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そして君は明日を生きる  作者: 佐野零斗
序章『未来へ』
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第九話『天に愛された最強』

 ───── 一瞬の出来事だった。


 視界が揺れ、空気が歪む。

 思考すら追いつくより早く──

 目の前の幼馴染が撃たれた。


 腹部を押さえ、倒れ、赤い液体が家の床に飛び散る。

 乾いた銃声が耳に残響としてこびりついたまま、世界から色だけが奪われていくようだった。


「……あい、な?」


 震える声で、無意識に名前を呼んだ。

 久しぶりに口にしたその名は、どこか自分の声じゃないように聞こえた。


 だが愛菜には届いていない。

 その胸が上下していない現実が、喉に重石を落とすような絶望としてのしかかった。


「ちっ、不発か。まぁいい、犠牲者が出ただけでも口封じになるだろう。…いいか、貴様らに忠告しておく、もし俺が来たことを誰かにバラしたら、お前ら全員を消し炭にしてやるからな。……じゃ、俺はもう帰る。その女の死体は処理しとけ。」


 弁慶は吐き捨てるように言う。

 人を撃った直後のくせに、まるで靴の泥を払い落とすみたいに軽い声だった。


 その背中がゆっくりと反転する。

 立ち去ろうとする、あまりに無関心な足取り。


「───テメェ。何帰ろうとしてんだ。待てや。」


 俺は気づけば叫び、足が勝手に前へ出ていた。

 胸の奥で、何か大事なものが音を立てて壊れる。


 彼女を撃たれた怒りか。

 守れなかった自分に対する怒りか。

 いや、きっと両方だ。


 怒りというより“憤怒”だった。

 体温が焼けるように上がり、血が逆流し、視界が赤く染まる。


「──── あ"?誰に口聞いてんだガキ。…んだよその目。気持ち悪いなぁ?俺をナメてんのか?」


 弁慶がこちらを睨んだ瞬間、背中に冷たい刃を押し当てられたような錯覚が走る。

 それでも動くのをやめられなかった。


「よせ深海!!あやつは次元が違う!!正直、討伐士のトップでも勝てるか分からないほどの実力じゃ!!お前さんじゃ到底無理じゃ!死ぬぞ!!」


「師匠、止めないでください。オレは今、人生で一番イライラしてるんですよ。ここで逃がす訳ないでしょ。」


 自分でも驚くほど静かな声が喉から出た。

 怒りで震えているのに、心のどこかだけが妙に冷静だった。


 この怒りは、もう後戻りさせられない。

 止められない。抑えられない。


「深海…お主の気持ちはよく分かる。今お前さんは、怒りが抑えられず、殺意だけで動いておるのじゃろう。じゃが、その殺意や怒りをコントロールせなければ、最強にはなれんぞ。」


「───それでも、オレは今、13年間一緒に居た幼馴染を傷付けられたんです!!そんな大事なヤツを傷付けられて……怒りを……抑えられる……はずが……ねえだろがぁぁぁ!!」


