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世界中の山田さんに幸あれ

作者: 犬彦

2017年作。氷河期世代のほろ苦い青春物語。

 茂樹がセックスしている傍らで、僕は白黒映画を眺めていた。


 二十世紀中盤のアメリカ、新聞王の栄光と没落の物語。公開当時は斬新だった映像技法ばかりが注目される作品だが、僕が一番気に入っているのは、主人公に共感できる部分が一ミリもないところだ。鼻持ちならない成金野郎の不幸を、まったくの他人事として観ていられるのが心地良かった。


 何回目の観賞だろうか。よくも飽きずに、と自分に呆れてしまう。


 映画が終盤に差し掛かってきた。そろそろ日付が変わる頃だろう。室内で光源となっているのは年代物のブラウン管だけ。やはり映画は暗闇で観るべきだ。現実という無限の闇から人々を救う一筋の光、それが物語という嘘偽りだ。


 女の喘ぎ声が響いていた。テレビからの人工音ではなく、ベッドからの本物の声だ。


 いや、やら、だめ、やら、やめて、やら、拒否の言葉が頻繁に混じっていた。もし本気で嫌がっているのなら、これほどまで艶のある声にはならない。どうやらそれなりにお楽しみのようだが、喘ぎ声が大き過ぎた。見慣れた映画に没入したいわけではないが、喘ぎ声が台詞を遮るのは、さすがに鬱陶しい。


 広めの1Kマンションを、同い年の僕と茂樹でシェアして暮らしていた。窓際のカウチソファが僕のテリトリーで、壁際のセミダブルベッドが茂樹のテリトリー。カウチソファで映画鑑賞、セミダブルベッドでセックス。二人のテリトリーは、二人の趣味に見事なまでに合致している。テリトリー内での出来事には原則干渉しない、というのが二人で決めたルールなので、静かにセックスしろとは言えない。逆に茂樹の方も、映画のボリュームを下げろ、と僕に言えない。お互い様だ。


 僕の知る限りでは、茂樹にはセックスフレンドが四人いるが、もちろんそれだけで茂樹の荒ぶる性欲が収まるわけがない。初顔の女性をマンションに連れ込むのはよくあることで、大抵の場合、僕というもう一人の男性の存在に、女性が戸惑いを見せる。しかしあからさまな不満を口にしたのは、今夜の女が初めてだった。


 ちょっと、どうして他に男がいるんですか。


 ちょっと、その言い方は失礼じゃないか。


 挨拶がなかったのはどうでもいい。しかし住民票に載っている僕の住所に、僕がいて何が悪い。


 この女と目も合わせたくなかったが、完全無視はさすがに大人気ないので、頭くらいは軽く下げてやった。


 アイツのことは気にしなくてもいいよ。


 茂樹が相変わらずの軽薄な口調で女に言っていた。


 ずっと映画観ているだけで、こっちには関心がないから。


 まったくもって、その通りだ。


 ルームシェアしているからといって、茂樹の誘いに簡単に応じるようなヤリマンまでシェアするつもりはない。ましてやこんな失礼な女は論外だ。


 今日のセックスはいつもより早かった。僕の方が拍子抜けしたくらいだった。興奮しすぎてコントロールを失うなど、経験豊富な茂樹にはありえない。おそらくその逆だろう。女に不満で、さっさと射精を済ませたのだ。喘ぎ声の大きい女は冷める、と以前に茂樹が話していたのを、ふと思い出した。


 その後のセミダブルベッドは静かなものだった。


 腹が空いたので、面倒ながらも立ち上がって、ビデオを一時停止せずにキッチンに向かった。ベッドの脇を通った時、仰向けで眠る茂樹の、すーひーすーひー、という寝息が聞こえた。相変わらず眠りに落ちるのが早くて結構なことだ。女の方は壁際で薄手の毛布に包まって、茂樹に背を向けたまま動かない。ベッド上の二人からは、絆もつながりも感じられない。本当に先ほどまで愛し合っていたのか。とにかく、この女もここで眠るのは今夜で最後だろう。その寝心地を存分に味わうといい。


 キッチンで僕はシリアルをボウルに入れ、冷蔵庫から取り出した低脂肪牛乳を注いだ。ボウルを持ってカウチソファに戻ると、新聞王の物語が終っていた。見逃したシーンの直前ではなく、最初までビデオテープを巻き戻して取り出し、デッキの電源を落とす。まるでそれだけの役割のために製造された機械のように、無駄なく、義務的に動いた。


 シリアルを頬張る。もちろんなるべく音を立てないように気を付けるくらいのデリカシーは持ち合わせている。そこの失礼なヤリマンとは違う。


 ブラウン管が消えても、完全な暗闇というわけではない。バラのつぼみという珍しいレース柄のカーテンから透けて入る夜の薄明かりが、ちょうどいい具合だった。眼前のテレビが、物体として認識できるくらいの光量があれば、それで十分だ。色彩はいらない。


 夜の小竹向原。


 賑やかなる繁華街、池袋から三駅離れただけで、閑静な住宅地に変わってしまう。ネオンサインも、派手な広告や看板もなくなり、環七を走る自動車の音も、すぐに町の中に吸収されてしまう。僕が映画に求めているのも、こういう浮遊感、こういう柔らかさ。スリルも興奮もいらない。シンプルな映像と、シンプルな音楽が、カサカサに乾いた心を、慰め程度には潤してくれる。


 最後の一口分のシリアルを口の中でモゴモゴさせながら、ソファに寝転んだ。


 夜は長い。僕はいわゆる不眠症だ。一日の睡眠時間は平均一時間くらい。眠れないからといって起き上がっていても疲れるだけなので、カウチソファで横になって、朝までじっとしている。おそらく茂樹は僕の不眠症に気づいていないだろう。このままだと、いずれ体が壊れてしまうだろうし、突然死もありえる。そう漠然と思ってはいるが、本気で治す気にならなかった。


 死ぬのはもちろん怖い。しかしそれは僕の脳がそう感じるように仕組まれているにすぎない。いくら怖がったところで、死ぬ時は死ぬ。睡眠不足で死ぬのが僕の運命ならば、どうしようもない。


 たとえ僕が死んだところで、離れて暮らす両親が悲しむくらいのことでしかない。親より先に死ぬこと以上の親不孝はない、とありきたりな説教されても困る。僕の意志で死ぬのでなければ、僕の責任ではない。


 それに不眠症は、友紀が僕に遺した唯一のものだ。僕の命を多少削ることになったとしても、もうしばらく大事にしてもいい。


 人が睡眠中に夢を見るように、僕は眠れない夜に記憶を見る。そのほとんどが友紀のこと。特に初めてセックスした後の友紀の笑み。幸福という言葉をそのまま擬人化したような笑み。すごく幸せ、と友紀は言った。人生にこれほどの幸せがあるなんて、思ってもみなかった、とまで言ってくれた。


 記憶。実体などない。脳内シナプスのつながりで作り上げた虚像。それでも僕をこれほどまで安らかにしてくれるものは他にない。いつまでも、何なら命尽きるまで、友紀という名の物語に浸っていたい、とまで思ってしまうことがある。


 現実など、無限の闇でしかない。理不尽で、不条理で、固執するに値しない。それを僕に自覚させたのは、他の誰でもない、友紀だった。




 今でこそ東京人の振りをしている僕だが、生まれも育ちも、関東圏ですらない某地方都市だった。山地が近くて自然豊かで、それでいて社会インフラが抜かりなく整備されていて、生活に不便を感じたことはなかった。 


 理想的とも言える住環境。切れ間なく続く穏やかな日常。


 一方で、テレビで垂れ流されるニュースが、この世界の残酷さをしきりに訴えていた。中東で繰り返される戦争、アフリカで頻繁に起こる飢饉。しかし地方都市では何も起こらない。ミサイルも飛んでこないし、餓死する子供もいない。


 違和感を覚えるようになったのは、思春期の頃だっただろうか。


 ジオラマの中で暮らしているみたいだ、と思ったことがあった。山地は削って成型した発泡スチロール、建物はすべてカラーリングされたプラモデル、街灯や信号機の光源は乾電池。何もないように見える青空も、実は埃除けのアクリルケースで覆われている。そんなくだらないイメージが、僕の中に留まり続けた。


 僕の生活も経験も、すべて偽物だ。テレビニュースの向こう側にこそ真実はある。


 そんな安っぽいレトリックに溺れたことは一度もない。しかし、これでいいのだ、このままでいいのだ、という確信が持てなかった。いつかこの平和は破綻するのでは、という予感がどうしても拭えなかった。いつかジオラマの持ち主が飽きて、アクリルケースごと不燃ゴミとして捨ててしまうのではないか。そしてゴミ収集車の分厚い鉄の回転板によってバリバリと砕かれてしまうのではないか。


 そんな不安に怯えつつも、反面、それを期待する気持ちが僕の中に巣食っていたことを否定できない。


 世界中の多くの人々が戦争や飢饉に苦しめられているのに、平穏かつ裕福に暮らしている僕。何か特別な善行をしたわけでもないのに、貧しい人々が羨むような生活が生まれながらに与えられている僕。それが後ろめたくて仕方なかった。


 だからこそ、ノストラダムスの大予言という、オカルト終末論に心惹かれた。


 一九九九年、アンゴルモアの大王が人類を滅亡させる。


 そんな根拠もクソもない、荒唐無稽な妄言を、心の引き出しにずっと隠し持っていた。あ、もう、仕方ないか、とすんなり諦められそうなくらい無慈悲な力で、僕の平和を壊してほしかった。そうして僕という存在を、正しく裁いてほしかった。


 しかし大方の予想通り、ノストラダムスの大予言は外れた。人類は滅亡どころか人口を少しも減らすこともなく、一九九九年を無難に通過した。


 ただし僕はその年、ささやかな罰を受けた。本当に大したことではない。友紀と出会い、そして永遠に失った。ただそれだけのこと。ただそれだけの傷。ただそれでも、僕をほんの少し軽くした。




「今日は遅かったね」


 僕が地下四階の清掃控室に戻ってくると、莉里が一人で仕事をサボっていた。休憩スペースのカーペットに胡坐をかいて、ローテーブルの前でカフェオレを堪能していた。


「業務用エレベーターが混んでいて、なかなか動かなかったからな」


 僕はさらりと嘘をついて、退勤のタイムカードを打刻した。


 東京大手町にある高層ビルで、僕はパート清掃員として、平日の朝六時半から十時まで働いていた。


 今日は終始作業ペースが上がらなかった。昨晩は三時間も眠ってしまったせいか、頭がぼんやりするだけでなく、体の動きも鈍かった。いつもなら十分前には作業を終わらせるところを、今日は七分もサービス残業してしまった。


 二〇〇〇年、二十世紀最後の年にこの清掃会社に入り、二〇〇一年、二十一世紀最初の年になっても続けている。清掃員として世紀をまたいだわけだが、この職業への思い入れは特にない。採用のハードルが低そうだから、というのがこの職業を選んだ理由だった。資格は必要ないし、経験も問われない。体を動かすという行為を我慢できるくらいの些細な根性があれば、それで十分だ。


「コーヒーなんか飲んでていいのか。休憩時間じゃないんだろ。主任に怒られるぞ」


 莉里はフルタイム勤務で、始業は僕と同じ六時半だが、十五時半まで帰れない。三年もここで働いており、後輩に当たる僕には敬語を使わない。対して二十六歳の僕も、二十三歳の莉里には敬語を使わない。


「大丈夫。主任は二十七階に行ってるから。ほら、休んでるナカネさんの代わり。しばらく降りてこないよ」


 莉里に悪びれる様子は微塵もない。僕は人差し指で頬をポリポリと掻いた。


 もし莉里のサボタージュに、主任が気づいたとしても、おそらく怒らないだろう。莉里にはどうも甘い。


 莉里はかわいい。残念ながら認めざるを得ない。はっきりとした二重瞼の大きな目、少し潰れた鼻、薄いが柔らかそうな唇、ふっくらとした頬、くせがなく滑らかな黒髪、と特徴をグダグダと列挙したが、要するに童顔美少女だ。主任くらいの中年オッサンなら、舐め回したくてたまらないに違いない。


 莉里は男性に心を開かない。


 まず男性に触れられることを極度に嫌う。主任や男性の同僚には、一メートル以内に近づこうとしない。僕だけにはそこまでではないものの、それでも体の一部でも触れかかると、まるでプラス極同士の磁石のように、瞬時に離れる。


 さらに僕以外の男性と会話したがらないし、目も合わせようとしない。主任が仕事上の相談をしようとしても、はい、か、いいえ、で不愛想に答えるだけだった。なので最近は不本意ながら、僕が主任と莉里の伝達係をさせられている。


 クドーくんはどうやって山田くんの心を開いたんだ?


