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そして君は明日を生きる  作者: 佐野零斗
第五章『天道教 vs 東商討伐士』
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外伝α 第一話『兄妹』

「や、やめろよぉ…!お、俺はただカネが欲しくてやっただけなんだよ…な?討伐士なら見逃してくれよ…!」


 東商の片隅──人気のない路地裏に、男の悲鳴が響いた。泥にまみれた顔で命乞いをするのは、一人の盗賊。

 壁に背を押しつけ、震える手で懇願の言葉を吐き出していた。


「おいおい、コイツ散々馬鹿やって、今さら弱々しく命乞いしてんだけど。どーする?助けてやるか?」


「俺は別に助けてもいいけどさ、上層部が許さないんじゃないか?まぁ弊害があるとすれば、野放しにするとまた事件を起こしかねない、ってところかな。」


「私も別に、助けてもいいと思うけど。」


 三人組の討伐士が、冷えた夕焼けの中で淡々と意見を交わす。その光景はまるで処刑前の審議会のようだった。震える盗賊は、僅かな希望を込めて一人の女討伐士──灯火に視線を向ける。


「───まぁ、灯火がそこまで言うなら。」


「相変わらず、君は僕の妹に甘いな。ストレイド。」


「蓮、お前は俺にさん付けと敬語使え。」


「相変わらず俺にだけ厳しいなぁ。照れ隠しか?」


 盗賊を前にしているというのに、三人はまるで親しい仲間内の雑談のように言葉を交わしていた。笑い混じりの軽口が響く中、盗賊はじり、と足をずらし──逃げ出そうとした、その瞬間。


「─────フレア。」


 灯火が静かに唱えた一言。

 次の瞬間、赤橙の炎が轟音を上げて路地を塞いだ。

 逃げ道は灼熱の壁に変わり、盗賊の顔が絶望に染まる。


「うげ、炎の導きの力ってやっぱ恐ろしいなぁ…」


「もーう、失礼だなぁ。私の力を化け物みたいに言わないでよ。」


「俺にならどれだけ打ってきてもいいよ?水の導きの効果で常時効かないからさあ!ははっ!」


「へっ、天に愛されてる同士の会話とか反吐が出るぜ。ジョークになんねーんだよ馬鹿野郎。……あ、お前はさっきも言ったけど、ここで殺さないで上層部に送り込む。今、ワープロボット呼ぶから待ってろ。」


「お前ら…マジで何者だ……。今まで出会った討伐士より格段に強そうだが……」


「ん?何言ってんの??当然さ。だって俺達は────討伐士トップ3なんだから。」


 その言葉が響いた瞬間、盗賊の表情から血の気が引いた。東商最上位──それは人々にとって、神話にも等しい存在。夜風に揺れる炎が三人の背を照らし、まるで英雄譚の一幕のように路地裏を染めた。



 ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



「これより、第50回任命式を執り行わせて頂きます。」


 壮麗なホールに荘厳な声が響く。

 無数の光が壇上を照らし、整列する討伐士たちの瞳が一斉に前を向いた。


「─────続いて、討伐士として最も優秀な騎士TOP5を発表します。」


 名が呼ばれるたびに、拍手が重なる。

 空気は張り詰め、名誉と緊張が交錯していた。


「第五位、神蔵 源治。」


「この順位に甘えず、この順位に満足せずに、自分に恥じない戦いをしてみせます。」


 堂々とした声に、場内が一瞬引き締まる。


「第四位、折木竜馬。」


「正直この順位は、まだ納得できる順位ではありません。もっと精進して、第一位の座を手に入れるために鍛錬に励みたいと思っています。」


 その眼差しには、確かな闘志が宿っていた。


「第三位、ストレイド・ヴェルリル。」


「あー、実質俺がナンバーワンだと思ってるから、上二人が天の導きを所有してなかったら俺が上。だからそんな悔しくない。俺が強いから。」


 軽口の中にも揺るがぬ自信が滲む。


「第二位、神蔵蓮。」


「第三位に追い抜かれないように精進します。」


「おいおいお前、俺に喧嘩売ってんのかぁ?少しだけ天に愛されて強くなっただけのクセに図に乗ってんじゃねぇぞ。」


「まさかそんな、喧嘩は売ってないよ。事実じゃないか。俺が君みたいな剣才だけの男に勝ってるのは。」


「───せ、静粛に。次、第一位。一星灯火。」


 その名が告げられた瞬間、場の空気が一変した。

 壇上に立った彼女は、静かに手を掲げ──掌から炎を生み出す。その赤い炎がまるで彼女の誇りそのもののように揺らめいた。


「私は、この力でこの地位まで立ったと思っています。…なので、私はこの力を与えられた以上、戦う義務があります。…私は、皆の先頭に立ち、この力を討伐士に捧げる覚悟があります。以上です。」