 喉が裂けそうなほどの絶叫とともに、俺は走っていた。足裏が大地を蹴る感覚も、風を切る音も覚えていない。


 知らないうちに、俺は"あの時の獣"が目覚めていた。

 弁慶へ向かう軌跡だけが鮮明だった。


 体が勝手に動き、気が付けばハイキックを放っていた。しかし──拳も、蹴りも、何も届かない。


 220cmを越える巨体は壁のようにそびえ立ち、俺の蹴りは胸元にかすっただけで、衝撃すら与えられなかった。


「───おいおい痒いなぁ?小学生の蹴りかと思ったぜ。小学生の方が強えんじゃねえか?」


 弁慶の嘲笑が、胸の奥に塩を擦り付けるような屈辱を刻む。


「クソ、全然届かねえし効いてねえ……でもオレはこんな所で、負けてらんねえんだよ。」


「そうか、死ね。」


 次の瞬間──視界が弾けた。


 頭に重い衝撃。

 脳が揺さぶられ、空気が吹き飛んでいく。

 地面へ叩き付けられた衝撃で肺から勝手に息が漏れた。


 頭皮から流れる血が頬を伝い、目に入り、視界は赤黒く滲む。


「ハッハッハッハ!!一撃でボコされてんじゃねえかよ。あんな偉そうに啖呵切っといて雑魚は雑魚だなァ!!!テメェみてえなガキは一生絡んでくんじゃねえよ!!」


 遠くで弁慶の声が聞こえる。

 でも不思議と、それに怒りを覚える余裕すらなかった。


「──おい、まだ終わってねえだろ。クソ野郎が。」


 震える足で、血塗れのまま立ち上がる。

 喉から鉄の味が上ってきて、吐き気とともに地面が歪んだ。


 だが──その瞬間。


 頭の奥で、聞こえるはずのない声が響いた。


 ─────────ないで。


 ──────けないで。


 ────負けないで!!!!!


 愛菜の声だ。

 あれほどの怪我を負って倒れているはずなのに、鼓舞するような声だけが鮮明だった。


 幻聴のはずだ。

 だけど、その“幻聴”が俺の足を支えた。


 血で霞む視界の奥に、うっすらと愛菜の姿が見えた気がした。現実じゃない。


 でも──それで十分だった。


「────馬鹿野郎、オレは負けねえし、倒れねえよ…。お前が……そばに居てくれてる限り…な。」


「あぁ?何1人でブツブツ話しかけてんだよ。気持ちわりい、殴られて頭おかしくなったのか?」


 弁慶が呆れた声を出す。


「すぅ……ふぅ……。頼む!お願いだ!オレに、この一瞬でいいから、力を貸してくれ。俺一人じゃ、無理なんだ…。誰でもいい!!頼む!!この声が聞こえた人がいるなら!!助けてくれ!!」


 必死だった。 滑稽でも、みっともなくても、そんなのどうでもよかった。


 愛菜を失いたくなかった。

 ここで折れたくなかった。


 俺の実力が足りない今、目の前の敵を合理的に消すには、他の人の力を借りるという、漫画で読んだようなご都合主義にすがるしかなかった。


「あ?誰に言ってんだよ。本気で頭イっちまってんじゃねえのか───────」


 弁慶の声が止まる。

 空気が張り詰め、周囲の温度が変わる。


 地面が震えた。

 まるで巨大な何かが、地の底からせり上がってくるような圧。


 鳥が一斉に飛び立ち、風が巻き、空気が渦を巻く。


「─────そこまでだ。」


 弁慶の背後に、突然人影が現れた。

 空中から降り立ったその男は、竜馬と同じ上着──討伐士の証──を羽織っている。


 彼の登場だけで、景色の空気が一段階重くなる。


「───助けを呼ぶ声が聞こえたならば、"討伐士"として、見過ごす訳にはいかない。」


 静かな声なのに、世界が震えるような響きだった。


「だ、誰だテメェは!!」


 弁慶が初めて取り乱した。

 表情から余裕が消え、青ざめていく。


 男はゆっくりと剣を抜き、名乗った。


「東商討伐士 "第一位" 神蔵蓮。僭越ながら、君の相手は僕が引き受けようじゃないか。」


「…まさか、神蔵って─────」


 弁慶の顔に露骨な恐怖が走る。

 天道教の幹部ですら一歩引くほどの存在──それが“第一位”だった。


「その反応的に、僕の事を知ってくれてたみたいだね。でも僕は今、そこに倒れている急患の治療にあたらなきゃいけない。だからそんなにかまってる時間はないんだ。悪いけど、一撃で終わらせてもらうよ。」


「──クソが、これ以上やっても意味がねえな、ここは一旦引く。おいそこのガキ!!テメェとはまた会える気がするぜ…そんときはまた戦おうぜぇ??俺がボコし足りねぇからよぉ!!!ハッハッハッハ────」


 弁慶の体が煙のように揺らぎ、消えるように退いていく。


「おい!!待て!!まだ終わってねぇっつってんだろうが!!逃げんなっ……!!」


 声は虚しく空に響くだけだった。


 悔しさが胸を削ったが、すぐにそれどころじゃなくなる。俺はふらつきながら、愛菜のもとへ走った。


 家の床に広がる血の匂いが、胸に刺さる。


 ────── 愛菜!!返事をしろ!!愛菜!!


