第11話 縄文の朝(後編)
お前が上野原遺跡の縄文人の命を繋ぎ、チマシー族の祖先を守っても、お前のいた2024年には最後の100人になりやがては滅ぶと思う。
だがその後の7,000年の間、マリブからカリフォルニアまで、270kmの海岸線とチャンネル諸島で、チマシー族は誰に脅かされる事なく、平和に幸せに暮らせたんだ。
だからお前は《《お前が生まれてくる》》ことだけを考えて生きろ。母さんとチマシーの祖先達を海の向こう、東の果ての楽園に連れて行ってくれ。
お前の七樹という名は洞窟に描かれた7本の扶桑樹の御神木の絵からつけた。
チマシーの御先祖たちを助けるため、進んで船を作る材料として体を差し出してくれた木に感謝を込めて描いたのだとお前は言っていた。
お前はお礼としてその木の種を、カリフォルニアに持って行って植えた。
気候が合わなかったり、雑婚して消えてしまったようだったが、御神木のスダジイは生き残り、代を変え記憶をつないで、あの洞窟の番人として私たちが来るのを待ち続けていてくれた。
お前は、「決して自分には何も伝えずに、縄文行きをなして欲しい」と念を押した。
「ばあちゃんが死ぬとわかったら、絶対に僕は行こうとしないから」ってな。
お前を騙すみたいで気は引けたが、確かにそれ以外に方法はなさそうだった。
他にも言えない事がいくつかあるようだ。言ったらおまえではなく、「ナミが挫けてしまうかも知れない」からと言っていた。
このことはククルは知らない。ククルは洞窟に入れず、外にいた。門番のスダジイがククルを入れるのを拒んだんだ。ククルに知られては、縄文行きを止められるかもしれない秘密が、何かあるようだった。
だから今こうなっている。お前は誰も恨んじゃいけない。恨むなら気の毒だが自分を恨むしかないんだよ。
歴史はもう決まっている。タイムパラドックに気をつけながら、やってみろ。目標から目を外しさえしなければ、お前は必ずやり遂げられる。
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「どうしよう、母さん……」
川のそばでナミは泣いていた。鏡の中、母さんに似た顔も泣いている。
「ナミ、こんなとこで泣いてたのかい。ウロタが心配して探し回ってたんだよ」
ナミは慌てて鏡を隠す。おばさんの後ろからしょげかえったウロタが顔を出した。
「ナミ姉ちゃん御免なさい」
「アンタらしくもない。自分が間違ったと思ったなら、スパッと謝っちまえばいいの。
昨日の焼肉を竹の皮で包んであげたから、あの男に持ってっておやり。朝ごはん食べないでいっちまったんだろ。
人間はね、どんな時だって腹が減るし、食べれば元気が出るもんなんだよ」
「でも、どこに行ったかわからないの」
「カァー、 ククル サガス」
空でククルが輪を描いた
「俺も、俺も探す。やらせてお願いだよ」
ウロタが地団駄踏んでせがんだ。
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父さんはお前に感謝してる。母さんに会えた事、お前が生まれた事、お前と一緒に過ごした10年。どれもコレもめちゃくちゃ楽しかった。幸せだった。
出来のいい俺の息子は、父の信じた学説まで証明してくれる果報者だしな。
最後に一つだけ頼みたいことがある。この手紙は便箋じゃなく、和紙の折り紙の裏に書いてある。コレで風車を三つ作って、縄文の風で回してくれ。
覚悟してたとはいえ、父さんは母さんが死んだ後つらくてな。せめてもう一度母さんに会えないかと、青森の恐山のイタコに会いに行ったんだ。そこで故人を慕う人たちが風車を回してた。風になった魂を供養するためだそうだ。
それを見て、イタコに会うのはやめて帰って、この手紙を書くことにしたんだ。
お前の作った風車を目印にして、父さんはきっとお前のそばに吹く風になって風車を回してみせる。母さんと父さんとサリーさんの三人分だ。コレが私達への供養だと思ってくれ。お前は幸せな縄文ライフを全うするんだぞ。
それと歯だけは磨がけよ。いざという時歯を食い縛れないと、出来る男にはなれないぞ。
俺の出来のいい息子へ
出来の悪い父より
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カラカラカラカラ……風車が三つ回る。
竹を細く削り、豆の代わりにどんぐりを双方の止めにして、竹の棒の先につけたものだ。
便箋代わりの折り紙の四隅を切り込んで作った風車の文字は、夜星の定点写真のように、文字のインクが丸く黒い線の軌跡になって回り、もう読めない。
ここは種子島の高台にある、命あるものの送り場貝塚。(*注)
右に煙の立つ鹿児島県の桜島。左にこんもり丸い屋久島。遠くに見えるはずの竹島・黒島はまだ見えない。二つの島は海底火山の噴火の後にできた島なのだ。
目の前の海こそ、鬼界アカホヤ噴火を起こす海底火山が底に沈む海。
5年後。この海は大噴火を起こし、日本列島の1/4が火山灰で埋め尽くされ、全ての生き物の消えた死の世界になる。七樹に与えられたミッションは、ここの島
全てを船に乗せ、チマシー族の待つカリフォルニアまで連れて行くこと。
“やらない”と言う選択肢はもう無かった。でも……
「僕にやれるんだろうか」
ため息が出た。
「やれるに決まってンだよ、このバカ! さんざん探させやがって」
いきなり、黒い影が空から降りてきて頭を突いた。ククルだった。
「やめろ、禿げる!」
「忘れたのか! やるんじゃない、お前はもう、《《やり遂げたんだ。》》結果は出てる。お前はもう約束の未来を手に入れてるんだぞ!」
「あ……そうか、未来の成功はもう決まってたんだ」
《《7300年まえのあの洞窟に僕があの文字を書けたこと》》が、その証拠なんだ。
結果のわかってる未来。“ハッピーエンド”は約束されていたのだ。
「あー、なんかホッとした」
僕は思わずその場で尻もちをついた。
今世で2回目。前は絶望、今度は安堵。こっちの方がずっといい。
「でも、タイムパラドックスにだけは気をつけないと。歴史が変わると、未来もかわってしまう危険があるんだよ」
「そうなのか?」
「うん。だけど……僕、具体的に何をやればいいんだっけ?」
「何って、お前あの時の洞窟の中での話、ばあちゃんや父さんからも全然聞いてないのか!」
――タイムパラドックスを避けるため、詳しくは書けないが――
「聞いてない」
うわあ、どうしよう……。
「ナミ姉ちゃん、オイラ許してもらえるかな」
「あたしも一緒にあやまってあげるから。ナナキ、朝ごはん持ってきたよー」
ウロタとナミが、こっちに走って来る。
――第2章完――
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(*注)貝塚は昔、ゴミ捨て場とみなされていましたが、最近の調査で、神の世界に人や物・魂を送る斎場だったとも言われて、人骨が出土することも多々あります。
高台にあることが多く、遺跡の出る場所は聖地として、とても古い神社がそばに建てられていることが多いのです。(大島直之著・月と蛇と縄文人/角川ソフィア文庫)
これは大失敗作です。燃え尽きました。約束通り、楽しくなくなったので書くのはやめます。
短い間ですがお世話になりました。




