表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
37/37

第36話 不穏であるアジェンダ

「はっ、はあ、やっ……やっぱりっ!」

 肩で息をしながら顔を赤らめ、胸元をギュウっと両手で抑えたルカは、浅い息を吐きながら恨めしそうに相手を睨んだ。

 しかし相手は全く気にも止めず、「やぁ」と挨拶を返す。にこやかに片手を挙げた彼の後ろでは、休めのポーズで女の子達が勢い良くペコリ。90度に曲げたお辞儀は綺麗であった。

 第七周円状と円境にある森を抜けてすぐ、第六周円状外れにある小屋が依頼者との待ち合わせ場所。そして、森を抜けてぐらいからだ、ルカの身体が例の熱を帯び始めたのは。

「あら、昨日ぶりに見る顔ね。試合途中に怯えてたボスは見当たらないけど」

「ボス? ……あぁ、あの腰抜け野郎はお客様ですよ。俺らは雇われていただけでしてね」

 そう言いながら彼は歩み寄り、握手を求める。

「会うのは2回目ですがはじめましてお姉さん、俺はフィロ。後ろの2人は右からククとミミ。俺の仲間です」

「丁寧にどーも、アタシはソフィー。後ろにいるのは同じレチア組合の仲間たち、リースにヨーク、そんで知ってると思うけどルカ君ね」

 「今は猫ちゃん居ないけど、猫ちゃんもお知り合いよね?」とソフィーが聞くと、「ハハハッ、“猫ちゃん”!」とフィロは面白いですねと笑う。なんてにこやかなやり取りだろう。

(騙されないで下さいソフィーさん、そいつはとんだ変態ヤローですよ……)

 2人のやり取りが気に入らない。ルカがモヤモヤした表情で2人を見る。見ていたら――――気がついた。知らないおじいさんがいつの間にか2人の向こう側、小屋の前に立っている。

「おやおや、どうやら知り合いのようで」

 好々爺然としたおじいさんである。背格好はルカと同じくらい。大きな杖に両手を添え、1人で立っている姿は普通である。ここがモンスターが出やすい円境でなく、守られている町中であれば普通である。

「……貴方がルカ君の依頼者かしら」

 ソフィーは自然な流れで右手で魔具に触れ、だらりと後ろに下げた手でリース達に合図を送った。「警戒しろ」

 ソフィーの対応は適切である。突然現れたおじいさん、こんなにも怪しい奴はいない。対してフィロはどうだ。彼、彼と彼女たちは、その場で跪いていた。おじいさんに最敬礼である。

「お初にお目にかかります、チャーリー様。この度はこのような役目、ミミとククに貴方様直々に命じて頂き、有り難いことであります」

「顔を上げなさい。君たちの話はよく聞いてますよ。それよりも今回は時間が無くてね……ソフィーさん、先日の第七周円状(ズィーベン)での大会を見て、あなた方レチア組合にも力を貸して欲しいと思いました。私の名前はチャーリーです。第三周円状でちょっとした立場にあります」

「第三周円状でちょっとした立場となるとアタシが今、立って話聞いてるだけでも不敬罪で首が飛びそうじゃない。そんでフィロの様子見てると本物みたいね」

 やばーと大口開けて急に笑い出したソフィーに、状況が理解出来始めたリースが口をパクパクとさせ青ざめる。ヨークは相変わらずだが、この空間の全員の様子を見て箱入り息子のルカにもわかって来た。依頼者はとんでもなく偉い人だったようだ。

「お知り合いなら良かった。ちょっと事情が変わりまして、事前に送らせて頂いた依頼書の宛名には両方の召喚師様の名前だけを書いて別々に頼みましたが……どうか皆様全員で今回の依頼を完遂して頂きたいのです」

 そう言った老人は挨拶もそこそこに依頼内容と状況を話し始めたのであった。



今回の話をする前に、当たり前かと思いますが前提の話を確認しておきます。

この世界は第一周円状を中心に周りを第二、第三……と各円状の島が取り囲んでいる地理形状です。今、発見されているのは十二個目まで、その先はまだ未開の地でございます。

そして、第一周円状は我らが魔王様が住んでいる島、政治の中心地。第一を取り囲む第二は守るための軍事基地、第三は将来第一で活躍することを期待された学生が通う学園都市、文化が栄枯盛衰していく第四、商売で活気付く第五……と中央に近づけば近づくほど政治力は強くなります。政治の強さに直結するのは力、魔力や召喚力の高さはそれだけで評価されるわけでは無いにしろとても重要になるため、中央に近づくほど能力持ちは集中します。一方で中央と離れた外側、発見されたばかりで未開拓な第十二周円状に近いほど政治からも力からも遠ざかります。私は差別をしない主義ですが、人間(スタンダード)半人間(ハーフテッド)の方々が多く住んでいるのは外円率の方が高い。そして外円の方が貧困率も高くなり、政治の中心となる第一から遠いため、国に対する忠誠心も下がります。

