第六十話『逍遥自在に生きていけ』
「よお、俺を呼び出すなんて珍しいじゃねぇか。」
東商討伐士本部──王宮の間。
ストレイドが足を踏み入れた瞬間、そこには上位陣の面々がずらりと顔を揃えていた。団長、第一位から第五位。そしてその玉座には女王──天陸澪奈の姿もある。
「……来たか、ストレイド。」
「そりゃ現団長様に呼ばれちゃ、来ないわけにはいかねぇだろ。で?これは一体、何の騒ぎだ?」
「────蓮から聞いていると思うが、天道教の連中が近いうちに東商の人間を皆殺しにすべく乗り込んでくる。その件で昨日、討伐士本部に“あるメッセージ”が届いた。」
「……とあるメッセージ? なんだそれ。」
「……これが、そのメールだ。」
団長がスマホを操作すると、空中に文字が投影された。
『東商討伐士。突然の殺害予告に驚いた者も多いだろう。だが我々は本気だ。お前たちが怯えて眠れぬ夜を過ごしているのは知っている。だが、影からこそこそ殺しても面白くない。よって、“皆殺し作戦決行日”を教えておいてやる。一週間後、10月31日。その日、東商中央区から順に痛めつけてやる。せいぜいその日まで遺言を考えておくんだな。さあ、宴の始まりだ。』
「……気色悪ぃな。わざわざハロウィンに決行とは。」
「ハロウィンは霊を鎮める日とも言われている。関連があるかは分からんがな。」
「んで、それでなんで俺が呼ばれた。」
「…………私から直々に頼みたいことがある。──この日、この日だけでいい。討伐士と共に戦ってほしい。」
団長は深々と頭を下げた。
年長の男が、若き剣豪に頭を垂れる。その予想外の光景に、ストレイドはわずかに息を詰めた。
「おいおい、流石に頭下げすぎだろ。上げてくれよ。……まあ、戦うかどうかはさておき、理由を聞かせろ。正直、今の討伐士はかなりのレベルだ。お前らだけで十分戦えるはずだ。」
「────天道教に、“一星灯火”がいる可能性が高い。そうなれば、蓮でさえ苦戦を強いられる。だからこそ─────“剣豪”の力を借りたい。」
ストレイドの表情が引き締まる。
あの日、神蔵蓮が語った言葉が脳裏をよぎった。
───※※※
「……最近、天道教が活発化した理由。僕に心当たりがある。」
「なんだ、ここ最近は特に動きはなかったはずだぜ。」
『────奴らは、“一星灯火”という最強のカードを手に入れたのかもしれない。』
その言葉に、ストレイドは息を呑む。
「……! おい、それは本当か。信じられねぇぞ。」
「ああ、本当だ。その予兆として奴らは、“東商全域皆殺し”を予告してきた。僕の推測が正しければ、恐らくは────」
───※※※
一星灯火が天道教に加担している─────
信じがたい現実だった。
なぜなら、彼女は自然と動物を愛し、虫一匹殺せないほど優しい少女だったからだ。
「……確証は無いんだろ。灯火が敵側についたってのは。」
「確証は無い。だが可能性は大いにある。その時のために、ストレイドの協力が必要だ。」
剣豪は沈黙する。
命を懸けて守りたかった女性を、自らの手で斬る───
そんな決断、誰にだって即答できるはずがない。
「……少し考えさせてくれ。戦うのは構わねぇが……灯火を斬るのは、さすがに躊躇う。」
「無理もない。だが、協力してもらえるだけで心強い。四英傑の一人の力を借りられる、それだけで戦局は変わる。」
団長は再び深く頭を下げ、礼を示した。
ストレイドは瞳を伏せ、静かに思考を巡らせる。
──────10月31日。もし彼女と相対したら、どんな言葉をかけるのだろうか。
