外伝α 第四話『炎に全てを奪われた少女』
「───さあ!みんな集まれ!俺が今日からお前らを仕切る!まずは自己紹介から、俺はストレイド。みんなの名前を聞かせろ!」
少年のように全身から溢れる活力で声を張る。大人に対しては礼儀をわきまえる俺だが、こうして子供たちに接するときの無邪気で大胆なキャラクターの方が性に合っていた。肩を軽く揺らし、胸を張る。周囲の空気が一瞬で明るくなるのを感じた。
俺の声を聞き、子供たちは少しずつ近づいてくる。順番に自己紹介を始め、俺は合間に軽いツッコミを入れたり、思わず笑ってしまうような共感を返したり。空気は笑い声で満たされ、自然と和やかさが広がっていく。
その中で、ひときわ異質な存在がいた。周囲の騒がしさを完全に無視し、一人黙々と本に向かう少女――それが、一星灯火だった。
俺の好奇心は即座に灯火へ向かった。自然に目が合うこともなく、ただページと睨めっこを続けるその姿は、まるで別の世界に閉じこもったかのようだった。
「よう!俺ストレイド・ヴェルリル!これでも討伐士なんだぜ!よろしくな!!」
「うるさい。話しかけないで。私今昆虫さんの本を読んでるんだから。集中してるの。」
声を聞いた瞬間、俺は目を丸くした。まさか、無視されるどころか、完全に拒絶されるとは思わなかった。だが、それがかえって俺の興味を掻き立てる。
『な、なんだこいつ…。全然目も合わせてくれねえし…。』
「と、取り敢えずこっちで一緒に…」
「ヤダ。私は大丈夫だから。みんなでやってて。」
「…せ、せめて名前だけでも聞かせてくれないか?」
灯火はため息混じりに顔も上げず、気だるそうに名乗った。
「はぁ…。とうか。いちほしとうか。」
やっとのことで名前を聞き出した俺は、微かに笑みを浮かべた。
「灯火か、いい名前だな。じゃあ灯火、気が向いたらこっちに来てくれよ?無理しなくていいからな。」
後ろを向いて戻ろうとしたその時、彼女が小さな声でつぶやいた。
「─────気が向くことなんて絶対にない。私を、求めてくれないから。」
その言葉は、静かな夜の空気の中で、まるで羽音のように心に響いた。孤独を強く抱える彼女の、か細い、でも確かな存在の叫びのようだった。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
施設に来てしばらく経ち、俺もこの場所に少しずつ馴染んできた頃。
夜、静寂に包まれた川のほとり。月光が水面に銀色の波紋を描くその場所に、灯火はぽつんと座っていた。俺は静かに近づき、声をかける。
「────そんな所で、何してんの?しかも一人で。寒くねえ?」
彼女は黙ったまま、川面を見つめる。透き通った流れの中に、自分の孤独を映すかのように。
俺は横に腰を下ろし、自然と一人語りを始めた。
「……今日は、拓己が俺に勝ちたいとか言ってきてさ、俺に勝てるわけねえのに頑張って木刀振ってんの。それが可愛くてさ。あいつはいつか絶対強い討伐士になると思うんだよな。俺以上に強く。」
夜の静寂を破る声。灯火は微動だにせず、ただ黙って俺の話を聞いてくれた。彼女の目の奥にどんな感情があるのかは分からないが、話す自分はどこか心地よくなっていた。
「────そういえば、今日は星が綺麗だな。毎回この時間はさ、空中タクシーとか通ってねえから、障害物なく空を見ることが出来るんだ。結構俺、この時間好きなんだ。」
灯火が小さく顔を上げ、俺を見た。視線は冷たくも、少しだけ好奇心を帯びていた。
「ねえ。ずっと気になってたんだけど。なんでストレイドは私にそこまで話しかけて来るの?」
問いかけに、俺は肩をすくめつつも、心の奥底の思いを正直に言葉にした。
「…そうだな。俺はこの施設に来て結構経ったけど、灯火はずっと独りでいるだろ?…なんつうか、寂しいじゃねえか。俺が寂しいの苦手だから、お前も、本当は寂しいのが嫌なんじゃねえのかなって。」
「……私は独りでいいの。私が好きなのはこの自然。この虫たち。そしてこの空気。…私は愛情を貰ってこなかった。誰にも求められなかった。だからこの子達に育てられたも同じ。…この自然は私を求めてくれるから、好き。でも人間は、大っ嫌い。お父さんもお母さんも……施設のみんなも。」
言葉の一つ一つが、凛とした孤独を帯びていた。だが、その強がりの奥に隠れた寂しさも、俺は感じ取った。
