第六十五話『Revenge』
「────あァ…もう飽きたなァ、雑魚の相手をすんのはさァ?なーんで俺がこんな雑魚を相手にしなきゃいけないんだよ。……もう、くっせぇ血は見飽きたんだよなァ。」
10月31日。午後12時20分。空は曇り、微かな風が吹き抜けるゲームのような戦場の中、冷たい空気に血の匂いが混じって鼻腔を刺す。
討伐士たちが各所に分断されてからまだ10分しか経っていないというのに、戦場は既に地獄そのものになっていた。
─────ランキング外の討伐士、総勢120人。
一人、また一人と斬られ、串刺しにされ、踏みにじられ、無惨に倒れていく。斬撃の残響と血飛沫が飛び交う中、神殺しの声だけが、無情にも冷たく戦場に響き渡る。
「はぁぁ……あのお方も人が悪いよなァ、俺に討伐士一斉掃除でもしろってかァ?…んまぁ、それもこの道を選んだ道理、俺がここで断罪してやらねぇともっとひでぇ目に遭うって考えたら、テメェら…俺に殺されて運が良かったなァ?」
倒れ伏し、辛うじて意識を保つ戦士が、血まみれの手で必死に視線を向ける。震える声は、怒りと恐怖が混ざり、戦場の騒音をかき消すかのようにか細くも響いた。
「貴様は……バケモノだ…、俺達は…誇りを持って…討伐士になっている……ベラベラと…喋ってられるのも…今のうちだからな…。…ヒーローは、必ず最後には…勝つんだ。」
「───あ"?ハ、ハハハッ。ハハハハハハハ!!!!そーかよ!!んじゃあお前が死んだら全世界が理解するさ。真のヒーローはこの世界に居ねえって事をなァァァ!!!」
神殺しは血にまみれたナイフを高く掲げ、斬り下ろす体勢に入ったその刹那、目の前の標的が一瞬で消えた。
目を見開いた神殺しは、状況を理解できず横を向く。だが、そこには既に目に見えぬ速度で標的が移動していた痕跡が、戦場の残響として残るだけだった。
「……ぁ?」
瞬間の感覚が、神殺しの身体に奇妙な違和感をもたらす。目の前には、もう一つの討伐士の上着が風になびき、戦場に静かに立っていた。
「───遅くなってすまない。大丈夫か?……ダメだ。意識がない…脈も止まってる…。……助けられなかった。僕の力及ばずだ……本当にすまない。ゆっくり休んでくれ。」
悔しさに顔を歪め、天に飛び立った同士を見つめる第二位の討伐士。血の匂いが鼻を刺す中、冷静でありながらも怒りと哀しみを抱え、戦場をじっと見据えている。
その瞳には、生き残った者としての決意と、怒りに震える感情が鋭く宿っていた。
「おい、テメェ。俺の獲物横取りしてんじゃねェよ。死にてえのかァ!!」
「……君のその髪の長さ、隙間から見える赤い目。お前は"神殺し"だな。……僕の仲間、同士をこんなに殺して。許されると思うな。」
「おいおい!正義ズラしてんじゃねぇぞ。この世界は殺し殺し合いだ!!強さこそが正義なんだよ!!それに俺様は、こいつらを断罪してやったんだぜ?俺がここでぶっ殺さなきゃ、こいつらは永遠に苦しむことになってたんだ。だから俺が殺した!!それの何が悪いんだよ!!」
「君は、根本的に命の価値を見誤っている。ここに眠る戦士たちは君に殺されるために生まれてきたんじゃない。戦士として、討伐士として、誇りを持って使命を全うし、人生を満たし、幸せになるために生まれてきたんだ。それを君の身勝手な行動で、この人達の幸せな人生を奪った。…そんなお前だけは、絶対に許さないぞ。」
深く息を吸い込み、剣を引き抜く第二位。
その剣先は、怒りと憎悪の象徴のように煌めき、神殺しの目を射抜く。戦場の光景も、血飛沫も、すべてがこの二人の間で一瞬に凝縮されたようだった。
