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第10話 縄文の朝(前編)

「カァー、 ガキドモ アッチイケー」

 テントのビニール越しに、朝日と人の声が届いた。


「ククルうるさいぞ、なんだよ」

 もう朝? 今何時だ。まだ眠い……


「わーコレ面白え。ボヨンボヨンするぞー」

 突然テントの天井が凹み、ビニールシート越しに、何かが覆い被さってきた。


「なんだ! クマか?」

 慌ててテントの入り口を開けると、ナミが8歳から5歳くらいの数人の小さな子供たちを捕まえて止めようとしている。ウロタもいた。


「ウロタ、ナナキは村の大事なお客様なのよ。キロタ、エサカもやめなさい」

「お客さん?ちがわい。姉ちゃんの良い人だろ」

 ウロタがテントに飛び込んできた。

 七樹は驚いて一瞬反応が遅れた。あっという間にリュックを持ってかれてしまう。


「わーコレ何入ってんのー」

 リュックの中身をばら撒いていると、キロタとエサカも飛びついた。


「おもしろーい。カチカチいってる」

 エサカが父さんのお気に入りだったジッポのライターをオモチャにしだした。

「バカ危ない!」


 ボッ! ライターが点火した。

「ヒィッ」

 慌てて取り落とす、エサカ。


 七樹は慌てて中身をかき集めてリュックに戻した。

「バカ、この中のものは危ないから隠してたんだ。勝手に触ると、怪我するぞ」


「ナナキ、ウロタがなんか持って逃げるぞ、カァー」

 忍足で逃げようとしていたウロタを捕まえて、逆さに振って取り返した。

 大量の書類だった。綺麗な挿絵が気に入ったようだ。


「良くもまあこんなに……この悪ガキ!」

「なんだよう、こんな薄っぺらいもん、危なくなんかないじゃん」

「バカ、良い加減にしなさい」

 尚も暴れて逃げようとするウロタをナミが必死に押さえ込んだ。


「ほう、じゃあこの薄っぺらいもんで何ができるか教えてやるよ」

 七樹は紙を一枚とると、折り出した。 


 みるみる形を変える紙。鮮やかな手つきに、子供たちはぽかんと見惚れている。

 やがて七樹の右手が、折上がった紙飛行機を軽く持ち、前に押しやった。


「空を飛んでる!」ナミが悲鳴を上げた。


「わああーっ」

 捕まえようと追いかけた子供達を制し、七樹は飛行機を捕まえると言った。

「欲しいか?」

「欲しい!」

 真っ先に手を出したウロタの手のひらに紙飛行機の一片を当てると、七樹は素早く横にひいた。

「痛ぁ!」

 紙の通った後には一直線に切れ目が入り、じわりと血が染みた。赤い滴が盛り上がっる。

「分かったか。こんな薄っぺらいものだって、使い方次第では危険なんだ。何もわかってないガキは『危ない』と言われた時は、言われた通りにするんだ。良いな!」


「「「はい」」」一斉に子供たちは返事をした。七樹の気迫に圧倒されたのだ。


 ウロタの盗んだ紙類を拾うと、それには野草の効能と、取り扱い方法が書かれていた。他にもここでの生活に役立ちそうなものがプリントされている。

 父さんが準備してくれたものだ。その時、書類に紛れて、一通の真四角の封筒に七樹は気づいた。


「七樹へ」父さんの字、手書きだった。

 予感がした。知りたいことがきっとここに書いてある。

 七樹は立ち上がるとテントをたたみ、全ての荷物を持つと村の外へと走り出した。


「どこいくのナナキ!」

 ナミの悲鳴が聞こえたが、返事をしなかった。


「おい、どうしたんだよ」ククルが慌ててついて来ようとたが、

「一人にさせてくれ」そう叫び、七樹は走り続けた。

 ナミは、ナナキノの後ろ姿をただ呆然と見つめていた。


「あの、ナミ姉ちゃんゴメンよ。オイラその……」

 ウロタは、恐る恐るナミに謝ろうとした。

 その頬をナミは思いっきり叩いた。


「バカ! アンタのせいよ。アンタがバカやるから、ナナキ怒っちゃったじゃないの! 