簡潔に言いますと、今、実質の最終円状の第十一では表立った暴動は無いにしろ、現状の貧しさに対する不満から能力(アビリティー)者への迫害はよく見られるものとなっています。

今回、皆様方に行って頂くのは第十一周円状第五地区。ここでは能力持ちだとわかると殺されます。女子供関係無い。私自身この事実を知った時、本当にそんなことが罷り通っており横行しているのかと信じられませんでした。しかし、事実です。

ここから依頼内容を説明しましょう。

私は三年前から第五地区で不幸にも生まれた能力者の子どもたちを第十一周円状から外へと逃げ出させ、第三周円状で教育を受けられる機会を援助しています。皆様方には第十一から子どもを救出し第三まで護衛して欲しいのです。召喚師様を最初に雇おうとしたのは他でも無い、転置ワープの力で子どもを移動させるのが一番手っ取り早いからです。今回対象の子どもは2人いますが、昨日拝見させて頂いたルカ様、ミミ・クク様ほどの召喚力がございましたら大丈夫であると確信しておりました。

しかし今朝、悪い知らせが届いたのです。急遽、大聖母様の里帰りが決まった、と。


「大聖母様??」

 パチンッと鳴った音とともに胸の動悸も収まり、人為的に消耗させられていた体力の影響でダルそうに机に突っ伏してよく整理できない話を聞くというニコが居たらお説教ものの体勢でルカは、周囲がチャーリーの話になるほどと納得している理由がわからなくて首を傾げる。

「ルカ君、もしかして円教にも疎い感じ? なに、お家は無宗教だったの?」

 珍しいものを見たという顔でソフィーが前席から振り返る。小屋の中に設置された背もたれのない簡易椅子であるため、それ以上振り返ると倒れてしまうのではないか。ルカの横に座るリースが慌ててソフィーの背中を支える。

「宗教は人それぞれ。すみません、例えこの世の中の八割以上が信じているからと言って、誰もが知っていると決めつけるのはマイノリティーに対して配慮ができていませんでしたね。簡単に説明すると、大聖母とは円教という宗教の中で上位に位置する役職です。人々の願いを聞き届け、人々に安寧を約束する。この大聖母というのは――――」

 チャーリーが申し訳無さそうに補足説明を行っていたその途中、ルカの背後に新しい人の気配が現れた。ワープだとその唐突な現れ方から察せられる。小屋にいる全員が気付き、背後に注目。ノックも無しに乱入してくるのは、敵なのか味方なのか。


「――――大聖母というのは何の力も無いただの人間(スタンダード)であり、何もできないからこそ、不可能なことを可能にする力がある、真の実現者(ドリーマー)である」


 チャーリーの続きを代わりにそう述べたのは乱入者で、凛と響く女の子の声であった。

「ごめんね、お母さんの手料理が食べたくなっちゃったの」

 「てへっ」と可愛く微笑みながら謝った彼女は、母と呼ぶにはまだ幼く、聖母と呼ぶには白すぎる純真無垢な輝きを放っている。

「だ、大聖母様! そんなお一人で来られるとは危険すぎます!」

 彼女の姿を見た瞬間、チャーリーは慌てふためく。驚いているのはチャーリーだけでない。

「……え」

 ルカは椅子に座って後ろを振り返っていた自分以外の小屋の人間が跪いて頭を垂れている姿に唖然とする。チャーリーの前でも結局は跪かなかったソフィーでさえ、綺麗に膝をついている。そして驚く事なかれ、面倒屋のヨークが、あの椅子ですら面倒で座ろうとせず、リースに怒られていたヨークであっても床に頭をつけている。

 自分の周囲を見渡し、チャーリーですら少女に駆け寄り膝をついて彼女を見上げながら話し始めた場面を前にして、ようやくルカは自分も跪かなければいけないと気づいた。時すでに遅し。

「あなたは私を畏れないのね。そんな人、初めてだわ」

 大聖母と呼ばれる少女は周りに頭を上げる許しを与えながら、笑顔でルカに歩み寄った。近づいたらさらに眩しく、何だかいい匂いがする。これも聖母だからなのだろうか。その神聖さに目をチカチカさせながら、展開に頭が追いつかないルカは取り敢えず思う。


今日の訪問者はみな突然すぎるでしょ。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