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そして君は明日を生きる  作者: 佐野零斗
第五章『天道教 vs 東商討伐士』
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第六十三話『再戦と対面』

『────さぁ!!まずはテメェら邪魔者の排除からだ!!討伐士を壊滅させたあと、我々の目的を達成させる!!せいぜい、足掻いて俺達を止めてみろ。正義という暴力を振りかざす"悪党"共!!』


 その声は、まるで地の底から響く咆哮のようだった。

 東商全域に轟き渡ったその一声に、人々は震え上がり、家の中に閉じこもって息を潜めた。


一方で、討伐士たちは何の前触れもなく現れた謎の穴に呑み込まれ、それぞれ別の場所へと散り散りにされた。


「……いてて……みなさん、大丈夫ですか……。」


「はい、大丈夫です…。…それにしても、ここ、どこなんですかね。」


「全く分かりません……。辺りに建物がひとつもない……。こんなに静かな場所、逆に気味が悪いですね……。」


 奥寺絵梨花と数名の討伐士が転送されたのは、何もない灰色の空間だった。

 足元には柔らかい砂のような感触。風も音もない、時間が止まったような世界。

 

絵梨花は嫌な胸騒ぎを覚え、即座に周囲を警戒する。


「───ッ!みんな!伏せて!!!」


 その声が届くよりも早く——

 “彼”の剣閃が走った。


『閃光一閃』


 空気が裂け、耳鳴りとともに金属の軋む音。

 ほんの一瞬前まで隣に立っていた後輩たちの首が、宙を舞った。絵梨花の瞳が大きく見開かれる。理解が追いつかない。視界に広がるのは赤、赤、赤。


「……えっ?」


 身体が硬直し、思考が止まる。

 鉄臭い匂いが鼻を突き、やっと遅れて脳が警鐘を鳴らした。


「……まさか、この雰囲気、この速さ……お前は……!!」


「───おやおや、君のカワイイカワイイ顔を見るのは久しぶりだねぇ。元気だったかい?いやぁ、あの時は少し感情的になってしまった。申し訳ない部分もあったのも認めるさ。……でも、この一撃で君も葬れれば良かった。君は俺にとって邪魔な存在だからさァ?」


 光をまとった白髪。織姫のような漢服。

 あの、悪夢のような記憶がフラッシュバックする。─────“閃光のコウメイ”。

 前回の戦闘で、辛くも生き残った宿敵。だが、今の彼は明らかに以前とは違っていた。その一撃の速さ、重さ、殺意の密度。彼女の経験が、本能的に告げていた。


「……貴様……よくも……私の後輩たちを! もう許さない、ここで——斬り殺す!!」


 怒りが血の底から噴き出す。

 かつての臆病な奥寺絵梨花は、もうどこにもいなかった。抜刀。構え。眼光は憎悪と闘志で燃えている。


「あぁ…そうだ…その顔だ。その怒りに満ちた顔が、ずっと脳裏に焼きついて離れねぇんだよ…。お前に屈辱的に負けたあの日から!だからその顔を……その表情を、ぐちゃぐちゃにしてやりたかったんだ。」


「ふざけるな…! そんな身勝手な気持ちで……人を、私の後輩達を……殺したのか…! お前はなんなんだ!どうして人の命を軽んじれる!!」


「人の命? まあ、葬るメインは君だったけどね。ただ君は思った以上に勘が鋭くて厄介だったみたいだ。……俺が思うに、前より相当強くなったんじゃないかな?」


「黙れ!! お前は私に負けて逃げた腰抜けだ!! その腰抜けがどの面下げて私の前に来た!! どうせまた私にやられるのがオチだ! とっととくたばれ、消え失せろ!」


「怖いねぇ、口が悪いよ。でも残念ながら、もうあの時のようにくたばりはしない。俺は強くなった。もっと、もっと、恐ろしいほどにな。……さて、君がその“強さ”にどこまで耐えられるかな?」


「もうお前の一言一言で虫唾が走る。所詮負け犬の分際で、何処まで図々しいんだ貴様は。」


 絵梨花は息を整え、父から受け継いだ構えを取った。

 その姿は凛として美しく、まるで嵐の前の静けさ。


「────ふーん。君さ、さっきから俺に対して色々怒ってるけど。この後輩達は、君が殺したんじゃないか。」


「……なにを……言って……? 殺したのはお前だろ!!」


「確かに、この可愛い子達を殺したのは俺だ。でも俺の一撃は君に向けたものだった。……つまり、君が“ここにいた”から、この子たちは死んだ。わかるだろ?」


「……何を……言って……なんで……わたし……」


「君がこの世に生まれ、俺と出会わなければ、この子達は死ななかった。君がこの場に存在したから、犠牲が出たんだよ。……君が、元凶なんだ。」


 その言葉が、絵梨花の胸をえぐる。

 理屈ではない。感情の奥底にまで響く毒だった。


「うるさい!!もう喋るな…!私は悪くない!私は正義のために!」


 叫びながらも、彼女の心は揺らいでいた。

 罪悪感が、恐怖が、脳裏を締めつける。


 “本当に自分は正しいのか?”

