第五十四話『剣豪 vs 神殺し』
『神龍』
──それは5年前。突如として日本都市全域を襲った災厄の象徴。地震、津波、火災、竜巻──。あらゆる災害を引き起こし、街という街を瓦礫の山へと変えた存在。
全ての震源と災害の発信源は、神龍のいた一点から始まり、そこを中心に広がっていった。その“中心”は、都市の心臓部──東商宮殿のすぐ傍だった。
そんな未曾有の災厄を鎮め、日本を救った四人の英雄。人々は彼らをこう呼んだ。
『四英傑』と。
『獣神』カルラス・リング。
『鉄人』神蔵源治。
『才媛』グライス・イルゼ。
そして最後の一人──『剣豪』ストレイド・ヴェルリル。
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「……剣豪……それに、四英傑……。」
「へェ? 四英傑ねぇ……あの“最悪の龍”を封印した英雄ってやつだろ?何があっても“あいつらだけには手を出すな”って言われてる、あの最強の化け物集団だよなァ!!ハッハッハッハ!!まさかこんなところでご対面とは、俺ァ運がいいぜ!!運が良すぎて死ぬかもしれねぇくらいになァ!!」
「何がおかしいのか全く分からんな。……天道教の奴らは話が通じない、とは聞いていたが、まさかここまでとは。」
「理解なんてされなくていいのさァ。俺は自分で分かってる。俺だけが理解してりゃそれでいい!!この世界の中心は俺!!圧倒的な力で神すら越えた存在──それがこの俺、“神殺し”なんだからなァ!!」
「……盛り上がっているところ悪いが、俺は君と談笑しに来たわけじゃない。今すぐ逃げるか、俺と戦うか。──選べ。」
「逃げる? そんな選択肢、俺様にあるわけねぇだろォ!!俺はあの“メスガキ”を切り刻んで愉しむまで帰らねぇ!どけよ剣豪、邪魔すんな!!」
殺意を宿した赤い瞳が、まっすぐフィアを射抜く。
フィアは顔にこそ出さなかったが、その全身が恐怖に縛られていた。
「……悪いが、そういうわけにはいかない。この子は俺が保護する。──グライス、彼女を安全な場所へ。」
「グライス? はァ?どこに──」
「はいはいはーい!りょーかいしました、ストレイド様ぁ!!」
突如、光のように現れた女性が声を上げた。
グライス・イルゼ──四英傑の一人にして、治癒と魔術の専門家。彼女は膝をつき、力の抜けたフィアの腰へ手を添えると、柔らかな光が彼女の体に流れ込んだ。
温かく、優しく、川の流れのように穏やかな力。
フィアの指先にまでその温もりが行き渡ると、抜けていた力が少しずつ戻ってくる。
「──よし、これで大丈夫。じゃ、ストレイド様、私と彼女は先に退避しますね。ご武運を。」
「……頼む。」
そう言ってグライスは、フィアを抱え瞬間移動で山頂の避難地へと転移した。故郷を見下ろせる場所。だが、そこに広がっていたのは、崩壊した街と、無惨に散った家族の亡骸。フィアは膝から崩れ落ち、声も出せず、ただ震えた。
──そして地上。
神殺しとストレイド、二つの“異能”が向かい合う。
「チッ、逃げられちまったか。せっかくの獲物がよォ……。ま、四英傑だろうと──」
その言葉が終わるより早く、空気が切り裂かれた。
ストレイドの姿が掻き消えたかと思えば、次の瞬間には神殺しの背後にいた。
音もなく、静かに剣を振り抜き、
舞う血の雫を空へ散らせてから、鞘に収める。
──ただ、それだけ。
「な……に、が……起きやがっ──」
神殺しは腹に手を当てた。
次の瞬間、血が吹き出し、足元が崩れた。
痛みと共に理解した。──今、斬られたのだと。
それが“剣豪”ストレイド・ヴェルリルの一撃。
研ぎ澄まされた極限の剣。斬られた者が気づく暇すらない。
「……人間だろうと異種族だろうと関係ない。正義に躊躇は要らない。お前のような悪はこの世に必要ない。」
「ハッ……ハハッ……やるじゃねぇか……!けどよォ、俺はまだ死んでねぇぞッ!!血は出てるが、生きてる……!仕留め損ねたな、剣豪ォ!!次会う時は、てめぇの首を討伐士共に飾ってやるよォ!!ハッハッハッハ!!」
そう叫び、神殺しは不気味な笑い声を残して闇の中へと消えた。その姿を山上から見下ろしていたフィアは、ただ呆然と息を呑むことしかできなかった。
「……終わったね。やっぱりストレイド様はすごい。神龍を封じた時だって、あの人だけは最後まで互角だったんだから。」
隣でグライスがぽつりと呟いた。だが、フィアの心は晴れなかった。
家も、家族も、帰る場所もない。喜ぶ人々の声が、なぜか憎く思えてしまうほどに。
──どうして自分だけ、生き残ってしまったのだろう。
そう呟いた瞬間、背後から足音がした。
振り返ると、兄を抱えたストレイドが歩いてくる。
「……お兄ちゃん!!あの、兄は……兄は無事なんですか!?」
「ああ、この子は無事だ。すまない。村を見て回って、生きている可能性があったのは彼だけだった。……グライス、頼む。」
「了解!」
兄を仰向けに寝かせ、グライスが治癒の術で全身を診る。しばらくして、静かに顔を上げた。
「……身体は無事。魂もちゃんとここにある。けど──脳の奥が、憎悪で満たされてる。強すぎる怒りが、彼を“縛ってる”感じ。今はまだ眠ってるけど、もしそれが暴れ出したら……。」
「……憎しみと、憎悪……。」
フィアは唇を噛んだ。
守るべき家族を、自分の手で守れなかった兄。その心を蝕むのは当然のことだった。
「……君は、これからどうする? 帰る家も、もう無いだろう。」
「……なんとか兄と二人で生きます。家がなくてもいい。兄が生きててくれるだけで、私は……。」
「──君達、名前は?」
ストレイドは腰を落とし、彼女と同じ目線で問う。
その瞳はまっすぐで、どこまでも優しかった。
「……フィア。兄はクレイです。」
「そうか、フィア。……もしよければ、俺の宮殿で暮らさないか。」
「……えっ……。」
思いもよらぬ言葉だった。
けれど、どこか信じてはいけないような気もした。
なぜこんなにも優しくされるのか。なぜ自分などに。
「俺は、君の家族を助けられなかった。もう少し早く来ていれば、救えた命があったはずだ。……その責任は、俺にある。」
そう言って、ストレイドは深く頭を下げた。
だが、避難民たちは彼を責めるどころか、次々に頭を垂れた。
「──頭をお上げください、ストレイド様。あなたは我々を救ってくださった。失った命は、我らが背負って生きていきます。救われた命のほうが多い訳ですから、どうか、自分に誇りを持ってください。」
その言葉に、ストレイドは静かに頷いた。
「……感謝する。復興の支援は我々で引き受けよう。」
人々がそれぞれの帰路につく中、ストレイドは再びフィアの前に立ち、柔らかく言った。
「──君の兄は、心の闇に呑まれるかもしれない。その時、彼を止められるのは君しかいない。だが、君の身を守るためにも、しばらくはうちで暮らす方がいい。どうだ?」
フィアは小さく息を吸い、真っすぐに彼を見た。
そして、迷いなく答えた。
「……はい。───どうか、よろしくお願いします。」
その声は、確かに震えていた。
けれどその瞳には、もう“生きる”という強い意志が宿っていた。
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