第10話 受け入れがたいリアライズ
「ふっ・・・・・・ん~・・・・・・?」
朝。
窓から漏れた光はルカの顔へと直射し、眩しい。
ゆっくりと瞼を開けてゆくと、見えてくるのはぼやけた部屋の天井。
「おはようございます、ルカ様」
・・・・・・いや、天井の前に、こちらを覗きこむ猫の姿が見えてたな。
「―――おはよう、ニコ」
ムクリと起き上がって、目を擦る。
目の端に歯ブラシとコップを持って洗面所へと向かうニコが見えた。
(猫でも歯磨き、するんだ・・・・・・)
ボーとそんなことを考えながらも、ベッドから降りようとしたとき。
ふと、棚の上に置いてあるメモが目に入った。
走り書きで書いてあるそのメッセージは、筆跡からしてどうやら僕が書いたようだが・・・・・・
「何、バカなこと書いてるんだろ、僕」
意味が分からないことが書いてあったので、そのままグシャリッと握り潰して、ゴミ箱へとポイッ。
「夢って・・・・・・これが現実じゃないか」
(寝ぼけてて書いちゃったんだろうな、きっと)
ルカはさして気にすることもなく、ベッドから降りた。
シャコ シャコ
そんなルカの様子をニコは鏡を利用しながら見ていた。
シャコ シャコ
ニコは歯磨きをしながらも、ほっと胸をなでおろす。
(良かった。
上様がお掛けになられた二つ目の呪い・・・・・・記憶喪失の呪いが利いて)
シャコシャコ
(にしても利くのが遅い。
記憶喪失の呪いはともかく、あの即効性がある性転換の呪いが『じわじわ』だなんて・・・・・・はぁー、さすが上様の御子だ)
ちらりと鏡を見れば、後ろでワンピースを脱ぐルカが映る。
しかし、彼の胸元は相変わらずのペタンコで。
(あー、でもレチア組合の長に呪いを見破られたのはマズいですねぇ。
性転換の呪いが見破られたのなら、きっともう一つのも見破られていることでしょうし・・・・・・)
何とか順調に事が運ぶ中、一つの誤算はソフィーに見破られたこと。
それが原因で計画が狂わなければいいのだけれど―――。
「さぁ、召し上がれ」
「「「「いただきますっ」」」」
起きてから、ルカとニコが一階へと下りるとダイニングルームの大きなテーブルの上に、美味しそうな匂いがする朝ごはんが用意されていた。
どうやらリースが用意してくれたようで、ルカの中の“リース株”がまた上がる。
そして、始まった朝食の時間。
皆、食事に夢中であんまり喋らない。
しいて会話になったのは、ルカとニコの「おいしい」に、リースが「有難うございます」と反応するぐらい。
それ以外、誰も何も話さずに食事は進む。
・・・・・・だから、ルカは余計に聞きづらかったのだ。
現在、このテーブルには、ルカの向かいの席に右からリース、ニコが座っており、リースとルカの間の辺の部分にソフィーが座っている。
そして、もう一人。
ルカの左隣に、全身真っ黒な服装の青年が座っているのだが・・・・・・
(こ、この人が“ヨーク”って人だよね、多分。
でも、誰も何にも紹介してくれないし、言ってくれないし・・・・・・)
ルカからしてみれば、どうしたらいいのかわからない。
この“ヨーク”だと思われる青年も、部外者のはずのルカが隣で食事を取っているというのに、何にも突っ込んで来ない。
(ていうか、さっきから聞こえてくるコレ、何の音だろう?)
ズズゥー、ズズズズ、ズー
何やら、何かをすすっているような音が隣から聞こえてくる。
おかしい。
他の皆からは、カチッ、カチッというフォークとナイフが皿とぶつかる音しか聞こえてこないのに。
ていうかそもそも、今日の朝食にそんな音が鳴るようなものはない。
(飲み物・・・・・・っていってもミルクだし。
もし飲む音だとしても、いつまで飲み続けるんだよってなるし・・・・・・)
右耳から絶え間なく聞こえてくる不可解な音。
ルカは興味本位で、チラッと隣を覗いてみた。
バチッ
「!?」
チラリと見たはずなのに、相手と目があった・・・・・・というか、そもそも体制が完全にルカの方を見ていた。
前言撤回。
(違う。
この人は僕の存在に突っ込まなかっただけで、めちゃくちゃ意識してたんだっ!!)
そして、音の正体。
これは思い出すだけでも吐き気を催し、朝食を取る自分の手が止まってしまう。
(何でこの人、朝食を流動食みたいにして飲んでんのっ!?)
ご丁寧に外に見える、透明なプラスティックボトルに今日の朝食がグチャリと入っており。
それを青年は無表情でズズズッと飲み続けている。
その光景をルカ以外、誰も突っ込まず、朝食が始まって早十分が経過。