第五十三話『最強の救世主』
同胞たちの断末魔が木霊し、崩れていく故郷。焼け焦げた匂い、崩れ落ちる家屋、血で染まった大地。無慈悲に戦士たちを薙ぎ倒していく“悪魔”の姿が、遠くからでもはっきりと見えた。私たち一般の民は、為す術もなく山の上へ避難し、ただ故郷が壊れていく光景を見届けることしか出来なかった。
最前線では兄が、“悪魔”へと立ち向かっていた。屍を無駄にすまいと、命を賭して戦っている。
その姿は、恐怖よりも痛々しいほどに眩しかった。
「───へぇ?君、結構やるじゃないかァ。俺に一撃も与えられないとはいえ、俺の攻撃を喰らってもまだ立ってるなんてさァ! これは狼族の中じゃ一番手こずりそうだなァ……。早めに始末するかァ」
「はぁ……はぁ…。ひとつ、聞いていいか。お前は、なんで俺達の故郷を襲った。目的はなんだ」
「冥土の土産ってヤツかァ? その獣の姿で情けねェなァ、オマエ。……いいぜェ、教えてやるよ。俺達天道教最高神復活の為に、この狼族の魂が必要なんだよ! 狼族は活きがいいからなァ、人間の魂よりずっと強い魂なんだ。ハッハッハ!! それだけか? って顔してんなァ!! それだけだよ! それだけで何が悪い!! 俺達の目的の邪魔をするやつは全員消す!! 弱い奴らも全員死んでいく!! 滑稽だよなァ! ハッハッハッハッハッハ!!」
「……ふざけるなよ。クソ野郎」
「……あァ? 今なんて言った? ふざけるなって言ったのかなァ? どうしたどうした!? そんなに怒っても死んだ奴らは戻ってこねぇぜ!!! 無駄な体力を使うなよ子犬が!!!」
「……こんな、こんなふざけた目的のために……」
「ふざけた目的? 心外だなァ。俺達は別にふざけてる訳でもバカにしてる訳でもないさ。本当に魂が欲しかったから殺した、それだけだ。それ以外でもそれ以上でもない!!」
「……俺達は、戦闘民族として様々な所に行っては戦ってを繰り返してきた、かけがえのない仲間だったんだ。……そんないいヤツらを、そんな最高のヤツらを……たったそれだけ、たったそれだけのためにッ───たったそれだけの為に!! 同胞たちを殺したのかぁぁぁぁ!!!!」
兄の咆哮が、崩壊の中に響き渡った。怒りと殺気に身を委ね、彼は神殺しへと突進する。だが、それこそが相手の狙い。戦闘IQでは、完全に上をいかれていた。
「ほぅ〜ら、感情に身を任せた獣はただ突っ込むしか無い。だからお前らは弱いんだ。だから全員負けるんだよ。キミも、アイツらと同じ末路を辿るのさ───かわいそうになァ!!」
神殺しの手に、突如として黒鉄の斧が出現する。
兄が渾身の一撃を放つ瞬間、その刃が逆袈裟に閃いた。地を裂く風の音、肉が弾ける音。血が飛び散る。
──倒れたのは、母だった。
兄を庇い、母はその身を差し出していた。
血に染まった毛皮、もう動かぬ体。兄はただ、目を見開いたまま膝をつき、現実を受け入れられずにいた。
「なぜ……戻ってきた。なぜ……庇った。なぜ……倒れている。なぜ……息をしていない……。」
繰り返される“なぜ”が、次第に嗚咽に変わる。
フィア──つまり私は、その光景を見ながら、心が凍っていくのを感じていた。涙も出なかった。現実を受け止めたくないという、防衛本能が働いたのだろう。
「あーあ、完全にぶっ壊れちゃったよ。もはやそのまま壊れててくれよ! 滑稽滑稽! その姿を、あそこにいるおじさんと女に見せてやれよ!! ハッハッハ!! 血縁だったらどんな顔していいか分かんねえよなァ!!!はー、笑わせてもらった。……オマエは興が乗ったから、気絶程度で済ませてやるよ」
神殺しの手が兄の後頭部を掴み、床に叩きつける。
血はあまり出ていない。──まだ、生きている。
だが、悪魔の目がこちらを捉えた。
紅に濡れた瞳が、殺気に光る。
「────さァ、オマエら二人も始末してやるよ。抵抗しないなら楽にイかせてやるけど、どうする?子犬共」
父が一歩前に出て、静かに私を振り返った。
その表情に、覚悟が宿っている。
「────フィア。お父さんが合図したら、真っ先に後ろを向いて逃げなさい」
「えっ…でも、私…」
「いいから。お父さんからの最後の頼みだ。お前だけは、生きててほしいんだ。……何があっても、振り返らずに走るんだ。いいね」
その瞬間、悪魔が嗤った。
「あのさァ、感動的な親子愛を堪能させてもらったところで悪いんだけどさァ? 俺の時間もそろそろ限界なんだ。後は天国でゆっくりと話をしてくれよッ!!」
「───今だ!!後ろを向いて走れ!!!」
父の叫びと同時に、彼は神殺しに組みかかる。
私は這いつくばるように後ろへ逃げようとするが、腰が抜け、力が入らなかった。
「イイねぇ、親子愛だねぇ。そうやって死に抗ってるお父さんと這いつくばる娘。……妬ましいなァ。俺がこの力を手に入れても得られなかったものを、オマエ達は当たり前のように持ってやがる。……でももう時間切れだ。終わりにしようかッ!!!」
───や、やめろ、やめてくれぇっ…!うゎあぁっ!!
また、あの音が響いた。母のときと同じ音。肉が裂ける音。倒れ込む音。振り返らなくても分かった。父もまた、同じ結末を迎えたことを。
涙は出なかった。悲しみすら感じられなかった。
ただ、生きることを諦めた。
神殺しがゆっくりと歩み寄る。
私の瞳に、その赤い殺気だけが映っていた。
「可哀想に、可哀想に。そうやって死に抗うことしか出来ず、抵抗の力も残ってないなんてさァ。でも女だからって見逃す訳にはいかねぇんだ。だって見逃したら、それこそ可哀想じゃねぇかァ。みーんな逝っちまったんだから。オマエもゆっくりあの世へ送ってやるさァ」
もう、何も聞こえなかった。私の人生──なんだったんだろう。走馬灯すら流れない、空っぽの人生。
せめて、誰かに色をつけて欲しかった。
目を閉じ、死を受け入れたその瞬間──
『──────そこまでだ。』
低く、しかし確かな声が響いた。誰かが来た。……けれど、勝てるはずがない。
そう思いながらも、私は最後の力で振り返る。
赤く長い髪。逞しい背中。腰には剣。
和装のような衣を纏った、見知らぬ男。
「─────ここから先は、俺がお相手しよう」
「おいおい、邪魔してんじゃねぇよ。いま俺がちょーどそのガキをぶちのめそうとしてたのにさァ、わざわざ横から割って入ってきて相手しようだァ? どれだけ自分勝手なんだよテメェは、名前も名乗らねえ奴に興味もねぇよ!!」
「確かに、最初に名前は名乗った方が良かったかな。」
男は静かに剣を抜く。
ただ抜刀するだけで、大地が揺れ、空気が震えた。
世界が一瞬、息を呑んだような静寂。
刃先が神殺しを指し示す。
『────かつて日本を襲った最凶最悪の龍、“神龍”を封印した四英傑の一人にして、剣術を極限まで磨き続けた剣士─── 『剣豪』ストレイド・ヴェルリル。俺が来たからには、これ以上の悪事は、防がせてもらう。』
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