第五十一話『天から授かりし炎の力』
「───はぁ〜、気持ちいいなぁ。久しぶりにこんな立派な風呂入った気がするぜ。」
食事を終え、男女で順番に風呂に入ることになった。
脱衣所からして広く、期待値はMAX。だがその期待を悠々と超える広さの浴場に、露天風呂まで備えられている。まるで温泉旅館のような開放感に、深海は思わず長湯してしまっていた。
湯に浸かりしばらくした頃、脱衣所の方から──ガタン!と大きな物音が響く。反射的に身構え、湯の中へ潜り、顔だけ出して様子をうかがった。
「───ご一緒していいかな、深海。」
「あ、ストレイドさんか。ビックリさせないでくださいよ。女の子だったらって、ヒヤヒヤしてましたよ。」
「君、もしかして期待してたのか?」
「い、いやいやいや!そんなわけないじゃないですか!」
冷静を装いながらも、内心ではドキリとしている。……男だから、というだけじゃない。元・可愛い女の子に貢ぐ系オタクとして、少しは夢を見たい年頃なのだ。
「まぁいいさ。隣、失礼するね。」
ストレイドが湯に入ると、しばしの沈黙が流れる。
湯気の中、話を切り出したのは深海の方だった。
「───そういえば、ストレイドさんはどうして『剣豪』って呼ばれるようになったんですか?」
深海は、ストレイドの“強さ”の理由が知りたかった。彼がどんな道を歩き、どうやってあの境地にたどり着いたのか。純粋に、それが気になった。
「そうだな。…話せば長くなるが、簡潔に言えば“努力をやめなかった”ってところだな。もちろん俺は、多少の才能にも恵まれたと思うが、俺は俺なりに剣を磨き続けた。それが今の強さに繋がっている。……それと、命を懸けて守りたい人ができれば、人は自然と強くなる。」
「……だとしても、正直ストレイドさんの強さは異常レベルですよ。どうしてそこまで強くなれたんです?」
「……勝ちたい相手がいたんだ。生涯を懸けても勝ちたいと思えるほどの相手に出会って、その人に追いつくために、ただひたすら剣を握っていた。……けど、その人は俺から離れていった。だから結局、一度も勝てなかったよ。……女性だったんだけどね。」
深海は言葉を失う。“倒したい相手がいる”という点では自分と似ている。だが、込められた意味が違う。
自分は憎しみと怒りのため。ストレイドは尊敬と想いのため。
寂しげに語るその横顔に、何も言えなくなる。
沈黙を破ったのは、またストレイドの方だった。
「────俺の勝ちたかった…そして守りたかった人は幼馴染で、自然と動物を心から愛せる優しい女性だった。……でもある日、彼女は“炎の導き”を授かってしまった。」
「炎の導き……?」
深海の知る“天の導き”は、水と雷だけ。
初めて聞く言葉に、自然と疑問が口をついた。
「オレ、『水の導き』とか『雷の導き』は知ってますけど、『火の導き』じゃダメなんですか?なんで“炎”なんです?」
「……本来、“天の導き”は一種しかなかった。だが時を経て派生が生まれ、“火の導き”が最初の分岐となった。だから俺たちも最初は、彼女──一星灯花──が火の導きを授かったんだと思っていた。だが違った。彼女の力は、あまりに強すぎた。」
ストレイドは目を伏せ、唇をかみしめる。
「────彼女の炎は、ただ熱を失うだけじゃない。触れた“生あるもの”を、骨の髄まで焼き尽くす『無慈悲な炎』だった。」
「無慈悲な……炎。」
「その強大さゆえに、政府が新たに名付けた名が“炎の導き”。……灯花は人も動物も花も、触れただけで燃やしてしまう存在になってしまった。……それが、あまりにも残酷だった。」
湯気の向こうで、ストレイドの瞳が揺れる。
“天の導き”は授かるまで、誰もその本質を知らない。
望まずして力を持ち、運命に翻弄される者もいる。──灯花も、きっとその一人だった。
「……すみません、余計なことを聞きました。……でもオレ、ストレイドさんの強さは本気で尊敬してます。だからこそ、オレも強くならなきゃいけない。ベンケイを倒すために。」
「───君は、強くなるよ。これからもっと。……不思議とそう思うんだ。深海には“英雄の素質”がある。」
「オレにそんな……期待しないでくださいよ。オレは英雄なんかじゃ……。」
「そうだ、俺からも聞きたいことがある。」
「なんでしょう?」
「────フィアのこと、どう思ってる?」
「どうって……?」
「単純な質問さ。今日一日一緒に過ごして、素直にどう感じた?」
「───そうですね。狼と人間のハーフで、戦いを好まない戦闘種族。兄が“暴れ馬”って症状になってるくらいしか知らないですけど……印象で言うなら、顔とメイド服が可愛いってことくらいです。」
「そこまで知ってたか。……じゃあ、彼女の過去までは知らないんだな。」
