第25話 刻み込まれたマグネチック
夕方が過ぎ、夜に差し迫った頃。
誰もいない路地から、まだまだ人の賑わいが絶えない街の表通りを通って、ようやくソフィーが待っているらしい酒屋にたどり着いた。
ルカが発見された後、襲われかけていたルカを発見してからリースはずっと赤面して黙ったまま。ヨークはずっとルカを冷やかし続けると思われたが、その後すぐに魔法が切れて無気力に黙ってしまった。
沈黙が続く三人の間に「気まずい」の4文字が漂う中、リースが出してくれた矢印魔法を頼りに黙々とソフィーのもとまで歩いてきた。
正直、ルカはもうぐったりだ。早くどこかで眠ってしまって、今日のことなんか考えたくない。
(はぁー、ソフィーさんに会いたくないよ~。もう逃げてしまいたいよ~)
特に今は、財布のことが考えたくない。
チリンチリン~
酔っ払いの喧騒が響く店内で、申し訳ない程度に来客を告げる鈴が鳴る。
ルカが先頭にドアを押して入ったのだが……右を見ても、左を見ても、どのテーブルにもビールを豪勢に飲むおっちゃんしかいない。女性なんて一人もいない。
「リース、本当にここにソフィーさんいるの?」
不安になって、一番最後に店へ入ったリースを振り返り、聞いてみた。
「えっ!」
「……え、リース?」
ルカと目が合うなりビクリと反応して、急いでリースは顔を斜め上へと逸らした。そしてまた赤面。
その反応にルカは違う意味で不安になった。
(なに、その反応。僕、何かした?それとも変?)
リースを振り返りながら急に不安がり出したルカ。
軽くあたふたし出したルカに、リースとルカの間で無言だったヨークが声をかけた。
「大丈夫」
「大丈夫?本当に?」
「……(コクリ)。それより、ソフィー」
「え、あ、うん、そうだね」
ヨークに促されるまま、ルカは渋々ソフィーを探すために店内を歩きだした。
先にルカを行かしている間に、ヨークは後ろのリースに耳打ち。
コソリ。
「……リースが動揺したら、ダメ。それ、ルカが気付いてから」
「はぁー、ごめん。ヨークに気を配られせちゃいましたね」
ガクリと、リースは自分の情けなさにうな垂れた。どこまでもおぼこい自分が一番恥ずかしい。
落ち込むリースに、何故か今日はよく喋るヨークがもう一言かけた。
「……アレぐらいで」
「アレぐらい!?アレぐらいでって言いましたか、今!?じゃあ、ヨークはアレしたこと…………あっ」
ヨークを問い詰めようとした拍子に、持ち上げた頭がはじめてまともに店内を見渡した。
そしてリースはすぐに見破り、発見。変装しながら周りの人に混ざって、楽しそうに酒を飲んでいるソフィーを。
次いで、そのソフィーが座っている席の近くでキョロキョロとソフィーを探しているルカも発見。
「ルカ!見つけました、そこのカウンターの左から三つめの席で飲んでるのがソフィーさんです!」
リースは店内の音に負けないよう、大声でルカに知らせた。
「了解、リース。えーと、左から1、2、さn…………ホントに三つめ?」
席を数えるために指した人差指が示す方向を見て、ルカは眉をひそめた。
そこに座っていたのは、両隣のおっさん達と肩を組み、野太い声で陽気に歌っているマッチョだった。
「あー、さすがはリース!