 以前、主任に訊かれたことがある。確かになぜか、莉里は僕に懐いている。しかし心を開いている、というのは正しくない。そもそも、僕の方が莉里に心を開いていない。


 トイレ清掃歴十年のベテランオバチャンによれば、莉里は幼少の頃、知らないオッサンから性的暴行を受けたことがあるらしい。嘘か真か、僕は判断しかねている。これほどデリケートな心の傷を、莉里自身がただの仕事仲間にペラペラと喋るだろうか。


 またそのオバチャンによれば、その性的暴行が原因の精神疾患を抱えており、情緒が乱れる時が稀にあるらしい。僕が入社する前に、清掃控室で奇声を発して暴れたことがあったそうだ。


 そういう事情への配慮も、主任が莉里に甘い要因なのかもしれない。悪い表現をすれば、腫物扱い、というわけだ。


「じゃあ、また明日な。お疲れ」


 僕はさっさと清掃控室を離れようとした。


「ちょっと待ってよ。最近、報告を受けてないんだけど」


「報告? 何の?」


「ジゴロ兄さんのこと」


 僕はうんざりという顔をした。


 ジゴロ兄さんとは、茂樹のことだ。


 以前、互いの住まいについて、莉里と話をしたことがあった。


 莉里は、実家のある神奈川県を離れ、高円寺で一人暮らしをしている。漫画家志望で、安アパートにいる時は、絵の特訓ばかりしている、と自分で言っていた。


 一方の僕は、このビルで働く半月前に、小竹向原で茂樹とルームシェアするようになった、ということだけ手短に話した。それから莉里が茂樹のことをしつこく訊いてくるようになった。ねぇ、どんな人? カッコいい? それが僕には面白くなかった。美少女が他の野郎に興味を持つと嫉妬心が湧く、というどうでもいいオプションが、僕には内蔵されているらしい。その頃にはトイレオバチャンから莉里の性的暴行のことを聞いていたので、莉里が嫌悪感を抱くように話してやろう、と意地悪く思った。何てことはない。ありのままの茂樹の生態を、嘘偽りなく喋ればいいだけのことだ。


 色んなオンナをとっかえひっかえして、セックスばかりしている。


 この話は逆効果だった。莉里は妙に面白がって、茂樹に「ジゴロ兄さん」という渾名を勝手につけて、どんなオンナと、どんなセックスをしているのか、とさらに頻繁に訊いてくるようになった。


「昨日はどうだったの? オンナ、連れ込んだの?」


「ああ、そうだな」


 僕は面倒臭そうに言った。


「失礼な女だったな。僕に挨拶もしなかったし」


「恥ずかしかったんじゃない? 他に男がいたら気まずいでしょう」


 正論だ。


「それで?」


「それでって?」


「セックスだよ。決まってるじゃない。最重要ポイントだよ。とぼけちゃって。どうだったの? 盛り上がった?」


 性的暴行の被害者が、これほどまで軽々しくセックスという単語を口にできるものなのか。やれやれ。ちょっとだけなら、莉里の興味に乗ってやるか。


「女の方は結構盛り上がっていたんじゃないかな。喘ぎ声がやたら大きかった。いや、とか、だめ、とか、やめて、とか。うるさいくらいだったよ。でも茂樹はそうでもなかった。さっさと終らせて、一人で勝手に寝てしまった」


「そのオンナ、すごいブスだったんじゃない?」


 どうして、そんなデリカシーのない言葉を躊躇なく口にできるのか。


「顔は見てない」


「どうして?」


「興味なかったから」


「興味持とうよ。ルームメイトのガールフレンドだよ」


 アメリカン青春ドラマのように言わないでほしい。そんな爽やかなものではない。


「でもさぁ」


 莉里は腕を組んで、下唇をちょっと突き出した。


「ジゴロ兄さんって、本当にセックスが好きなの?」


「そりゃ好きだろう」


 僕は即答した。


「あれだけセックスしておいて、嫌いってことはないだろう」


「にしては淡白過ぎない? クドーくんの話聞いてると、ジゴロ兄さん、大抵さっさと終らせてるじゃない。一人のオンナに夢中になった、ってのはジゴロだから無理かもしれないけど、一回のセックスに夢中になった、ってのはあってもいいんじゃない? でも今までで一番マシなのが、まあまあ良さそうだった、って程度だよね」


 言われてみれば、そうかもしれない。


「ねぇ、今度、クドーくんの部屋に行ってもいい?」


「えっ?」


 僕は驚いた。無防備にも程がある。僕を男性扱いしていないとしても、僕の方も手を出すつもりはないのだから、別に構わない。しかし同居人はジゴロ兄さんだ。性的暴行の経験者なら、身の危険を少しは感じないのか。


「僕の部屋に何しに来るんだよ」


「ジゴロ兄さんのセックス見学」


 あまりのバカバカしさに、その発言を理解するのに少し時間がかかってしまった。


「……それ、本気?」


「もちろん。ダメ?」


「当たり前だ」


「でもちゃんと確かめないと。ジゴロ兄さんがちゃんとセックスできているのか、ちょっと心配だよ」


 茂樹の立場になれば、ただただ余計なお世話だ。


「クドーくんは、いつも見てるんでしょ? ずるいよ。そこに私もこそっと入れてくれればいいだけだよ。二人で並んで見ようよ」


 他人のセックスを水族館のイルカショーと同等に扱わないでほしい。


「見ようとはしていない。部屋に仕切りがないから、視界に入ってしまうだけだ。もし二人で並んで見てたら、茂樹に怒られて、部屋から追い出されるぞ」


「じゃあ押し入れに隠れてる。押し入れで静かに覗いてる。それならいいでしょ?」


「アホか」


 心底呆れた。わざと大きな溜息をついた。


「いい加減、仕事に戻れ。主任、帰ってくるぞ」


 莉里は壁時計に目をやると、しまった、という顔をして、カフェオレの残るカップをローテーブルに置いて、慌てて立ち上がった。急ぎ足で僕と擦れ違ったが、控室のドア前で不意に立ち止まり、振り返った。僕の顔をじっと見つめる。


「……何?」


 莉里の表情のかわいさが、僕の困惑を倍加させる。


「クドーくんって、笑ったこと、ある?」


 急に何を言い出すのやら。清掃も立派なサービス業だ。営業スマイルなら、気持ち悪いくらいやっている。




 山田。莉里の苗字だ。


 率直に、平凡な姓だと思う。山田を変わった姓だとか、珍しい姓だとか感じる日本人が一人でもいるだろうか。しかし鈴木や佐藤のようにありふれているというわけではない。僕が二十六年生きてきた中で出会った山田姓は、たった三人だけだ。


 山田優衣。


 僕にとって初めての山田姓は、中学二年の時のクラスメートだった。運動神経抜群で、バスケットボール部ではエース格。さらに成績優秀で、学内テストでは常に三位以内。その上、一地方都市には勿体ないほどの美貌。そんな苗字以外に平凡な部分が見当たらない彼女こそ、僕の初恋の人だった。運動神経も成績も容姿も平凡な僕には分不相応だとわかっていたが、優衣を自慰行為のオカズにするのをやめられなかった。


 結局、僕からは一度も優衣に話し掛けられなかった。タイミングがなかった、シチュエーションがなかった、と言い訳するのは簡単だが、勇気がなかった、というのが最も適切だろう。思春期の僕は羞恥心の塊で、恥ずかしい思いをすること、プライドを傷つけられることを極度に嫌っていた。本心をさらけ出すなど、野蛮な行為としか思えなかった。


 一方、優衣は一度だけ、僕に声を掛けてくれた。


 クドーの笑い方、すごく気持ち悪い。


 本心を隠していればプライドが守れるわけではない。優衣からは素晴らしい人生訓を学ばせてもらった。


 好きな女に好かれる、好きな女に嫌われない。色んなことをゴタゴタ言っても、結局のところ、男の存在価値など、その程度のことでしかない。当時の僕にとって、優衣は僕の価値を決める審判者だった。笑い方を通して、僕は優衣から最低の評価を受けた。それは僕がこの世界から最低の評価を受けたということと同じだった。


 優衣は間違っていなかった。救いがないくらい正しかった。


 僕が優衣について語れるのは、これくらいだ。




 午前中の清掃バイトの稼ぎだけで、自分を養えるほど、東京は甘くない。なので掛け持ちで、池袋のレンタルビデオ店でレジ係をやっている。昼間だったり夕方だったり夜だったりと、勤務時間は他のスタッフの都合でコロコロと変わる。


 二〇〇〇年、二十世紀最後の年から働くようになり、二〇〇一年、二十一世紀最初の年になっても辞めていない。清掃スタッフとしてだけでなく、レジ係としても世紀をまたいだわけだ。この職業への思い入れは特にないが、この店への思い入れは、そこそこある。レジ係になる前から、僕はこの店の常連客だった。新作映画もアニメもアダルトも中途半端な品揃えのくせして、なぜか古い白黒映画だけは充実していた。


 大抵は一人で店を任され、二人以上で働くことは滅多にない。その日の勤務は十八時から二十二時半までだった。レンタルビデオ店なのに二十四時間営業ではなく、二十二時で営業終了という変わった店だった。僕にはそこから三十分の閉店作業が付け加わっていた。


 元々繁盛している店ではないが、今日はさらに客が少なく、二十時半前に髭面の男がアダルトビデオを借りてから、清々しいくらい誰も来なくなった。レジカウンターで何もせずに座り続けていると腰が痛くなってきて、我慢しきれず立ち上がったのは二十一時半過ぎ。陳列棚に並ぶ、まったく埃のない見本パッケージにハタキを掛けた。この生ぬるい暇潰しを清掃と呼んでしまっては、午前中のバイトに失礼だ。


 ジゴロ兄さんって、本当にセックス好きなの?