 その言葉は燃えるように真っ直ぐで、誰もが息を呑んだ。この瞬間、彼女は“炎の象徴”としての存在を確立した。



 ───────────────────────────



「と、とととと、トップスリィ!?!?マジかよ…相手が悪すぎんだろ…。」


「まぁ、でも俺達は上の方達に"三バカ"なんて不義理な称号で呼ばれてるけどね。」


「ちょっと、私を二人と一緒にしないでよ。私はしっかり真面目にやってるんですけどぉ?」


「───よし、ワープロボット手配できたぞ。さーて、意外と早く終わったな、こっから何する?またゲーセン行く?」


「お、いいね。UFOキャッチャーバトルしよう。それかバーチャルゾンビゲーム。」


「それお前が強すぎるからパス。……まぁ、どーしてもっつうなら?灯火が居るし?いいけどさ。」


「もちろん行くわよ私も。お兄ちゃんには負けないから。」


「じゃあ決まり。ゾンビゲーム勝ち抜きで負けたやつアイス奢りな。」


「ストレイド、一応聞くけど金持ってるのか?俺と灯火が勝つ確率の方が高いと思うけど?」


「当然だろ…、あ、300円ならあるぜ。」


「それ…バーチャルゾンビゲーム代払ったら終わりじゃないか。まったく。」


「その場合、私が立て替えるからさ、お兄ちゃん。というかストレイド。単純にお兄ちゃんに勝てばいいんだから。そんな気にしなくていいと思うけど。」


「だーよな。こいつを完膚なきまでにボコボコにして二度とゾンビゲーム出来ないようにしてやるぜ。」


 ワープロボットに盗賊の引き渡しを任せると、三人は並んで歩き出した。夜の街のネオンが彼らの背を照らし、笑い声が路地に溶けていく。


 それはまだ、誰も知らない。

 この三人の人生が、後に大きく動き出す運命の“始まり”であることを────


 ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



 父はただのギャンブル中毒者。母は面倒見のいい専業主婦。そして俺は、討伐士とはまるで縁のない家に生まれた。


 父は毎日ギャンブルに明け暮れ、帰ってくる日もあれば、何日も姿を見せない日もある。気まぐれに帰宅したかと思えば、イライラした様子で暴言を吐き、家の空気を一瞬で濁らせる。そんな家庭で、俺の面倒を見てくれたのはいつも母だけだった。

 

俺は、母にどれほど感謝してもしきれないほどの恩がある。


「────やめて!!この子は関係ないでしょ!!」


「うるさい!!テメェは黙ってろ!!このガキが、このガキが俺を見て変な顔をしやがる!見下すような顔をしやがるんだ!!」


「そんなのあなたの幻覚!!もういい加減にしてよ!!この子はまだ五つの子供よ!!?」


 怒号が飛び交うリビング。

 幼い俺はその光景を、震えながら見ていた。

 最初のうちは怖くて泣き叫んでいたが、年月が経つにつれ、次第に涙も出なくなっていった。家庭の暴力と怒声は、日常に溶けていく──そんな環境に慣れてしまったのだ。


 母はいつも、俺を守るように前に立った。

 理不尽な怒りに怯むことなく、細い身体で俺を庇い続けてくれた。

 その背中を、俺は何度も見上げた。母がいつも口にしていた言葉がある。小さな頃から、ずっと繰り返し教えられてきた言葉。


「蓮、あなたは討伐士になんてなっちゃダメよ。討伐士なんて危険な職業に就くくらいなら、野菜を売りなさい?そうよ野菜よ!農家をやりなさい。昔は農家が盛んに居たらしいわよ?まだ日本に多くの県が存在していた時にね。」


