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そして君は明日を生きる  作者: 佐野零斗
第四章『新たな出会いと戦士の覚悟』
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第五十九話『光芒一閃』

 ─────お前のせいだ。

 ────お前が戦えていれば死ななかった。

 ───お前に才能があれば俺達は死ななかった。

 ──俺達はお前に殺されたも同じ。

 ─この人殺し。狼族の恥が。


 あの惨劇で散っていった仲間たちの声が聞こえる。

 私を丸く囲み、罵倒するように責め立てる。

 

顔が見えない。怖い。私のせいなのは分かっている。分かってるのに、それでも──そこまで言わなくても…。


「クズが」「一生守られてろ」「人間の女と変わらねぇ弱虫が」「何のためにいるんだ」「族長に恥をかかせた大罪人」「ルックスだけが取り柄」「何の役にも立たない」「せめてあの時犠牲になってたら」「お前が犠牲になれば良かった」「面汚しが」「なんで生まれてきた」「全てにおいて劣等」「下等生物以下」「使えないやつ」


 心ない言葉が、絶え間なく胸を刺す。何も言い返せない。ただ立ち尽くし、彼女──フィアの目から光が消えていく。

 あの惨劇以来、ずっと灯らなかった光が、今は完全に消え、絶望の闇に沈んでいた。


『────私が悪い、私が悪いのは分かったから、もう、そんな顔で私を罵倒するのは…やめてよっ……。』


 心の声が、漏れた。

 その瞳には、かすかに涙が浮かんでいた。


 ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


「────はっ…!!」


 飛び起きる。胸が早鐘を打つ。

 随分と居心地の悪い悪夢だった。

 目を覚ますと、フィアは自室のベッドにいた。

 頬を伝う涙を、そっと指で拭う。


「うわぁっ…! フィアちゃん、どうしたの?」


 隣のベッドで寝ぼけ眼の愛菜が、驚いたように声を上げる。琴葉が彼女を運んできた後、外傷がないと確認され、服を着せてずっと看病していたらしい。


「……愛菜、様。…私は…。」


 まだ頭がぼんやりしている。

 記憶が曖昧で、頭痛もする。

 フィアは愛菜に、状況の確認を取った。


 愛菜は、琴葉が連れてきてからの経緯を丁寧に説明する。話を聞くうちに、フィアの記憶も徐々に繋がっていった。


「─────なるほど、だいたい思い出せました…私をずっと見てくださりありがとうございます。もう、大丈夫です…っ、」


 そう言って立ち上がろうとした瞬間、全身から力が抜けた。愛菜が慌てて駆け寄る。


「あぁぁ!! 危ないっ! もう、無茶しちゃだめ。安静にしてなきゃ。心配なんだから!」


「……すみません。…そういえば、深海様は…?」


「シンくんなら、まだ帰ってきてませんけど…確かに、ちょっと長いですね。琴葉ちゃんが剣を持って出ていってから、もう30分は経ってますよ。」


「……そう、ですか。いった……。」


 こめかみを押さえながら、再びベッドに横たわる。

 狼化を酷使した代償が出ていた。

 未熟な状態で力を使った反動──しばらくは動けない。


「頭痛いの? 熱は……ない。頭痛薬……どこだろ……治癒術士は怪我じゃないとダメなんだっけ? ああもう、どうしようどうしよう……!」


 テンパる愛菜に、フィアは小さく微笑んで「大丈夫です」とだけ答えた。眠れば、少しは楽になる──そう思って目を閉じた。


「……フィアちゃんも、本当に大変だったよね。シンくん、大丈夫かな……。ボロボロになって帰ってこなきゃいいけど……。」


 ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



「───言っとくが、オレはさっきまでとは違ぇからな。」


「……あぁ、強いオーラ全開なあなた、素敵だわぁ…。その構えも見惚れてしまうほどの強さが滲み出てて、思わずずーっと見たくなってしまうわぁ…。あぁ…あぁ…子宮の奥がじんじんと疼いて、あなたのような強者を欲してしまう…あぁだめ、だめよ私…。」


 仮面越しでも伝わる、ねっとりとした狂気。

 その不気味な熱量に、深海は無言で構えを崩さない。

 すぐにでも終わらせるつもりだった。


「正直、亜獣の攻撃はそこまで早くねぇ。しかも今までの動き、全部頭に入ってる。かわして、斬る──それで十分だ。」


『グォォォォォォ!!!!!!』


 巨大な亜獣が、地を割る勢いで突進してくる。

 四肢を地につけ、全速力で迫る。


「……やっぱり、遅いな。」


 キィン、と空気を裂く音。

 剣閃が走り、亜獣の脚が一本、あっさりと切り落とされた。青眼の構えから放たれる斬撃は、もはや神速の域。深海にとって、亜獣の攻撃など子どもの遊びに等しかった。


『…グガァァァァァ…ウォォォォ!!』


「さぁ、こんなんじゃ終わらねえだろ? 亜獣さんよ。」


『グルルルルル!! グガァァァァ!!!』


 巨体が歪な姿勢で突っ込む。

 深海は完璧なタイミングで迎え撃ち、カウンターを叩き込む。脚を切り、腕を断ち、顔も胴も、そして尾まで。


 気づけば亜獣は血塗れのボロ雑巾。

 深海は一撃も喰らわず、息も乱れていなかった。


「……さぁて、もう終わりか? 亜獣。これじゃさっきのがウォーミングアップだな。」


『グギギギギ…』


 圧倒的優勢。

 しかし、その慢心こそが──最大の隙だった。


『グガァァァァ!!!』


「っ!? 痛っ……!? な、なんだ……!」


 後方から、何かが首に噛みつく。小型の亜獣。

 咄嗟に吹き飛ばすも、首筋から血が噴き出す。

 すぐに襲いかかる“違和感”。


「……剣が……握れねぇ……!? 体の神経が……麻痺して……指が……動かねぇ……。」


「あら、まさか亜獣が何も考えず動いてるとでも? うちの子はとっても賢いのよ。ピンチの時には、ちゃんと“最悪の一手”を選ぶ。今のあなたが証拠。ふふっ、さっきまでのあなたが嘘みたい。滑稽ですわねぇ?」


