第六十六話『奥寺絵梨花』
「ははははは!どうだどうだ!!テメェのからだァ。どんどん傷が出来てるぜ!俺のダガーナイフでお前の体を切り刻んで、バラバラにしてやるからよぉ!!」
彼女は彼の強大なスピードに追い込まれ、服はビリビリに切り刻まれ、血が所々に溢れ出す。だんだんアドレナリンが出てきて痛覚は遮断されるが、意識がどこまで持つか分からない。
「……!!やばいっ!?刺される!弾かないとッ!」
「じゃあな!!奥寺絵梨花ァ!!」
ダガーナイフが、彼女の喉元に向かって飛んでくる。
彼女はその瞬間。静かに、一瞬で死を覚悟したその時。
─────稲妻が走るような、ゴロゴロとした音が聞こえ、雷のようなエフェクトを纏い、速いスピードで奥寺絵梨花を庇った女性がいた。
「────間に合った。大丈夫?絵梨花さん。」
「琴葉ちゃん…!ありがとう。助かったよ。」
「は?おいおい。完全に仕留めたと思ったのに。お前、勝手に割って入ってきて誰?」
「あなたは天道教、閃光のコウメイ。ですわよね?申し訳ありませんが、この東商を脅かすあなた達に名乗る名前なんてありませんわ。」
「釣れないなぁ。俺はただ純粋に君の名前を知りたいだけなのに。…でもそっか、君のその力、"天の導き"か。でも雷とは驚いたなぁ。遭遇したこと無かったからさ。」
「私もこんな動きが素早い殿方とお会いしたことはありませんわ。…俄然、やる気が出てきました。神妙に、お手合わせ願います。」
「ははっ、面白い子だね。俺との戦いを望むなんてさ?今まで対峙してきた子にそんな子は居なかったなぁ。…じゃあ遠慮なく、殺してやるよ。」
閃光が光を放ちスピードで翻弄しようと四方八方に移動するのを、琴葉は不思議と目で追えていた。
「どうだ!!どこから攻撃が来るか分からねえだろ!!この力は、天の導きを超えるんだよ!!」
「確かに、凄いスピードですが、これなら私の方が速いですわ。」
四方八方に動き、剣で攻撃する閃光の攻撃を全て弾き返し、雷のエフェクトが入った鋭く速い斬撃をお見舞い仕返し。ダガーナイフと剣がぶつかり合い、地面が揺れ始めハイレベルの攻防が続いていた。
「やっぱり簡単にはくたばってくれないよね。」
「───当然ですわ、……そろそろよろしいでしょう。十分あなたの力は見させてもらいましたし、私の本気をお見せ致しますわ。──────轟雷。」
琴葉が地面に手をつくと、無数の雷が地面から広範囲に広がり放たれ、閃光が距離をとる。
「うぉっと、危ね。これじゃ近付けないなぁ。……さて、どうする─────」
琴葉は閃光の言葉を遮るように、一気に距離を詰めた。
「どうするも何も、あなたの負けは決まってますの。雷のエネルギーを剣に込めて────雷鳴撃!」
雷のような轟音と、雷のように速いスピードで一秒のうちに8回閃光の体を切り刻んだ。
「ぐふっ…。はっ…!!」
閃光は何も出来ず血を吐き、その場に跪いた。
閃光の衣装は切り刻まれ、血も滲み散々な姿になっていた。
「これで、正真正銘あなたの負けですわよ。天道教幹部、閃光のコウメイ。」
「ぶふっ…。…はぁ…だるいな…血が止まんねえ…。… ここで死ぬのか?俺。」
「────ええ、トドメを刺させて貰います。あなたから聞きたい情報もありましたが、ここで生かしておくメリットよりも、デメリットの方が大きすぎますので。」
「ははっ…、やれるもんなら…やってみろ!!!!」
「っ!なにっ…なんですの…!」
突如、閃光から眩い光が放たれ、琴葉と絵梨花は目を瞑らざるおえない状況になっていた。
「何も見えない…、絵梨花ちゃん大丈夫?」
「うん、大丈夫だけど…何が起きたの…。」
短い時間で閃光から放たれた光が止み、目を開くと───
「おかしいですわね。閃光は膝を着いたままで、何も変化がないように見えますが…。」
奥寺絵梨花はその瞬間に気付いた。
気付いて、琴葉に声を掛けたが、遅かった─────
「ぶはっ…!!」「ぐはっ…!!」
閃光は、まばたきの内に女戦士二人に切り傷を与えた。
絵梨花は腹に、琴葉は肩に傷を与えられ。形勢逆転。
「さっきより…スピードが桁違いに上がった…。」
「何が…何が起きたの…。」
