第20話 タウンウェアはひと騒ぎとともに♯2
夢の中。
浮力がかかり合う水の中。
「やっと会えた、俺の・・・・・・」
「えっ?」
珍しく感傷的な自分。
目の前にはキョトンと小首を傾げる・・・・・・あの子がいて。
俺は抑えきれずに思わず抱きしめた―――
「・・・・・・という夢を見たんだ。
これってやっぱり上様お得意の夢魔法だよね?」
そう言いながら目が覚めた。
視界にはのどかな青色違いの空が見える。
気持ちのいい風が俺の頬を撫でて、これが現実だと知らせた。
そして隣にはテンション差の激しい双子がいる。
テンションの高い方の姉から、独り言に返答がきた。
「絶ぇ対、それ上様からのメッセージっすよぅ。
だってぇ情景が上様のお好きな“水”の中ですしィ。
良かったっすねぇ、どうやらやっとあの子に会えるようで!」
キャッキャキャッキャ自分のことのように嬉しそうに姉が返答すると、そのまた隣で俺と同じように寝転がっていたテンションの低い方の妹がそんな姉の言葉に付けたした。
大きなペロペロキャンディ―を口に頬張ったまま。
「ふぉれに、ふぉんなふぁいみんふでふふぁら(※それに、こんなタイミングですから)」
昨夜、俺達は難なく第六周円状から第七周円状へと周境越えを果たした。
その直後のこの夢。
つまり、上様からのメッセージは―――
「俺、ここでやっと婚約者様に会えるんだ」
・・・・・・非常に楽しみなことで。
「ああぁぁぁぁぁぁぁ~~~!!!!!!!!?????」
ものすっごい叫び声。
他人に興味がなさそうな周りの人がいっせいに振り返るぐらいの悲鳴にも似た叫び声。
でも、無理もないか。
破綻寸前の周立ギルドの大事なだいーじな財布がたった今、男の子にすられてしまったのだから。
「不覚だわ。一生の不覚だわ。
許されない、許されるわけない、このアタシがあんなガキに・・・・・・!!」
かなり憤慨しておられるソフィー様。
何やらブツクサ言いながら、右手でポケットの中をまさぐり、紫の物体を取りだしてそのまま口の端へ。ガリッ。
「ソ、ソフィーさん。
こんな街中で魔法使うのは危険ですっ!!」
あわてて、リースが止めようとしたが、時すでに遅し。。
「“子供が笑う 丘の上で笑う 見えし世界は 最悪の楽園 災厄の女神が 歌う鎮魂歌”
彼の者に与えるは、力。
願いしは日の精霊の助力。我の願いを実行したまえ」
ぶわっ、
ソフィーの詠唱とともに、目も開けてられないくらいの光が視界を遮る。
「うわっ、まぶしっ!?」
辺り一帯の何も知らない通行人達はその輝きの眩しさに一同、歩みを止めて驚く。
しかし、今、僕たちは眩しいどころじゃない。
(ソフィーさん。
何でよりによってこんな街中でヨークに魔法かけるかなぁー)
少なくとも、僕とニコとリースにとってこのことの方が、今注目すべきところ。
ほら。
光が治まっていくと同時に、あの不敵な笑顔を見せた“本来の”ヨークが現れちゃったじゃないか。
「―――了解、ソフィー。
俺はさっきのガキをとっ捕まえて、可愛がってあげればいーんだよなぁ?」
「うん、そうよ。
・・・・・・さっさとあの愚か者を捕まえて、ヨークが可愛がってあげて!」
そう、ソフィーさんが悪者と間違われてもおかしくない返事をした時には、もう牙をむいた狼の走り去ったあとだった。
「まぁ、もう起きちゃったことは起きちゃったことだし、ソフィーさんが魔法使っちゃったことはもう無しとして・・・・・・何で僕たちまで走らされてんの?」
ハッハッハッ
息切らして、人ごみの中、必死に道を進んで、暑苦しくてetc.
自らでは絶対選択しない「人ごみの中、ダッシュ」を現在進行形なルカ。
ルカだけではない。
横には似た様にしんどそうなリースがいて、足元には珍しく二足歩行でない前足と後ろ足を忙しく動かすニコもいる。
「しょっ、しょうがないよー。
先に走って行っちゃったヨークはきっと自由にさせてたらヤバイことになるだろーし。
ソフィーさんに命令されました、か、ら」
「まったく、あの人がスラれたんですから、あの人自身が走ればいいのに」
「何でわたちまで走らせられてんですか!」と後に文句を言うニコは本気で不本意ながらのようだ。
リースは元々ソフィーに言われるまでもなくヨークの後を追っかけるつもりだったようだが・・・・・・僕が走ってる理由は言われるまでもなく、「ソフィーさんが怖いから」。
(ほんっと、情けないよなぁー、男なのに)
絶え間なく流れてくる汗が目に入りかけ、袖で強引に拭う。
隣で走るリースも先ほどから同じ動作をしていて。
本来なら、女性であるリースを走らせるのではなく、「ここは僕に任して」とかカッコ良い一言でもかけてソフィーがいる場所で待ってもらうべきであろう。
だけど情けない僕は・・・・・・残念ながらそんな気遣いが出来る余裕もなく。
へたすれば、リースよりも先にダウンしてしまうかもしれないほど体力に自信もなくて。
「はぁ、」
(僕もヨークみたいにソフィーさんに魔法かけてもらって、強くなりたいなぁ)
まぁ、副作用があるとか抜きならイイかも・・・・・・そんなことを何気なく思ってしまい、さらにルカは自分が情けなくなってしまった。
「あっ、ヨークっ!!」
自暴自棄になっていたルカがリースの声で視線を上げると目の前に急に人に囲まれた空間が見えた。
どうやら、騒ぎになっているらしい。
「きっと、すでにヨーク様が少年を捕まえたんでしょうねぇ」
良かった、良かったとニコが減速し始めるとともに、僕たちも足をゆるめて、その空間に近づいた。
「ほっ、これでソフィーさんの機嫌も戻るし、何より財布が戻って・・・・・・」
安心しきってた。
少年がヨークに捕まって、スラれた財布が戻ってくる。
そう容易に、必然とまで思っていた。
しかし、どうやら犯人は頭も使っていて、一人でもなかったようだ。
人の群がる空間に近づくにつれて、そのやり取りは鮮明に聞こえてきた。
「こ、このひ、人が、い、いきなり僕のこと殴ってき、て、ひっく。
ぼ、僕、ただここ歩いて、た、だけなのに、ひっく」
「はぁ、何言っちゃってんだよガキ。
おめぇが人様の財布盗んだからだろーが、そんでさっき仲間に渡しやがったなぁ!!」
「そ、そん、そんなの知らない・・・・・・・うぅ、うえ~ん!!!!」
「ナニ泣いてんだよ、お前が・・・・・・って、公僕。
俺の話聞いてっか、あぁ?」
「はいはい、一先ず落ち着いて署の方に行こうね。
君の話は聞かなくても、見てればわかるから。君が一方的にこの子を殴り飛ばしたぐらいわかるからねー。」
「はぁ?違うって、俺は悪くねーし!!」
「はいはい。
・・・・・・可哀そうに、ボク、立てるかい?」
聞こえてきたのはこんな内容。
「ちょっ、本格的にやばくないか、リース?
このままじゃ、ヨーク連行サレソウダヨ?」
「しかも、財布。
どうやら犯人のお仲間に引き渡されちゃったようですね」
「・・・・・・」
完全にヨークの“副作用”が裏目に出てしまっている。
子供しか使えぬ泣き落としの罠に、ヨークはまんまと嵌ってしまったようだ。