 母はいつもそう言っていた。

 まるで呪文のように、優しい声で。

 ──討伐士にだけはなってほしくないと。

 それも、父が原因だった。


 ある日、父と二人で出かけることになった。

 居酒屋の前で酒を飲みながら、父は道端で討伐士の一団とすれ違う。その瞬間、口を歪めて呟いた。


「ぁ?討伐士共か……あの様子だと、また失敗したな。所詮討伐士なんて雑魚の集まり。……俺を取らなかった討伐士に、もう未来も興味もねぇ。お前もあんなのに憧れるなよ。討伐士になんてなるんじゃねぇ。」


 酒臭い息と共に吐かれたその言葉には、嫉妬と憎悪が混じっていた。俺は幼心に疑問を抱いた。


「なんでパパは討伐士にならなかったの?」


「───次その質問したらいくら息子だろうと容赦せずボコボコにするぞ。」


 低く冷たい声。

 その一言に、幼い俺は口をつぐんだ。それでも、心の奥に残った疑問は消えず、後日、母に尋ねてみた。


「───パパはね?昔、討伐士に憧れていたの。でも、何度も何度も認定試験を突破出来なくて。パパは、その憧れが次第に憎悪へと変わっていったのよ。」


 そのとき俺は理解した。

 父が、叶わぬ夢を憎みに変えたことを。

 理想の影を追い続け、やがて自分自身を壊していったということを。


 ──そして十年が経った。

 俺は高校一年、十六歳になっていた。


 家庭の空気は、表面上だけは落ち着いていた。

 父は相変わらずパチンコやギャンブルに明け暮れ、母は“機工術士”の資格を取り、討伐士の武器を作る仕事を始めていた。 彼女は優秀な職人として評判だったが、なぜか剣だけは絶対に作らなかった。

 

最も簡単な部類だと言われる剣を──一度も。


 そして、ある日。父が、消えた。


 いつものように帰らないだろうと思っていた。

 だがその夜を境に、二度と戻ってくることはなかった。


 そんな矢先、母が突然、俺に告げた。


「ねえ、蓮。私ね、実はまだ蓮に言ってない事があるの。だから聞いて。……実はね、私には、もう一人の “愛人” が居るの。そしてその人との子供も……」


「────はっ?」


「だからね、あなたの……異父兄弟が居るってこと。」


 頭が真っ白になった。

 父が居なくなってすぐの告白。

 受け止めきれず、思考が追いつかない。


「異父兄弟って……なんですぐに言ってくれなかったんだよ。」


「お父さんが居なくなったタイミングで言うのが一番いいと思ったの。私の見立てでは……もうあの人は帰ってこない。」


 母の目はどこか達観していた。

 まるで、すべてを知っているように。

 父の失踪の理由も、これからの未来も──。


「────その異父兄弟ってのは、何処にいるんだ。」


「……東商よ。東商の中心地にある、施設に入ってるの。……名前は、“一星灯火”。歳は蓮と2個違いの14歳。……一時期、長い間家に帰れない時があったでしょ?その時に……ね。……でもその後、直ぐに灯火の父親にも……逃げられちゃってね。私って……本当に馬鹿だよね。情けないよね。ごめんね。」


 母は、下を向きながら涙をこぼした。

 その姿を見て、胸が締めつけられる。

 母は確かに美人だった。だが、俺には彼女が“浮気をするような人間”には見えなかった。

 きっと、何か理由があった。そう思いたかった。


 だが、それを聞くのはやめた。この話には、きっと俺が触れちゃいけない“事情”がある。


 ──だから俺は、その異父兄弟に会いに行くことにした。俺たちが住んでいたのは、東商から少し離れた田舎町。ワープロボットなんて便利なものは使えない。

 

代わりに“空中タクシー”を使い、東商の中心へと向かう。 およそ十分の旅路だった。


 着いた先にあったのは、古びた施設。

 看板には『児童保護施設』と刻まれている。


「─────お邪魔します。清水 蓮です。今日、見学の予約をしていたのですが。」


「あら、こんにちは。蓮くんね。話は聞いてるわ。ささ、上がって上がって。」


 年配の職員が穏やかに微笑み、俺を中へ案内した。

 奥には広いスペースがあり、子どもたちが楽しそうに遊んでいる。その中で──一人だけ、ぽつんと座って本を読んでいる少女がいた。

 