「では、ここら辺で作戦会議といこう。今回話す議題は、今分かっている天道教幹部と誰が戦うか。今分かっている幹部は、『鉄壁』のベンケイ。『閃光』のコウメイ。『神殺し』、そしてまだ名前の知らない巨大な怪物。この4名だ。でかい怪物については、内情が分からないため、今回の議題では省かせてもらう。」
「あの怪物は、ボイスチェンジャーのようなもので僕と会話をしていました。最初に皆殺しの事を伝えたのも、この怪物です。」
当時その怪物と遭遇した第二位が説明を始めた。
この場には奥寺絵梨花がいない。ゆえに、怪物を知るのはこの男だけだった。
「ありがとう、竜馬。では他の3名──鉄壁から説明しよう。討伐士・小柳深海からの情報によれば、身長が高く体格も大きい。さらに指先から銃のようなものを撃つらしい。おそらく、フィジカル面では群を抜いて最強だ。ここは、脳筋で馬力勝負ができそうな隘路、お前にお願いしたいのだが。」
「はい!!了解!!俺がその鉄壁だがなんちゃらっての、破壊してやりますよ!!お任せを!!!あー考えたら色々と燃えてきた!!筋トレ筋トレ!!うっし!!!」
その場でタンクトップ姿のまま腕立てを始める彼。
彼の暑苦しさに、場の全員が冷たい目を向けた。
「で、では次は閃光。閃光はその名の通り、桁違いのスピードを誇るらしい。討伐士・奥寺絵梨花からの情報によれば、光が放たれた瞬間、見えない軌道で至近距離まで詰められるという。武器はダガーナイフ。この相手も相当な強者だと予想できる。ここは────」
「団長殿。閃光の討伐、この僕に任せてはいただけないでしょうか。」
第二位、折木竜馬が口火を切って手を上げた。
彼は閃光のコウメイと接点がある。それを団長も既に把握していたため、即答する。
「分かった、では竜馬に任せるとしよう。頼んだぞ。」
「はい、ご期待に応えてみせます。」
「そして神殺し。神殺しは一度、ストレイドが相対したことのある強敵だ。長い髪から覗く赤い瞳は殺意に満ち、複数の武器を自在に操る。戦闘技術は群を抜き、狼族の村を単独で壊滅させたという。その強さを考慮し、私は────蓮。お前に頼みたいのだが、いけるか?」
団長であり父でもある神蔵源治には確信があった。
息子、神蔵蓮は文句なしで東商討伐士の象徴にして最強の戦士。
最強に最強をぶつける。安直かもしれないが、それが最善だと信じていた。
息子は父の意を汲み取り、一言。
『────御意。仰せのままに、任務を遂行します。』
「以上だ。その他の幹部や天道教の人間については、相対した者が処理をしてほしい。くれぐれも、東商の人間に奴らを近付けさせないこと。そして、誰一人犠牲者を出さないこと。それが我々の使命だ。分かっているな、お前たち。」
『はい!』
「ではこれで作戦会議は終了だ。解散。」
皆が持ち場へと散っていく中、ストレイドは一つ気になることがあった。
女王のもとへ歩み寄り、声をかける。
「────澪奈様は、今回戦われるのですか?」
「ええ、もちろん。私もただ黙って部屋でゆっくりしてる訳にはいきませんもの。それに私、結構強いんですわよ。」
「それは承知しておりますが、今回は危険では…」
「危険だから逃げる。怖いから逃げるなどと、そのような弱音を吐くのは上に立つ者ではございませんわ。上に立つ者だからこそ、その恐怖に打ち勝たねばならないのです。打ち勝ってこそ、強者なのですわよ。貴方様なら、既にご存じでしょう?」
彼女の覚悟は揺るぎなかった。
その気迫を感じ取ったストレイドは胸に手を当て、一礼する。
「……お見逸れしました。もし澪奈様に危険が訪れましても、わたくしストレイド・ヴェルリルがお守り致します。」
「ふふっ、それは心強いですわね。」
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