「───力を乱暴に振るえば力は拒絶し、力を制御し使いこなせば、力は本来の強さを取り戻す。お前らがそれを俺に教えてくれた。」
「何を…言って…。」
「冥土の土産に教えてやるよ。俺がなぜこーんな強い力を得ることが出来たのか。……お前と、"一星灯火"のおかげさ。お前らに共通しているのは、強大な力を有しているのに、しっかりと力を行使できるとこ。そして、悪戯に力を使おうとしないとこ。だが俺は、お前ら天の導きとは違い、所詮あの方の力に過ぎない。俺の場合適応されないかと思ってたんだが、違ったみたいだな。やっぱり力は力、異能は異能。力の使い方ってもんがあるんだなってな。それを俺はお前らから勉強して会得したんだぜ。特に一星灯火。あいつは最強だった。」
「っ…力が…もう入らない…。」
「あれ、長話し過ぎたかな?それにしても、こんなにあっけないなんて、残念だなぁ。まぁいいや。さようなら。君達の事は忘れないよ。」
ダガーナイフで琴葉にトドメを刺そうとした時─────
鉄同士がぶつかる音が聞こえ、ダガーナイフが吹き飛んだ。
「ッ、あれ。まだ動けるんだ君。」
「絵梨花…ちゃん…。駄目ですわ…、そのお腹の傷…かなり抉れて致命傷ですの…これ以上動いたら…死んじゃう…」
「────琴葉ちゃん、ありがとう。後は任せて。これは、私と閃光の戦いだったんだから。」
「何を…何をする気…絵梨花ちゃん…。」
ぽたぽたと腹から出血し、立っているのもやっとの状態のはずの絵梨花が剣を握り立っている。
不気味な異様さを感じ取った閃光は、始末しようとダガーナイフを広い絵梨花の顔面目掛けて刺そうと振り下ろす。
が、絵梨花はそれを剣で防ぎ閃光は連撃を試みるが、絵梨花は全て弾いていた。
「なんだなんだ…なんで当たらないんだ…っ!その構え…!」
思い出される、前回の戦い。
閃光を死の一瞬まで追い込んだ構え。
絵梨花は同じように構え、閃光の攻撃を弾き返していた。
「呼吸がいつもより違う…前回の時もそうだ。この構えを見せた時、息の吸い方や吐き方が違い、五感が研ぎ澄まされているような風に見える。」
「絵梨花ちゃん…閃光の攻撃を…全部弾いてる…。凄い…。」
攻撃を弾いてる間絵梨花は "夢幻の境地" に 入っていた。
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「────絵梨花、だいぶ筋が良くなってきたな!」
思い出される記憶、父と共に修練をしていた日々。
心も体もだいぶ大人へと成長し、身長は母親を超えていた。
「ぷはぁ…!いやぁ暑い。パパは大丈夫なの?」
「嗚呼、父さんは慣れっこだからな。───なぁ絵梨花。」
「ん?どうしたの?」
「絵梨花も結構な成長を遂げた訳だし、ひとつ教えておかなくちゃいけない事がある。」
「教えておかなくちゃいけないこと?」
「そうだ。絵梨花、これから "夢幻の境地" について説明するから、よく聞くんだぞ。」
「わ、分かった。」
「──────夢幻の境地。それはいわば人知を超え、種族の枠を超えた時に辿り着くことが出来る境地。全てが研ぎ澄まされている最高到達点。この境地に辿り着くことが出来たなら、五感、神経伝達物質、脳の処理などなどが、常人の何百倍にも研ぎ澄まされ、最強の戦士になれる領域。それが夢幻の境地だ。」
「凄いっ…その夢幻の境地には、どうやったら辿り着けるの?ものすごく厳しい条件とかありそうだけど。」
「夢幻の境地は、条件が無いんだ。どんな条件で辿り着くのか、どんな事をすれば辿り着くのか。それは誰にも分からない。……だが、ひとつ条件を見出したんだ。それは、─────"極限まで集中していること" だ。」
「極限まで?集中?」
「ははっ、意味わからないと思うが、極限に集中するって事は、目の前で行われている戦闘以外の、余計な感情や思いを捨てれるほどに、神経を張り巡らせている状態ってことだ。この極限の集中が"前提条件"だと、そう言われている。」
「えぇっ!?これが前提?…私には無理だよ…」
俯く彼女に、大きな手を頭に乗せてそっと撫でる。
「─────大丈夫、絵梨花なら出来る。どんな戦いでも、負け戦なんて存在しない。絶対絵梨花なら勝てる。」
この記憶を思い出した時、私はふわふわと頭の中が充満されていくような感覚になった。