「へぇ?君のそのオーラ、他の討伐士と違って強そうだからあまり相手したくないんだけど。……でもいい機会だ!!こんな強そうな青年を断罪出来るなんてさァ!!天道教に入った甲斐があったなぁ!!!」
「もうこれ以上、犠牲者を増やす訳にはいかない。いまここでお前を止める。だから全力で来なよ。僕も全力で相手してあげる。」
神殺しは瞬時に至近距離に飛び、斧、剣、ハンマーと多彩な武器を次々と切り替えながら攻撃を繰り出す。
振動する大地、飛び交う破片、散る血しぶき、すべてが戦場の混沌を形作る。
「君、なんの能力を…っ。武器を切りかえながらのこの速さ…間違いなく俺が退治した中で一番強いね。」
「はははっ!!俺のこの力はあの方に授かった物だ!!あの方には感謝してもしきれねえよ!!こんな俺様に合う力初めてだぜ!!」
第二位は一瞬で順応し、剣を自在に操り神殺しの攻撃を完全に捌く。防御、回避、反撃────どれも無駄なく繰り出され、神殺しの攻撃は思うように通らない。
「おい!!防御ばっかじゃつまんねえぞ!!俺を倒すんじゃなかったのかよ!!それとも俺の攻撃が鋭すぎて防御しか出来ねえのか!!腰抜けがよ!!」
「───安心しなよ。もう既に君の攻撃に慣れた。ここから君の望む反撃をしてあげるよ。」
一瞬の隙を突き、膝蹴りを叩き込み、神殺しは血を吐きながらも吹き飛ばされる。その衝撃は人間の常識を超え、戦場全体に波紋を広げた。
「はぁ…っ、テメェ…何者だよ。ガードした手が折れちまったじゃねえかよ。つかガードしたのにこの威力ってイカれてやがるのかてめぇは…。」
「その強さは至ってシンプルさ。"自分の望む場所を強化する"血流や筋肉のハリ、そして肝心なのは、脳。僕は生まれつき"特異体質"と呼ばれるものでね。通常の人間よりも脳を動かすスピードが早く、自分の体も自由自在に制御できた。…おっと、流石に話し過ぎたな。まぁ君のために分かりやすく説明してあげてもいいんだけど。」
「要らねえよ…テメェのその力なんざ…そんなこと───」
「────話してる暇があるなら、手を動かそうよ。」
一瞬で懐に入り込み、腹部に全力のパンチを叩き込む。神殺しは血を吐き、耐える素振りを見せる。そして、周囲に漆黒のオーラが渦巻き始め、戦場は禍々しさに包まれた─────
「ぐはっ……てめぇ…。」
「その殺意に満ち溢れた目つき、君にもなにか理由があるんだろうけど、僕の仲間を殺してる以上、情状酌量の余地は無いよ。」
「うるせぇ…うるせぇうるせぇ…!!!!」
突如、神殺しの周囲を黒い禍々しいオーラが包み込む。その空間だけが異質な冷気と重力のような圧迫感に覆われ、竜馬の五感は警告を発する。戦場全体の音が遠のき、血飛沫の匂いだけが鮮明に鼻腔を刺激する中、禍々しい黒い霧が神殺しの体を覆い隠した。
「テメェらみてぇなよ…正義感気取りのヒーローごっこ…気持ちわりぃんだよ…。虫唾が走る…。テメェら討伐士の上着を見るだけでもイライライライライライラよぉ!!!テメェら全員消え失せろや!!ぅぉぉぁぁぁぁぁ!!!!」
竜馬の脳裏に瞬間的に警告が走る。直感的に、この禍々しい力を侮れば即死しかねない。戦場全体の空気が重く振動し、地面の瓦礫が微かに浮き上がる。
神殺しの体から発せられる力は、ただの殺意ではない。生物が持つ本能的恐怖を具現化した、漆黒の意思そのものだ。
「なんだっ…!何をするつもりだ!!」
その問いは虚しく、黒い霧が神殺しの周囲で渦を巻く。霧の中で、筋肉の隆起、骨の軋み、皮膚の微細な震えまでが透けて見えるような異様さ。竜馬は一歩も動けず、ただその圧倒的な存在感を脳で解析し、最適な行動を導き出す。
「─────あのお方から最終手段として貰った…俺様の奥の手だ……。気に入らねえもんはぜーんぶ俺が断罪する。だからてめぇを今から…断罪してやんだよ!!!」