また聞こえる、皆の罵倒の声。
夢の中でさえ、トラウマは逃げ場を与えてくれない。
頭を抱え込むフィアを、仲間たちがぐるりと取り囲む。
『……もう、やめてよッ……。やめて……。』
少女が零したSOSに応えるように、一筋の光が現れた。
姿形は見えない。しかし、その光は周囲の仲間たちをかき消し、罵倒の声も次第に遠ざかっていく。
涙を浮かべ、フィアが顔を上げると、そこには綺麗な光があった。彼女はそっと、その光に手を差し伸べる。
『──── フィアは、フィアは自分の生きたいように生きてくれ。お兄ちゃんは、ずっとフィアの味方だ。』
夢から覚める瞬間、兄の声が聞こえた気がした─────
「……はっ…私……寝ちゃって。」
ベッドの上で、フィアは寝落ちしていた。
仮眠のつもりが、かつてのトラウマを呼び覚まし、心の闇はそう簡単に消えてはくれない。
頭を抑える彼女に、優しい声がかかった。
「……大丈夫か、フィア。よく寝てたな。」
ベッドの横には深海が立っていた。
寝顔を見られた恥ずかしさで、フィアは頬を赤く染めながら、頭の中で時系列を整理していく。
「し、深海様…!?な、何故もうお戻りに……!」
「何故って、もう夜だしな。少し体は痺れるけど、オレはもう万全に回復した。フィアも体力が低下してるだけで命に別状はねえって、治癒術士の人が言ってたぜ。」
あの戦闘から時間が過ぎ、夜になっていたのだ。
深海は激闘後、麻痺と疲労で意識を失い倒れていた。琴葉が彼をおんぶで運び、全速力でシクリータ宮殿まで連れて行った────
「───おかえりなさい……って!琴葉ちゃん…!それにシンくんまで……!」
「愛菜ちゃん、ごめん。深海君をお願い出来るかしら。私は治癒術士に連絡するから、ベッドに寝かせておいて。」
「う、うん!分かった!!任せて!」
治癒術士はすぐに駆けつけ、深海、琴葉、そしてフィアの3人の様子を調べてくれた。幸い、全員に大きな異常はなかった。
深海は残った麻痺が時間経過で回復する程度。琴葉は無傷。フィアは体力が著しく低下し、出血も見られたが、治癒術士の手できれいに治った。
そして夜が深まったころ、フィアは目を覚ます。
これまでの全貌を深海から聞き、状況を整理する。
「───私が、寝てしまっていたんですね……すみません、深海様。ご迷惑をおかけしてしまって……それと、ご無事で戻ってきてくださって嬉しいです。」
「まぁ、あの時お前と約束したからな。必ず、生きて帰ってくるって。女の子との約束を果たすのは、男の道理だぜ。」
フィアはベッドから体を起こし、深海と会話を始める。 助けられた身でありながら、寝ながら話すのは失礼だと思ったのだ。体力も立つくらいには回復していた。
「……あの、深海様。」
「…?どうした。無理して立たなくてもいいぞ?」
「……いえ、流石に寝ながら話すのは失礼かと思いまして。それに、しっかりお礼をまだ言えてませんし。」
「お礼なんていいんだよ。それより、フィアが無事で何よりだ。あの時、オレを庇ってくれたんだろ。戦うのが好きじゃないフィアが、勇気を振り絞ってあの場を凌ごうとしてくれたこと。凄く嬉しかった。」
「いえ、そんなことは……実際あれは、私が戦った方が絶対にいいと判断してのことで……それで、」
「そうだとしても、フィアがオレを助けようとしてくれた事に変わりはねえ。どんな理由があろうと、した事実は残り続けるんだから。」
あの時、確かにフィアは深海を守ろうとした。
深海は何も持たず、人間の力では到底勝ち目のない状況。 そんな亜獣に立ち向かえたのは、あの場でフィアだけだったのだから。
その勇気に、深海は心から感謝していた。
