぇっ……陛下にも苦手があるんですね……!」


カインとノアが、どこか安心したように顔を見合わせて笑った。


「僕たちも混合魔法を使えるように、まずは四属性を扱えるようにならないと!」


そう言ったカインが、ふと何かを思い出したようにアリに尋ねる。


「古の魔法って、どうなんですか? 混合とか複合はできるんですか?」


「いや、古の魔法は五大魔法とはまったく別の系統でね。だから混合はできない。

使い方次第だけど、複合はできるわ。

それと――そもそも五つの属性すべてを扱えないと、古の魔法の回路自体が開けない仕組みになってるの」


「へぇ……」とカインとノアは目を丸くして、さらに感心したように頷いた。


「まあ、僕たちはまず四属性を目指すところからだね!」とカインが力強く言うと、

ノアも「うん、がんばろう!」と拳を握った。


「そうだね。まずは基礎をしっかりね」と、アリは優しく笑いながら二人を励ました。



教え、笑い、語らう日常の中――

確かに、時は動き始めていた。

アリアが歩んできたその道の先に、ひとつの節目が近づいている。


次回、新たなる時代の扉が開かれる。


✦ ✦ ✦

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