 莉里とこの話をしたのはいつだったか。


 僕も男なので、性欲は掃いて捨てるほどある。スタッフの特権でタダ借りしたアダルトビデオを、ミュートで映像だけにして、傍らでセックスしている茂樹と女の喘ぎ声で自慰をする、という慎ましやかな変態行為を、たまにやっている。視覚情報と聴覚情報がずれる感覚に慣れてしまえば、これはこれでなかなかの珍味だ。


 断っておくが、僕は好んで自慰しているわけではない。男の性衝動とは、実に耐えがたいものだ。処理しなければ、頭の中が射精欲求だらけになり、まともな思考ができなくなり、精神の安定を保てなくなる。この男性普遍の真理を、世の御婦人方にいまいち理解してもらえない。生理の方がもっと辛い、と主張されても困る。生理になったことがない僕には比べようがない。


 茂樹のセックスも、快楽の追求ではなく、射精欲求という苦痛からの逃避なのかもしれない。もしそうならば、趣味はセックスです、と言う資格が茂樹にあるのだろうか。自嘲するように作り笑いを浮かべてみた。僕だって、そう変わらない。


 二十一時五十分過ぎ。急にしゃっくりが出てきた。


 あと十分で営業終了だ。どうせ客は来ないだろうから、しゃっくりなど放っておけばいい。そう油断していたら、ショートカットの女性が一人入ってきた。いらっしゃいませぇ、と僕は気の抜け切った挨拶をして、しゃっくりと舌打ちを我慢しながら、レジカウンターに戻った。


 ショートカットが洋画コーナーで見本パッケージを物色している様子を、僕は横目でじっと窺った。男性とは例外なく、女性の短いスカートを好む生物だが、このショートカットのタイトなデニムパンツも悪くない。ムッチリしているが決して太っているわけではなく、メリハリの効いた下半身の肉付きがよくわかる。断っておくが、あくまでレジ係の義務として、この客を監視していただけだ。


 音を殺して、しゃっくりした。


 ショートカットがレジカウンターに持ってきた見本パッケージは、ハリウッドのコメディー映画だった。アメリカでは大ヒットしたが、日本ではまったく受けなかった作品だ。笑いのツボですら国によってこれほど違うのだから、すべての人種が真にわかりあえるようになるまで、あと何億年かかるだろうか。


 ショートカットの胸は、下半身と比べると控えめだった。筋肉多めで脂肪少なめのアスリートボディなのかもしれない。断っておくが、あくまでたまたま視線の先に胸元があっただけだ。


 あのぉ、とショートカットが声を掛けてきたので、僕は反射的に目線を上げた。不自然なほど色白で潤いのない肌、輪郭が強調された目、妙にテカテカとした唇、と顔の特徴を気づいた順に列挙してみたが、要するに化粧が厚くて下手だ。


「カワナカ先輩のところにいた人じゃないですか」


 ショートカットが会員証を差し出した。カワナカとは茂樹の苗字だ。池袋の某大学を卒業した茂樹には、池袋をウロウロする後輩が山ほどいるだろうから、その内の一人がこの店の会員でもおかしくはない。


 喘ぎ声がやたらと大きかった、あの失礼な女だ。


 あの時、容姿を見ていなかったが、声はよく覚えていた。ちょっと、どうして他に男がいるんですか、と言われた時の苛立ちを、未だに忘れていない。


「先輩の部屋の奥で白黒映画観てましたよね」


 僕は無反応を決め込んだ。声を出せば、しゃっくりも出そうだったというのもあるが、何よりも、あの時の失礼への報復だった。


「……あれ、人違い?」


 不安と気まずさが滲んだショートカットの顔。腹立たしいことに、案外かわいい、と思ってしまった。僕の報復はあっさり失敗した。軽く溜息をついた。


「違わないです。私は茂樹の同居人です」


 そう言うと、豪快なしゃっくりが出てしまった。


「大丈夫ですか」


「……大丈夫です。失礼しました」


 ショートカットの顔に、今度は安堵が滲んだ。まるで、ああ、人違いじゃなかった、良かった、と声に出しているかのように、その感情が僕に伝わってきた。典型的な嘘のつけないタイプだ。


「クドーさんでしたよね。先輩から話は聞いてます」


「そうですか」


 僕は素っ気なく言って立ち上がり、背を向けたタイミングで、またしゃっくりをした。無反応を貫けなかったのなら、さっさと御希望のビデオテープを保管棚から探し出して、さっさと会計を済ませて、さっさと帰ってもらおう。


「あっ、ちょっ、ちょっと待って」


 ショートカットが慌て気味に言った。


「やっぱ、……それ、やめます」


 僕はレジカウンターに引き返して、無表情の中に、接客業としての節度を逸脱しない程度に苛立ちを効かせてみせた。


「……すみません」


 ショートカットが恐縮した顔で謝ってきたのは意外だった。失礼な女のはずなのに。


「見本はこちらで棚に戻しておきます」


 僕は平静を装って、預かっていた会員証を事務的に返した。これで帰ってくれるだろうか。


「いやぁ。モヤモヤした気分を吹き飛ばしてくれるくらい笑える映画が観たいなぁって思いまして」


 ショートカットは嘘臭い笑みを浮かべて、まるで親友のような口調で話し出した。


「……でも、コメディー映画って、全然わからなくて、もしつまんなかったら、嫌だなぁって、……ちょっと思っちゃいまして」


 訊いてもいないことを、何かを取り繕うように喋っている。


「私に何か用があるんですか」


「いや、そういうわけじゃ、……ないんですけど」


 声が小さくなった。やはり嘘がつけないタイプだ。


「そ、そうだ。クドーさんお勧めのコメディー映画、教えてください。映画に詳しいんですよね。先輩がそう言ってました」


「チャップリンでいいんじゃないですか」


 早く帰ってほしいので、定番中の定番を素早く答えた。


「チャップリン? いくら何でも古くないですか?」


 もっと考えて、とショートカットの白けた表情が訴えていた。


「チャップリンを観たことは?」


「ないですけど。普通は観ないでしょ?」


「そうでもないですよ。借りる人、結構います」


「そうなんですか」


「もちろん新作映画ほど頻繁ではないですが。チャップリンは悪くないですよ。下手なコントよりずっと面白いです」


「でも白黒映画でしょ?」


「そうですね」


「せめてカラー映画がいいです。……ほら、せっかく二十一世紀になったんですし」


「すみません。私が詳しいのは白黒映画ばかりでして。カラーのコメディー映画はよくわかりません」


「白黒映画が好きなんですか」


「はい」


「変わってますね。どうしてですか」


 僕は少し考えた。友達とでも白黒映画が話題になることは滅多になかったので、不覚にも喋りたくて仕方なくなっている。


「白黒映画の時代って、やっぱり撮影技術が未熟じゃないですか。その中でいかに魅力的な映像にするか、知恵を絞って、工夫して、努力している。そういうのが映画に深みを与えているんです」


「深みですか。そんなこと気にして映画観たことなかったです」


「良質な白黒映画は本当によく作り込まれています。ストーリーはもちろん、セットや小道具や、カット割りまで。今の映画は技術もお金もありますが、込められている情熱は白黒映画の方が断然上です。比べものになりません」


 言い終わった瞬間に、しばらく止まっていたしゃっくりが出た。つい熱弁を振るってしまったことを、しゃっくりに咎められたような気がした。


「そうなんですかぁ」


 本音か演技か不明だが、とにかくショートカットが関心ありそうに呟いたことが、正直かなり嬉しかった。


「チャップリン、試してみようかな。でも結構種類あるんじゃないんですか」


「もし良ければ、私が選びましょうか」


「ホントですか。ありがとうございます。クドーさん、やさしいですね。先輩とは大違いです」


 そういえば茂樹から、やさしさを感じたことはないな、とぼんやり思いながら立ち上がり、店の奥に下がった。しゃっくりを二回しながら、保管棚からチャップリン作品を一本選んで、貸出用パッケージに入れて、レジカウンターに戻った。チャップリンらしさを存分に味わえる名作、ということもあるが、しゃっくりシーンがあるということが、何よりの決め手だった。


「それ、本当に面白いんですよね。信じていいですか」


「人によって好みがあるでしょうから、保証はできません」


「ダメですよ。ちゃんと保証してくれないと。面白くなかったら、レンタル料全額お返しします、ってのはどうですか」


 馴れ馴れしい。面白くないだけで責任を取らされていたら、レジ係などやっていられない。


「……冗談です。そんな顔しないでください」


 僕はどんな顔をしていたのだろうか。


「じゃあ、……こういうのはどうでしょう」


 ショートカットが急に背筋を伸ばした。僕もつられて背筋を伸ばすと、しゃっくりが出た。


「じゃあ、じゃあ、……ですねぇ」


 言い難そうだ。


「もし、面白くなかったら、私と……、セックスしてください」


 しゃっくりが完全に止まった。


「あの……、私と、だから……」


「すいません。二度も言わなくてもいいです」


 僕は慌てて止めた。


「ご、ごめんなさい」


 言った方が動揺してどうする? 厚化粧でもわかるくらい顔を真っ赤にするなら、なぜ言ったのか。


「とにかく、私とセックスしてください」


 ああ、二度も言わなくていいと言ったのに。


「すみません。言っていることの意味がわかりません」


「えっ、どうして?」


「ど、どうしてって、それはそうでしょう」


「そうですか」


 互いにわけがわからなくなっている。


「一回、深呼吸してください」


 ショートカットはすぐに三回オーバーに深呼吸した。素直だ。


「あのね。私、全部正直に言います。先輩とのセックス、つまらなかったです」


 僕は背中に冷たい汗を感じながら、目だけを動かして、他に誰もいないことを素早く再確認した。


「でもですね。凄く興奮したんです。だって、セックスしている傍で、別のオトコが映画観ているんですよ。そんなこと、普通ありえますか」


 僕には日常茶飯事だが。


「私、どうなるんだろう。先輩の後に、クドーさんにも抱かれるのかな。って思ったら、もう頭がおかしくなっちゃって。もうどうにでもなれって。もうメチャクチャにして、って、……ちょっと期待しちゃって。でも、実際は先輩のセックスつまんなくて、クドーさんは指一本触れてくれなくて」


 当たり前だ。


「わたし、ベッドでずっと待っていたんです。クドーさん、一回キッチンに行かれましたよね。あの時なんか、遂に来た、先輩から奪われる、と思って、もう心臓なんか壊れそうなくらいバクバクして。でもクドーさん素通りして、がっかりしました」


 仕事中に何の話を聞かされているのか。他に客がいないのは幸運なのか、それとも不幸なのか。


「あれからずっと、クドーさんのことが忘れられないんです。だから、お願い、抱いてください」


 映画が面白くなかったら、という条件はどこに行ったのか。


「落ち着いて、落ち着きましょう、早夜さん」


 僕は宥めようとして、思わず会員証に記載されている下の名前を口にしてしまった。ショートカットも意表を突かれたという顔をした。


「ああ、……ごめんなさい」


 我に返ったようだった。


「随分、取り乱してしまいました。おかしなこと、言ってしまいました。……本当にごめんなさい」


 真っ赤な額に汗が滲み、真っ赤な頬に汗が伝う。


「大丈夫ですよ。気にしてないですから」


 もちろん嘘だ。気にしないわけがない。


 もしかして、僕は恋の告白を受けたのだろうか。付き合ってください、ならまだしも、セックスしてください、は生々しすぎて、ロマンの欠片もない。


「とにかく今日のところは、チャップリンを観てくれませんか。そしてもし良ければ、返却する時に感想を聞かせてください」


「……わかりました。そうします」


「その他のことは、それから考えましょう」


「はい、そうします」


 本当に素直な人だ。そして意気消沈している。僕はショートカットのためにも手早く会計を済ませてあげた。


「本当にすみませんでした」


 ショートカットはビデオの入った貸出用パッケージを受け取ると、深々と頭を下げて逃げるように店を出ていった。


 相沢早夜。


 それが会員証に記載されていたフルネームだった。山田姓ではない。ただそれだけのことに、僕はほっとしていた。


 スッピンはどんな顔をしているのだろうか。


 かなり違和感のある化粧だった。やり過ぎなのは本人もわかっているが、それでも敢えてやっているような気がした。大胆かつ破廉恥。しかしその割には、自信なさげな眼差しだった。


 相沢早夜。


 とにかく、その名は覚えておこう。それは、僕に欠けているものを、その身を以て示したことへの敬意だった。ちょっと、どうして他に男がいるんですか。あの時の苛立ちも、しゃっくりと共に消えたようだ。


