第1話 非日常のプレリュード
真っ赤な夕焼けが目に染みる。
「あーあ、ホント、嫌になるなー」
きっと、僕の目から涙が出てるのは、この夕焼けが眩しいせいなんだ。
「何が好きでこんな顔に生まれたと思ってんのさ」
決して、悲しいとか悔しいとかじゃないんだ。
ふと、手に持っていた袋へと目が行く。
そこからチラッとはみ出る体操服の端っこ。
煤汚れたそれは・・・・・・体育で汚れたわけでも、掃除で汚れたわけでもない。
ましてや、僕自身が汚したわけどもなかった。
今は見えない・・・・・・同級の男子生徒からの罵倒の数々。
『女顔』 『カマ臭ぇ』 『学校来んなっ』
『もやし』 『キモイ』
「はぁ、母さんにコレ、なんて言えばいいんだ」
やってらんない。
今度の誕生日で45歳を迎える僕の母さん。
ふわふわしてて、天使のような笑顔で、同年代の女子よりも可愛い・・・・・・外見、二十歳前に見えちゃう若々しい僕の母さん。
いやいや、これは僕が息子として甘甘に評価したわけじゃないんだよ・・・・・・実際、これ言ったのお隣さんやクラスの女子だし。
そんな母さんの外見を見事に受け継いでしまった僕。
僕、東雲晴佳、ピッチピッチの十七歳。
母の顔そっくりのクリクリお目めとぷっくり唇、真っ白の肌はいくら日焼けしても黒くなることはなく、少し天パが入ったコゲ茶の髪はイイ感じにふわっとなっております。
そして、育ち盛りのはずなのに身長は二年前から変わらずの155センチ。A型のおとめ座デスッ☆
「・・・・・・」
どーして、女に生れなかったんだ僕っ!!
女子も羨ましいらしい僕の外見。
これのせいで僕は、男子の格好のイジメ対象になるし、女子の妬みをかって彼女なんて出来たことないし・・・・・・。
「はぁー」
一度だけ・・・・・・一度だけ、この外見について母さんに愚痴ったことがある。
『僕、こんな顔イヤだっ。
大きくなったら、整形してやるっ!!』
外見以上に中身もふわふわしている母さんは、僕の一言に傷ついたと思いきや、
『あらー、“可愛いは正義”よ、ハルちゃんっ❤』
と、言ってのけた。
ホント。
ホント、どうかしてるよ僕の母さん。
そんなんだから、父さんに逃げられちゃったんじゃないのか?
まぁ、それはさておき。
「本当に整形してやろうかなー」
いやいや、その前にお金も稼がなくちゃいけないな。
帰路も、家の前の公園にまで着いた。
平日の夕方、普段なら小学生で賑わう公園。
しかし、今日は何故か人っ子一人といない。
「昨日、土砂降りの雨が降ったあとだもんな」
じゃりじゃりいう砂のあちこちに、濁った水溜まりがある。
確かに遊具はグチョグチョで、誰も遊びたくはない環境。
赤く染まる、静寂に包まれた公園。
ただの公園が、何だか神秘的な雰囲気が漂っている・・・・・・ような気もする。
「ははっ。
僕、今かなりナーバスに陥ってるからか」
そう言いながら、あえて濡れているブランコへと座った。
やっぱり、座り心地はそんなに良くない。
ふと、家の方を見る。
一軒家の二階の右側の窓を見れば、ほのかに明るい橙色の電気。
あそこは台所だから、多分、母さんが夕食の準備でもしながら僕の帰りを待っていることだろう。
家には帰りたくない。
こんなになった体操着を見せたら、純粋な母さんはきっと泣いてしまう。
僕を女手一つで育ててくれた母さんを困らせたくはないんだ。
「はぁー、本当にどうしようか」
今日何度目かわからない溜息を吐きながら、足元に溜まっている水溜まりに目をやった。
握りに濁りきった水溜まりに、僕の顔が映る。
忌々しい僕の顔。
せめて、僕の顔が“可愛い”系じゃなくて“格好いい”系だったならば、少なくとも女子にはモテただろうに。
「ちょっと贅沢すぎるかも」
そんなことを考えているときだった。
ボコッ ボコボコボコッ
「ん?」
僕はある異変に気づいてしまったんだ。
「えーと・・・・・・」
公園の水溜まりって普通・・・・・・沸騰とかしましたっけ?
「っっっっっって、しねぇーよっ!?」
急に起きた異変に、僕は釘づけになる。
僕の視線を一身に受けた水溜まりは、そのまま沸騰し続けるかと思いきや、数秒後、ピタッと止まった。
そして、その水溜まりから何かが現れた。
そう、得体のしれない何かが―――
「うわっ、グロっ!」
僕は率直な意見を言ったまでだ。
だからって、何故僕はこれからの人生をメチャクチャにされるという代償を払わなければいけなくなったのだろうか?
僕は、
僕は、濁った水面から現れた紫色とも、緑色ともいえない、
何ともグロテスクな生手首と、目(手?)が合ってしまいました。
東雲晴佳、十七歳。ピッチピッチ男子高校生の平凡生活、
崩壊の始まり―――