 揺さぶる手が震える。

 呼吸が、ない。


 わかっていた。理解していた。

 それでも──


 焦りしか湧いてこなかった。

 胸の奥がえぐられるような痛みだけが、ただ残った。


「──────おい!!愛菜!!返事をしてくれ!!頼む、頼むから!!」


 震える手で愛菜の肩を揺さぶる。

 無反応なその体は、まるで誰かが魂だけを抜き取ってしまったみたいに軽く、冷たくなりつつあった。


「ダメじゃ、治癒術師を呼ばねば治らん。傷が深すぎて出血が止まらん。即死していないのが奇跡な程じゃ。」


 師匠の声も焦りを帯びている。

 普段どれだけ飄々としていようが、今は明らかに動揺していた。


「…これは酷いな。さっきの大男がやったのか。」


 低い声が割り込んでくる。

 神蔵蓮。 “東商討伐士 第一位”。


 その肩書きだけで安心したいのに、目の前の現実は重く、苦しく、絶望の気配が濃すぎた。


「ああ、銃で撃たれた、奴の腕が銃のように変形して、気付いたら撃たれた。どうすれば彼女は助かる!!」


 声が裏返る。

 感情が枯れ、必死すぎて息の仕方さえ忘れそうだった。


「なるほど、天道教は相変わらず法を犯しても目的を遂行しようとするんだな。卑怯な奴らだ。」

「彼女の容態は、────ちょっと失礼。」


 蓮が膝をつき、愛菜の体にそっと手を触れる。


 その瞬間、空気が変わった。

 周囲の草がわずかに逆立ち、微かな振動が地面を走り、愛菜の体から──赤い光が立ち上った。


 ゆらゆらと淡く揺れる光。それが意味するものは、たった一つ。


「────心肺停止、脈も当然止まってるか。」


「……マジかよ。なんで、こうなるんだ。」


 喉が締めつけられ、呼吸が浅くなる。

 愛菜の胸は動かず、血の匂いがむしろ現実を強調した。


「心配しなくとも大丈夫だよ。少し彼女に触れるけど、彼女を助けてみせる。」


「…… 頼む。」


 必死に縋る言葉が漏れた。

 もはや羞恥も矜持もどうでもよかった。

 ただ彼女を助けたい、それだけだ。


 蓮は深く息を吸い、手のひらを愛菜の腹部──銃創に押し当てる。


「天に恵まれし恩恵の原石よ、我が主の名のもとに、授かりし恩恵を解放せよ─────」


 柔らかい声で呪文が紡がれると同時に、温かい光が愛菜の腹部から溢れた。

 まるで空気そのものが浄化されていくように、冷たかった身体にわずかに色が戻っていく。


「な、なんだこれ。すげぇ……」


 思わず呟きが漏れた。

 傷口の周囲が赤みを帯び、細胞が再構築されるようにゆっくりと、確実に塞がっていく。


 人間の治癒なんてレベルじゃない。

 奇跡と言っても足りないほどだった。


「─────境界となりて延命せよ。この者に、安らぎと安寧を。」


 最後の言葉が放たれた瞬間、光が弾けて消えた。

 愛菜の腹部にあったはずの致命傷は──跡形もなく塞がっていた。


「──────愛菜!!愛菜の傷が塞がったってことは、助かったのか!!?」


 食い気味に叫んだ。

 体が勝手に前へ倒れ込む。


「いや、まだだ。僕の治癒は傷を治すだけで、意識が回復するかどうかはこの子の頑張り次第になってしまうんだ。だからあとは、この子に頑張ってもらうしかない。」


「そんな……愛菜!頑張れ、頑張ってくれ……今度は……今度はちゃんと守ってやるから……、オレ、もう絶対に、お前を見捨てたりしねえから!!」


 声が枯れそうだった。意味なんてなくていい。

 一方通行でもいい。


 ただ彼女に届けたかった。

 必死に、喉が潰れるほどに叫び続けた。


「…すまない、そういえば、僕はまだ君の名前を聞いていなかったね。」