 “自分の存在が、誰かを不幸にしていないか?”


 ─────そのとき。


『───絵梨花。』


 優しい声が、心の底に届いた。

 聞き間違えるはずがない。それは、この世界で一番愛してくれた人─────母の声だった。


 目を開けると、そこは産婦人科。

 生まれたばかりの自分を抱く母と、涙をこらえる父。

 暖かな光に包まれ、二人が微笑んでいた。


『絵梨花。絵梨花にしたいの。』


『絵梨花か、いい名前だな。理由を聞いてもいいか?』


『───私の好きな花の名前なの。エリカのお花。花言葉は“博愛”。この子には誰にでも優しく、平等に愛を持つ子に育ってほしい。そんな願いを込めて。』


『……素敵な名前だ。絵梨花。これからは家族で力を合わせて生きていこう。』


 その記憶は幻想のように淡く、けれど確かに温かかった。涙が頬を伝う。胸の奥の曇りが、少しずつ晴れていく。


『────そうだ。私は間違ってない。お父さんもお母さんも、私の誕生を心から喜んでくれた。私は、愛されて生まれたんだ。』


 その瞬間、絵梨花の中の闇が晴れた。

 瞳が燃える。揺るがぬ光が宿る。


「あれぇ?いつまでそうやって跪くのかなぁ。もう戦う気も失せちゃった感じ??」


 閃光の嘲笑に、絵梨花は静かに立ち上がった。

 血に濡れた頬を拭い、冷ややかな瞳で相手を射抜く。


「────いつまで負け犬のように吠えてるの?」


「……なに?」


「さっきから聞いてたらベラベラと綺麗事並べてるみたいだけど。そんなに私を煽っても、私はもうあの時のように激昂したりはしないぞ。」


「────急に雰囲気が変わったな……。目つきが……別人のようだ。」


「……私はもうあの頃の弱々しい怯えた私じゃない。私は、お前を完膚なきまでにぶっ倒す討伐士——奥寺絵梨花!!」


 眼鏡を外し、風が頬を撫でた瞬間。

 彼女の中の“陰”は、完全に消えていた。

 閃光がにやりと口角を上げ、光速で踏み込む。


「へえ……その威勢がどこまで続くか、試させてもらうぜ!」


 剣と剣がぶつかり、金属音が火花のように散る。

 閃光の速さは、目視では追えない。

 ただ、音と風圧だけが二人の戦いの存在を証明していた。


「……っ、流石に速いな。あの時よりも格段にスピードが上がってる……。」


「ははははは!!どうだ!!テメェの体ァ、どんどん傷が増えてるぜ!!このダガーナイフでお前の体を切り刻んでやる!!」


 服は裂け、血が散る。

 しかし、絵梨花は退かない。痛みはもう、恐怖ではなかった。


「……!!やばいっ!?刺される!弾かないとッ!」


「じゃあな!!奥寺絵梨花ァ!!」


 閃光の刃が、喉元へと迫る。

 時間が止まるような一瞬——彼女は静かに息を吸い、死を覚悟した。


 その瞳には恐怖ではなく、確かな覚悟が宿っていた。


 ────────────────────


 廃墟の屋上は、風だけがやけによく通る場所だった。窓の割れた校舎の残骸が遠景にちらつき、錆びた手すりが淡い月光を受けて銀色に光る。瓦礫と埃にまみれた床の上、二人の討伐士は肩で息をしつつ、相手を見据えていた。建物の用途は判然としない。だが確かなのは、目の前に立つ獣耳の少女が─────間違いなく彼らをここに呼び寄せた“主”であるということだけだった。


「ッハハ!!正解!お前らをここへ連れてきたのはアタシの勝手。なんでか分かるかァ?お前ら二人は相性バッチリだから!特に金髪のお前!さいっこうにキュンキュンするぜ!全力で戦おう!女だからって油断するな、一瞬で死ぬぜ!!」