 ふと時計に目を遣った。二十二時十四分。いかれた客に絡まれて営業終了が遅れた、と日報に記しておけば、オーナーも怒らないだろう。




 なぜか、莉里が目の前にいる。


 僕達は目が合って、文字通り、しばらく止まった。


「こんなところで何してるの」


 先に口を開いたのは莉里の方だった。


 世界堂新宿本店。その名に違わず、世界中の画材や文具が揃っているのではないか、と思わせるほど膨大な品数を誇る店舗ビルだ。


「原稿用紙が欲しくてね」


 思わず本当の目的を漏らしてしまった。


「原稿用紙を買いに、わざわざ世界堂まで?」


「そうだよ。……悪いか」


「いや、悪くはないけど」


 莉里が不思議そうな顔をするのも無理はない。原稿用紙くらい小竹向原でも売っている。ならばなぜ、ここまで赴いたのか。答えは、気まぐれ。午前中の清掃バイトが終わると、新宿に行きたい気分になり、地下鉄に乗って新宿に赴くと、世界堂に行きたい気分になった。ただそれだけだ。


 まさか、その気まぐれの先に莉里がいるとは。


「原稿用紙なんか、私、高校で読書感想文書かされてから使ってないよ。そんなの、何に使うの?」


「何でもいいだろ」


 僕は気まずそうに呟いた。小説家志望だということは、莉里だけでなく、茂樹にも、親にも言っていないし、誰にも言いたくない。


「原稿用紙置いてるのは一階だよ」


 僕達がいるフロアは二階だ。


「わかってるし、もう買った」


 原稿用紙は背負っているデイバックの中だ。


「久しぶりに来たんだから、すぐ帰ったら勿体ないだろ。だから五階から順に見物していた。世界堂に置いてあるものって、僕にとって必要のない物ばかりなんだけどな。でも見ているだけで楽しい」


「そうだよね。私も、世界堂来るとテンション上がる」


 過剰。それだけで娯楽となりえるのなら、世界堂どころか、東京はそれ自体で娯楽だ。


 二階には漫画用の道具が揃っている。まさに莉里のためのフロアだ。認めたくないが、棚の間に佇んで僕を見つめるその姿は、写真に撮って額に飾りたくなるほど、様になっている。清掃バイトの地味なユニフォームでもかわいく着こなしてしまうのに、そんなフェミニンな私服を不用意に公衆に晒すとは、何と罪深いことか。特に膝丈のフリルスカートが、莉里とも、そしてこのフロアの雰囲気とも、見事にマッチしている。もし僕に金と権力があれば、この場でミス世界堂二階コンテストを開催して、即座に莉里を大賞にしたいくらいだ。


「今日、仕事に来ていなかったな」


 ときめきを抑えようとしたせいで、素っ気ない口調になってしまった。


「有休」


 なるほど。


「今日は朝から晩まで漫画描きまくってやるって思ってたんだけど、肝心の紙がなくなっちゃって。駄目だよね。私って、計画性がないんだよね。で、新宿まで出てきたら、何かね、漫画描くの面倒臭くなってきて。今日はいいかなってなってきて。私って、意志弱いね。これじゃあ、何のために有休取ったんだか」


 よく喋る。


「クドーくん、今日は暇でしょ」


「どうして決めつける」


「えっ、まさか、何かあるの」


「いや、ないけど」


 今日は生憎、レンタルビデオ店のバイトは休みだ。


「じゃあ、デートしようか」


 クリームのないウエハースくらい、莉里の言葉が軽い。


「観たい映画あるんだ。公開前からずっと楽しみにしてて。でも、女性一人で映画観るって、なかなかハードル高いんだよ。チケット買うだけで、何かソワソワしちゃって。誰か誘うっても、東京に友達いないし、……って、地元にも友達いないか」


 次々と言葉を繰り出す莉里。デートというひとつの単語にドキドキする暇さえ与えてくれないのか。

「だから、ねぇ、映画、観ようよ。いいでしょ?」


 甘えた声が、また罪作りだ。


「連れてってくれないんなら、ずっとクドーくんの後ろを付けて、家まで行くから。そしてジゴロ兄さんのセックスを見学するから」


 やれやれ。仕事場だけでなく世界堂でも、それを言うのか。


「わかったよ。行くよ」 


 そう言うという選択肢しかないのに、自分の意思で選択したことになるのだろうか。理不尽この上ない。


「ホント? わぁい、やったぁ」


 文字にすると、三流芝居の台詞だ。しかし莉里の口を介せば、魅力的な歓喜表現になってしまうのだから不思議だ。不覚にも、僕まで嬉しくなってしまった。やはり山田姓は侮れない。




 さっさと漫画用紙を買った莉里と共に、世界堂を離れた。まるでフェロモンを辿るアリのように、莉里は迷いなく映画館までの道程を突き進んだ。歩みがとにかく速い。僕は後を付いてゆきながら、この状況を漫画にするとしたら、スタスタという擬音を莉里の足元に書くべきだ、とくだらないことを考えた。世界堂ではあれほど饒舌だった莉里が一切喋らない。早く映画が観たい、という思いで頭の中が一杯なのか。目的地までの気軽なお喋りも、デートには大事だと思うのだが。


 映画館に着いた時、少しだけ上映開始時刻を過ぎていた。私が誘ったんだから、と莉里は二人分の代金を気前よく僕に渡した。年上の男性の方が払うべき、というダンディズムを守るかどうか、呑気に悩む余裕はなかった。急いでチケットを購入し、二人で駆け込むようにホールに入り、目についた空席に座った。スクリーンには他の映画の予告編が流されており、それが約十分続いた後、ようやく本編が始まった。慌てる必要はなかったわけだ。


 映画はいわゆるテレビアニメの劇場版だった。スタイリッシュなハードボイルドアクション。莉里の好みを知っているわけではなかったが、いかにも莉里が好みそうな映画だと勝手に思った。僕はこのアニメを知らないという以前に、アニメ全般に疎かった。白黒実写とは真逆の世界。人工的に彩色されたカラーの洪水。話が頭に入ってこない。どのあたりまで観ていただろうか。目がチカチカして、目頭を押さえたのは覚えている。その後の時間が消し飛んで、気づいたら、ホールの照明が点いており、スクリーンには何も映っていなかった。つまり映画が終わっていた。


 信じられないことに、僕は眠っていたのだ。


 アニメ映画が不眠症に効果を発揮するとは。


 目覚めの爽快感と、ささやかな発見に対する喜び。しかしそれらは、隣に座る莉里の鬼の形相で消し飛んだ。


「もう、ありえない!」


 ホールを出てゆく他の客の目もはばからずに、莉里は怒鳴った。


「どうして寝るの? 凄くいい映画だったのに」


 さすがに悪いと思った。チケット代まで出してもらいながら、真面目に観ないのは失礼だ。


「今日は、……寝不足だったから」


 下手な言い訳だが、嘘は言っていない。


「関係ない! こんな傑作を目の前にして、よくもイケシャアシャアと寝てくれたよね」


 イケシャアシャア? どこの言葉か方言か。


「クドーくん、どういう神経してるの? ホントに凄い映画だったんだよ。ねぇ、わかってるの?」


 まったくわかっていない。寝ていたのだから。


「私、クドーくんのために怒ってるんだよ。クドーくんが観ていなかったシーン分だけ、クドーくんは人生を損したんだよ。クドーくんが寝ていた時間分だけ、クドーくんは人生を捨てたんだよ」


 そこまでのことなのか。


 新宿の片隅で上映されているこのアニメ映画が、僕の人生にとって、そこまで重要なものだったのか。とにかく、莉里がここまで絶賛しているのだから、相当面白かったのだろう。妙に惜しいことをしたような気になってきた。


 仕方なさそうに頭を掻いた。


「じゃあ、この映画、もう一回観るか」


「えっ?」


 莉里の怒りは、瞬時に戸惑いに変わった。


「もう一回って、いつ?」


「今から」


「え、……え、ええっ、ホントに?」


「ホントに。損した人生、取り返したいからな。今度はチケット代、僕が払うから、付き合ってくれないか」


 僕の気持ちの四十パーセントは、本気で観たいと思っていたが、残りの六十パーセントは、莉里に断ってほしいと思っていた。昼食の時間に映画を観ていたわけで、空腹が辛かった。


「バ、バカじゃないの? 同じ映画、続けて二回も観るわけないじゃない」


 莉里の言葉自体は期待通りだったが、その口調は期待外れだった。間違いなく、これはまんざらでもない。これ以上僕が押せば、クドーくんがそこまで観たいなら、と同意するのは確実だ。


「そうだよな。バカだよな。やっぱり、ありえないよな。それじゃあ、こういうのはどうかな。この後、食事でもしながら、このアニメのこと、教えてよ。僕、このアニメのこと、テレビ版を含めて、よく知らないから。……どうかな」


 莉里は少し考えた。


「クドーくんが食事代払ってくれるんだよね」


「もちろん」


「それなら……、まあ仕方ないか。教えてあげる」


「ありがとう」


「だけど、これだけは言っとくから。私、映画観終わったらすぐ帰って、漫画描くつもりでいたんだからね。それを、クドーくんのために、時間を作ってあげるんだからね」


「わかったよ。ホントにありがとう」


「……まあ、別にいいけど」


 莉里は照れ臭そうにした。人付き合いに不慣れな人間は大抵、ありがとう、という言葉が苦手だ。ともあれ僕は、莉里の機嫌を直すという難ミッションを上手くクリアしたわけだ。




 ファミレスの一択だった。ホテルや百貨店のレストランは、フリーターには高過ぎるし、かと言って、食事に誘っておいてファーストフードや立ち食いそば屋は安過ぎる。


 ファミレスで莉里が頼んだのは、イタリアンハンバーグ・アンド・エビフライで、当然ながらライスとサラダとドリンクバーの三点セット付き。カロリーも値段もなかなかのボリュームだ。一方の僕は、財布と相談した結果、BLTサンドとフライドポテトだけに留めておいた。


 小柄な割に、莉里はよく食べる。そして、相変わらずよく喋る。エビフライにタルタルソースをたっぷりつけて、口に入れ、サクサクと小気味良い音を立てながら嚙み締める。喋る。オレンジジュースを少し飲む。喋る。ハンバーグを一切れを食べ、同時にライスも頬張る。胸がつかえたのか、オレンジジュースを一気に半分飲む。喋る。


「サラダも食べた方がいいんじゃないか」


「わかってる。後で食べるから」


 エビフライにハンバーグのソースをつけて、食べてみる。あ、以外といける、と呟きながらも、再びタルタルソースで食べる。喋る。オレンジジュースを少し飲む。喋る。ライスだけを口に入れ、うっかりしたという表情をして、ハンバーグを慌てて口に入れる。予想通り、胸がつかえる。オレンジジュースを飲み干し、さらにコップの水に手をつける。喋る。


 サラダも一緒に食べた方が、口内の脂気が中和されてサッパリするのに、と僕は思いながら、フライドポテトをチビチビとかじった。


 喋る、のところは当然ながら、映画館で観たアニメの話だった。後回しにしていたサラダを食べ切っても、喋る、が止まらないどころか、更に加速した。僕は莉里のために時々ドリンクバーに赴き、オレンジジュースとジャスミンティーを交互に供給した。そうしてテレビ版の第一話から最終話までのダイジェストを、みっちりと聞かされた。思ったほど退屈ではなかった。言葉に情熱を惜しまなければ、話は十分に面白くなるものだ。たとえ話術が拙かったとしても。たとえ僕に興味のない分野だったとしても。


 店内の座席の使用率は、七十パーセントくらいだった。他席の会話が莉里の声を邪魔することもなく、また莉里の声が他席の会話を邪魔することもない。ちょうどよい騒がしさが壁の代わりとなって、テーブル席を個室のような心地良さに変えていた。