「そっか。お前にも色々あったんだよな。……よしっ、俺決めた!今でも俺は最強だけど、もーっとナンバーワンに最強になって、お前がずっと自然を愛せるようにしてやる。…もっというなら、すげぇ強くなって、お前を、救い出してやるよ!」
「救う…?私を?…うーん、よく分からないけど。ストレイドは具体的に何をしてくれるの?」
「自分でもよく分かんねえけど取り敢えず最強!最強になるぜ!そしたらお前も、ゆっくり自然を楽しめるだろ??寂しくなる事もねえしさ!!なんてったって俺はあの最凶のグライスラーを倒した男だからなぁ!ははは!!」
灯火は初めて、俺に向かって笑った。その微笑みは、優しくもあり、どこか不安げでもあった。
「…ふふっ、なにそれっ。一人でいいって言ったのに。でも、その心意気は素直に嬉しい。ありがとう。」
彼女の笑顔は、夜の川面に反射する星の光のように、強く、静かに心に刻まれた。
そして灯火は少しずつ、自分の思いを語り始める。
「……私、自然が本当に大好きなの。この自然や動物たちがいてくれたら、私はそれでいい。私はずっと自然をゆっくりと見て過ごしたい。出来ることなら、自然の中で眠りにつきたい。自然の中で一生を終えたい。……叶うのかな。そんな夢。…ストレイドが言ってくれた事は素直に嬉しかったよ。私は、いつでも待ってるから。絶対絶対。私を救いに来てね。」
「…おう!絶対強くなって、灯火が安全に、そしてしっかり自然を見れるように頑張るぜ!おおっし!やる気出てきた!!」
夜風に揺れる髪、月明かりに照らされた顔。少し寂しそうで、少し悲しそうな表情は、今も俺の胸に深く残っている。
その日から、俺は灯火を特別に意識し、日々のトレーニングを増やした。最強になるために、あの少女を守るために──────。
─────俺の「最強への道」は、ここから本格的に始まったのだ。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
そして、三人が出会ってから2年の月日が流れた。
ストレイドは22歳、清水蓮は21歳、灯火は19歳になっていた。年月が過ぎても、三人の関係は変わらず、むしろ深く強固になっていた。
討伐士として成長したストレイドと蓮は、TOP2の座を奪い合うほどのライバル関係になりながらも、互いに認め合い、切磋琢磨し続けていた。
三人は、遊びに行くときも、季節ごとのイベントに参加するときも、何をするにも常に一緒だった。街の賑わいに紛れながらも、三人でいる時間はいつも特別で、互いの存在が日常の中心になっていた。
思い出は増え、絆は確実に深まった。だが、その穏やかな日常を揺るがす、運命を狂わせる出来事が起きる。
---
「────じゃあお母さん、行ってきます。」
「行ってらっしゃい、気を付けるのよ。亜獣とかにまた襲われないようにね。」
ストレイドと蓮は討伐士としての任務に向かい、家を後にした。灯火は、日常のひとときとして犀川のほとりに向かい、いつものように自然を感じるため足を運んでいた。
到着した灯火は、川面を眺め、風の匂いを嗅ぎ、草の感触を指先で確かめる────そんな穏やかな時間を楽しんでいた。だが、その平穏は突如として破られる。
「────ッ…なにっ…?」
頭を突き抜けるような衝撃が走った。気づくと灯火は、不思議な空間にいた。雲のようでも煙のようでもある、正体の掴めない漂う物体が眼前に浮かんでいた。そしてそこから、声が聞こえた。
『ここは現世とは程遠い、神の領域。ここで我らが口にした言葉は、現世に戻った際に脳の記憶媒体から抹消される。時間も無いから手短に終わらせる。…お前は今この時、力を授かる権利を得た。問おう。貴様はこの力を欲するか?』
「力を…授かる権利…?何言ってるの…?私……そんな力っ。」
『この"神の力"は有耶無耶に振るべきものでは無い。選ばれし者だけが使うことを許された力だ。この力を振るえるのは、貴様だけということだ。』
「私は討伐士でもなければ普通の人間よ…なんで私がこんな力を……」
『この力を授からねば、貴様の大切な人間が死ぬ。貴様の大事にしているものも消え去るだろう。貴様の力なのだからな。貴様が力を使わなければ当然力は答えない。』
「……それはだめ。私の大切な人間が死ぬなんて。そんなの嫌だ。私は……私はっ…。もっとストレイドとお兄ちゃんと、一緒にいたいもの。」
『いい覚悟だ。貴様はこの力を使いこなし、弱き者を助ける義務がある。これからの健闘を祈っている。』