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『─────なんだろう、この感覚。時間がゆっくり進んでいくような、閃光の攻撃がゆっくりと見えてくるような。……これが、パパの言ってた領域。"夢幻の境地"だったんだ。閃光の攻撃が、全部手に取るように見える。』
奥寺絵梨花は既に、覚醒状態だった。
何がきっかけは分からない、何がそうさせたのか、根拠は無いが。絵梨花は諦めなかった。
「───はぁ、はぁ。気持ち悪いんだよ…!お前は…!お前は!前回殺されかけた日から、お前の顔が脳裏によぎって!離れないんだよ!」
どれだけダガーナイフで閃光のような光を放ちながら高速移動しようとも、絵梨花には届かない。全て完璧に外すか捌いている。
「凄い…凄いよ…。絵梨花ちゃん…。でも…そろそろ、血が……。」
絵梨花は分かっていた。これ以上長引かせると、自分の命に関わると。そう判断し、反撃に出る事にした。
「───っ!!」
閃光の攻撃後一瞬の後隙を見逃さず、絵梨花が下に潜るような形になり、思いっきりダガーナイフ目掛けて蹴り飛ばし、閃光のダガーナイフは真上に吹き飛んだ。
「まずいっ…!」
「はっ…!いけるっ…!いけるよ絵梨花ちゃん!」
「─────私の命、ここで尽きてもいい。でも、あなたをこのまま生かす訳には行かない…!次なる犠牲者を、増やさないために…!!これで!!終わりだぁぁぁぁぁ!!」
─────ガラ空きの閃光の体に目掛け、父親に教わった構えを取り踏み込んで三日月斬りを一撃。
閃光の体から血が溢れ出し、閃光は全身の力が抜けるようにうつ伏せで倒れ込んだ。
「……っ、くそっ…くそっ…!結局…、結局こうなるのか…!!また俺は負けた…!!負けたぁぁぁ!!くそっ…クソが…っ、く…そ…。」
閃光は、それ以降口を開くことは無かった。
絵梨花は決着をつけたあと、ゆっくりと倒れ込んだ。
琴葉が力を振り絞って走り、絵梨花が地面に倒れる前に体の下に腕を巻いてキャッチ。
「────っ、琴葉…ちゃん?」
「絵梨花ちゃん…!勝ちましたわ…!勝ちましたわよ…!これで閃光のコウメイは撃破。絵梨花ちゃんは…勝ちましたの…。」
琴葉の目からは涙が零れ落ちて、絵梨花の頬に流れる。
琴葉は察していた。もう、絵梨花の命が長くないことを。
「そっか…勝ったんだ…私…今回は…本当の本当に…勝てたんだね。」
「ええ…絵梨花ちゃんは十分強くなってましたの。私と…"秘密の特訓"も沢山やった甲斐がありましたわ。」
「ふふっ…良かった…。良かったけど…っ、はぁ…もう、力が出ないや…。全部…出し尽くしちゃったみたい。」
「絵梨花ちゃん…。きっと…疲れているだけですわ…、少し休めば…きっと…。この傷だって…治癒術士が…。」
「────ねえ…琴葉ちゃん。……私、しっかり役に立てたよね。しっかり、みんなの役に…立てたよね。」
「ええ…ええ…!もちろんですわ…!!あなたは十分に頑張りましたの…いや、頑張ったよ…!絵梨花ちゃんは本当に頑張った…!」
琴葉がお嬢様口調から練習していた通常口調に戻す時は、相当な関係値を持った相手のみ。
琴葉は、奥寺絵梨花をしっかりと認めていた。
「私と秘密の特訓沢山やって、強くなりたいんだって、そう言うあなたの目は、とても真剣な目をしてた…。だから私は…あなたのその目が好きだった。あなたと一緒に戦いたかった…。ずっと一緒に…戦いたかった…!」
お互いの目には、涙が見えていた。
溢れ落ちる涙は、直ぐに解けてなくなっていく。
「私もっ…琴葉ちゃんと…戦いたかった…。一緒に勝ちたかった…一緒に笑って、勝利の報告したかった…。でも…今は不思議と、これでもいいなって思えるの…。だって…"二人で"閃光に勝ったんだから…。」
「絵梨花ちゃん…。」
「……ねえ、琴葉ちゃん…。頼み事…してもいいかなぁ…。」
「……いいよ。」
「……私の兄弟に……伝えて…欲しい…。──────"お姉ちゃんは、ずっとあなたたちの味方だよ"…って。"先に逝って、ごめんね"って…。」
「…分かった…絶対伝えるから。」
