第21話 タウンウェアはひと騒ぎとともに♯3
完全に騒ぎになり、この騒ぎを利用した犯人は子供という立場を活かしてヨークを足止め。
それに加えて仲間へ獲物を預けて眩ました。
「どうしよう……これじゃあ財布戻ってこないよ」
奪え返すぐらいこのメンバーなら簡単だと思っていたのに。
全く持って、とんだ計算違いだ。
きっと今頃、帰りが遅いとソフィーがイライラしていることだろう。
「うーん、でも取り返せなくて、このままわたち達が野宿になるのも嫌ですねぇ」
ニコも一応気緊急事態だと、顎に手……肉球をそえて考えている。
「…………」
チラリ
ルカは隣で俯いているリースを見た。
(きっとリースも考えてるんだろーな。
……やっぱ、ひとまずここはヨーク救出から始めて……)
そうルカは思い、リースから連れて行かれそうになってるヨークに目線を移そうとした瞬間、気付いた。
リースは黙っていたのではない。
リースはただ俯いていたわけじゃない。
彼女は広げていた。人ごみにまぎれてこっそり、あの大きな本……ではなく内ポケットから取り出したらしい文庫本を。
ボソリ。
「“父は踊る 母は歌う 聞き入るのは天使の笑い声 民の讃美歌 続くは丘の上”
『涙とルネット』、第2章「ユキとマリ」、57ページの3行目。
『ユキはマリを睨んだ。睨んで見えるものなら、ありもしない嘘を平然とつくマリの心の中を知りたいぐらいだ。きっと、真っ黒で底なし沼のような深さの穴がぽっかり空いていることだろう。マリの気持ちなんか、理解したくもない!……』
求めるは夢の精霊の助力。敵の心を暴けっ!」
スー、
一本の赤い線が直線に突き進む。
細い細い矢印はピンっと張って、一人を指差した。今、まさに向こうへ走り出した男の子。
「あの子です、共犯者!!
じゃ、ルカ君とニコに任せましたよ!私もヨーク取り返してすぐに追いかけますから!!」
そう言いながら、リースは素早い手つきで自ら魔法で出した赤い矢印の先をルカの右手の人差指にささっとくくりつける。
「えっ、ちょ、僕には無理だよっ、リース!!?」
(えっ、魔法ってこんな風に使えんの!?)
発した言葉と心の中で二つ同時に驚いた。
もうルカは結びつけられるがままに、その指を凝視。
「じゃ、任しましたよ!」
その一言を言い終わるや否や、リースは「すみません、ちょっと通してくださいっ」と人の輪の中心へ。
リースを茫然と見送って。
ギギギギッ
変な音が付きそうな首を自分の足元へと曲げた。
「―――ニ、ニコ。
じゃあ、僕たちもあの男の子追っかけ……」
「よっか?」と付けたしたかった。しかし、ニコはルカの言葉を遮り、その先を言わせなかったのだ。
むきゅ、むきゅ肉球、今度は隠しきれてない耳を覆って。
「あっ、あー。
そういえばルカ様にはまだ言ってなかったと思いますが、わたちのような召喚された者は定期的に向こう(一般的に言うと魔界)へ返ってエネルギー補給しなくちゃならないんですよねー。
そうしないとやっぱりこっちの世界の空気は違うので、何と言いますか、空気にやられると言いますか。
それに召喚されっぱなしは、召喚してくれた人に負担をかけますからねー……じゃ、そういうことでルカ様。頑張ってください」
ドロン!……という効果音が本気で似合っていた。
「う、嘘だ、ろ?」
まさかの仲間の裏切り。
(あぁ、わかってたさ。わかってたじゃないか。
あのニコが素直に「はい、そうですね」って探してくれることなんて、絶ぇ対ないってこと!)
「うわー、僕一人で追いかけちゃいけないのかー」
人差指にくくり付けられた赤い矢印が「こっちだ」というように糸を前方へと引く。
しかし、もうあの共犯者の姿は人ごみに紛れて見えない。
「……これは、もう、無理だったってことで」
一瞬、そんな考えが自分に甘い自分の頭の中に浮かぶ。
しかし、そんなのダメだ!
すぐさま頭を振り、矢印の指す方向へと自分なりのダッシュする。
(今さっき、そんな考え方する僕を情けなく思ったところじゃないかっ)
心の中で一喝。すぐに休もうとする両足に一喝。
(……それに何より、ソフィーさんが怖いじゃん。。)
結局の理由はそれだったりもするが。
ルカは必至に走りながら、背後からのなにか威圧的なものを感じ取っていたのでした。
「はっ、はっ、えっと次はあの角を右なの?」
人影は先ほどの道とは比べようのないほど激減し、今、何度目かわからない角を右へ。
ちょっと前から矢印は路地裏へ路地裏へと指すようになっていた。
(僕、帰り一人で戻れるのかな?)
やがて、周りに人っ子一人いなくなった。
何となく財布が取り戻せたあとのことを考えて、他のことが心配に。
(まっ、僕の帰りが遅かったら、リースがまたこんな風な魔法使って見つけてくれるよ。きっと)
また、角を曲がるようにと指示がきた。次は左。
「はいはい……ってあの子も体力あるなー」
(もう僕はほぼ早歩き状態なんだけど…………)
誰もいない中、そんな独り言を言いながら角を曲がったルカ。
しかし、曲がり切る前にこの独り言は自重すべきであったと気付いた。―――もう手遅れだが。
「おいおいおい、ガキんちょ!!
俺がどなた様か存じあげて、わざとぶつかって来たのか、おい?」
「い、いや、そんなただ偶然ぶつかっただけでっ」
曲がった瞬間、目に入ったのは恐喝の現場だった。
先ほどの共犯者の男の子はすっかり5人の屈強そうな男の方々に囲まれた状態。
「スティグリー、スティグリー!
こいつなんか良いもんもってるぜ!」
「あっ?
もしかして、お前、これ人様から盗んできたのか?
悪ィーなぁ、スリなんてよぅ。
今回は俺様が預かって、見逃してやるけどよぅ」
「シシシシシー」と5人がいっせいに歯の隙間から息を漏らして笑うものだから、はたから見れば気持ち悪い。
その気持ち悪い集団に取り囲まれて、男の子は財布も取られ、青い顔のまま動けず。恐さからか声も出ずのよう。
―――でも唯一、声が出せたみたい。これだけ。
「…………あっ、あの人が、と、取れって!!!!」
「っっっって、僕がっ!!?」
男の子は最後の勇気を振り絞って、震える手で……でも揺るがない指先で、角を曲がって現れたルカをきっちり指していた。
知能犯の汚い手は、最後まで続くようだ。