三、舌でつぶせる
丁寧に骨を抜いたさばの味噌煮とだし汁、あとは食用のゲル化剤をミキサーに入れてスイッチを入れた。彼女の介護度がこれ以上高くなると、食感が一切ない、本当に味気のない食事になってしまう。彼女の舌の筋肉が少しでも動くうちは、舌でつぶせる硬さの食事を食べてもらいたいと思う。一分ほど撹拌したものを鍋に入れて温め、皿に敷いたラップの上に流し込んで成形すると、彼女でも食べられるさばの味噌煮が完成した。
もうベッドから動くことが難しい彼女には、介護用のベッドテーブルで食事を摂ってもらうことにしている。彼女の紫色の唇にスプーンで掬ったさばの味噌煮を近付けた。母が亡くなる前は、自分が食べる用のいわゆる普通の魚料理と、介護食として作った魚料理を同じ机に並べて、少しの幸せを感じながら食事をすることもあったが、もちろん今はそのような真似はしない。この後の、親しくしている若い男との食事のために胃を空けておきたいし、それに、誤って彼女の食事が私の口に入ると大変なことになる。
チャイムが鳴った。
こんなことは、今まで一度も無かった。
震える足でインターホンに近づくと、モニターには警察官の格好をした二人の人物が映っていた。
思わず振り返ってベッドに座る彼女を見ると、奥に微かな光を灯した鈍色の瞳でこちらを見つめ返していた。