第26話 刻み込まれたマグネチック♯2
ガリッ、ゴリゴリゴリ。プッ
少女は舐めていた飴を突然噛み砕いて食べ、飴についていた棒を道に吐き捨てた。
そして身近な者の前でも滅多に開かない口を開け、数秒の無言の末、俺を睨みつけたまま静かに一言。
「…………サイテーです、フィロ」
ぐさり。
(久しぶりに喋ったと思ったらダメだし、ね)
貴重な一言なので、その一言が何だか重い。
「あー、ククが怒ってるっす!珍しいケド、私もククに同意っす。いきなりあんなことするなんて!」
ククの双子の姉、ミミがヒョイっとククの隣から顔を出し、ククの肩を持って俺に対抗姿勢を見せる。
その間にも――――もう言いたいことは済んだのか――――ククは新たな飴をコートのポケットから取り出し、口に放り込む。コイツは飴無しでは呼吸もできないのか、と言いたくなるほどいつも飴を舐めている“キャンディー中毒者”。
そしてミミは夏でも冬でも上は長袖のジャージに、下は短パン。何でも母校の体操服だとか…………少しアホの子だ。
この双子、二人で一人前の召喚師。
上様からの任務でニ年前から一緒に旅をしたりしてきた仲だが、俺の行動を非難するとは珍しい。
「アレは、ダメだったか?」
俺はどうしてこの二人に非難されるのかわからない。俺の彼女に対する気持ちをありのままに表現しただけだから。
悪気のない俺の一言に、ククはよりいっそう眉をひそめ、ミミは声を荒げた。
「ダメっす! ダメダメダメダメダメッ!!
いいっすか。ルカ様はまだ一応、殿方なんすよ。それ抜きにしても婚約者なんすから、もっと清いお付き合いから始めるべきで……」
「俺はお前の意外な真面目な部分に今、心底びっくりしているよ」
「……バカなのに、乙女」
「あぁ、もうそこ煩いっすよ!
フィロはちゃんと話聞いて……って、クク、今の聞き捨てならんす!!」
からかったら、ミミ、さらに激怒。
ククはもう飴を舐めるのに専念したいのか、さっき吐き捨てた棒で地面に「バーカ」と書き増やしていく。
「誰がバカっすか!誰がっ!」
キーッ、キーッ
単細胞ミミは一つのことに気をとられると、もう他は見えない。
まだまだ静かな早朝のある路地裏。ミミの騒ぎ声しか響かない不思議な姉妹喧嘩が勃発し始めたところで、俺は右耳の赤いピアスが微かに熱くなるの感じた。
はじめての熱。これからも付き合っていく熱。婚約者殿に昨夜かけた呪いが発動したための熱。
「フフッ」
(やっと効きはじめたか……)
そう思いながら、俺は知らぬ間に頬を緩めていた。
急に微笑んだ俺を見て、双子はピタリとケンカを止め、一緒にこちらを見た。そしてミミが悟る。
「あぁ、ルカ様がお近くにいるんっすか?」
……その中途半端な敬語には何も言わないでおこう。いや、上様に仕えてる身ならいつか直してやらねば不敬罪に問われる場合もあるな。
そんなことを思いながら、俺はミミの質問に答える代わりに、もう一度口角を上げた。
時間は数時間前に戻り、まだ日付も変わっていない昨夜遅く。
意気消沈して疲れ切っている二人を含む、ソフィー御一行はある宿の狭い一室にいた。
「ったく、もしわたちが戻らなかったら一体、どう夜をお過ごしになるつもりだったんですかっ!」
一番初めに部屋へ入り、後に続いて入ったソフィーに向かってニコは一喝。体中の毛を逆立たせ、睨みあげてくるその猫目は何とも愛ら……おっかない。
「えー……野宿?」
悪気はあるのか。さすがのソフィーも目が泳ぐ。
「野宿っ!? ルカ様に野宿させるおつもりで!? 万が一、何かあったらどうするんですっ」
ソフィーの返答にさらに「シャーッ」と怒りを露にする。
そのニコをソフィーさんの肩越しからぼーと見つめ、僕は気だるげに思うのだ。
(そんなに心配してくれるくせに、大事なときは助けてくれないよね。いつも。)
と思いつつ。正直、野宿になるのは避けたかったので宿代を出してくれたニコに感謝。
僕とリースが同時にシャウトしたあの少し後。
ニコは例の妖気(?)補充を終え、どこかツヤツヤした様子で意気揚々と帰ってきた。
その頃には僕も誰も彼もが様々な理由で疲れきっていて、そんなニコの帰りにも「あっ、帰ってきた」とそっけない反応しかできず。ソフィーさんがリースのお金を使ってしまったことは伝えたが、すでに閉じてしまった僕の胸元のアレの経緯は言っていない。
ソフィーさんの失態を聞き、怒って、しょうがなくニコが宿代を払ってくれることになったときのソフィーさんのニコへの感激お触りにより、またひと悶着。結局、言い損なって現在に至る。
「まー、いっか」
もうひとまず寝たい。眠って嫌なことを何もかも忘れたい。
とれたといっても安い部屋のため、ベッドは二つしかない。宿の人のご好意でひいて貰った床の毛布がちょうど足元にある。
ベッドで寝たいとか、シャワーを浴びたいとか、もうそんなことどうでもよくて足元に倒れこもうとした。
が、それを突然伸びた手に倒れこむ体を正面から支えられる形で阻止された。
「!?
な、ソフィーさんっ、なにを……」
「寝るのはちょっと待ってね、ルカ君。
一つだけ聞いてもらいたいことがあるのよ。
…………はいっ、みんなあの窓の外に注ー目っ!」
そう言いながらビシッと突き出されたソフィーさんの左手、僕を抱えている反対側の手(屈辱的だ)で向かいの窓を指差した。
なんだなんだと同じく寝に入っていた皆が目を向ける。
体勢を変えながら僕も目を向けたが、この部屋に一つしかない、注目された窓の外は当然のことながら真っ暗。
「何に注目したらいいんですか」
うろんげな目を向けてそう言った僕の言葉にニコといつ起きたのか、それともいまだに起きてないのか定かでないぼーとしたヨークが同意とばかりに頷いた。
だが、一人だけ違った。
本日二度目のわなわなと体が震えているリースである。
リースは窓を見つめたまま、ソフィーさんを振り返ることもなく言葉も震わせる。
「まさか……まさか、あれのた、ために…………あれに出る理由が欲しくて…………お金、使っちゃったんですかっ」
きっと顔は青ざめていることだろう。
「どういうこと、リース?」
あまり事態が飲み込めない。飲み込めているのはリースと――――満足げに笑うソフィーさんだけだ。
「さっすが、リース! 物分りが早い!
そうよ。明日からみんなで仲良く戦って、一攫千金狙いましょう!」
どうやら泊まった宿の向かいには、第七周円状名物の一大イベントであるバトルトーナメント大会の会場があったそうです。
翌日の朝。
「……んっ……くっ、はぁー……はぁーっ」
ルカは、胸元から込みあげてくる謎の熱さにうなされて――――――目が覚める。
少し、訂正しました。
途中からルカ視点なのに、まぁー「ソフィーさん」の「さん」抜けが多いこと(・・;)
そんなんじゃ、ルカの身が危なそうなのにね(笑)