 時々手振りを加えて話す莉里は、楽しそうとしか僕には映らなかった。それが嬉しくて、たまらなかった。思い出に残るのは、こういう何気ない幸せなのだ。髪、眉、目、鼻、口、耳、この莉里の顔はずっと覚えているに違いない。友紀の記憶がなくならないのと同じように。互いを激しく求め合った後の友紀の顔。すごく幸せ、人生にこれほどまでの幸せがあるなんて、思ってもみなかった。そういった時の友紀の髪、眉、目、鼻、口、耳。今でもすべてを思い出せる。


 しかし思い出す場所を間違ってはいけなかった。明るいファミレスに、物語は必要なかった。僕としたことが油断していた。陰鬱な気分が僕に覆い被さってきた。


「ねぇ、どうしたの? 話、聞いてる?」


 莉里が心配して、僕に顔を近づけてきた。


「聞いてるよ。大丈夫。何でもない」


 いけない。莉里の前で陰鬱になるなど、どうかしている。


「莉里って、ホント、漫画もアニメも好きだよな」


 努めて明るい口調で言った。


「何? 改まって。まあ、そうだけど」


「いやぁ。一度、莉里の描いた漫画、読んでみたいな、って思って」


「えっ」


 莉里の顔色が変わった。


「……どうして?」


「どうしてって、そりゃそうだろう。こんなに漫画やアニメに精通している莉里が描く漫画、面白くないわけないだろう」


「ダメだよ」


 急に弱々しくなった声質が、莉里の拒否の強さを示していた。


「何で?」


「だって、理解できるわけないもん」


 莉里はうつむいた。


「ごめん。クドーくんが私の漫画を理解できる能力がないってことじゃないから。私を理解できる人間が、この世界にいないってこと」


 急に何を言い出すんだ。


「私って、普通の人間じゃないんだ。子供の頃から気づいてたけど、普通の人間の振りをして生きてきて、それをずっとやっていたら、精神的に疲れちゃって。本当の私に逃げ込める場所が必要だった。それが漫画だったわけ」


 具体性がない。先ほどまでのアニメ話とは大違いだ。


「だから私にとっての漫画は、他の人にとっての漫画とは次元が違う。だからクドーくんにも理解できない」


 それでも読んでもらわなければいけないのではないのか。誰にも読ませないことを前提に漫画を描いて、どうやって漫画家になるのか。普通の人間かどうかはとにかく、如何に自分が普通の人間じゃないのか、普通の人間にわかってもらおうとしなければいけないのではないのか。湧き上がってくる、もどかしい気持ち。しかし僕には黙っていることしかできなかった。


 抱えている問題は、僕も莉里と同じだ。だからこそ、案外仲良くできているし、だからこそ、互いにこれ以上踏み込めずにいる。




 スポーツが上手、とか、絵が上手、とか、楽器が上手、とか、特別な才能の持ち主は別として、大多数の平凡な人間は、大人になればどこかの会社に所属し、会社のために働き、会社から給料を貰うサラリーマンになる、と子供の頃は当然のように思っていた。一度サラリーマンになれば、定年までずっとサラリーマン。それが社会の仕組み、日本の法則なのだと、誰かに教わったわけでもないのに、そう信じていた。


 僕が高校二年生の時、父親はバブル崩壊の煽りを受け、会社をリストラされ、無職になった。平日でも家にいて、新聞の折り込み求人広告で仕事を探す無精髭の父親の姿は、なかなか印象的だった。


 会社なんて、社員を使い捨ての駒としか思っていない。


 父親は酒に酔うと、しばしば恨み節を口にしていた。僕はリストラを受けた当人ではないので共感しようがなかったが、子供の頃の認識は変わっていった。定年までサラリーマンでいられる保証など、どこにもなかった。


 幸運にも父親の再就職が早かったおかげで、僕は地元の大学に進むことができた。しかし忌々しいことに、キャンパス内で話題になるのは、氷河期と呼ばれるほどの厳しい就職事情ばかりだった。どこどこの先輩は三十社以上の面接を受けたが、一社も内定を貰えなかった。どこどこの女性先輩は採用させてやるからと人事担当に肉体関係を迫られた。どこどこの先輩は就職活動に執心するあまり、学業を疎かにして、留年が決定してしまった。


 いつの間にか、大多数の平凡な子供が大人になっても、サラリーマンにすらなれない時代になっていた。しかも運良くサラリーマンになれたとしても、バブル崩壊以前より過酷さを増した業務に耐えなければならないし、父親が体験したリストラの不安にも脅かされ続ける。それでも学友は皆、サラリーマンに固執していた。それこそが人生唯一の正解だと言わんばかりに。


 僕には理解できなかった。


 いずれは社会の荒波に揉まれるのだからと、在学中は再就職先で四苦八苦している父親のスネをかじって気楽に生きることを選んだ。就職活動は時間と労力の無駄なので、一方的に放棄した。


 卒業後に移り住んだ東京では、ずっとフリーターを続けている。正社員になりたいと思ったことは一度もない。しがらみがなく、ただ働いた分だけの給金を貰う、というわかりやすさが気に入っていた。


 東京で初めての仕事として選んだのは、交通誘導のガードマンだった。採用のハードルの低さ、融通の利く勤務シフト、週払いでそれなりに高い給料。そして何より程良い苦労感。夢や大志を抱いた青年が下積みを経験するのにはもちろん、たるんだ青春を送って腑抜けてしまった僕のような若造が、自分探しをするのにもちょうど良かった。始めてしまえば途中で辞める理由もなく、それなりに長い間、ずるずるとガードマンを続けてしまった。


 一九九九年、僕は二人目の山田姓に出会った。


 三月の下旬、何日だったかまでは覚えていない。道路工事の車両誘導員として派遣された五人の中に山田友紀がいた。洒落っ気のない警備服とサイズの大きすぎるヘルメットでも、その美貌は隠せなかった。埃と排気ガスが充満する現場に、どうしてこんなに不釣り合いな人がいるのか。それが僕が友紀に初めて抱いた印象だった。


 その日の工事が終って帰り支度をしている時に、友紀の方から話し掛けてきた。


 私まだ二か月しかやっていないんです。仕事の要領がまだわかっていなくて。クドーさんは警備の仕事は長くやっているんですか。


 そんなことを言われたような気がする。綺麗な女性に話し掛けられて、僕はすっかり舞い上がってしまい、自分が何を言ったのか、まるで覚えていない。


 その後、友紀と同じ現場になることが三度あり、二度目で電話番号を交換し、三度目で休日に会う約束をした。それから僕と友紀の仲は、怖いくらい順調に深まっていった。率直で気取らない性格で、彼女の言葉はどれも、僕の心の隙にすっと浸透した。それが何とも心地良かった。


 友紀は北陸富山の出身で、地元の短大を卒業してすぐ上京し、女優の卵として舞台を中心に活動していた。なかなか大きな仕事がもらえなくてね、と自嘲気味に微笑んだ横顔が、僕が記憶している最も美しい友紀だった。


 ねぇ、ノストラダムスの予言って信じてる?


 友紀がそう訊いてきたことがあった。もちろん僕は信じていないと答えた。


 今年の七月だよね。ほんの少し期待しているんだ。何があるんだろうって。


 それだけの会話だったが、僕はその時、馬鹿なことに、友紀と気持ちが繋がっているという錯覚に陥ってしまった。友紀も僕と同じように、心のどこかで、この世の終末を期待している。やはり僕達は出会うべきして出会った、同じ類の人間なんだ。


 六月、僕と友紀はセックスをした。


 僕も友紀も異性経験が豊富ではなく、ぎこちなかったが、互いにパートナーをできる限りの愛情で慈しんだ。


 心底、幸せだった。


 人生にこれ以上の幸せがあるのだろうか。明日にでもアンゴルモアの大魔王がやってきて、世界を滅亡させたとしても、悔いはない。むしろこの幸せが残っている内に、この身を滅してほしい。友紀の体温を感じながら、そう思った。


 翌日、友紀は僕と別れた後、自殺した。この身は残って、幸せだけが消えた。




 相沢早夜はチャップリンのビデオを、貸出期限から一日遅れて返却した。また営業終了間際の来店で、そしてやはり化粧が厚かった。


「仕事、もうすぐ終りますよね 良かったら、ちょっと飲みに行きませんか」


 早夜は延滞料金を払った後、小声で言った。いきなりセックスではなく、まずは友達付き合いから、という方針転換は正しい。


 他に客が二人いるが、レジカウンターを挟んだ僕達をまったく気にしていない。うつむき加減の早夜の顔。化粧がない方が魅力的な気がするのだが。


「いいですよ」


 僕は軽く言った。


「え、いいんですか?」


 早夜は意外そうな顔をした。


「そっちから誘ったんでしょ?」


「そうですけど……、そんなにあっさり、いい、って言うと思いませんでした」


「だって、チャップリン映画の感想を聞かないといけないですから」


「あ……、覚えてたんですね」


 早夜は苦笑いを浮かべた。


「気に入らなかったんですか」


「ううん。面白かったです。古典的な笑いばっかりでしたけど。でも今のお笑いのルーツを辿れば、チャップリンに行き着くのかなって思いました」


 ありきたりで面白味のない答えだが、及第点ということにしておこう。


「感想はこれでいいでしょ? チャップリンを酒のつまみにしたくありません」


「わかりました。でも、どうして返却遅れたんですか」


「忘れてました。それだけです」


 嘘だ。僕の夜勤務は、早夜がチャップリンを借りた日以来だった。間違いなく、この日を待っていたのだ。わかっていて敢えて訊く僕も、相当意地が悪い。ひょっとすれば、毎日この時間に来店して、僕がいるか窺っていたのかもしれない。


「飲みに行くのはいいですけど、営業終っても仕事は終わりじゃないですよ」


「え、どういうことですか」


「閉店作業がありますから。シャッター閉めたり、レジ閉めたり、簡単に掃除したり。だから三十分プラスの二十二時半までです。それまで待ってもらえますか」


「いいですよ。斜め向かいの和風居酒屋、わかりますか。そこで席取って待ってます」


「じゃあ仕事終ったら、そこに行けばいいですね」


「……いや、やっぱり迎えに行きます」


「大丈夫ですよ。斜め向かいの和風居酒屋でしょ? いくら何でも、この店出ればすぐ見えるところを間違えたりしませんよ」


「そうじゃありません」


 顔を近づけてきた。


「クドーさん、すっぽかして帰りそうな気がして」


 この時こそ、そんな気持ちはなかったが、早夜は僕という人間の本質を的確に見抜いていた。意外と油断ならない女かもしれない。




 二十二時半過ぎ、僕がレンタルビデオ店を出ると、店頭で早夜が待っていた。


「居酒屋はやめます」


 早夜が真顔で言った。


「席、キープしているんじゃないんですか」


「会計してきました」


「えっ? どういうことですか。一人で飲んで満足したってことですか」


「ううん、満足はしてません」


 早夜が僕の腕を両手で掴んできた。


「飲み直します」


「どこでですか」


「……私の家」


 小声になった。


「あの、酔ってますか」


「酔ってませんよ」


 酔っていないと言う人間は、大抵酔っている。


「セックスはしないですよ」


 一応、先手は打っておこうと思った。


「それは、いいです」


 素っ気なく言われてしまった。こういう勘違いは結構恥ずかしい。


「今日は、……一人が嫌なんです」


 己の弱さが漏れ出すような早夜の呟き。やはり酔っている。身の上相談に乗るのは正直面倒だが、突き放すと後味が悪くなりそうだ。


「何かあったんですか」


「何もありません。自分が嫌になっただけです。こういう夜が、時々あります」


 早夜が深く溜息をついた。


「東京に出てきて、すぐに東京に馴染めた気がして。東京なんか、ちょろいじゃない、って思ってました。だけど、最近、うまくいきません。大学で、東京で、どう振る舞っていいのか、わからなくなって。所詮は北関東人なのに、東京に来ただけで、いい気になって。そんな自分に腹が立ちます」