黒いオーラが収束し、神殺しが両手でドス玉のような暗黒を握り始めた。それはまるで生物の心臓のように脈打ち、闇の力が生き物のように蠢く。
空気が切り裂かれるような音を伴い、光の反射すら吸い込み、周囲の影が伸びる。
「ぐぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!」
地面が震動し、瓦礫が舞い上がる。竜馬は反射的に身を低くして回避姿勢を取る。
戦場に漂う恐怖の波動が、彼の神経を直撃する。
警戒心を解けば、ここで即死は確実だと脳が告げる。
数分後、黒いオーラは徐々に薄れていき、禍々しい圧迫感は消えた。
だが、その瞬間、竜馬の頬に鋭い切り傷が走る。
目に見えぬ速度で飛んできた、黒いモヤの破片が頬を裂いたのだ。
「ッ!何処だ!何処から来た…!!」
反応が遅れた自分に苛立ちながらも、竜馬は瞬時に戦闘態勢を再構築する。視界がクリアになると、そこには禍々しさを纏った神殺しの新たな姿があった。
髪は短く整えられ、朱眼は以前の鋭さを保つ。
だが口元は口裂け女の如く裂け、耳は尖り、折れたはずの腕も完全に治癒している。彼が握る武器は、天使と悪魔の象徴を模した鎌へと変化していた。
まるで光と闇の力を宿す異形のオブジェクト、その存在感は戦場のあらゆる音をかき消すほど圧倒的だった。
『断罪。俺様は全てを断罪する者。天道教幹部、神殺し。テメェのその生き様、俺様の断罪対象に値する。』
先ほどの激情的な言葉遣いとは異なり、ゆっくりと落ち着いた声が戦場に響く。その冷静さは、逆に不気味さを増幅させ、竜馬の神経を尖らせる。
「君に…どんな変化が起こったか分からないが。僕は決着を付けなければいけない奴がいる。君を倒して、そこにいかなきゃいけない。」
『テメェが俺様に勝てることは無い。もう俺様はさっきまでの俺様じゃない。現に今テメェの頬には傷がついてる。俺様の攻撃が見えてなかった。』
「確かにそうだね。君のその速さには驚かされた。だけど僕としたことが、激昂のあまり感情的になってしまったようだ。だいぶ気持ちも落ち着いてきたし。本当の本気を出させてもらうよ。」
竜馬は瞼を閉じ、体内の気を全身に循環させる。
脳をフル稼働させ、五感と神経伝達速度を極限まで高め、肉体の動きを脳の指令で完全に制御する。全身が硬質な神経の張力と筋肉の緊張に満ち、通常の人間を遥かに超える速度で動く準備が整った。
『……その異様なまでの存在感。コイツの間合いに全く入れる気がしないと、体全体が訴えかけてくるこの感じ。いいな。テメェとはいい感じに戦えそうじゃねえか。』
「いつでも来なよ。長くは持たせないけど。」
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「────もう一度だけ言う。あなたは……何処へ行きたい?…言い方を変えるなら…天道教の幹部のうち、"誰と戦いたい?" 」
少女の言葉は、戦場に漂う緊張感を一層濃密にした。
その不気味さに、深海の体は微かに震え、呼吸が一瞬止まる。言葉そのものの重みと、潜む威圧感が、彼の感覚を鋭く刺激する。
「何を…言って、それに君は…?」
「私はあなたを応援してるの。あなたには、特別な能力が秘められている。だから、私はあなたの戦いが見たい。でも、あなたが誰と戦いたいか分からなかった。だから教えて欲しいの。─────あなたは、誰と戦いたい?」
少女は静かに深海の瞳を見据え、唇を震わせながらも確信を持った声で呟く。その瞳には、年齢相応の無邪気さなど微塵もなく、狡猾で確信に満ちた光が宿っていた。
「君は何者なんだ…何故オレにそんな事を聞く。」
「……当ててあげよっか。あなたは、"鉄壁"のベンケイと戦いたいんでしょ?」
