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そして君は明日を生きる  作者: 佐野零斗
第四章『新たな出会いと戦士の覚悟』
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第五十六話『狼族式戦闘本能』

「───私を倒すって、あなた、何言ってるのか分かってるのぉ?というか、急に初対面の人を倒すなんて、流石に人間の心が無いんじゃないかしらぁ?」


『これはあなたが仕掛けたものですよね。死ぬくらいなら、あなたを倒す。それだけの話です。なんら失礼な所はありません。』


「へぇ、あなた。大した覚悟ね。あなたはこの亜獣ちゃん達に勝てるの?四肢をばらばらにされる前に逃げた方がいいんじゃない?可愛い可愛い子犬ちゃん。」


 仮面を被っているというのに、不気味さが滲む声だった。 ただ一つ分かるのは──その声が若い女性のものではない、ということ。


『どうせあなた方は私たちを逃がしてくれなさそうですし、それに深海様は今、剣を持ち合わせていないので、私がやらなきゃ。私が戦わなきゃいけない。』


「へぇ、私に勝てるって自信が、どこまで持つか楽しみだわぁ。さぁ、待たせたわね亜獣ちゃん達。食事の時間よ、盛大にやっちゃって。」


 仮面の女がパンパンと手を叩く。その瞬間、亜獣たちが一斉に動き出した。深海は“見ているだけでは駄目だ”と悟り、体術だけでも戦える自分も参戦を決意する。


「───フィア、俺もやる。背中を預け合おう。流石にこの量を一人で受け持つのは無理だ。」


『ですが深海様、あなた様は剣を……』


「そんなの関係ねぇよ。オレだって剣だけじゃなく、体術や立ち技も特訓してきた。ただ黙って見てるわけにはいかねえんだよ。それにオレが居れば、少しはお前の助けになるだろ。」


『…………分かりました。ですが、無理はなさらぬように。』


「分かってる。フィアも無理だと思ったらすぐ宮殿に逃げろ。オレは一人でも大丈夫だから。」


 背中を合わせる二人の戦士を、無数の亜獣が取り囲む。 唸り声とともに、腹を空かせた獣たちが今にも飛びかかろうとしていた。


「ふふっ、その友情?愛情?ともかく素晴らしいわねぇ。本当に……反吐が出るわ。」


 ねっとりとした声が響き、獣たちが一斉に襲いかかる。 俺たちは向かってくる亜獣を一匹ずつ倒していった。一発、二発のハイキックでは怯まない。獲物を仕留めるまで止まらないのが、野生の獣というものだ。


 しかし、こちらも負けてはいない。

 フィアの戦闘は、深海の想像を遥かに超えていた。女性とは思えぬ剛腕で亜獣を吹き飛ばし、爪で切り裂き、牙で噛みちぎる。 戦いが進むにつれ、地面は血の海と化し、屍が積み上がっていく。