「だから、ありがとな。オレを救おうとしてくれて。実際に救われたし、あの時フィアが居なかったら、オレ1人で奴らに攫われてたかもしれなかった。……本当に、感謝してもしきれない。」
深海が頭を下げる。
それを見て、フィアは小さく震える声で呟いた。
「…………何故、貴方様はそこまで……そこまで言ってくださるのですか。」
軽く涙を浮かべ、身体を震わせながらの呟きだった。
寝ていなくても、あのトラウマが甦る。罵倒の声、仲間たちの鋭い視線、薄暗い空間。全てがフィアの心を抉る。
それなのに、目の前の男は優しい言葉だけを、彼女が本当に聞きたい言葉だけを伝えてくれる。
それが逆に、疑問であり、恐怖でもあった。
「……フィア…?」
下を向き、涙を零す彼女を、深海はただ見守る。声を聞いてあげることしか出来ない。いや、この状況でそれこそが最善だと思った。
「────私は、落ちこぼれなんです。狼族として生を受け、戦わなきゃいけない宿命だったはずなのに、私はその宿命から逃げ出して、兄に助けを求めて、兄の優しい気持ちや兄の甘い言葉の数々に縋って、いい気になっていただけの、ただの落ちこぼれなんです。」
"落ちこぼれ"──────
それは彼女を象徴する言葉。故郷が襲撃され、感情を失ったあの日から、ずっと自分は落ちこぼれだと思い続けて生きてきた。
「……その結果、私はろくに戦闘もせず、ただ家の事をやっていただけで、自分はしっかりやっていると思い込んでいただけの、ただの異常者なんです…。異常者で生きる価値もなく、何も出来ないグズで、使えなくて終わってて───」
「……そんな事…ねぇよ…。」
深海の言葉を遮るように、フィアが大声で叫ぶ。
トラウマが脳裏にチラつく。
『全部お前が悪い』─────そう、ずっと皆に言われ続けてきた。 辛い、苦しい。分かってる。そんなこと、言われなくても。
「いや…!!そんなことあるんです!実際、私が全部悪いんですから…!兄をこんな状態に追い込んだのも!私の故郷を壊滅状態まで追い込ませたのも!父や母を殺したのも!同胞がみんな死んでいったのも!!族長が殺されたのも全部全部全部全部!!!!!」
胸元をぎゅっと握りしめ、下を向きながら、全ての思いを絞り出す。頭の中で、情景が鮮明に蘇る。懺悔しても何も変わらないのに。
「……私の、せいなんです。私がしっかりしていれば……。あの時、少しでも戦えていれば、早めに襲来に気付いて知らせていれば……私が皆の代わりに犠牲になっていれば、みんなは────」
深海は身体中の痺れに耐えながらも、下を向く彼女の肩を力強く掴んだ。
驚き、涙を流しながら顔を上げるフィア。目線が合い、距離が自然と近くなる。胸が高鳴る瞬間。
「ふざけんじゃねえ、さっきから聞いてりゃフィア。お前は間違ってる。全部間違ってるぞ。」
優しい声色から一転、低く真剣な声が響く。
フィアは肩を掴まれ、息を飲み、彼の声を聞く。
「フィアが犠牲になった方がいいなんて、そんな事絶対にねえ。それだけは間違いなく言える。大体、さっきから自分が全部悪い、自分が全部自分が全部って……なんで自責思考になってんだよ。お前は少しでも、自分がプラスになるようなことをオレに言ったのか?言ってないだろ??プラスになるようなことに目を向けようぜ。」
「プラスになることなんてないから、言えないんです。私の存在はプラスになんかなっていない。」
「そんな事ねえ!!昔の事は分かんないけど、少なくともオレにとっては、プラスな事しかしてない。それだけでいいじゃねえか。なんでそれを一番に出してくれねえんだ。なんでそんな、自分を下げることしか言わねえんだ!」
短い時間でも、深海は伝えなければならなかった。