「ありがとう…はぁ…もう…目が虚ろに…なってきたなぁ…。幻覚まで…見えてきた…。これが、走馬灯…なんだよね…。…私…死ぬんだ…。……死にたくないなぁ…。本当は…もっとみんなと…もっと兄弟たちと…一緒に過ごしたかった…。叶わないのは分かってるけど…。」
頭の中には、兄弟達と過ごした記憶が呼び起こされ、日々の情景が浮かんで来る度に、涙がこぼれる。
「……そうだよね…。でも、絵梨花ちゃんはよく頑張ったよ…。絵梨花ちゃんは本当に…本当に…。」
「─────嬉しい…。琴葉ちゃん…、あともう一個…お願い…。この私の剣…受け取ってくれない?…これ、お父さんから、引き継いだものなの…。」
「こんな大事なもの…、私で…いいの?」
「─────琴葉ちゃんに、使って欲しいの。」
琴葉はこの言葉を聞いて、感情が込み上げてきた。
最後に、散っていく同志に言葉を投げ掛ける。
「─────分かった。大切に使うね…。…私は…絵梨花ちゃんの分まで戦うから…。絶対何があっても…絵梨花ちゃんのことは忘れないから…!…だから、安心して。安心して…休んでいいんだよ…。それで、たまに、私のところに顔出してよ…。私…待ってるからさ…。待ってる…から…。」
涙でぐしょぐしょの声は、これ以上出ることはなかった。
胸が苦しくて、鼻水が止まらなくて。涙がどんどん零れ落ちて。絵梨花は、その光景を下から見上げるように見詰め──
「ふふっ…分かった…分かったよ…。琴葉ちゃん……本当に…ありがとう…。」
ストンと、絵梨花の腕が落ちる。
琴葉は、絵梨花の亡き骸を見詰め、涙を流し続けた。
亡骸は何処か笑顔で、ほんのりと涙が浮かんでいた。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
「─────ここは。私、何を…あ、そっか。もう私、死んじゃったんだ。」
辺り一面が白く澄んでいる空間に、絵梨花は居た。
先の見えない世界で歩き出そうとしたその時─────
「絵梨花。」
世界一優しい、世界一大好きな声が聞こえた。
後ろを振り返ると、そこには懐かしい"母親"の姿があった。
「────お母さん…お母さんなの…?」
「絵梨花…」
「お母さん、ごめん…!私…もっと長生きして、兄弟たちを養っていかないといけなかったのに…!こんな早くに来ちゃって…ごめん…!怒ってる…?怒ってるよね…。お母さん…。私…私…。結婚もできなかった、夢も見つけられなかった…!最後に笑えたかどうかも分からない…!お母さんの残してくれた言葉、何一つ守れなくて…!ごめん…!ごめん…!!ごめん──────」
絵梨花は泣きながら、母親を見つめ語り出した。
母親は、ほんのり涙を浮かべ、すっと口を開いて一言。
「───────絵梨花、おかえり。」
絵梨花はその言葉を聞くと無意識に走り、腕を開くお母さんの元に飛び付いた。
「お母さん…お母さん…!ずっと、こうしたかった…。お母さんに触れたかった…。」
「もう…絵梨花は本当に甘えん坊なんだから…。……見てたよ。絵梨花の活躍。凄かったじゃん。…偉かったね。最後までやりぬいて。本当に。」
ぽんぽんと優しく背中を撫でる母親に、泣きじゃくる娘。
母親は、静かに涙を流していた。
「うぅっ…お母さん…お母さんっ…。」
「ふふっ、あなたは本当に成長しても、子供のまんまなんだから。」
「ねえ…お母さん…怒ってないの…?私の事…。」
「怒るわけないじゃない。あなたの進む道を全力で応援する。そう言ったのはお母さんよ?絵梨花はやる事やり切ったんでしょ?」
「それは…うん、やり切ったよ…!なんたって天道教の幹部を倒したんだから…!しっかり、貢献してきたよ!」
「…ふふっ…なら、お母さんが怒る理由は無いわ。…むしろお母さんね、今凄く。絵梨花に会えて嬉しいのよ…。ずっと会いたかったから。」
「お母さん…。これからはずっと傍に居るよ。私が、ずっと一緒に…ね。」
「──────おかえり。絵梨花。」
「─────ただいま。お母さん。」
こうして、奥寺絵梨花の一生は幕を閉じた。
母親との再開。共に旅立つ二人を見守る一人の男。
その男もまた、目尻から涙が零れ落ちていた。
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