「……何を……した……。」


 口も重く、足も痺れる。

 小亜獣は再び巨大な本体に吸収された。


「“麻痺”よ。私の可愛い子の牙には、さまざまな属性があるの。その一つに、麻痺毒があるの。」


 確かに理屈は通っていた。

 体の力は抜け落ち、まともに立っているのもやっと。


「……クソ……こんな……。」


「あなたは強い。でも、その一瞬の油断が命取り。前もそうだったわね? あの試験で──川崎琴葉にやられた時みたいに。」


「……なんで、それを……知ってる……! あれは……討伐士しか……知らねぇはずだろ……。」


 思考が止まる。

 彼女が知るはずのない情報。

 もしや──討伐士関係者……?


「……くそ、マジでまずい……。」


 涎を垂らし、亜獣がゆっくり迫る。

 体は動かない。剣も握れない。


 ──その瞬間、白い閃光が走った。


 雷鳴のような轟音とともに、誰かが通り過ぎる。

 刹那の一撃。亜獣が大きく怯む。


「……深海くん。無事? ずいぶん苦戦しているようですわね。」


「……琴葉……悪い。油断して麻痺を食らった……剣が……持てねぇ……。」


「分かりましたわ。深海くんはそこにいて。麻痺が治るまで、私が相手をします。」


「あなた……もしかして……“天に愛されている人”?」


 女の声色が、急に低く濁った。

 狂気に似た怒気が滲む。


「だったら、なんなのかしら?」


「天に、愛されてる……。あぁ……神に……愛されてる……私は……私は……ワタシハ!! 愛されていないのに!!!」


 叫びが森を震わせる。

 空気が歪むほどの怒号。


「……なんだこの変わりようは……!」


「天の導きを持ちながら、あなたは私を殺さない…!生まれ変わらせてくれない……!! 資格がない!! 消え失せろ!!」


 琴葉は眉をひそめ、呟くように応じた。


「……気味が悪い方ね。では──消え失せるのはあなたの方ですわ。」


 雷光が奔り、剣が唸る。

 斬られたのは腕でも胴でもなく──仮面。


 バシュッと音を立てて、仮面が真っ二つに割れた。


「はぁ…あ、念の為マスクしてて正解だったわぁ? こうなることも予測して、ガチガチに硬いやつ付けておいて本当に正解。目元は見られたけど、どうでもいいの。メイクや整形でどうとでもなるしぃ。」


 白い硬質のマスクが露出し、顔は未だ不明。

 深海も琴葉も、情報を掴めずに息を呑む。


「……琴葉、亜獣はもう動かねぇ。女の素性は後だ。……悪い、今のオレじゃ役に立たねぇ。」


「気にしないでくださいまし。……それに、分かるんです。私、自分の“導き”が日に日に強くなっているって。」


 “天の導き”──それは“成長”と共に強化される。

 琴葉は確かに、その変化を感じ取っていた。


『……グルルル……グオオオ!!!』


 その力を確かめるには、ちょうどいい相手だった。


「────雷鳴轟く遥か先、祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり、イカヅチ轟く音響き、我が力となりて顕現せよ────神撃斬。」


 詠唱と同時に閃光が奔る。

 一瞬で亜獣の首が跳ね落ちた。

 音も、抵抗も、存在すら許されなかった。


 神速。深海も女も、ただ呆然と見ていた。


「……ふう、これで勝負はつきましたわね。亜獣を失ったあなたは、ただの人間。さあ、本部まで同行してもらいますわ。」


「……勘違いするなよ、“天に愛された女”。私の亜獣ちゃんは、こんなんじゃ死なない。改良して、いつかお前を消す。特にお前だけは絶対に殺す。天に愛されるのは一人でいい──それはお前じゃない。」


「この状況で逃げるつもり? 悪あがきは体に毒ですわよ。」


 女は死体を球状に変え、掌に収めた。

 琴葉が慎重に距離を詰める。

 拘束のため──


 その瞬間、女が呟いた。


「────ベイルアウト。」


 輪郭が薄れ、体が透けていく。

 掴もうとしても触れられない。

 まるで幽霊のように、存在が消えていく。


「……今回は深海くんを諦めますわぁ。でも絶対に彼は、私達が奪う。そしてお前──お前は必ず、私の手で殺す。その日まで、せいぜい楽しんで生きてなさい。」


 憎悪の残滓だけを残し、女は消えた。


「──取り逃しましたわね。……とにかく深海くんを宮殿へ。立てますか?」


「……あぁ……立て……る……。」


 体を起こそうとした瞬間、猛烈な眠気が襲う。

 視界が霞み、意識が沈む。


「……!? 嘘……深海くん!? 深海くん!!」


 遠くで、琴葉の声が揺れていた。

 そのまま、深海の意識は闇へと沈んでいった。

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