「ええ、話してくれようとした時に兄さんが暴れ馬になって、それどころじゃなくなりました。」
「……そうか。彼女の過去は、聞けば胸が痛む話だ。親も友も奪われ、唯一残った兄は暴れ馬。俺は二人を保護した身として言うが──フィアは今、過去を受け入れて前に進もうとしている。どうか、その行く末を見守ってやってほしい。」
「……もちろんですけど、なんでオレに?」
「────フィアは、君のことを気に入ってるからだよ。まだ会って一日も経っていないのに、あそこまで心を開いたのは初めてだ。だから、これは俺からのお願いだ。」
フィアの心の奥まではまだ分からない。
だが、彼女が変わろうと懸命に歩いていることだけは、ストレイドの言葉で理解できた。
「────分かりました。」
「そう言ってくれると思っていた。ありがとう。……じゃあ俺はこの辺で。続きはまた今度だ。」
ストレイドが去り、湯気の中に一人残される。
深海は、湯の温もりに包まれながら思索に沈んだ。
「────今回分かったのは、“無慈悲な炎”を持つ一星灯花さんという存在と、フィアの過去が想像以上に重いってことだな。……灯花さん、今どこにいるんだろう。……いや、聞けるわけねぇか。」
湯を出て時計を見ると、23時を回っていた。
静まり返った宮殿を歩き、自室へ向かう途中──
螺旋階段を登った先、自室の前で体育座りのまま寝落ちしている少女の姿があった。
「────こんな所で何してんだ、愛菜。」
「……ふわ……シン、くん? ハッ!? やばっ、私寝ちゃってた!? い、今何時!?」
「十一時半。こんな寒いとこでずっと待ってたのか?」
「う、うん。シンくんに、ちょっと話したいことがあって……。」
「オレに?珍しいな。……取りあえず寒いし中入れ。」
彼女を部屋に招き、椅子を勧める。
少しの沈黙ののち、愛菜が口を開いた。
「────あのね、シンくん。もし、もしもだよ?……もし記憶喪失前の海宮愛菜が戻ってくるって言ったら、シンくんはそれを望む?」
不意を突かれ、深海は言葉を失う。
だが不思議と、答えはすぐに出た。
「────そうだな。望んでないとは言わねえ。けど……オレはどっちの愛菜も好きなんだ。今のも、昔のも。どっちかがいなくなったら、きっと寂しい。だから、オレは両方を失いたくない。──これはわがままかもしれないけど、これ以外に答えは出ねえんだ。」
「……ふふっ。やっぱり、そう言うと思ってた。でもいざ言われると、やっぱり嬉しいね。」
愛菜はそっと胸元に手を置き、深海に寄り添う。
夜の静けさの中、互いの鼓動が近づく。
「当然だ。そのためにオレは強くなってる。これからもずっとな。だから、どっちかが消えるなんて絶対に許さない。」
「……ふふっ、やっぱり心強いね。シンくんの言葉。」
しばしの静寂。
やがて愛菜は「話を聞いてくれてありがとう」と微笑み、部屋を後にした。深海はその背を見送りながら、胸の奥で静かに誓う。
──どちらの彼女も、絶対に守ると。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
『────さて、無事に集まったな。分かっていると思うが、これより“東商大量虐殺計画”最終フェーズに入る。目的は言わずもがな──人間の亡骸と魂を大量に集めることだ。準備は整っておるな?』
闇に包まれた円卓の間。
ボイスチェンジャー越しの声に、七人の幹部が応じた。
「ハッハッハ!人間の大量虐殺だァ?“神殺し”の名に似つかわしくねぇが……どうせなら討伐士本拠地をぶっ潰した方が早ぇだろうが!」
「少し静かにしろ、神殺し。……だが俺も同感だ。大量虐殺には興味はない。ただ、奥寺という女だけは、この手で仕留める。それだけだ。」
「ワタシハトクニフカイハナイ。アナタサマガノゾムナラ、ワタシハスベテヲササゲマス。」
「ククク……いいじゃねぇか、殺戮は血が滾る。完膚なきまでに叩き潰し、愚民共に恐怖を刻む。戦いってのは、そうでなきゃ面白くねぇ!」
「私は愛を壊すことなど本来好ましくないのですが……。この世に満ちる“愛”を、皆様にも理解していただければ嬉しい。愛を与え、愛を受け入れ、愛に生きる──それこそが人の証ですから。」
「アタシはもちろん賛成さ!薄汚ねぇ人間どもを完膚なきまでに叩き潰せるなんて最高じゃねぇか!」
「───私は、すべて天道教に従います。この“炎の力”を以て、目的の成就に貢献しましょう。……いずれはこの力で、世界をも──」
不気味な笑いが満ちる密会の間。
天道教最終フェーズ。そして──東商討伐士との戦いの火蓋が、今まさに切られようとしていた。
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