 戦闘経験が浅いはずのフィアですら、この強さ。

 “狼族最強の戦士”がどれほどの存在なのか、想像を絶するほどだった。


「あらぁ……思ったよりも強いわねぇ。狼族って戦闘民族だから強いとは思っていたけど、想像以上。ふふ、興奮して濡れちゃいそうだわぁ……♡」


「───はぁ、はぁ。フィア、大丈夫か。」


『ええ、私は大丈夫です。が、少し疲れてきましたね。深海様は、平気ですか。』


「全くのノーダメージだからな。オレは全然平気だ。」


 狼族が実体化できる時間は、体力に比例する。

 フィアは修行期間も短く、体力の限界が近づいていた。 残る亜獣は三十体ほど──まだ数は多い。


「……こりゃジリ貧になる前に全員倒さねえとやべぇな。」


 腹を空かせた獣は、待ってなどくれない。

 一体ずつ倒してもキリがない。この数を二人で捌くのは無理がある。

 どうすればいい──と考えたその瞬間。


 耳障りな音が響いた。

 血肉を噛みちぎる音。

 自分の体に異常がないのを確認した深海は、すぐにフィアを見た。


 一匹の亜獣が、フィアの体を噛み裂いていた。

 深い傷ではないが、血が大量に溢れている。


『────がはっ…!』


「……フィア!!!」


 動きが鈍り、苦しげな唸り声を上げるフィア。

 その姿は見るに堪えなかった。


『グゥ……うぅっ……』


「痛い?痛いの?可哀想に、可哀想に。その血が全て無くなるその時、あなたの命も終わるのよ?可哀想に、可哀想にねぇ。私に楯突かず、素直にそこの男を私に差し出せばこんな事にはならなかったのに、残念ねぇ。無念だよねぇ?心残りあるよねえ?ふふふっ。」


 血を流しながらも、フィアは意識を失わなかった。

 むしろ──その様子が、どこかおかしい。


「フィア…!大丈夫か…!痛いよな…!でも少し堪えてくれ!!今は癒しの薬草も無いし治癒術も使えない、だから少しの間頑張ってくれ!!」


『ウウウ…フフッ…フハハハッ…グガガアアアアア!!!!!!!』


 目の色が変わり、震えが止まる。

 獣の咆哮と人の笑いが混ざったような、狂気の声。

 森が震え、木々がざわめき、大地が軋む。


「フィア…?どうした。さっきとは様子が……」


「……狼族の戦闘本能。」


 仮面の女が興味深げに口を挟む。


「戦闘本能…?」


「狼族は戦闘種族。生まれながらに他種族より戦闘能力が高いの。」


 先ほどとは違い、女の声には妙な真剣さがあった。

 その不気味な変化に、深海は無意識に身構える。


「……それで、フィアは何と戦っているんだ。」


「狼族の血を継ぐ者は皆、親とは別の“固有のDNA”を受け継ぐの。そのDNAこそが“戦闘本能”。それは戦闘民族の証であり、狼族と一部の戦闘種族しか持たない特別なもの。」


「……お前は何者だ。なんでそんなに教えてくれる。俺が聞いたからか?答える義理なんてねぇだろ。」


「そんなの、私の気分が良いからよ。私は気分屋なの。

 それに、これを教えたところであなたにメリットは無いでしょ? ───戦闘本能は、自身の血が一定量流れ出すことで、眠っている潜在能力を極限まで引き出す。ピンチの時に出る“逆転の一手”ってところかしらね。」


「…じゃあ、今フィアがああなってんのは、さっきの傷のせいか。」


「そうね。今のフィアちゃんは、自分の“戦闘本能”に抗っているの。 けれど戦闘本能には理性を失うという欠点がある。その理性が戻るかどうかも、未来になってみないと分からない。」


 そして女の声が、再びねっとりとした甘さを取り戻す。


「はぁぁぁ……その血濡れた手で、血濡れた牙で、その血濡れた爪で…その強さで…私のことを深く愛して欲しいのよ…♡女の子って強さに惹かれるものでしょ?私も同じ。強ければ相手が女でも関係ないの。私は“強さ”に片想いしているのよぉ!」