---
「…っ、なんか、体に違和感が…。…えっ?」
灯火がゆっくり目を開くと、目の前には丸焦げのカマキリの死体があった。
「何…これ、こんなのあった…?誰がこんなこと…」
その時はまだ、彼女自身も自分の力に気付いていなかった。しかし、いつも通り自然を楽しもうと草が生い茂る場所に足を踏み入れた瞬間──────
─────触れた場所から、草や花、木々が瞬く間に燃え広がった。
「…な、なにこれっ…!消えない!消えないっ…!なんで、なんでなんで……!消えろっ…!消えろ!!なんでこんな的確に木や花が燃えてるの…!ダメだって…!誰かっ……!!」
自然が燃え盛る炎に飲まれ、彼女はパニックに陥った。自分が火に包まれていることすら気づかず、ただただ混乱し、泣き叫ぶこともできず、震えながら慌ててばたばたと手を振り火を振り払おうとする。
すると、上空から滝のような水が降り注ぎ、犀川近くの森に燃え移った炎を一掃した。
「────救助者は居なさそうだ…って、灯火?」
空を見上げると、見慣れた人影があった。
「お。お兄ちゃん…??」
清水蓮が、空中に浮かんでいたのだ。蓮は灯火を確認すると、地面に降り、駆け寄ってきた。
「灯火?まさか灯火がやったのか?この火事は。…大丈夫か?怪我は無いか?」
「近づかなかいで…お兄ちゃん。」
「えっ…?なんで、どうしたんだよ。」
「私…私…、何故か分からないけど、……火が…火が、私の体から出て……それで、自然が…森がっ…燃えたの。」
震える声で話す彼女に、蓮はすぐに気づいた。怒りや恐怖ではなく、ただパニックに陥った妹を宥めるように抱き寄せる。
しかし、触れた瞬間────彼女の手が兄の背に触れると、蓮の体が火に包まれた。
「はっ…!お兄ちゃん!嘘!嘘っ…!!私…!」
だが蓮は苦しむことなく、声も出さず、炎は彼の周囲で青いオーラとなって浄化され消えていった。
「嘘っ…なんで…大丈夫、なの…?お兄ちゃん。」
「嗚呼、全然余裕だ。俺には水の導きが常時発動してるから、お前の火も浄化する。」
灯火は涙を流しながら、安堵と混乱の入り交じった声を漏らす。
「そ、そうなんだ…良かった…今ここでお兄ちゃんまで失ってたら私……。」
「…なあ灯火、お前のその力は恐らく、ストレイドが言っていた"天の導き"だと思う。灯火もあの場にいたから聞いてただろ?俺も授かった力のこと。」
「聞いてたけど…なんで…。」
「俺に聞かれても分からない。一応神の力だと言われてはいるけど、実際なんなのかは────」
「そうじゃなくて、そうじゃなくてさ……なんで、なんで"火"なの…。なんで私は……大好きな自然や兄を、身勝手に燃やさないといけないの……。なんで…。」
膝から崩れ落ち、灯火は涙を流した。好きだった自然を、今この瞬間から手に負えぬものとして扱わざるを得ない────その衝撃は、想像を絶するものだった。
「……灯火、お前の気持ちは本当に分かるよ。辛いよな。お前は自然が大好きで、優しい女の子だ。火の力なんて、神はどうかしてるなって思うよ。」
「もう、どうすればいいの。どうやって生きていけばいいのか、分からないよ。」
「……灯火。お兄ちゃんから提案してもいいか。」
「なに。」
「───────灯火も、討伐士にならないか。」
「…へっ、?」
「灯火、お前のその力は人を救える力なんだ。ストレイドは俺にも同じようなことを言ってただろ?この力は授かったもの。いわば強き者の証なんだ。だから、この力を救うべき人のために使うべきだと思う。俺は少なくともそう思ってる。灯火、お前がその力を大いに使えるのは、討伐士になってからだと思う。だから灯火。討伐士にならないか。」
「そんなこと言われたって…無理だよ、剣もまともに握ったことないのに。……でも、こう口では言ってても、頭の中には、私の中にある火の使い方?みたいなのが、残ってるの。それが気持ち悪くて…吐きそうになる。」
「剣なら俺がしっかりと教える。それにその力を応用した技とかも一緒に作っていこう。灯火。」
灯火はしばらく考えた後、かすかに頷いた。相当ショックを受けているのだろう、その日は家に帰らず、犀川に留まったままだった。
途中、灯火の母が心配して駆けつけようとしたが、蓮が遮った。
「…蓮、お母さん心配なの。灯火の元に行かせて。」
「母さん。気持ちは分かる。でも行かせられない。灯火がしっかり帰ってくるまで待ってて。」