他の誰とも交わらず、まるで世界に一人取り残されたように。


「……この子は……。」


「あぁ、この子は“一星灯火”ちゃん。あまり話すのが得意じゃないような性格だから、いつもひとりで本を読んでるの。」


 聞き覚えのある名前に、心臓が跳ねる。

 異父兄弟──妹。

 間違いない。彼女が、“一星灯火”。


 彼女は俺と似た面影を少しだけ宿していた。

 整った顔立ちに、淡い赤を帯びた瞳。

 長い髪が光を受けて揺れ、静謐な空気を纏っている。


「……一星灯火……。この子だ。」


 胸が高鳴る。

 そして、ゆっくりと歩み寄った。


「────一星灯火。俺は清水蓮。お前の、“兄貴” だ。」


 その瞬間、周囲の子どもたちが一斉に顔を上げた。

 ざわめく空気。驚きと好奇の視線が集まる。

 そして、当の本人──灯火は、わずかに目を見開いた。


「えっ……兄貴って……。」


「俺と灯火は、父親が違う“異父兄弟”なんです。母から情報を聞き、灯火が居る場所がここだったので、今日こさせてもらいました。」


「そうだったの……」


「─────ない。」


 ぽつりと、灯火が小さく呟いた。

 その声は、まるで割れそうな硝子のように脆く、冷たい。


「えっ?なんて?」


「────私に、お兄ちゃんなんて居ない。」


 その瞬間、彼女の瞳から一切の感情が消えていた。

 ただ淡々と、拒絶の言葉だけが空気を裂いた。



 ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



「────"お兄ちゃんなんて居ない"って...どういう。」


「せんせーには分からないと思うけど、私にお兄ちゃんなんて居ない。私は一人っ子で、一人ぼっち。私の味方は...綺麗な自然と動物だけ。」


 少女──灯火は、まるで光を失ったような虚ろな瞳で本を開いていた。ページの上には「自然のふしぎ」と題された文字。静寂の中、彼女の声だけが薄暗い部屋に響く。そこには正気というものが感じられなかった。


「────今更信用してくれとは言わない。だが、俺とお前は間違いなく異父兄妹なんだ。父親が違うだけの、血が繋がった兄妹なんだよ。」


「..... だったら何?もし仮に、本当に仮にお兄ちゃんがあなただとして、それを聞いたところで私になんのメリットがあるの?お父さんはもう居ない。お母さんの顔を見た事ない。私に親なんて居ないのも同然でしょ。私はひとり。それでいいよ。」


 淡々と語るその声には、哀しみよりも冷たさがあった。灯火は心に築いた壁を誰にも触れさせまいとしていた。


「灯火...お前...ずっと一人で耐えてきたんだよな。俺は、母さんにこの事実を伝えられるまで、お前の存在すら分からなかった。...正直もっと早く分かりたかったって思うよ。だから今日ここに来たんだ。お前を、迎えに来るために。」


 俺は思う。異父兄妹だろうと、血の繋がりがあるというだけで胸が熱くなる。家族がいる。それだけで、心の底から嬉しかった。

 

だが、その思いは彼女には届かない。灯火の瞳は、どこか遠くを見つめていた。


「...私は、中学校にも行ってない。正確には、行けなかった。パパにもママにも捨てられて。私を救ってくれたのは優しい動物達と、いつ見ても綺麗だった自然だけ。今更お兄ちゃんが入る隙間なんてない。」


「───でも、灯火ちゃん。一応私達は灯火ちゃんの環境を考慮して、支援で無料で住まわせてる状態だから、お兄ちゃんが居るなら、家に帰らないといけないんじゃない?」


「...うぐっ。」


 その言葉に、灯火の肩がぴくりと震えた。

 図星を突かれたような表情。彼女も、自分の立場を理解しているのだろう。


「なら、ここから灯火はうちに帰らせます。今までお世話になりました。そのご好意に感謝いたします。」


「お兄さんは礼儀正しいのね、いつか討伐士のトップクラスの人間になったりしてね?なんて、夢物語よね。」


「そうですね、まあ自分自身目指してないので。さ、帰るよ灯火。俺の家まで行こう。」


「......わかった。今までお世話になりました。」


 灯火は静かに頭を下げた。その姿は、まるで嵐の中に咲く花のように儚かった。そして俺たちは、空中タクシーに乗り込み──自宅へと帰ることにした。




※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※




 玄関の扉を開けた瞬間、母が泣きながら灯火を抱き締めた。


「...ごめんね、今までごめんね。灯火...。私は色々と現実から目を背け続けたけど、もう後ろなんて見ないから。灯火も大事な私の子供だからね...。これからは、愛情持って接するから、一緒に暮らそうね。」


