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そして君は明日を生きる  作者: 佐野零斗
第四章『新たな出会いと戦士の覚悟』
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第五十七話『戦闘本能が開花した日』

 ───これは、決して忘れることのない過去の記憶。

 私が十四の時、初めて知った“感情”の形。

 天道教『神殺し』が襲来する、あの惨劇の前の出来事──。


「───お兄ちゃん。私も、戦闘に行きたい。」


 普段、戦いを好まないフィアがそう言った瞬間、兄は目を瞬かせた。どういう風の吹き回しだ、とでも言いたげな表情で問い返す。


「これまた急だな。どうした。そんなこと言うなんて珍しいじゃないか。」


「…私、今のままじゃダメだって思うの。すごく不安で、すごくみんなに迷惑かけてる気がしてて……。それに、狼族なら戦わないとでしょ!」


「……絶対昨日見たテレビの影響だな。」


 兄の観察眼はやはり鋭かった。

 昨日フィアが夢中になって見ていたのは、ヒーロー物の特撮映画。その熱がまだ冷めていないのを、兄は一瞬で見抜いたのだ。


「うぐっ…ち、違うよぉ?そんなことないよぉ。」


「ははっ、分かりやすいなフィアは。……でもどうするかな。今回の仕事は簡単とはいえ、いきなり戦場に立たせるのは危ないかもな。」


 兄は仲間の戦士たちに相談を持ちかけた。

 すると、意外にも賛成の声が多く上がる。その中で、ワクワクと目を輝かせるフィアを見つめる影が一つ。


「──それはいい機会だ。行かせろ。」


「族長…! いらっしゃったんですか。」


「無論。素質を測るには一度戦場に立たせるのが一番だ。戦闘本能が覚醒するかもしれん。」


「……了解しました。」


 族長は満足げに頷き、ゆっくりとその場を去った。

 兄は小さく息をつき、妹へ向き直る。


「……はぁ、相変わらず族長は無茶ばっかりだ。……でも確かに、もし本能が開花すれば、フィアも戦力になるかもしれない。……仕方ない。一緒に行こう。」


「やったっ!!いこういこう!」


「ただし、条件が二つある。一つ、単独行動は絶対にしないこと。そしてもう一つは──危険だと思ったらすぐ逃げること。分かったな?」


「…うん! 分かった! 約束する!」


 元気いっぱいの声で頷くフィア。

 初めての戦場に胸を高鳴らせながら、緊張よりも期待が勝っていた。



 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 今回の任務は、小さな村の征服と領地の確保。

 東商中央区から少し離れた田舎の集落で、戦いを好まない者たちが静かに暮らしている場所だった。


 狼族の目的は単純明快──領土拡張。

 その対象となったのが、平和を望む兎族の村だった。


 進化した未来の世界では、獣たちは人間のように知恵を持ち、二足歩行で暮らす。

 チーター族なら脚が速く、兎族なら身体能力が高い。

 人間よりもずっと、自然に祝福された存在たち。


 だがその力の差が、時に悲劇を呼ぶ。


「────貴様が長だな。この地は我ら狼族が頂く。服従するか、死ぬか選べ。」


「……こ、殺すならワシだけに…! お願いします。お願いします……!」


「だったらさっさと失せろ。この地を捨てて出ていけ。」


「で、でも……私たちはどこへ……」


「知るか。さっさと消えろ。」


 荒々しい声が響く。

 怯える兎たちの前に、一人の若い男が飛び出した。


「────うぉぉぉっりゃあ!!!」


 鋭い蹴りが狼の戦士を襲う。しかし、容易く防がれる。


「────誰だ、貴様。」


「へっ、お前なんかに名乗る名前なんかねぇよ! この戦闘民族風情が!!」


「───バ、バルモア。戻っておったのか。」


「うるせえな、爺さんも情けねえ姿見せてんじゃねえよ。兎族が舐められてばっかなのは爺さんのせいじゃねえのか?」


「……貴様はまだやれそうだな。兎族が我々に勝てるとは思えんが。」


「吠えてろ、汚ねぇ犬が。俺をそこらの子うさぎと一緒にすんな。」


 村全体が怯える中、ただ一人、戦うことを楽しむかのような目をした兎がいた。バルモア──兎族にありながら、血の匂いを恐れぬ異端児。


「……いいだろう。我々の力を思い知らせてやる。」


「あぁ、好きにかかってこいよ。全部避けてやるぜ。」


 そして戦闘が始まった。



 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 一方その頃、兄とフィアは別の区域で避難を確認していた。その途中で、怯える兎族の親子に出会う。


「───お兄ちゃん、あの兎、怯えてるよ。」


「……そうだな。どうする、フィア。」


「……少し話してみる。」


 フィアはゆっくりと歩み寄り、優しく声をかけた。


「───ねぇ、あなた達。こんな所で何してるの?」


「ひ、ひぃっ……わ、私達をどうする気ですか。こ、殺すのならご勘弁を…! せめてこの子だけでも……!」


 母が娘を抱きしめ、涙ながらに懇願する。

 その姿にフィアは静かに微笑んだ。


「……殺さないわ。私は戦士じゃない。ただみんなに着いてきただけの狼。だから、殺さない。……それに、私は何も見てなかった。可愛いうさぎさんがここに居ることも、知らない。だから、行きましょ? お兄ちゃん。」