その名前を耳にした瞬間、深海の心臓は跳ね上がった。過去の記憶、奪われた大切なもの、怒り、悔しさ、すべてが一気に蘇る。頭の中で、数々の光景がフラッシュバックし、血潮の匂いまで蘇る。
「──────嗚呼、そうだ。オレはベンケイと戦いたい。オレは許せねえんだ。奴がしたことは……絶対に許せない。オレの大切な人を二人も奪ったんだ。許せるはずがねえだろ。」
「奪った…?不思議、なんでそんな表現をするの?"あなたのお師匠さんはまだ死んでないのに"」
「─────はっ?君……何処までオレのこと。」
「全部分かるよ。愛菜ちゃんの事も。愛菜ちゃんも撃たれて生死をさまよった。でも、生きてるよ?お師匠さんも息を引き取ったわけじゃない。なのになんで"奪った"になるの?」
少女の言葉は、深海の理性を揺さぶる。
天然な子供のように見えるその容姿からは想像できない、巧みな心理操作と確信的な言葉選び。深海の怒りを煽りつつ、同時に戦意を引き出すような緻密な計算が滲み出ていた。
「お前には…人の心ってのがねえのかよ。」
その言葉に、少女はわずかに微笑んだ。
深海の感情を揺さぶり、彼の決意を明確にするための微笑。それは無邪気ではなく、狡猾さが混ざった知性の笑みだった。
「ねえ。なんで?なんでなの─────」
「師匠は昏睡状態で!!愛菜も記憶が戻ってねえんだ!!奪われたに決まってんだろ!!確かに愛菜が生きててくれて、嬉しかったさ!でもな!!奪われた事実は変わらねえんだよ!!師匠に関してはまだ目を覚ましてないんだ!そんな軽く反論してくるんじゃねえ!何も知らねえ子供が!気持ち悪いんだよ!!」
「─────ふふっ、いいね。その威勢。嫌いじゃない、むしろ好きになっちゃいそう。じゃあ、あなたをベンケイのいる場所まで送ってあげるね。」
「……は?送るって…どうやって」
「しっかり勝ってくるんだよ。君なら絶対勝てる。"師匠から言われたこと、学んだこと"よく思い出してね。じゃあね。バイバイ。」
少女が手を振ると、深海はワープロボットの操作感覚のような瞬間移動の感覚に包まれる。世界が瞬時に歪み、視界が白く光り、次の瞬間には戦場が目の前に広がっていた。
深海が目を開けると、そこには巨体を持つベンケイが立っており、足元には血まみれの討伐士たちが散乱していた。
「─────君はっ…深海…か。…早く、逃げ…こいつは…異質だっ…次元が…違う…。」
「チッ、雑魚が。所詮威勢が良かっただけのタンクトップ坊主だったなァ。残念だ。俺と殴り合える唯一の奴だと思っていたが、期待外れだったぞ。」
衝撃が戦場に走る。倒れる討伐士の中に、ランキング3位の隘路が血だらけで倒れていた。その隘路を踏み潰そうとするベンケイの足元に、深海は間一髪で割って入る。
「……待て。その汚ねえ足をどけろ。」
「……ぁ?誰かと思ったら、小柳じゃねぇか。また俺にボコられに来たのか??あ??」
「聞こえなかったか?その汚ねえ足を隘路さんの近くから退けろって言ったんだよ。デカブツ。」
「ほぉ?言うようになったじゃねえかよボウズ。丁度いいぜ、一番お前をぶちのめしたかったからよ。今回で終わりにしようぜ。クソガキ。」
「こっちのセリフだ。オレの大事なもん次から次に奪いやがって。……嬲り殺してやる。テメェだけは絶対に許さねえぞ。」
こうしてついに、深海とベンケイが相対する。
深海の目は殺意と憤怒で燃え、ベンケイはその目を嘲るかのように見下ろしていた。
『小柳 深海 vs "鉄壁"のベンケイ』が、今、戦場の中心で始まろうとしていた。
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