 早夜って、大学何回生だろうか。


 出身地の具体的な県や市の名前を出さず、北関東という広域的な表現をしたところに、コンプレックスの根深さが窺えた。


「茂樹とはどういう関係なんですか」


 気になっていたことを訊いてみた。


「先輩はサークルのOBです。それだけです。昔から女癖が悪いって評判が悪くて。正直言うと、私、好きじゃありません」


「じゃあ、どうして寝たんですか」


 思わず口走ってしまった。早夜は僕の視線から逃げるようにうつむいた。


「自分を、……貶めたかった」


 やれやれ。僕は後頭部を掻いた。茂樹もまさか、自身の下衆なエロチシズムを、早夜に自傷行為の道具にされていたとは思っていなかっただろう。


「映画が観たいです」


 早夜の口調が唐突に明るくなった。強引に雰囲気を変えようとしている。


「白黒映画がいいです。ねぇ、クドーさん、今日は何か借りてないんですか」


 幸運なのか不幸なのか、ビデオが一本、デイバックの中に入っている。


「借りてますけど、マニアックな作品ですから、面白くないと思いますよ」


「マニアックって、SM? スカトロ?」


「そういうこと言うんでしたら帰ります」


 僕は白けた顔で言った。


「ごめんなさい。男性ならこういう冗談好きかと思って」


「今までどんな男性と付き合ってきたんですか」


「全然多くないですよ。先輩を含めても三人だけ。みんな、ろくでなしでした。私、男を見る目がないんだな、ってつくづく思います」


 僕は友達や知り合いとしての男性のことを訊いたつもりだったが、早夜は間違いなくセックスした男性のことを言っている。誰とでも寝るヤリマンではない、ということをアピールしたかったのか。


 ともあれ、早夜に男を見る目がないというのは同感できる。今、早夜が腕を掴んでいる男も、なかなかのろくでなしだ。そのことを、白黒映画を観ながら、早夜が寝落ちするまでゆっくり教えてやってもいいだろう。夜はまだ始まったばかりだ。


「一緒に観てもいいですけど、一つ条件があります」


「条件ですか」


「スッピンを見せてください」


 早夜は驚いたように目を見開いて、それから恥ずかしそうにうつむいた。


「クドーさん、意地悪です」


 その表情、その言い方。化粧が下手なくせに、そういうのは妙に上手い。




 早夜は学生専用のワンルームマンションで一人暮らしをしている。レンタルビデオ店からゆっくり歩いても、たったの三分。女子大生の部屋はドアを開けた瞬間から一味違う。この甘美な空気の正体は一体何なのだろうか。二人のろくでなしが住む、小竹向原のマンションには、一ミクロンも浮遊していないものだ。


「ベッドに座ってください。ソファ代わりです」


 木製の頑丈そうなベッドのせいで、六帖の洋間が狭く感じられる。


「じゃあ、……失礼します」


 僕は恐縮しながら座った。コンビニで買った二缶のチューハイは、テーブルがないので、カーペットに直接置いた。シーツに手の平をそっとつけてみる。女子大生の生シーツだ。間違いなく気のせいだが、一般的なシーツより滑らかな気がする。


「クドーさんって、年上でしょ? 敬語じゃなくていいですよ。むしろやめてください」


 そう言われても、すぐには切り替えられない。つい先ほどまで、レンタルビデオ店の大事な会員様として、それなりに丁重に接していたつもりだったのだから。


「化粧落としてきますから、先にチューハイ飲んでていいですよ。テレビ観ていてください」


 早夜がユニットバスに入って、ドアを閉めた。僕は遠慮なしにチューハイのプルタブを開けて、一口飲んだ。


 部屋の隅にビデオデッキと一体になったテレビがあるが、スイッチを入れなかった。女子大生の部屋にせっかく来ているのだ。その暮らしぶりを探る方が、よほど興味深い。もちろん勝手に引き出しを開けるような非紳士的な行為はしない。立ち上がり、目に神経を集中して、インテリアを見回すだけだ。チューハイのアルコールで透視能力に目覚めないだろうか、と馬鹿なことを考えた。そうすればキャビネット内の下着も堂々と覗き見られるのに。


 胸の高さの本棚。並んでいる本からして、経済学部生なのだろう。本棚の上に小型のフィギュアがたくさん置かれている。おそらくガチャポンで取ったのだろう。ファンシーキャラクター、アニメロボット、歴史的建造物、サバンナの動物、ジャンルに一貫性がない。フィギュアの間に、銀色に光る小さな物体が転がっているのを見つけた。缶に口をつけたまま、腕を伸ばして摘んだ。形状は、ねじのついた凸マーク、といったところだ。


 不意にユニットバスのドアが開いた。


「何してるんですか」


 早夜が不審そうに言った。


 目の下に滲むそばかす。それが化粧で必死に隠そうとしていたものの正体だった。結構はっきりしている。しかし、僕は一目見て気に入った。早夜の顔の作りによく合っている。一度ある顔を見てしまえば、ない顔ではもう物足りない。オムライスにケチャップ、ラーメンにチャーシュー、いや、それ以上に、早夜にそばかすだ。


「やっぱり気になりますよね。そばかす、汚いでしょ?」


「悪くない」


 僕が早夜に言った初めてのタメ口だった。


「そばかす、……悪くない」


 我ながら微妙な表現だと思う。ちょうどいい褒め言葉が思い浮かばなかった。


「ああ、……そうですか」


 早夜は複雑な表情を浮かべた。


「まあ、いいです。けなされなかったということで、肯定的に捉えておきます」


 小難しい言い回しだ。


「ところで、陸上競技やってたの?」


 僕は先ほど見つけた銀色の物体を差し出した。早夜は驚いたように目を見開いて、それからためらいがちに受け取った。タータンピン。陸上のスパイクシューズに取り付けて使う、ゴムトラック専用ピンだ。もちろん僕は陸上競技などという面倒臭いものと関わっていない。中学生時代に陸上部所属の友達からタータンピンを見せてもらったことがあった。ユニークな言葉だなという印象が、記憶にずっと残っていただけだ。


「これ、どこにあったんですか」


「フィギュアの間で光ってた」


「えっ、ホントですか。今まで全然気づきませんでした。そんなところに置いた覚え、ないんですが」


 早夜は苦々しい顔で、タータンピンを掲げた。


「意外な物が、意外な場所で見つかる。よくあることだよ」


 僕はベッドに座り直した。この部屋の甘美な空気に、かなり慣れてきた。


「全部捨てたつもりだったんですけど」


 早夜が缶チューハイを持って、僕の隣に座った。太股に体温を感じるくらい近い。


「膝を痛めちゃいまして。ジョギングくらいならできますけど、全力疾走はもうできません。中学から陸上始めて、スポーツ推薦で大学入って、グラウンドで練習に明け暮れて、残ったのは、この汚いそばかすだけ。紫外線対策くらいはちゃんとしておくんでした」


 早夜はタータンピンを右手の平の小指薬指で器用に挟み、人差し指で缶のプルタブを開け、間を入れずにチューハイを口に流し込んだ。その飲み方なら、一気に半分くらいはなくなっただろう。そして仰向けに寝転んで、缶を腹に乗せ、真剣な眼差しで僕をじっと見つめた。


「やっぱり、セックス、しませんか」


 冗談じゃない。どうして早夜の自傷行為に付き合わなければいけないのか。


「脳と手の媒介者は心でなければならない」


 僕は努めてさりげなく言って、立ち上がった。早夜は呆気に取られたような顔をして上半身を起こした。


「何ですか、それ。急に哲学者ぶっちゃって」


 正直なところ、ちょっと格好つけたが、どうやら大失敗のようだ。


「今日の映画の台詞だよ。と言っても無声映画だけど。……リモコンある?」


「ごめんなさい。壊れちゃって。全部本体で操作しないとダメです」


「わかった。大丈夫」


 僕はテレビデオの電源スイッチを直接押した。


「一緒に映画を観る。そのために僕はここに来た。セックスのためじゃない」


 恥ずかしさを紛らわそうとしたからか、妙に強い口調になってしまった。


「そうでした。ごめんなさい。気を悪くしましたか」


「全然。ところで映画観る時は照明消すって決めているんだけど、いいかな」


「いいですよ」


 照明を消すと、窓から差し込む夜の薄明かりが、室内をモノクロームにしてくれた。やはりこの雰囲気でなければ、映画は引き立たない。


「で、そのタータンピン、捨てるの?」


「使う用途、ありませんから」


「じゃあ、僕が貰っていいかな」


「……こんなの、どうするんですか」


「どうもしないけど、見つけてしまったからね。今日僕がここに来なければ、そのタータンピンは、これからもフィギュアの間でひっそりとしていられたのに。タータンピンの平和を壊してしまったことに責任は感じている」


 早夜は、プッ、と吹き出して、少し笑った。


「何言っているんですか。タータンピンの平和を考える人が、この世にいるなんて、ゆめにも思いませんでした。わかりました。手を出してください」


 僕は早夜に右手の平を差し出した。早夜はその上にタータンピンをポトンと落とした。


「今、この瞬間から、そのタータンピンはクドーさんの物、私とはもう無縁です」


 自分に言い聞かせるかのようだった。


「ありがとう。良かった。これで何の憂いもなく映画を楽しめる」


 僕はタータンピンを握り締めた。


「変な人です。クドーさんって」


 否定はしない。むしろ肯定的に捉えておこう。


 先ほどの早夜を真似て、僕はタータンピンを右手の平と小指薬指で挟み、後の三本の指を使って、デイバックからビデオテープを取り出し、テレビデオに差し込んだ。早夜の隣に座り直すと、すぐにビデオの再生が始まった。


 二十世紀前半、ワイマール体制下のドイツで製作された元祖SFとも呼べる無声映画。文明が発達した未来都市で繰り広げられる、摩天楼の上層で優雅に暮らす知識階級と、地下世界で苦役に耐える労働階級の対立と闘争。わかりやすい構成、わかりやすい展開、そしてわかりやすい結末。僕が映画に求めている美徳のすべてがこの作品に詰まっている。しかし複雑なストーリーに慣れてしまった現代人には物足りないかもしれない。


 知識階級の支配者の息子が、摩天楼上層に突如現れた労働階級の女性指導者と出会い、恋に落ちる。もう一度会いたい一心で、地下世界に降りてゆくが、そこで労働階級の悲惨な現状を目の当たりにする。運命に導かれ、カタコンベで再会を果たす二人は、情熱的に愛し合う。唇を重ねる二人の顔の輪郭が淡くぼやけて、そのまま溶け合うようで。


「きれい」


 早夜が呟いた。


 オーケストラの映画音楽に掻き消されてもおかしくないほどの小声だったが、僕は聞き逃さなかった。早夜の方を向くと、早夜もすぐに僕の方を向いた。潤んだ目が夜の光を微かに受けて輝き、さらにそばかすが夜の光と混ざり合ってぼんやりと浮かび上がっていた。モノクロームのマドンナだった。


 たった一言。きれい、と言っただけ。しかし馬鹿げたことに、僕は早夜と気持ちが繋がったような錯覚に陥ってしまった。気づいたら、早夜と唇を重ねていた。すぐに我に返り、顔を離した。


「心がないのに、キスはできるんですか」


 早夜の言葉の、あまりに繊細な響きに、僕は狼狽した。ごまかすようにテレビデオの方に向き直る。軽率だった。右手にはタータンピンが、左手には缶チューハイが握られたままだった。




