第六十七話『月兎族の戦士』
────アタシの生まれた世界は、みんなが臆病で、みんな弱くて、つまらないヤツらばっかりだった。
兎族と人間の血が混ざり合って生まれた種族。通称『月兎族』──アタシはその族長の一人娘として、この世に生まれた。
生まれた瞬間から“特別扱い”は約束されていた。誰もがアタシを崇め、皆がお嬢様と呼び、笑顔を作りながら媚びへつらう。だがその視線は、薄っぺらな敬意でしかなかった。──正直、ガキの頃からそういう風潮が大嫌いだった。
親父とお袋が偉いからといって、なんでアタシまで祭り上げられなきゃならねぇんだ。力のない奴らが、強者の威を借りて自分を大きく見せる──そんなくだらない現実が、アタシはどうしても我慢ならなかった。
しかも純兎族も月兎族も、揃いも揃って臆病で、弱虫ばかり。いざという時に前へ出る者なんて一人もいねぇ。戦う覚悟も持たず、ただ怯えて隠れて、そうして滅びていく──。そんな惨めな連中ばかりの中で、アタシだけが違っていた。誰よりも強くなりたかったし、誰よりも戦いたかった。
……そう思い続けて十八年。結婚だの、子を産むだの、周囲が騒ぎ始めた頃。皮肉なことに、その年がアタシの人生を一変させる年になった。
────月兎族は、小規模な戦争によって壊滅した。
族長である親父とお袋は処刑され、仲間もほぼ全滅。
ほんの一時間、アタシが買い出しに出ていただけで──帰ってきたときには、すべてが焼け落ちていた。
瓦礫の山。焦げた匂い。風に舞う白い毛。
そこに“月兎族”という名は、もう存在しなかった。
その光景を見た瞬間、アタシは確信した。
──アタシの中には、弱い血が流れているんだって。
だから、アタシは決めた。
この弱さを、骨の髄まで叩き直すと。
筋トレを欠かさず、毎日走り込み、呼吸が乱れるたびに殴り合い、修行に明け暮れた。道場にも弟子入りしたが、「女だから」と手加減してくる連中ばかりで、そんな奴らは片っ端から叩きのめしてきた。
──強さ以外、信じられるものなんてなかった。
そんなある日、アタシは“とんでもない化け物”に出会った。どれだけ素早く動いても、どれだけ鋭く殴っても、奴には一発も当たらない。逆に殴られ、蹴られ、地面に叩きつけられるばかりだった。
「────ぐはっ……!」
「…お、まだ気絶しないんだ。女の子なのに、こんなに殴られてもまだ立とうとするんだね。……うーん、ここでお前を殺すのはちょーっと勿体ないなぁ。────ねぇ、お前さ、俺たちの仲間になってよ。“天道教”っていう宗教団体を立ち上げるんだけど、そのメンバーに君を入れたいんだ。悪い誘いじゃないと思うけど? もし断ったら、今ここで君は死亡〜。」
その笑い方に、背筋が凍った。──だが同時に、胸の奥が熱くなった。この男は、本物だ。アタシより強い。本気で戦える相手だ。
だからアタシは、天道教に入った。
それが、アタシの“生き残り方”であり、“復讐の始まり”でもあった。
そこからの日々は血と命令の繰り返し。どんな犯罪だろうと、命令とあらば従った。だが、どんな任務の裏にも必ず“香良洲”の名があった。
あのお方──天道教の頂点に立つ存在。
その真意なんてどうでもよかった。アタシの目的はただひとつ。強者と戦い、己の力を限界まで高めること。
そんな折、耳を疑う一報が届いた。
天道教幹部三人が、“討伐士団長”と“天道教第一位・一星灯火”によって殺害されたという。しかも──その中には、アタシが心底惚れ込んでいた男もいた。
……その報を聞いた瞬間、胸の奥が焼け落ちた。
けれど同時に、アタシの中の闘争心が目を覚ました。
“あの男を倒せる強者がいる”。
──ならば、そいつと戦ってみたい。
一星灯火。討伐士第一位にして、最強の称号を持つ男。アタシは奴に挑み、そして一瞬で敗北した。
奴が一歩動いた時、すでにアタシの腕は斬られていた。目では追えず、音も感じない。気づけば地面に叩きつけられ、視界が赤に染まっていた。
