第5話 ナミとの出会い
あれ?ここどこだ?青い空に白い雲…‥なんだ僕の部屋の壁紙だ。
もう昼? 寝過ごしたかな。でもまだ寝眠い。だるい……もう一回寝よう。
『【縄文語】起きて、救い主様起きて。私は“ナミ”、あなたを呼んだものです』
え? ナミって、確かばあちゃんの言ってた……
――海の向こうの我が同胞、7300年前の樹の巫女ナミの元へ連れて行け――
『きゃっ』飛び起きた七樹に跳ね飛ばされて、ナミはひっくり返った。
見慣れた青空は壁紙ではなく、白い雲は動いていた。
海の向こうに見える見覚えのある火山の煙は、父さんの故郷鹿児島県の桜島?
足元はさっきいた広場とよく似た高台の草地。あの年老いたどんぐりの古木と同種のシイノキもある。でもその周りを囲む木々は、山火事に焼け落ちたカリフォルニアの禿山などではなく……。
「【英語】な、なんだこの巨大な木々は。まるで原生林じゃないか!」
「よー、やっと起きたかナナキ。かなり無理したから無事か?」
カラスに戻ったククルが、ヨタヨタ歩いて七樹のそばに来た。
「【英語】無理したけどじゃない、どういうことなんだよ。あの貫頭衣着た女の子は、さっき“ナミ”って言った。ここは本当にばあちゃんが言ってた7300年前の縄文時代なのか!」
「そうだよ。やっとお前の母ちゃんとの20年越しの約束果たしたんだ。ちっとは労えよ」
「【英語】なにが労えだ。7300年前……この様子じゃまだ鬼界アカホヤ噴火の前か?それで僕は、なんでこんなとこにいるんだよ。説明責任を果たせー!」
「だーから、さっきばあちゃんにどんぐりの木の記憶見せてもらっただろ?
さっきナミがいったようにここは後五年に火山噴火で埋まり、樹だろうが生き物だろうが、全滅で死の世界になる。最低でも200年くらい、人間は住めないそうだ。
その前にここの住民をチマシー族のいるカリフォルニアに2度目の航海をさせる。
あっちでは、ナミの母さんのオカの子孫達が待ってるはずだ。二つに分かれた同族がまた一つになる。それが樹の巫女の血筋であるお前の母ちゃんと、ばあちゃんの悲願だった。
だけど、チマシーは数を減らし、樹の巫女の血はもう途絶えようとしていた。
だからお前の母ちゃんは死ぬのを覚悟でお前を産んで、俺にお前を託したんだ。
お前の父さんは、母さんの願いを叶えるために10年かけてお前を鍛えた。お前がここに来ることは、お前が生まれる前に、もう決まってたことなんだよ」
ナミは焦った。今目の前でカラスと怒鳴り合ってる男の(なぜか、カラスの話している言葉だけわかる?)言葉が全く分からなかったからだ。
このカラス、さっき真っ赤な羽の生えたものすごく大きな蛇みたいに見えた。
きっと神獣か、精霊の一種なんだろうけど、なぜ今はカラス?わけがわからない。
ともかく、救い主様に私の願いを伝えないことには、話が始まらない。
『【縄文語】あ、あの、話の途中にすいません。カラスさん、私の言葉、救い主様に伝えてもらえませんか?大事な話なんです、私たちの村が滅んでしまうかもしれないんです』
「あー、ちょっと待ってくれ。こいつを説得しないことにはあんたの願いも叶わないから」
「【英語】おい、なんでお前だけ話できるんだよ?」
「しょうがねえだろ、俺は言葉で話してんじゃない。SF言う念話で脳に直接話してんだ。言語の種類は関係ない」
「【英語】じゃあ俺にもそれやらせろ。こんなとこに呼び出されて、えらい迷惑被ってんだ。謝罪しろ!元の世界に返せー!」
「無茶言うなよ、人間にできる事じゃ……あ、でも樹の巫女どうしならできるか?
ほら、ばあちゃんが前の世界でやった、オデコとオデコくっつけるやつ。アレは脳波がシンクロするみたいだから、言葉も移せるかも知れない。お前男だけど、巫女の血が濃いからできるみたいだぞ」
「【英語】わかった、やってみる」
『へ?』
突然でっかい七樹に詰め寄られ、ナミは焦った。
「【英語】頼むから動かないでくれよ!」
『【縄文語】きゃーきゃー! なにすんのよ、はなせー!』
「【英語】ええい、ごめんよ!」
七樹はナミの耳を掴むと思いっきり少女の額に自分の額をぶつけた。
ゴッチーン!!
