第34話 アンバランスな彼女
「ちょっとルカくんっ、アタシ達まで殺す気っ!?」
結界を解いた瞬間の第一声は、予想通りのソフィーの怒声であった。目をぱちくりと事態をいまだ理解していないリースもぼーとしているヨークもその場に残して、カツカツカツっとルカに詰め寄る。
「あなた誰?」と首を傾げながら、ルカはそんなソフィーを手で止めて真面目な声を出す。
「待って、まだ敵は倒してない」
その瞳の向こうには、跡形もなくなったもはや土の上に立っている黒マントとスティグリー。あれだけのアナトの攻撃を受けながら、何故か無傷のご様子。いや、厳密に言うとスティグリーは恐怖でほぼ壊れていた。彼の足元には大きな水溜まりが広がっている。
「もしかして誰か結界張った?」
「うん、俺が張った」
「あら婚約者様、一体何故?」
黒マントらがご存命なことへの答えが、ルカの後方から隣へヒョイッと飛び出た。フィロである。
「答えは、俺の仲間だからさ」
パチンッ
とフィロが指を鳴らす。すると黒マントが一瞬淡い炎を上げて光り、背がひょろりと高く見えた身長がぐしゃっと転けるように潰れる。うっうっうと中から泣いているようなくぐもった声と、2人の少女が出てきた。1人は半べそながらペロペロキャンディを口に含み、1人はわぁわぁわぁと何か泣き叫んでる。
「フィロ酷いっす! 私達の合体魔法解くなら合図して欲しいっす! 転けて痛っ……怖かったぁぁぁぁぁぁぁうわぁぁぁぁぁぁぁん!!」
何か愚痴ってると思いきや、先ほどの矢の雨を思い出したのか、最後は猛ダッシュでフィロに駆け寄り、二人して抱きつく。
「はいはい、泣くなって、よしよし。それはさておきルカ、俺が掛けた呪い発動していないね? 俺がこんなに近くにいるのに」
フィロは2人の泣きべそをあやしながら疑問に思う。この距離だ。自分が解かない限り、ルカに掛けた”接近”の呪いは発動し、ルカは恋をしたように発情したように発熱し、自分のピアスがそれに呼応して熱を帯びるはずである。なのに、何故か今は発動されていない。さっきの牢屋では正常に動いていたから呪いを掛けるのを失敗したわけでもないはずなのだが。
「呪い? 婚約者様は私に呪いを掛けたの? 今会ってるのが初めてなのに?」
「初めてだって? 君は一体……」
誰なんだ?
フィロが眉間に皺を寄せながら言葉を飲み込んだのは、1つの可能性に思い当たったからだ。
しかし、それを今回聞くところまではいかなかった。
「ちょっとちょっと、どういうこともう解らないことだらけだわ! ルカ君、説明してちょうだ……ってあれ、ルカ君、え、うそ、また気を失う気!?」
「ルカ様!? これは大変、早くお宿にっ」
ガクガクと大きくソフィーがルカの肩を揺さぶり始めた瞬間、コテンっとルカから身体の力が抜け、急に
眠るように気を失った。前回と同じだ。次に目を覚ました時、ルカはもう何も覚えていないことだろう。
・
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ルカは夢を見た。
それはとても信じられないような夢。
自分の力で、神様を呼んで、そして人を傷つけようとした夢。
僕には、
僕にはこんなこと、
できっこないよ――――――――
ぶくぶくと消え行く泡の中、
ルカは夢を見た
。
。
。
。
「ルカっ」
パチリと目を覚ましたら、リースの心配顔で視界はいっぱいであった。
「リース」
ぱちぱちと瞬きを繰り返しながら、ゆっくりと名前を呼ぶと彼女はきゅっとした顔付きを一瞬した後、にっこりと笑ってルカをやさしく抱きしめた。
「良かったルカ、どこも痛くないですか」
「え、うん、どこもなんとも」
そう言いながら体を起こし辺りを見回すと宿の中であった。荷造りされた荷物がドアの側にあり、他は散らかっていない。リースも、隣のベッドで気怠げに寝そべるヨークも、窓側からこちらをじーと見つめるソフィーも、そしてベッド脇でひたすら「ルカ様、お加減はいかがですか?」と聞いてくるニコもみんな旅立つ気満々な姿であった。どうやらもうここを立つようだ。
僕が起きるの待ってた感じ?
次はどこに行くのだろう。ていうか大会はどうなったんだろう。
「あれ、勝ったの? てか何も思い出せないんですけど、まだ大会中?」
ベッドの上であれ?あれ?と?を飛ばしまくるルカに「はぁー」とため息をつきながらソフィーが声を掛ける。
「もう寝ぼけるのは終わりよ終わり。ルカ君、次の街へ移動するわよ、早く準備しなさい」
「次の街? え、第八円周状へは戻らないんですか?」
「君が寝ている間に新たな依頼があったのよ。大会が有耶無耶で終わってしまって賞金も出なかったし、ちょうどいいから引き受けたわ。君宛ての依頼」
そう言いながらソフィーは黒い封筒を投げ寄越す。
「へぇ僕宛ての依頼か…………え゛」
上手いこと手元に落ちた紙の塊に視線を落とす。真っ黒な封筒に書かれている宛名は“偉大なる召喚師ルカへ”。
それをちゃんと理解して読めるのに、ルカにはとても時間が必要で、出発がまたまた遅れたレチア組合であった。