 歪んだ愛。歪んだ性癖。理解できないが、確かに一本筋が通っていた。

 彼女は理念を持ち、信念を貫いている。──その原動力を、なぜこんな方向に使うのか。


「…はぁ…その目で私を見ないで…。そんな100%私だけを見ているような、殺意に満ちた強い目で、私を見ないで…。」


『グルルル……グガァァァァァァ!!!』


 完全にフィアの理性が吹き飛んだ。

 その雄叫びに呼応するように、亜獣たちが再び動き出す。学習した彼らは、今度は“全員で攻撃”を仕掛けてきた。


 群れがフィアを覆い尽くし、姿が見えなくなる。


「……フィア!!大丈夫か!!」


「亜獣ちゃん達も強いから、私はとーーっても大好きよ…♡フィアちゃんにも負けないくらい強いんだからぁ…。」


 女の声を無視し、深海はただフィアを案じた。

 呼びかけても、返事はない。


 ──その時。


『グァァァァァァァ!!!!!』


 鋭い爪が空を裂き、亜獣たちを一刀両断。

 真っ二つになった死体が血を撒き散らし、地面に崩れ落ちる屍の山の上に、四足で立ち、咆哮を上げるのは──フィアだった。


「フィア…!マジかよ……。こんなに強ぇのか…」


「……ありえ、ない。私の亜獣ちゃん達が……こんなにも無惨に……乱暴に……ありえない。なんで、なんで……」


 仮面の女が頭を抱え、混乱する。

 状況は完全にこちらの勝利──そう思われた、その瞬間。


「……さぁ、紛れもなくオレ達の勝ちだろ。約束通り、オレらと関わらないで今すぐ退散してくれ。どこの誰だかも知らねえままでいいからよ。お前はお前の人生を───」


「────うっそー、なーんてね。あんた達馬鹿じゃないのぉ?そんなんで私の亜獣ちゃん達が死ぬわけないじゃなぁい。────さぁ亜獣ちゃん達、今こそその身体を一つにし、最強の亜獣として顕現しなさぁい。」


 再びパンパンと手を叩く。

 死体が集まり、肉が融合し、骨が繋がり、巨大な塊へと変化していく。その圧倒的な存在感に、暴走中のフィアですら一歩退いた。


 血と骨がまとまり、五十体分の力と速さを凝縮した“怪物”が姿を現す。

 その巨体は、狼化したフィアの倍以上。


「……さぁさぁ、私が亜獣ちゃん達を飼ってる理由はここにあるのぉ。 私の亜獣ちゃんって、さいきょーだから。私の理想とするペットなのよ。……さぁ亜獣ちゃん。今度こそ二人をバラバラにして喰って殺りなさい。」


「グォォォォォォォォ!!!!!」


 咆哮が森を揺らす。木々が震え、大地が軋む。

 ここはまだ森の中──幸い人の気配はない。

 だが、このままでは商店街が危ない。


 つまり、小柳深海に与えられた試練は──


「……フィアとオレで、この亜獣を倒さねえといけねえ。それにフィアは今暴走中だ。人のいるところに行かせるわけにはいかねぇ。……こりゃ、結構しんどい試練になりそうだな。」


「さぁ、あなたはどうする?小柳深海くん。この状況に立たされてもまだ、私の誘いに乗らないつもり? 私の誘いに乗れば、フィアちゃんだろうと私の亜獣ちゃんだろうの一撃で粉砕できるほどの力を手に入れられるのに。」


 確かに、心は一瞬だけ揺れた。

 だが次の瞬間、ある人の顔が脳裏に浮かんだ。


 ──自分を叩きのめし、鍛えてくれた“師匠”の顔が。


「悪いが、考えが変わったんだ。さっきは確かにアリかなとか思っちまったけど、…オレには、一生懸命に体術や剣術を教えてくれた先生がいるんだ。その先生は、今目を覚ましてなくて、正直、明日死んでもおかしくない状況で、そんな中、オレがよく身元も分からねえ女の誘いに乗って、力を手に入れたなんて言ったら、あの人がどんな悲しい顔をするのか、想像したくもねえよ。───だから、お前の誘いには乗らない。ここで亜獣ぶっ倒して、お前を退散させる。それがオレの、オレ達の……最終目標(ゴール)だ!!」


 仮面の女は、それ以上何も言わなかった。

 戦いの構図は明確──

 小柳深海と暴走フィア vs 巨大亜獣。


 限られた時間の中で決着をつけなければ、シクリータ宮殿も、商店街も危険に晒される。


 深海は覚悟を決めた。

 剣はなくとも──鍛え上げた手足と、戦うための頭脳がある。


 それで十分だ。

 そう心の中で呟き、彼は戦場へと踏み込んだ。

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