 死者は、どうして死ななければならなかったのか。


 遺された者にとって、それは重要なことだ。


 愛する者と死別したくない。誰もがそう思っている。共に生きる時間が永遠であってほしい。しかしそんなことはありえない。人間は生きている以上、必ず死ぬ。不死の技術が発明されるまで、それは避けようがない。それ故に、愛する者を失う経験をしなくて済む人間は、まずいない。


 喪失感。


 実に厄介な代物だ。悲しい記憶だけなら放っておけば、時間の経過と共に忘れてゆくが、それとはわけが違う。愛する者を失うことによって、自分の心の一部も欠けてしまう、というのが喪失感だ。欠けてしまったものを、何かで埋め合わせなければ、いつまでも欠けたままだ。


 何で埋め合わせるのか。いろいろあるだろうが、手っ取り早いのは、死の理由を使うことだ。


 死者は、どうして死ななければならなかったのか。


 世のため、人のため、国のため、正義のため、それらのために命を捧げたのなら、はまりやすい。この世で務めを立派に果たしたのだと、死者を誇りとすることで、心を整えることができる。しかしそうではない場合は? 病死、事故死、他殺、天災、人災などの場合は? 大抵は運命のせいだと恨み、社会のせいだと呪い、他人のせいだと憎む。そういう負の感情も、好ましくはないが、愛する者の死を克服する方法として効果が高い。


 とにかく死の理由があれば、解決に向かう。


 しかし理由がわからない死は、実に難しい。具体的には、遺書のない自殺だ。遺された者は、喪失感の中をいたずらにさまよった挙句、自分が原因ではないのか、と思い詰めるようになる。


 それが、友紀を失った時の僕だった。


 舞台でもっといい役を、もしくはテレビ出演の確約を貰うために、枕営業をして神経をすり減らしていたのかもしれない。いや、ノストラダムスの大予言を本気で信じ、未来に絶望したのかもしれない。


 しかしどれも可能性でしかない。可能性ならいくらでも作れる。僕が自殺の原因だった、という可能性さえも。


 友紀に酷いことをした自覚も、友紀を深く悲しませた自覚もない。そこまで長く付き合ったわけではなかったのだから。しかしまったく考えもよらなかったことが原因になっているかもしれない。たとえ僕が直接の原因でなくても、遠因や一因になっていることは、十分にありえる。ちょっとした一言が、ちょっとした態度が、知らない内に友紀を追い詰めたかもしれない。


 たとえ一瞬でも、そう考えてはいけなかった。


 僕はもっと鈍感であるべきだった。そもそも、人の心をまったく傷つけずに、人と付き合うことなどできるわけがない、という至極当然のことを肝に銘じておくべきだった。


 友紀の前でどう振る舞うべきだったのか。友紀のためにできることが、もっとあったのではないか。


 答えのない愚問に、僕は愚直に向き合い過ぎてしまった。


 結果、立派な不眠症ができあがったわけだ。そして眠れない夜を、僕自身の記憶で丹念に作り上げた、『友紀』というタイトルの幸せな物語の中で過ごしている。浅ましいと思う。現実からの逃避なのか、友紀への罪滅ぼしなのか、それとも単なる自分への言い訳なのか。




 早朝、僕が大手町のビルに出勤すると、莉里が行方不明になっていた。


 昨日の退勤のタイムカードも押されておらず、ロッカーに私服が残ったままだった。昨日の午後二時頃にビル内のコンコースを泣き叫びながら走っていた、というビル関係者の目撃情報が唯一の手掛かりだった。


 清掃控室は騒然となっていた。ゴシップ好きのオバチャン達は、このネタをサボりの口実にして、お喋りをやめなかった。早く仕事につけと注意すべき主任は、本社から来たお偉いさんに捕まって、連絡が遅かったことを叱責されていた。


 僕は我関せずを装った。


 耳に入ってくる莉里の情報は、信用するかしないか以前に、すべて無視することにした。課せられた清掃作業をいつも通りにこなし、終業十分前に控室に戻ってきて、十時ピッタリでタイムカードを押した。更衣を済ませ、ビルを離れ、地下通路で大手町駅に向かった。レジ係バイトは休みなので、そのまま小竹向原に帰るつもりだった。


 やはり気になった。


 何しろ莉里とは、デートしたほどの仲なのだ。一緒に映画を観て、二人きりで食事までしたのだ。僕にだって、曲がりなりにも人情くらいはある。《我関せず》というコマンドを頭にインプットすれば、正確無比にそのタスクをこなせるわけではない。パソコンじゃないのだ。


 昨日、莉里の身に起こったことを勝手に想像するのは難しくない。莉里が任されていた清掃箇所は、主にトイレだ。もちろん女性用だけでなく男性用もだ。男性が性器を露出させるような場所に、莉里のような美少女が出入りしていれば、妙な気分になってしまう変態野郎がいてもおかしくはない。


 いたずらされたか。いや、大便用の個室に無理に引き擦り込まれようとしたか。


 ただでさえ莉里は男性への抵抗感が強い。過去に性的暴行を受けたという話もあるし、情緒が不安定だという話もある。


 おそらく最悪の事態までには至らなかっただろう。初期段階で莉里が錯乱して、騒ぎ暴れただろうから。変態野郎が慌てて逃げ出しても、錯乱は収まらず、そのまま仕事を放り出して、ビルを飛び出してしまった。


 僕は歩きながら、顔を左右に振った。


 いずれにしろ、僕には関係のないことだ。四分の三は莉里自身の問題、四分の一は清掃会社の問題だ。もしこの推測が正解だとしても、僕に何ができるというのか。よしよし、災難だったね、かわいそうだね、と莉里を甘っちょろく慰めれば、事が収まるのか。放っておけばいい。僕にとって莉里は、ちょっと親しいだけの他人だ。ただの山田姓だ。


 しかし、もし莉里の身に何かあったら。


 こういう時に限って、余計な心配が脳裏をよぎる。歩みを止めてはいけないのに、歩みを止めてしまった。大手町駅の改札はもう目の前だというのに。


 もし莉里が錯乱したまま、どこかで事故にあっていたら、衝動的に自殺に走っていたら、僕は責任に苛まれずにいられるだろうか。このまま行動も起こさずにいて、莉里のために何かできたのでは、と後悔せずにいられるだろうか。


 クソッ、と僕は誰にも聞かれないような小声で呟いた。クソッ、クソッ、クソッ、またこれか。山田姓は僕の天敵だ。その存在は、いつも僕の心を搔き乱す。


 振り返り、来た道を戻り、最も近い出口から地上に出た。PHSを取り出し、一度も掛けたことのない莉里の番号を呼び出した。コール音すら省略されて流れる留守電メッセージ。只今、電波の届かない場所にいるか、電源が入っていないため、おつなぎすることができません。衝動的にPHSを路面に投げつけようとしたが、寸前で止めた。クソ莉里! 連絡つくようにしとけ、ボケ! 溢れそうな感情。しかし情けないことに、大手町で罵れるだけの根性がない。感情を胸の中に強引に押し込み、そして自分への苛立ちさえもなかったかのように、紳士気取りでPHSをそっとポケットに仕舞った。


 それから僕は、大手町を探し回った。莉里が大手町にいる根拠は何もない。しかも僕自身が大手町の地理に詳しくなく、莉里が行きそうな場所など見当もつかない。それでもやみくもに大手町をさまよった。


 くだらない。何をしているのだ。


 自分自身を問い詰める。


 探しているのは、莉里なんかではなかった。こんなに無駄で、無意味で、浅ましい行為が他にあるだろうか。


 それでもやめられなかった。


 結局、夕方近くまで探していた。この馬鹿げた行為をやめさせたのは、莉里からの電話だった。


「もしもし、クドーくん?」


 その声で義務感から解放された。


「今日、仕事に来てなかったけど、どうかしたのか」


 言った自分が驚いたくらい、いつも通りの口調だった。興奮していなかったし、かといって冷静でもなかった。感情が絡み合って麻痺している。ただ歩き回って疲れている、ということだけはっきり自覚していた。


「これから会ってくれないかな。話したいことがあるんだ」


 莉里の声に、いつもの溌剌さはない。


「いいよ。今、どこにいる?」


「大手町。昨日、職場に私服忘れちゃって、取りに来たんだ」


「僕も大手町にいる」


「どうしているの?」


「ちょっと野暮用でね。で、職場に行けばいいか」


「やだ。人のいないところがいい」


「人のいないところって、東京にそんなところあるのか」


「……ないよね」


 莉里が少しだけ笑った。


「じゃあ、人の少ないところで妥協する。江戸城の天守台って知ってる?」


「知らない」


「じゃあ探して来て。そこで待ってるから」


 一方的に電話が切れた。これだけ人を心配させておいて、何て勝手な奴だ、と本来なら腹を立ててもいいところだろう。しかし僕は莉里の存在に、ただ安堵することしかできなかった。




 大手町に勤めていて、皇居がどこかわからない者など存在しない。皇居の外周路で、適当な通行人に江戸城天守台の方向を教えてもらっただけで、迷わずに辿り着けた。城に興味のない僕にとっては単なる石の塊に過ぎなかったが、その巨大さは予想を超えていたので、不覚にも圧倒されてしまった。付近にいたのは四人だけで、その内の一人が莉里だった。天守台に続くスロープ前の石垣に腰かけていたが、僕を見つけると立ち上がり、ゆっくり歩いて向かってきた。


「昨日、タイムカード押し忘れたんだって?」


 莉里と向かい合って、僕は何気なく言った。


「まあね。私だって、うっかりすることくらい、あるよ」


 莉里の表情が固い。


「何か、あったのか」


「まあね。生きてりゃ、いろいろあるよ」


「そうだな」


 僕は後頭部を掻きむしった。


「ホント、いろいろ、あるよな」


「うん、そう。……いろいろなこと経験して、いろんなことに慣れたはずだったんだけど、やっぱ、駄目だね。タイムカードどころか、着替えまで忘れちゃって」


「そうか」


 その三文字以上、言えることがあるのか。


「でね。主任とも話したんだけど、仕事、辞めることにした。迷惑かけるの、これが初めてじゃないし」


 僕は視線を上げて、天守台の頂上を眺めた。そしてまるで、吸ったことのない煙草を吸ったかのような息をついた。気持ちが妙に軽くなってゆく。


「そうか」


「うん、そう。……クドーくんとも、これでお別れかな」


 僕は言葉を発せず、代わりに下唇を噛み締めてみせた。


「ねぇ。クドーくん」


 莉里のそんな声を聞くのは初めてだった。


「私と付き合わない?」


 僕は目を大きく見開いた。


 もしもこの時、そよ風でも吹き抜けてくれれば、とてもロマンティックだっただろう。僕の気持ちも少しは揺らいだかもしれない。しかし実際は、排気ガス混じりの、間の抜けた空気が淀んでいるだけだった。


「冗談だろ?」


 僕が言うと、今度は莉里が目を見開いた。そして諦めたかのように笑みをうっすら浮かべた。


「そう、もちろん、冗談」


 どうしてこんなにも強く、寂しい気持ちが湧き上がってくるのだろうか。こういう時でさえ、夕日はただ、天守台を、莉里を、そして僕を、夕日色に染めるだけだ。クソ太陽、能がないなら、とっとと沈んでしまえ。