フィアにしてもらったことの大きさを。
「オレはフィアに掃除のやり方を教えてもらった。洗濯物の干し方や、料理の仕方、色々なことを教えてもらった。オレは不器用で、何もできていなかった状態で、フィアが教えてくれなかったら、オレは何も出来てなかったんだ。フィアが教えてくれた事で、オレが分からないことが分かるようになった。それはオレとフィアにとって、プラスな事なんじゃねえのか!!」
「……深海様…。」
「フィアは自分が自分がってマイナスに考えてるけど、オレの中じゃ、フィアのイメージは礼儀正しくて超可愛くて、家事も全部こなせて、家族思いの優しい子だ。出てくるイメージはプラスな事しかないんだぞ。」
深海の中で、フィアの存在は大きい。
このシクリータ宮殿に来てから、彼女に助けてもらった恩も多い。それを、彼は知ってほしかった。
「……お前の中で、どんな事があったのか。全部は分かってやれない。分かってるなんて、簡単に口に出すべきじゃない。だから、オレに話してくれ。フィアの過去じゃなく、今現時点でのフィアの気持ちを。フィアがどう感じで、どう思っているかをな。」
その瞬間、フィアの中で何かが弾けた。
弱々しい声で、彼女は話し始める。
「────最近。よく夢を見るんです。あの時、神殺しが私たちの故郷をめちゃくちゃにしたあの時に犠牲になった人達が、私を取り囲んで…罵倒をあびせてくるんです。」
フィアは目尻に涙を浮かべ、助けを求めるように深海に縋った。深海は、真剣に彼女の話を聞く。
「……私の中に、消えない闇がずっと居て、襲ってくるんです。毎晩毎晩、ずっと、私を……だから、私の心はもう既に壊れてしまったんです…。でも、助けてくれる人なんて絶対に居ない。お兄ちゃんも今あの状況だし、ストレイド様もお忙しい上に私の過去の全ては知らない……誰が……私を……。私を救ってくれるのか、それすら期待するのも疲れたんです…!期待してもどうせ皆は私を救ってくれない!それなのにそれを願い続けるなんて、私には無理でしたっ…!だから、諦めたんです……。諦めて、私の感情を殺して、何も思わないでいた方がいい、そう思ったんです。」
「……フィア、なんでオレに助けろって言わねえんだ。……フィアはオレに過去を教えてくれたよな。オレはその過去を聞いて、フィアがどんな思いで今までを過ごしてきたのか、よく分かったつもりだ。だから、オレに出来ることがあるんじゃないのか? その可能性にかけるのすら、お前は嫌になっちまったのか?」
「……ッ。」
フィアは言葉を詰まらせる。
深海は息を整え、興奮する気持ちを抑えた。
今、彼女を説得できるのは自分しかいない。
肩に置いた手を離し、そっと彼女の目を見て呟く。
「オレは、フィアが本当にいい子で、家族想いで、家事が人よりも沢山出来て、凄く、ストレイドさんにも慕われてて信頼されてて、可愛い女の子なのを知ってる。確かに、フィアの中じゃ、なんとも思ってねえかもしれねえけどさ。オレや周りの人達は、きっとフィアの事を大切に思ってくれてる。商店街の人や、琴葉や愛菜だって同じはずだ。」
フィアは涙ながらに聞いている。
涙が胸の上に零れ落ち、目はいつもより輝いていた。
「それを分からないくらい、過去に色々あった事は、本当に悔やんでも悔やみきれないよ。でもオレはこの話を聞いて、フィアが生きててよかったって、そう思ったんだ。純粋に、フィアがあの時救われてよかったって。そう思えたのも、フィアがオレにとって、プラスな存在だからだ。」
「────そんなことは」
「いや、そんな事ある。フィアは誰よりもお利口で、本当に凄いと思ったよ。本当に、最高のメイドだなってさ。」