「あぁ、そうだな。悪いアツくなっちまって。オレは小柳深海。」


「深海か、よろしく。僕は神蔵蓮。さっきも聞こえたかもしれないけど、討伐士の第一位なんだ。自分で言うのはなんか自慢みたいで嫌なんだけどね。」


 あれほどの実力を持っているくせに気取らない。

 彼の落ち着いた口調と表情が、逆に“本物”を証明していた。


「討伐士の第一位って、クソ強えんじゃねえの?いいのか?そんな "最強" がここにいて。」


「討伐士の仕事は、主に平穏に暮らす盗賊たちを守るためにあるからね。君の助ける声が聞こえてきて良かったよ。おかげで助けられた。」


「────とは言っても、彼女を助けられなかったのは僕の責任だ。申し訳ない。」


 蓮が深く頭を下げる。

 その姿がかえって申し訳なく感じた。


「いやいや!蓮は何も悪くねえんだし、むしろ助けてくれてありがとう。助けてくれなかったら、オレまでやられる所だった。」


 事実だ。

 あのままなら弁慶は確実に俺の首を折っていた。


「キミの頭も、さっき血が出てただろ。今は固まって塞がってるみたいだけど、一応治療した方がいい。少し触るよ。」


 蓮が手を頭部にかざすと、またあの柔らかい光が生まれる。 数秒後、痛みが完全に消えた。


「──治癒術師ってすげぇなぁ。」


「僕は治癒術師じゃないけどね。僕は討伐士の部類だし、僕みたいなケースは中々居ないから。基本的に治癒魔法は治癒術師の力として扱われる。僕は、ちょっと天に愛されすぎただけなんだ。」


「なるほど、いわゆるチートキャラって所か。じゃあこの世界は、基本的にお前が居れば大丈夫みたいな感じになってんのか?」


 口から自然とオタク語録が出た。

 緊張のせいか、心が軽くなるために無意識で昔の癖が戻ってくる。


「そうだな、確かに『東商』の中じゃ、僕が一番強い自負はあるんだけど。他の県の討伐士と比べられちゃうと、正直自信はないんだ。」


「え、討伐士って、県ごとに違うのか?」


「嗚呼、違うよ。それぞれ "7県" ごとに討伐士団が居てね、基本的な部隊構成は同じだけど、人も、実力も何もかも他県とは違うから。」


「─────ん?ちょっと待て。お前今 "7県" って言った?言ったよな?」


 耳を疑う。俺たちの知っている日本は47都道府県だった。それが7?


「嗚呼、7つだよ?まず1番北の『北海相』そしてその下の『岩町』そしてその下の『東商県』そしてその左の『布山県』そしてその左の『大敷府』そしてその左の『徳川県』そして最後に『沖縄県』沖縄県は大昔離島だったらしいんだけどね、何年かで昔の "九州" が沖縄と呼ばれたらしいんだ。」


「未来になって随分削られてんじゃねえか!何が起こって47から7まで減らされてんだよ。」


「────もしかしてだけど、君達も昔の世界からやってきたのか?」


「───ぎくり。そ、そうだ。と言っても信じてもらえるかわかんねえ…え?君達"も"?」


「ああ、討伐士団で香良洲を追っていた時に、似たような事例を聞いたことがあってね。そうか、竜馬が言っていたのは君達だったか。」


 熱いものが胸に広がる。

 竜馬の名前を聞くだけで、あの日々の記憶が蘇る。


「そうだ、竜馬にも随分世話になったなあ、最近会えてねえけど結構感謝してるぜ。」


「そうか、それなら良かったよ。それにしても東商討伐士 "第二位" と接点があったなんて、知らなかったよ。」


 ──────え、第二位?

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沢山の人に俺の小説を届かせたいです!

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