 ──“逃げろ”。

 その優しさは、彼女らしい暗黙の救いだった。


 兄はそんな妹を見つめ、心の中で呟く。

 やはりフィアは戦士には向かない。

 彼女の“優しさ”が、戦場では命取りになるからだ。


「フィアなら、そうやると思ったよ。……やっぱりフィアは優しいね。」


「…優しいお兄ちゃんと、優しいパパとママに育てられたからね。私が優しくなるのは当然でしょ?」


 彼女は笑顔でそう言い、兄は小さく頷いた。



 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



「───こんなもんかよ。狼っつうのはよ。」


 戦場は既に血に染まっていた。

 多数の狼族が倒れ、唯一立っているのはバルモア一人。満身創痍のように見えながら、その血はすべて返り血だった。


「おぉっとぉ? 生き残りか? 可愛い女と強そうな男。なんだ、カップルか? 狼族カップルとか反吐が出るぜ。」


「フィア、こいつは強敵だ。お前の敵う相手じゃねえ。」


「戦闘民族同士の会話じゃねぇなぁ? 女だろうと関係ねえ、戦うなら戦えや!!」


 次の瞬間、バルモアは信じられない速さでフィアを捕らえた。


「……おい! フィアを返せ!!」


「嫌だね。見たくなったんだよ、この女の“本能”をな……。」


 その言葉と共に、フィアの首筋へ牙が突き立つ。

 血が溢れ、悲鳴が響く。兄はただ呆然と立ち尽くすしかなかった。


「さぁ……唸れ、苦しめ。俺にその強さを見せてみろ、女ァ!」


 血が滴る中、フィアの身体が震え、形を変えていく。

 理性を失った獣が吠え、バルモアを睨みつける。


『グルルルルル……グガァァァァァァ!!!!』


 唸り声と共に腕を振り抜く。空気を裂く一撃が兎を襲う。


「うぉっ!! すげぇな! 速ぇじゃねぇか! さっきの奴より強ぇぞ!!」


「……フィア、無理はするな。」


 暴走する妹を前に、兄は祈るように呟いた。

 戦闘は長引き、やがてバルモアは限界を迎える。


「───お前の強さは分かった。もう時間がねぇ。悪いが帰らせてもらう。この領地は好きにしろ。」


 そう言い残し、バルモアは姿を消した。

 だが獣と化したフィアは暴走を止められず、周囲を破壊し尽くす。


「……仕方ねえな。俺が相手だ、フィア。お兄ちゃんが遊んでやる。」


 兄は腕だけを狼化させ、片腕で暴走した妹を受け止める。 その戦いぶりは、まるで訓練のように冷静だった。


「懐かしいなぁ、昔もこうやって遊んだっけ……。」


 やがてフィアは力尽き、人の姿へ戻る。


「────お、にいちゃん…?」


「お疲れ、フィア。よく頑張ったな。」


 優しく抱き上げる兄。彼の身体には傷一つなかった。



 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 帰還後、兄は族長へ報告した。


「────族長。無事に兎族の村を征服しました。」


「ご苦労。それで、フィアはどうだった?」


「……戦士の素質は確かにありました。ですが、彼女は優しすぎる。戦いよりも“助けること”を選ぶ子なんです。だから、妹を戦場に立たせたくありません。」


「……貴様、戦闘民族の道理を否定する気か。」


「私は、小さい頃にも言いました。妹の分まで、俺が戦うと。今までもそうしてきました。だから、これからも俺が戦う。妹には、優しく平和に生きてほしいんです。」


「……大した覚悟じゃな。何故そこまで出来る。」


「フィアは、俺の大切な妹だからです。可愛い、可愛い大事な妹なんです。だから、戦わせたくない。戦いの宿命は、俺が全部背負いますから。」


 その真っ直ぐな瞳に、族長も言葉を失った。



 ──帰宅後。



「……フィア、起きたのか。体は大丈夫か?」


「…うん、なんとかね。まだ少しだるいけど。」


「……なあ、フィア。お前は、戦闘民族に生まれたこと、後悔してないか?」


「……私は、お兄ちゃんの妹に生まれたから、後悔なんてしてないよ?」


 その言葉に、兄の目が潤む。

 あまりにも真っ直ぐな答えだった。


「だって、こんな優しいお兄ちゃんがいて、私は幸せだから。……お兄ちゃんがいなかったら、今の私はいないもん。」


「……そうか。」


「だから、後悔なんて全然してない! でも、やっぱり戦うのは好きじゃない。助けたいって思っちゃうの。……それが私なの。」


「大丈夫だ。お兄ちゃんがフィアの分まで戦う。だから、フィアは自分の生きたいように生きてくれ。」


 優しく抱き寄せる兄。

 その温もりが、確かにフィアの記憶に刻まれた。


 ──そして今。

 あの兄は、母を失ったあの日から壊れてしまった。

 狂気に飲まれ、暴れ馬と化した兄を見て思う。


 あの時の優しい兄が報われないなんて、絶対に許せない。 あの兄を壊した『神殺し』を──私は、絶対に許さない。

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