「…………深海様が言ってくれた事は、素直に嬉しいです。……ですが、私は狼族です。狼族は戦わなきゃいけない宿命、戦って命を削って生きていく種族なんです。その中じゃ私はやっぱり────」
普通の人間なら、深海の言葉は十分に響くだろう。
だが、彼女は狼族として生を受け、戦う義務を背負っている。
「────なんだそれ、オレには関係ねえよ。」
「────ッ!」
フィアは目をぱっと見開き、驚いた。
「オレは狼族のしきたりとか、狼族がどうたらとか、そんなの関係ねぇ。言っただろ? フィアはフィアの出来ることをすればいい、みんなのことなんて、気にする必要もねえんだし、狼族なんて、ただの自己紹介みたいなもんなんだからさ? だからフィアは、そんな種族なんかに囚われず、“自分の生きたいように生きればいい。” オレは、心からそう思うよ」
『────!!!』
彼女の目の前が光に覆われる。
夢の中で兄が言った言葉と同じように、深海がその言葉を届けた。
『──── フィアは、フィアは自分の生きたいように生きてくれ。お兄ちゃんは、ずっとフィアの味方だ。』
「……ッ、おにい、ちゃん…。」
フィアの中での唯一の救世主は兄だった。
その救世主で大好きな兄と、深海の姿が重なり、涙が止まらなく溢れる。
「……オレは、兄貴の代わりにはなれないよ。でも、フィアの一番の理解者には、なってあげれる自信がある。だから、またトラウマが蘇ってくるなら、オレの所に来い。オレが、またお前を救ってやる。とは言っても、出来ることは少ないかもしれないけどな。…オレが居た所の言葉で逍遥自在って言葉がある。その言葉が、『自由に気ままに生きる様子』って意味なんだけど、フィアは正しく、逍遥自在に生きていったらいいと、オレは思う。もちろんオレはずっとフィアの味方だ。」
確証はないが、深海は純粋で真っ直ぐな気持ちをぶつける。彼女にとって、今の唯一の救いだった。
『────深海…様…。』
「────深海 “君” でいい。敬称は要らない。」
『────深海くん……。私は…信じていいんですよね…、落ちこぼれなんかじゃないって、私は私の自由に生きていいんだって、もう縛られなくていいんだって、そう、信じていいんですね…。』
「もちろん、フィアは、フィアの好きな事をして、自分のしたい事をしたらいいさ。そうして人生楽しんで、最期の時を笑って迎えれば、幸せになれるだろ? フィアは、幸せになるために生まれてきたんだから。」
『……深海くん、本当に、ありがとうございますっ。……なんだか、心が晴れたような気がします。』
フィアの目に光が宿り、涙が溢れた。
闇から光へ、彼女は開放された気がした。
『────やっぱりあの時、君に頼んで正解だったよ、深海君。君が、フィアを救ってくれるって信じてたオレの問いに、君は予想を上回る答えを出してくれた。本当に、小柳深海という男には、可能性がありそうだな。』
この光景を、剣を携え微笑む者が盗み見ていた。
『─────お兄ちゃん。私ね。理解者が出来たんだよ。その理解者の男の人は、私の事を狼族の女としてじゃなく、一人の女の子として見てくれたの。それに、お兄ちゃんと同じ言葉を言ってくれた、優しい人。……だから、私のことは心配しないで、今お兄ちゃんは、見えない敵と戦い続けてるんだよね。私は、お兄ちゃんのことをずっと応援してるから。だから、戻れるなら戻ってきてね。いつでも、私は待ってるから。』
一人の少女が、寝たきりの男に伝えた言葉。
その言葉を聞いた男は、無意識に目尻から涙を、一滴零した。
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