「これでお別れだ」


 僕は自分に念を押した。


「元気でな。次の仕事、早く見つかるといいな」


「そうだね。ありがとう。クドーくんも、元気でね」


 僕はそれ以上何も言わずに、代わりに軽く右手を上げて、莉里に背を向けた。


「あのね」


 僕の背中に向かって、莉里が言った。


「ひとつだけ心残りがあるんだ。ジゴロ兄さんのセックス、見学したかった」


 心残りって、そんなことかよ。




 小竹向原から大手町まで通うのに、いつも地下鉄を使っている。小竹向原から池袋までは有楽町線で、池袋から大手町までは丸ノ内線だ。皇居の桜田門に有楽町線の駅があるのは知っていた。大手町駅よりは遠いが、桜田門駅を使えば、小竹向原まで乗り換えしなくて済む、というのは自分へのつまらない言い訳だった。少しでも長く歩いて、少しでも気持ちを落ち着かせたい、というのが本心だった。しかし桜田門駅に着いた時、気持ちは落ち着くどころか、さらにひどく混乱していた。改札を抜け、乗り込んだのは小竹向原とは逆方向の列車だった。終点の新木場駅に着くと、さらにタクシーを拾った。タクシーには南に走ってもらい、海を橋で渡ったところで降りた。


 若洲。造成して間もない埋め立て地。以前に警備員として、工事資材を積んだトラックを誘導をしたことがあった。芝生と、更地と、アスファルトばかりで、まともな建物は見当たらない。太陽はすっかり沈み、東京にもこんなに暗い場所があるのかというくらい濃い闇が広がっていた。もちろん道路に灯はあるが、間隔が広く、かろうじて足元がわかるくらいの光量だった。


 車両や人どころか、生き物の気配すらない道路を、僕はひたすら歩いた。いつの間にか、涙が留めなく流れていた。顔を歪め、嗚咽が漏れると、我慢できなくなり、足を止めて、意味のない声で叫んだ。


 こんなところまで来ないと、僕は感情を露わにできないのか。


 好きだった。莉里が好きだった。あんなかわいい子、他にいない。だから、突き放せなかった。本当は親しくなんかなりたくなかった。関わりたくなかった。しかし莉里はなぜか僕にだけ懐っこくって。顔だけでなく、性格も、仕草もかわいくて。どうしても、どうしても、突き放せなかった。


 膝を突き、両拳でアスファルトを叩いた。


 何という茶番劇、何という猿芝居。僕は誰に向かって演じている? なのにどうして涙が止まらない?


 泣きながら、笑ってみた。すると胸の奥底から笑いが次々と湧き上がってきて、止まらなくなった。成人男性のみっともない泣きっ面に、気持ちの悪い笑い声が加わった。さそかしおぞましい様だろうが、ここなら誰にも見られない。


 山田さんに幸あれ。


 呟いた。


 僕は卑しい人間だ。世界中の人間を、ただ同種というだけで顔も知らない人間を、無条件に慈しむような博愛心は持ち合わせていない。戦火に焼かれる赤の他人に、飢饉に苦しむ赤の他人に、心を痛めることなどできない。だけど山田姓を持つ者だけになら、無条件に祈ってやってもいい。山田莉里だけじゃない。初恋の人、山田優衣。この世にいない、山田友紀。もう、やけくそだ。日本中に、いや、世界中に散らばる山田姓を持つ者すべてのために祈ってやろう。


 世界中の山田さんに幸あれ。


 世界中の山田さんに幸あれ。


 そしてもう二度と、僕の前に現れないでくれ。




 これは僕が早夜と出会って、そしてセックスするまでの物語だ。


 その他のことを、完全に捨て去るのは、どうも無理なようだ。だから割り切ることにした。それこそが現実という無限の闇をやり過ごす最善の方法だと薄々気づいていたが、実践できるようになるまで随分と遠回りをしてしまった。でも仕方ない。きっと必要な遠回りだったのだろう。


 僕は最低の人間だ。性根から腐りきっている。おそらく、自分のことを一生好きになれないだろう。しかしこの世に存在してしまっているのだから仕方がない。取り敢えず、いつか命がくたばるまで、それなりに付き合ってやろうとは思っている。




 早夜はしばらくレンタルビデオ店に来なかった。


 それでも僕は待ち続けた。早夜のマンションを直接訪ねるのは、完全に脈がなくなる悪手だとわかっていた。もう来ないかも、とは微塵も考えなかった。


 結局、早夜の再来店まで半月かかった。やはり閉店間際の来店で、相変わらずの下手な厚化粧だった。僕は心底嬉しくて、気持ちが和んで頬が緩みそうになったが、無理に平静を繕った。


 早夜が一本の見本パッケージをレジカウンター越しに乱暴に突きつけてきた。


「これ、面白いですか」


 ぶっきらぼうな言い方。失礼な女だ。初めて会った時のことが、懐かしく思い出される。見本パッケージを見る限りでは白黒映画のようだ。裏面の説明では、一九八八年劇場公開となっている。


「この作品は知りません」


 他の客はいないが、一応バイト中なので敬語を使った。


「映画通の間では名作だって評判ですよ。それを知らないなんて、店員として不勉強じゃないですか」


「……すみません」


 不機嫌そうな早夜だが、不機嫌を装っているだけだ。半月経っても、わかりやすさは変わりない。


「まことに図々しいのですが、もしよろしければ、僕もこの映画について学ばせていただけないでしょうか」


「学ぶ? ……どういうことですか」


「一緒に観賞させてください」


 積極的な僕に、早夜は戸惑いの表情を見せた。


「……条件があります」


「何ですか」


「タータンピン、返してください」


「いらないんじゃなかったんですか」


「気が変わりました」


「今は持ってないです。持ち歩くものじゃないですし。お守りとして大切に保管しています。小竹向原まで取りに来ますか」


「いや。先輩に会いたくないし。……じゃあ、今度持ってきてください。今日は返すと約束してくれれば、それでいいです」


 僕は考えた。いいですよ、と素直に約束すればいいだけだった。それで映画鑑賞を口実に二人きりになれるのだ。なのに、どうして僕は、こうも性格がひねくれているのだろうか。


「返してほしい理由は何ですか。まさかとは思いますが、返してもらって、そのまま捨てるってわけじゃないですよね」


 早夜は顔を細かく左右に振った。


「捨てませんよ」


「信じられません」


「本当ですよ。どうして疑うんですか」


「疑り深いのは生まれついての性格でして」


 早夜は諦めの混じった渋い顔をした。


「私、クドーさんにタータンピン見せられた時、ちょっと、ほっとしたんです」


 深くうつむいた。


「陸上辞めたのは、私のせいです。怪我のせいじゃありません。実は、手術すれば完治する可能性の高い怪我なんです。でも、大学入ってから記録が伸びなくなって。記録出ないのに、手術してまで陸上続ける意味あるのかって」


 急に顔を上げた。


「そんな話、どうでもいいじゃないですか」


 早夜から勝手に話し出したくせに。


「とにかく返してください。元々私のものなんですから、いいじゃないですか。クドーさんだって、タータンピンなんか持ってても、使い道ないでしょ」


 確かに僕には使い道がない。だからといって、価値がないわけではない。


「わかりました。返しますよ。タータンピンひとつで名作映画を学べるのでしたら、安いものです」


 本心がどこにもない言葉を、ここまでペラペラと並べられるようになった。僕も立派な大人になったものだ。




 二十二時半過ぎ、僕がビデオ店を出ると、早夜が待っていた。そばかすだらけの顔になっているのは、さすがに予想していなかった。僕が閉店作業をしている間に、わざわざ自宅で化粧を落として戻ってきたのだ。街灯の薄暗い光で見ても、やっぱりいい。いや、薄暗い光だからこそ、そばかすが引き立つのかもしれない。気分が高ぶってくる。


「てっきり居酒屋で飲んでると思ってたよ」


 金輪際、早夜に敬語は使わないことにした。早夜に敬意を払わないという意味では決してない。


「私、そんなに吞兵衛じゃありません」


「知ってるよ。本当はお酒が苦手なくせに。それでも無理して呑める振りなんかして」


 早夜の弱さに荒く触れてみる。もちろん加減は大切だ。


「……そういう言い方、しないでください」


 早夜が呟いた。


「でも、もうどうでもいいことだ」 


 透明な紐で早夜を引っ張るように、僕は先に歩み出した。


「あの、……どこに行くんですか」


 早夜の困惑のこもった声に、僕は振り返る。


「私のウチ、そっちじゃないですよ」


「わかってるよ」


 僕が歩み出した先には、ラブホテル街が広がっている。


「ウチのビデオ店の会員には、ラブホテルで観るためにアダルトビデオを借りるカップルが結構いるんだよ」


 一切の迷いなく、早夜の手を取った。


「どのホテルにも、名作映画を鑑賞できるビデオデッキくらいはある」


 やさしさを失わない限界まで強く握った。早夜は僕の目を数秒凝視して、そして悟ったように穏やかな表情を浮かべた。


「なーんだ。そういうことですか」


 早夜は自然に顔を近づけてきた。僕は早夜の要求のまま、そして僕自身の欲望のまま、早夜と唇を重ねた。




 ドイツ。まだ東西を分ける壁があった頃のベルリン。永久の時の中をさまよい続ける不死の天使達。ある時、ひとりの男性の天使が、サーカス団に所属する空中ブランコ乗りの娘に恋をして、それをきっかけに、不死を捨ててまで、人間になりたいと強く願うようになる。


 この映画では、天使の生きる世界は白黒映像で、人間の生きる世界はカラー映像で表現されている。願いが叶って、天使が人間になった時、彼の視界は白黒からカラーに変わり、色彩が満ち溢れる。その美しさに彼は感動し、歓喜する。


 僕は後日、改めて真面目にこの映画を観賞したが、主人公にまったく共感できなかった。


 無限の闇が広がる現実では、モノクロームの中にこそ、光の濃淡の中にこそ、真の美しさがある。色彩など目がチカチカするだけだ。色彩などなくても人間は生きてゆける。むしろ色彩が邪魔をしているから、人間は真の美しさに気づくことができないのだ。




 映画はとっくに終わっていた。ブラウン管が退屈な砂嵐を、スピーカーが緩慢なノイズを、だらだらと流し続けていた。ラブホテルで、僕達は映画を流しっ放しにしていただけで、まったく観ていなかった。


「ねぇ。どうでした。良かったですか」


 ダブルベッドの上で、傍に座る早夜の裸が、仰向けで横たわる僕の裸に訊いた。そういう下世話なことは、男性の方が気にするものだが。


 体が錘のように沈んでゆくような感覚と、風船のように浮かんでゆくような感覚が、僕の中で見事なまでに調和していた。ここまで明確で、ここまで強烈な眠気は、いつ以来だろうか。


「悪くない」


 僕は呟いた。


「何ですか、その言い方。三回もやっておいて」


 早夜が呟いて口を尖らせた。


 久しぶりのセックスだったので、溜まりに溜まった性欲を爆発させてしまった。正直なところ、かなり良かった。早夜の喘ぎ声はやはり大きかったが、それだけ夢中になってくれていると思えて嬉しかった。茂樹の奴、何が不満だったのだろうか。


「まあ、いいです。けなされなかっただけ、肯定的に捉えておきます」


 それくらいでいい。僕は強引に早夜を引き寄せた。間違っても、幸せなど感じるものか。


「やっぱり、タータンピンは返さない」


 僕は囁いた。早夜も横たわり、僕の胸にそばかすだらけの愛しい顔を預けた。


「今は捨てないつもりかもしれないが、また心変わりするかもしれないからな。早夜の気持ちは、まだ油断できない」


「わかりました。クドーさんの言う通りにします。なくさないでください」


 当然だ。僕は早夜の髪をやさしく撫でた。人から受け取ったものを簡単になくすような、失礼な男ではない。


「それから、もう敬語を使うな」


 少し間があったが、わかった、と早夜はためらいがちに言った。それからは覚えていない。ただ、おやすみ、という声を聞いたような気がする。

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