「あ"ぁ…!アァァァ…!!た、タンマ…!降参。アタシの負けだ……。」
「…ふう。お疲れ様でした。大丈夫ですか?」
「なんでアタシの心配してんだよ…強者の余裕ってのはうぜぇもんだなぁまったく。」
「あなたも中々のものですよ。今まで出会った兎族の中では、最強クラスだと思います。」
「オイ、アタシは兎族じゃねぇ。月兎族だ。…それにあんな弱小者の族の奴らと一緒にするんじゃねぇ。アタシは兎として生まれたとしてもアイツらと違って、戦士の心を持ってる。二度と兎族なんて軽蔑した発言をするな。」
「…それは、失礼しました。では私はこれで。…お互い仲間同士、頑張りましょうね。」
「─────不気味なやつ。話し方もなんか、上っ面っつうか、気味悪ぃぜ……。」
一星は、いつだって孤高だった。
誰にも頼らず、命令を淡々とこなし、戦場ではまるで“死神”のように動く。アタシはそんな奴が嫌いだった。けど──同時に、認めていた。
戦士として、あいつは間違いなく“本物”だった。
……だからこそ、アタシは自分を許せなかった。あんな化け物の前に、なすすべもなく負けた自分を。
アタシは、強くならなきゃならねぇ。
強く、強く。誰にも負けない、本物の戦士になるために。──弱者であること、それがアタシの一番の罪だった。
……そして今。アタシは再び戦場に立っている。血に塗れ、命を賭けて。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
「はぁ… はぁ……。」
「高坂ぁ…!こいつ何とかできねえのか…。さっきから斬っても斬っても腕や足は再生していくし、血液もどういう理屈か無限にサイクルが回ってるみてえだし…これ、どうやって倒すんだよ。」
「───俺が知る限りの情報をまとめても、兎族がこんなにも再生能力に長けているという情報はない。…もしかしたら、彼女だけが保有する能力かもしれない。」
「はぁ…ご明察…。まぁでも…兎族が再生能力に長けているのは事実だが、アタシほど四肢が復活したりはしねえよ。この治癒の速さはアタシの体質だ。」
「四肢が復活しまくるんじゃ勝ち目がねえ。いくら傷を増やそうと復活する…ゾンビじゃねえか。」
「高坂、やはり…奴の首を切るしかない。腕や足じゃダメだ。脳と胴を離せば身体の機能は停止する。発信源が無いんだからな。…だから、奴の首を狙え。」
「えぇ…、気が引けるなぁ。腕とかならまだしも、首とかさぁ。せっかく美少女なのに。俺そんなサディスティックな嗜好ねえんだけど。」
「バカかお前は。そんな甘い考えは捨てろ。相手はこの東商を脅かしてきた天道教の幹部なんだぞ。このままじゃ体力切れでお前がやられるだけだ。」
「いや、その心配はねえよ。ほら、俺はまだまだピンピンしてる。────なぜなら一発も食らってねえからな。」
「…まだ桜木が動けるなら…いけるか。……だったら、俺に一個作戦がある──────。」
二人が短い作戦を交わす最中も、女戦士は攻撃の手を止めなかった。上段から鋭く蹴り落とし、高坂は紙一重でかわし、桜木はその蹴りを腕で受け止める。
「────話し合いは終わったかぁ??いつまでも話してねえで戦え!」
「お前も懲りないなあ。いつまで戦っても結果は、変わらねえって!」
桜木がその足を掴み、ブンブンと振り回して地面に叩きつけた。轟音が夜空を裂く。女戦士の脳が揺れ、視界が一瞬で霞む。
「ぐはっ…!」
「更に…おらおらおらおら!!降参するなら今のうちだぜ兎ちゃんよ!!!!」
地面に叩きつけられた後、桜木の拳が雨のように降り注ぐ。拳の重みが骨を軋ませ、呼吸を奪う。それでも彼女は歯を食いしばって耐えた。
「…よ、よくあんなに殴れるな、女相手に。さっきまで美少女とか言ってたのに、あいつもしかしてDV気質か?」
『────それにしても…奴の再生能力は中々の物だった。あの再生能力が何処まで効くのか分からないが、もし仮に首を切ったとしても再生した場合、かなり勝ち目が薄くなる。そうなった場合、完全に奴を消滅させないといけないからな。でも取り敢えずここは、高坂に委ねるしかねえ。』