アタシの渾身の変装を見破るとはね~」
そう言いながら元の姿に戻ったソフィーはまた一杯、ビールがなみなみと入っていたジョッキを空にした。「ぷはー」と飲み終えたご機嫌で真っ赤な顔から察するに、相当飲んでいる。
「ソフィーさん、ちょっと飲みすぎじゃないですか?一体、何杯飲んだら気が済むんですか」
リースはふとテーブルの上に置かれた空のジョッキを数えてみる。
ソフィーを見つけたあと、いきなりマッチョから綺麗な娘へとソフィーが戻ったため、先ほどの店ではちょっとした騒ぎになってしまった。とくに肩を組んでいた両隣のおっさんの驚き方、尋常じゃなかった。
そのため、今はまた新たに違う酒場に一行はいる。そしてそこでもソフィーは飲み続ける。
その様子を――――例の副作用とかいうやつで眠って身じろぎもしないヨークの隣に座る――――ルカは半ば呆れ顔で眺めていて、ふと気付いた。
(あっ、財布のこと言うの忘れてた……って、でもさっきの店でソフィーさん、自分で会計を済ませてたよな。もしかして、予備にお金持ってたのかな?)
酔っ払っているソフィー。
財布を奪い返しに本気でヨークを差し向けたくせに、帰って来たあとのルカ達に財布がどうなったかを聞いてこない。相当酔っている様子である。
これは……
これは……
(切り出すのは今しかないっ!)
「あ、あの、ソフィーさn「ところでルカ君」」
勢い付けて口を開いたルカの言葉にソフィーの声が重なった。
ニコニコと真正面のルカをジョッキを傾けながらソフィーは見据えている。
ビクッ
一気に蛇に睨まれたカエルだ。
バレた。いや、ソフィーは最初から忘れていては無かったのだ、きっと。
ルカはちっちゃな声で「……はぃ」と答え、次にくるであろう怒声に身構えた。
しかし、その問いは予想を反するものであった。
「ところでルカ君。
さっきから気になってたんだけど、どうして胸元のボタン吹っ飛んでるの?」
「へっ……あっ、これは……」
ソフィーに指差されてルカは自分の胸元を見た。そしてボタンが二個ほど消えていて、自身の白い肌が露わになっていることに今気付いた。
これはきっとスティグリーに飛ばされたものであろう。
そう思いながら、もう一つ気付いた。ソフィーに言われるまでもなく気付き、次の瞬間にはトイレにダッシュしていた。
「そんでさ、ルカ君の肌に真っ赤に咲いてるソレって、もしやキスマー…………って、ありゃま、誰も教えてなかったのね」
走り去って行くルカをしり目にリースの方に顔を向けた。
リースは髪と同じぐらい顔を真っ赤にして、自分のことじゃないのにあたふたと慌て始める。
「いや、あの、これはっ! 決して、ルカが金髪青年に襲われかけてたとか、そういうのじゃああああぁぁぁぁ」
すでにショート寸前である。これじゃあ、ソフィーもリースをからかえない。
変わりに、ショートされちゃう前に伝えておきたいことがあった。
「で、アタシの財布は結局取り戻せなかったのよね」
「えっ、あっはい。
って、そう言えば、さっきの店の代金、ちゃんと払ってましたよね?」
疑問が上がったところで、ソフィーはサッとテーブルに出した。出した物は、使い込まれている感が良い味を出しているリースの長財布。
もちろん、“ごめんなさい”は忘れずに。
「ごめん、無断で借りてた(すってた)&全部使っちゃった☆」
「ぜ、ぜんぶ………………」
言葉が続かない。ワナワナと肩の震えが止まらない。現実が受け入れられない。というか、主人であるソフィーが信じられない。
驚愕を通り越して、もう、何だかもう。
静かに。
静かに、リースは息を深く吸い込む。
同じ時、もう一人、リースと同じ気持ちの者が鏡の前にいた。
「うそ、だろ………………?」
言葉が続かない。自身の胸元から目が離せない。現実が受け入れられない。というか、男である僕にあの男がやったこと、信じたくない。
彼もまた、静かに。
静かに、溜息をついた反動で息を吸い込んだ。
「どういうことですかーーーーーーーーーー!!!!」
「あの野郎ーーーーーーーーーー!!!!」
言葉は違えども、二人の怒りは同時に爆発。店内を通り越し、その夜、その二者の叫び声は街中に響き渡った。