 その言葉は破れたスピーカーから流れているわけでも、どこかのスローガンでもない。少女の口から直に発せられた狂気そのものだった。牙が見え、薄い毛皮のような獣耳がぴくりと動く。二本足で立ち、武器は何も持っていない。だがその目は、獲物を見据える捕食者のそれだった。


 高坂は即座に危険を察知した。感覚は直感を裏切らない。


「……桜木、警戒しろ。武器はないが、身体能力が常人離れしている可能性が高い。」


 桜木はそれを聞くと、悪戯っぽく顔を綻ばせた。

 ─────彼には、こういう状況を笑いものにする癖がある。


「俺には可愛い女の子にしか見えねえけどな。嫁に欲しい。」


 高坂は即座に叱咤した。真剣の空気が笑いで薄れるのを許さない。


「阿呆か。そんな欲望は捨てろ。死ぬぞ。」


 桜木は剣を抜き、剣先を月に向けるように鋭く構えた。鍛錬の汗が首筋で光る。彼の瞳には、笑いと闘志が交錯していた。


「おいおい、本気でかかってきたな?しゃーねえ、受けて立つぜ。鍛錬は積んできた。負けない、絶対に負けない。」


 獣耳の少女は高らかに笑った。足元の瓦礫を勢いよく蹴り上げ、踵落としのような一撃を放つ。動きは一瞬、疾風のように畳み掛けてきた。


「威勢いいねぇ!死ぬんじゃねぇぞ。全力で楽しませろ、その後は死ね!!」


 だが、刹那。高坂の刃が黒い閃光となって飛んだ。軋む鉄の音。少女の足が、瞬時に地面へと落ちる。彼の斬撃は無慈悲に、正確に、足を断ち切った。


 少女は一度、その場に崩れ落ちたが、すぐに足が再生し始めた。肉が縫い合わさるように切り傷が塞がってゆく光景は、常識の外にある。再生の速度は驚異的だが、その代償は明白だった─────回復は体力を消耗する。


「───なるほど、回復には体力を消耗する。無限には使えねえな。」


 高坂は冷静に観察し、短く呟いた。勝敗は感覚と分析の綾で決まる。桜木は血まじりの笑みを浮かべた。戦いの空気が、うねるように熱を帯びていく。


「今の速さは見切れないレベルだ。アホか。楽しめそうだ!」


 桜木の声は陽気だが、そこには緊迫も混じる。武器を振るうその動作一つ一つが、真剣で、刃の先に宿る決意は硬い。


「俺は長く戦わねえ。すぐ終わらせて深海の元へ。高坂、指示を出せ。」


 高坂は一呼吸置き、戦況を俯瞰した。瓦礫の配置、少女の立ち回り、呼吸の乱れ─────観測できるすべてを即座に整理する。


「わかった。警戒を怠るな。奥の手を隠しているはずだ。」


 そう告げると、ふたりは同時に動いた。高坂は細かな指示を投げ、桜木はそれに合わせて軸を切り替える。少女は獣のように跳躍し、爪を振るう。瓦礫が飛び散り、月光が刃を縁どる。交錯する肉弾と刃、体を切り裂く風、そして─────止まらない血の匂い。


 だが、相手は単純な怪物ではない。再生と攻撃を繰り返し、二人にとって疲労という新たな壁を築く。局面は一瞬で変わる。刃が当たっても戻る肉体、囮を使う動き、距離の読み違い。高坂は冷静に、桜木は豪胆に、それぞれの武器(=身体と剣)を駆使しながら、相手の隙を探し続ける。


 瓦礫の上を滑るように動き、跳ねては斬り、斬っては詰める─────そのうち、少女の動きにわずかな“疲労の波紋”が見え始めた。回復を連発するたびに息が上がる。呼吸が浅くなり、瞳の鋭さが一瞬だけ曇る。そこに高坂は牙を剥いた。


 一方、遠く別の空間では────

 奥寺絵梨花と“閃光のコウメイ”がまさに火花を散らしていた。彼女の剣先は血を拭い、彼の刃速に対抗する術を一点ずつ見出している。叫びと静寂の狭間で、彼女はもう一度、己の存在理由に炎を灯した。


 こうして、廃墟の屋上と別の戦場で、二つの激闘が同時に火を噴いた。


 奥寺絵梨花 vs "閃光"のコウメイ

 高坂芳生&桜木翔也 vs 獣耳の女


 全面戦争の序章は、静かに、だが確実に幕を開けたのだった。

ご覧いただきありがとうございます!


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沢山の人に俺の小説を届かせたいです!

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