「安全だってそう言い切れるの??また亜獣の時みたいな事があったら…!!」
「灯火は今葛藤してるんだ!!だから待っててくれよ!!」
「っ、……灯火に、何があったの?」
俺は母に全ての事情を話し、母も衝撃を受けながらも納得した。こうして、灯火の新しい日々────討伐士としての覚悟と成長の物語が静かに始まったのだった。
この出来事が、これから起こりうる最悪の事態を招くことになるとは、この瞬間誰もが思わなかっただろう。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
「ちょ!おい!おまっ、ズルいぞ!その武器、最高レアなんだから使うの禁止って言ってんじゃねえか!!」
「いいかストレイド。バーチャルゾンビゲームにおいて大事なことは、いかに最初の武器を探れるか、そしてゾンビの大群の中に紛れ込むかだ。」
「ちっ……この野郎…。俺の勝利数が20に対して、こいつの勝利数158ってバグかよ。武器ゲーじゃねえか武器ゲー。やってらんねぇ……!!」
最新のバーチャルゾンビゲームを夢中でプレイする二人を、少し離れた場所から見守る女の子が一人。このゲームはただの遊戯ではなく、プレイする者を眠らせ、特殊な機械を体に装着すると、夢の中がゲーム世界になるというものだった。
夢の世界との違いは明確だ。目覚めた時、全ての記憶は鮮明に残り、死んでもすぐ現実世界に戻る。しかも眠気やだるさのデバフも一切なく、完全に集中できるというシステム。プレイ者の視点はモニターでも確認できるため、外から見守ることも可能だった。
「相変わらずお兄ちゃんの方が強い……というか、この二人、ゲーム好きすぎでしょ。毎回このゲームセンターに来たらやってるんだから……私もなんか暇潰そうかなぁ……」
灯火はゲームセンターの中を、ふらりと歩きながら呟く。その時、彼女のスマホが急に震え、一通の緊急任務の着信が入った。しかも今回は通達ではなく、直接の電話。これは通常、重大な任務の時だけ行われる方法だった。
「はい、一星です。」
『私だ。君に緊急任務が入った。』
「珍しいですね。団長直々に連絡が入るなんて。それで、任務内容は?」
『今まで一度も姿を見せてこなかった、天道教幹部の討伐だ。今回は私と同行してもらう。』
「天道教…幹部…!やっとしっぽを掴んだんですか。」
『嗚呼、偵察に向かった討伐士が、ある家の地下に隠し通路を発見し、その中に居た天道教幹部を発見したらしい。』
「…その、偵察に向かった討伐士の方は…」
『…………天道教幹部と遭遇したという連絡以降、連絡がつかなくなった。だが、位置情報で場所は割れている。』
「ッ、分かりました。行きます。」
『そう言ってくれると思っていたよ。今ワープロボットに指示を出すから、その場で待機してくれ。』
電話を切り、灯火は少し深呼吸をして心を落ち着けた。その瞬間、ゲームを終えたストレイドと蓮が、彼女の姿を見つけ駆け寄ってきた。
「灯火、聞いてくれよ!こいつがまた不正しやがって!」
「いやいや、俺は不正なんてしてないさ。言っただろ?武器が一番だって。」
「そんなのずり──」
「────あのさッ!」
灯火は二人の会話を遮るように、大きめの声で言った。その声に二人は思わずビクッと身を震わせる。
「お、おう。どうした、灯火。」
「……私、呼ばれたから任務に行くね。」
「マジで?急にか?もう今日の任務は終わったはずだろ?」
「緊急なんだって、これから団長と二人で。」
「あの団長と二人ぃ?相当やべぇ任務なんじゃねえの?なんで俺らは呼ばれねえんだ?」
「さあな、団長殿の事だし、何か訳があるんじゃないか?」
話している間に、灯火の周りに白い光がふわりと浮かんだ。ワープロボットが作動する時の特有のエフェクトだ。
「……じゃあ、行ってくるね。二人とも。」
「おう!無事に帰ってこいよ!」
「終わったらまた三人で遊ぼうな、灯火。」
「うん、ありがとう。お兄ちゃん、ストレイド。行ってくるね。」
そう告げ、灯火は任務へと向かっていった。
ストレイドと蓮は少し不安そうに見送りながらも、ゲームセンターの空気に戻っていく。
────これが、灯火との最後の会話だった。
ご覧いただきありがとうございます!
応援してくださる方は、ぜひここで☆からの評価とブクマをお願いします!!
沢山の人に俺の小説を届かせたいです!