「あんまり、ナメんじゃねぇ!!」
女戦士が地面を蹴り飛ばし、反動で宙を舞う。鋭い回し蹴りが翔也の顔面を狙うが、彼は逆立ちのように体を捻って避けた。
「やっぱお前、身体能力はすげぇよな。相当努力したんじゃねえか?…ははっ、だったら兎みてえにぴょんぴょん跳ねてみろよ。身体能力高いなら余裕だよな?」
「あ"ぁ?テメェ。アタシをバカにしてんのか??アタシはまだピンピンしてんぞ。テメェから受けた傷も全て回復済だ。こんなんでアタシと持久戦ずっとやってくつもりか??」
「はははっ、んなわけねえだろ。随分お前に時間をくれてやったからなぁ。そろそろ俺は、深海の元に行かねえといけねえんだわ。…アイツと、背中預けるって約束しちまったからな。」
「はぁ?アタシはてめぇらを逃がす気はねえぜ。ここから更に練度を上げてボコボコにしてやる。」
「随分やる気みなぎってるじゃねえか。…じゃあ、お前のために俺も剣なんて使わずに、拳で戦ってやるよ。」
翔也が剣を地に落とし、両拳を握りしめる。その瞳には、一切の迷いがなかった。まるで覚悟そのものが形になったような目だった。
「へぇ?カッコイイところあるじゃねぇかよ。んじゃあアタシも全力でやってやるよ!!」
彼女が地を蹴る。風が裂ける。空気が震える。
その拳には、確かな“殺意”が宿っていた。
「はぁぁぁ!!死ねぇ!!!」
翔也は地面に手をつき、瞬時に逆立ち。
女の拳が通り過ぎる瞬間、回転蹴りを放ち、腕ごと吹き飛ばす。
「いっ…っ!」
「今だ高坂!ワイヤーを!!」
飛び散る血の中、翔也の声が鋭く響く。高坂は即座に反応し、事前に用意していた簡易ワイヤーを投げた。
──これは、作戦会議の時に決めていた通りだった。
『─────え?ワイヤーを?』
『そうだ。奴は再生能力が底知れないし、このまま倒すのはほぼ不可能だと思う。だから、奴を"捕獲"してやるんだ。桜木。お前がなんかしらで隙を作れ。そしたら俺が簡易ワイヤーを投げる。それで捕獲しろ。』
『分かった。』
「────ベストタイミングだ!桜木!!」
「くそっ…!油断した…!!!」
「よっしゃ、捕獲完了!」
桜木がぱんぱんと手を叩き、ホコリを払うように笑う。 高坂は静かに歩み寄り、彼女の目の前に立った。
「お前はこれから裏世界の内情を把握するため保護させてもらう。この戦いが終わるまで大人しくしろ。」
「うるせぇ…捕獲するくらいならひと思いに殺せ。ウザったいんだよ、弱者共が…!!」
「─────その弱者に負けたのはどっちだ。」
「んだとテメェ……」
高坂がしゃがみ込み、彼女の髪を掴んで無理やり顔を上げさせる。彼の瞳は冷たく、それでいて真っ直ぐだった。
「────いいか、俺達討伐士は命を懸けてこの国の平和を守ってる。お前らみたいに、暴力を正義のために振らないやつに、俺達は負けない。それに、お前も戦士の心があるなら、これからは平和のために戦え。これ以上、その強さを無駄にするな。」
その言葉に、女は何も言い返せなかった。
唇が震え、視線が揺れ、ただ静かに下を向く。
高坂はため息をつき、立ち上がる。
「───しばらく俺はここで待機してる。…お前は、行くべきところがあるんだろ。早く行ってこい。」
「おう!ありがとよ。じゃあ行ってくるわ。────あ、そうだ。あいつの名前聞いといて?次から名前呼びして親睦深めたいからさ。」
「お前……いい加減にしろよ。」
桜木は苦笑しながら屋上から飛び降り、そのまま走り去った。残された高坂は一度深く息を吐き、拘束された女の隣に腰を下ろす。
「────だそうだ。お前、名前なんて言うんだよ。」
少しの沈黙。
そして、唇がわずかに動いた。
───────名前なんて、ねえよ。
少し寂しそうな顔で、彼女が一言呟いた。
ご覧いただきありがとうございます!
応援してくださる方は、ぜひここで☆からの評価とブクマをお願いします!!
沢山の人に俺の小説を届かせたいです!