 やっとなんとか騙して、ここにきてもらったのに。

 彼がいなかったら、わたしたち全員、死ぬのよ。

 どうしよう……もうどうしたら良いのか、わからない」


 泣き崩れるナミを前に、ウロタと子供達はなすすべもなく一緒に泣き出したのだった。



 ………………………………………

 七樹へ。

 お前がこれを読んでいるなら、もう無事に縄文時代に着いた頃だと思う。

 ククルからサリーさんの死を聞き、怒り狂ってる頃かな。

 何より、何故私たちがここまでやったのかを不思議に思っているはずだ。結論から言おう。私たちは《《お前に頼まれたから》》やったのだ。

 わたしと母さんが結婚して3ヶ月くらいした頃、サリーさんと母さんは同じ夢を見た。わたしは二人をカヤックに乗せ、川上のその場所に向かった。ククルもついてきた。そうしてあの洞窟に入って、あの壁画と人骨と丸木船を見つけたんだ。

 母さんが丸木船に触れると、スターウォーズのレイア姫みたいにお前が現れて、息子の棟方七樹と名乗り、何をして欲しいのかを語り出した。

 お前は母さんに初めて会えてとても嬉しそうだった。


 後に洞窟の人骨の奥歯から、DNAを検出し、それが私とマリンの息子だと確認された時、自分の息子の《《7300年前の頭骨を持っている》》のだとわかった時の気持ちは、なんとも言い難いものだった。

 日本じゃ、親より先に死ぬのは親不孝なんだぞ。それも7300年も先とは、べらぼうすぎるだろうが。


 1992年、まだ学生だった父さんは、アルバイトで上野原遺跡の発掘に参加して、火山灰の下から現れるたくさんの出土品に肝を潰した。これほどに進んだ文明が、たった1度の火山噴火で消滅したのがおしかった。いや、これほどの文化を持つ人たちなら、きっと逃げ延びた人もいたと信じたくなった。

 それから縄文人の移動の痕跡を探すのが、父さんのライフワークになった。

 何しろ縄文土器の痕跡は北はアムール川の奥地の匈奴から、南はインド経由でマダガスカル島まで達するんだ。6500年前の創明期の文明のほとんどに、縄文人が関わっていたという説もあるくらいだ。

 そうして、日本の東の果てカリフォルニアで、チマシー族と樹の巫女の母さんと出会い、お前が生まれた。


 ナミとオカと“始まりの100人”のチマシー伝説は真実だった。おまけにそれを成し遂げたのが私の息子なんだ。お前がいたから、その後のチマシー族が存在できた。だから父さんは母さんと出会えた。お前を授かることができた。この奇跡を神に感謝する。お前を鍛え、助けになれた10年の時間を感謝する。

 最後にお前の魂と語り合えたことにもだ。


(後編)に続く。


 *******

(*注)日本最古の縄文・上野原遺跡を飲み込んだ鬼界アカホヤ噴火は、大型台風の10倍以上のエネルギーを持っていた。

 噴煙中が高く上り、高温の火砕流が海の上を走る。火山ガスを含み、そこに溜まる岩石を海に落とす事で軽くなった火砕流に、熱による水蒸気が加わり、より早く流れたのだ。

 噴煙柱が止まるころ、地下に大量に溜まったマグマが一気に噴き出した事で地下に巨大な空洞ができ、その天井が崩れて陥没カルデラになり、そこに流れ込んだ海水が逆流し、屋久島、種子島、薩摩・大隈両半島を、20m以上の津波が襲う。

 大量の火山灰が、偏西風に乗って火山の東へ降灰域が飛散。九州南部で30cm、大隅半島でも10cm。東北以南、全てを覆い尽くすほどの規模となる。地獄絵図だった。

(*鬼界アカホヤ噴火について補足)

 1995年福沢仁之は、若狭湾・水月湖の湖底堆積物のアカホヤ火山灰に注目し、その上に積もった1mmの明暗の縞を丹念に数え上げ、この火山灰が7325年前の堆積物であることをあきらかにする。今では水月湖の年代は、C14より正確な世界基準時となっている。

(*さらに補足)第一話で、人類大移動のきっかけになった寒期の原因は、7万4千年前前のインドネシア・トバ湖を作った巨大カルデラ噴火であった事を書いておく。

 この噴火は鬼界カルデラ噴火の10倍の規模だったと推測され、噴煙は成層圏に達して火山灰が世界を暗く覆う「火山の冬」を作ったのだった。

(富士山噴火と阿蘇山大爆発/巽好幸・2016年・幻冬舎新書)


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