☆(^_^;)☆ $ & @ % ……
………………………………………
――世界中が揺れていた。海が沸騰している、海底火山が破局噴火を起こしたんだ!
中心に真っ赤なマグマの火を宿し、直立する巨大な黒い煙の壁。
幾重にも重なるブロッコリーの蕾のような噴煙は、蠢きながら際限なく湧き上がり、まるで全てを滅ぼす癌細胞のように、天を覆い尽くして上へ上へのびていく。
成層圏にまで達しそうな勢いだった。
――煮え立つ海の中で、10の太陽が水浴びをする――
まさに史記の「湯谷」そのものの光景が目の前に広がっていた。
パッパッと、噴煙の中を光がはしる。
――あ、さっきと同じだ。氷じゃなく噴煙の中で火山灰どうしが擦れて、稲妻が発生してるんだ――
噴煙は火山灰と噴石を四方八方へと撒き散らす。屋久島、種子島、九州全土が全て火山灰に飲み込まれていく。
その中を噴煙に沿って、飛んでいるのは龍の姿をしたククルだった。何をしてるんだろう?
随分離れた海上にも、火山灰と噴石が容赦なく落ちてくる。
その中を帆をあげた七艘の船団が、イルカのように飛び跳ねて北に向かって走る。
先頭で帆を操ってるのは……僕だ!
足元にうずくまってる女の子、いや女の人は多分大人になったナミ。
――つまりこれは5年後の噴火の様子なんだ!――
燃え上がる7本の御神木の悲鳴が、僕の頭の中で木霊する。
「ナミ! 無理に聞かなくてもいい」
僕が叫ぶ。歯を食いしばり、泣いていた。
「いいえ、これが樹の巫女の務め。ムクノキ・スギ・ホオノキ・カヤ・カシ・クロマツ・スダジイ。みんなさようなら。助けられなくてごめんなさい」
両手に樹の実を握りしめ、そこから聞こえる御神木たちの断末魔の声を、ナミは聞き続けた。
やがて静寂が訪れ、声は途絶える。
ナミは木の実を握り、自分のおなかの子に叫んだ。
「この声を忘れないで。必ず樹の実を植えるのよ、約束の地に」
………………………………………
「いてて……君、なんて石頭なんだ」
額を抑え、うずくまって痛みをこらえる七樹。
「こっちのセリフ! タンコブできた、痛い~」
ナミダ目で額を抑え、足をジタバタさせてナミが答えた。
「君が暴れるからだろ」
「だってあんたデカイから怖くて。なに言ってるか分かんないし……え?分かる、どうして?」
「あ、通じた! やっぱり君僕のばあちゃんと同じ、チマシーの樹の巫女なんだ。 僕は棟方七樹あのさ、ここって本当に7,300年前の縄文時代なの?」
「確かに私は樹の巫女ナミ。あなたを呼んだのは私よ。でも7300年前の縄文時代ってなんのこと?」
「ああ、そっか。ここに生きてる人にとっては“今”なんだ。それにこの地方の土器は貝殻紋(*注)で、“縄文土器”はもっと後の、別の場所での呼び方だった」
流石にこの世界にない概念までは伝わらないようだった。
「ともかく僕を元の世界に帰してくれ。ばあちゃんを山の中に一人でおいてきぼりにしてきた。カークが見つける前に山火事になるかもしれない。助けないと」
「お前、あの広場でばあちゃんの言ったこと聞いてなかったのか?
7300年+1万km飛ぶのにどれだけエネルギーがいると思ってる。ここに来るために、お前のばあちゃんの命はもう使い果たしちまった。それを承知でばあちゃんはお前をここに送ったんだ。
もしどうしても帰るというなら、お前の命を使う事になる。死んで魂だけ帰ったって、なんになるよ。帰ったってお前のばあちゃんはもう死んでる」
――我が命くれてやる。引き換えにナナキを――
「ばあちゃんが死んだ?」
七樹は身体中から力が抜けて、後ろの御神木に寄りかかかると、ぺたんと尻餅をついた。
続きます。
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(*注)鹿児島県上野原遺跡から出土する土器には、二枚貝を押しつけて縁飾りとした「貝殻紋土器」が出土しますが、縄を転がすように押しつけて作る「縄文土器」は出土していません。別の文化だったと言われています。
「縄文時代」という呼び名は1877年アメリカのモース博士が東京・大森貝塚から出土した縄文土器を見て提唱した呼び名で、それからは氷河期の終わりの1万3千年から2千3百年前の時代を、こう呼ぶようになりました。