 母の涙が灯火の頬を濡らしても、彼女は表情ひとつ変えなかった。その瞳には、光が戻る気配すらなかった。


 ──そして、時は流れる。


 三年が過ぎ、俺は十九歳。灯火は十七歳になった。

 兄妹の間には、未だに深い溝があった。

 会話は食卓の軽い一言程度で終わり、母が気を使って話しかける姿ばかりが目立つ。


 灯火はよく、深夜に家を抜け出していた。

「自然と触れ合いたいから」と言い残して。

 母は毎回心配していたが、止めることはできず、俺も見かねて時々様子を見に行く。──そんな夜が、いくつも続いた。


「───灯火、また出ていったわね。」


「いつもの事だろ。気にしなくていいんじゃないか?」


「......でも、なんか、私。嫌な予感がするのよ。灯火に何かありそうな気がしてて.....」


「なんだよその曖昧な......、まぁ。母さんがそんなに心配なら、俺が様子見に行ってくるよ。」


「気をつけるのよ...!!何かあったら、すぐ逃げること。」


 その声は真剣だった。母の不安が胸に残りながらも、俺はシクリータ宮殿近くの森へと足を踏み入れた。


「───どこだ、どこだよ。ったく、あいつ小柄だから見つけずらいんだよな...!!」


 枝をかき分け、湿った草を踏みしめる音だけが響く。

 息が切れても構わず、俺は走り続けた。




 ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※




「私を孤独から解放してくれるのは、私を愛してくれるのは...この自然だけ。自然だけが、私を認めてくれる。私は...自然に育てられた人間なんだ。」


 夜の森に、涼やかな風が流れる。

 その中心──犀川(さいかわ)のほとりに、灯火は立っていた。月光が髪を照らし、白い肌を淡く輝かせる。まるで自然と一体化しているかのように。


「灯火...?何してるんだ?」


 その姿は神々しく、まるで妖精のようだった。

 森に溶けるように佇む灯火の横顔は、美しくも儚い。

 彼女は天を仰ぎ、目を閉じて夜風を受けていた。


「...なに?あなたには関係ないでしょ。私はここで光を浴びてるの。この夜の綺麗な星空から放たれる、ゆっくりと心地いい光を。だから邪魔しないで。」


「こんな所に一人で来たらあぶねえ。ここら辺は亜獣の目撃情報だってある、お前だってわかってるだろ。」


「…………うるさい。亜獣だって私の味方。この自然に生きる生物は全員私の味方。私が好きなんだから、この子達だって味方になってくれる。」


 ──灯火は、親の愛を知らずに育った。

 だからこそ、自然に心を寄せ、動物たちを家族のように愛した。それは哀しみが作り出した、孤独な信仰だった。


「灯火、そろそろ目を覚ませ。もうお前は17だろ。いい加減家族に不節操な態度を取るのはやめろ。母さんだってお前と真剣に向き合おうとしているのに、お前が突き放してどうする。」


「───じゃあ逆に聞くけど。あなたやお母さんが私を愛してくれたことなんてあるの?私はずっと孤独だった。私の心を満たしてくれたのはこの自然と優しい心を持った動物達だけ。それなのに今更こうやって私が突き放してるみたいな言い方して、……私の孤独は、そんなすぐに埋まらないんだよ!そんな簡単に埋まったら苦労しない!!私はこの世界がだいすきで、この自然が大好きなの!!私の安寧の空間を汚さないで!!」


 互いの言葉がぶつかり、噛み合わず、ただ空気を乱す。兄には兄の痛みがあり、妹には妹の痛みがある。

 理解していても、譲れない。だから言葉は争いに変わる。


「孤独だった気持ちは理解できるよ。でもそれとこれとは違う!俺達は先の未来を見てるんだ。母さんだってこのままじゃダメだとお前と向き合い過去を克服してる!!お前はいつまで過去に囚われてるんだ灯火!!もうガキじゃねえんだから!いつまでもクヨクヨしてんじゃねえよ!!」


 その瞬間、地面が低く唸るように揺れた。

 ドスン、ドスン──大地が鼓動のように鳴り響く。

 木々がざわめき、鳥が一斉に空へ逃げ出す。


 二人が目を向けた先、闇の奥に見えたものは──


「───嘘だろ…?」


「まさか…あれが……」


『亜獣…?』

ご覧いただきありがとうございます!


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沢山の人に俺の小説を届かせたいです!

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