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そして君は明日を生きる  作者: 佐野零斗
第四章『新たな出会いと戦士の覚悟』
51/79

IF 外伝 I『復讐に堕ちる一人の青年』

※このお話は第九話『天に愛された最強』から分岐するIFルートとなっています。まだそちらの話を読んでいない方は先に第九話をお読みになってからご覧下さい。

 これは、有り得たかもしれない空想の未来。

 本世界の軌道から少しズレた物語────



 ── どれだけ自分を恨んでも、どれだけ自分の弱さを実感しても、彼女は戻ってこない。


 彼女は、永い永い眠りについたのだから。

 彼女は永遠に目覚めることの無い "眠り姫" になった。いや、なってしまったの方が正しい。


「……まぁ、深海。確かにあの時助けは来なかったが、ワシらが助かっただけでも幸運じゃとは思わんか?あやつ、ベンケイはとても勝てる相手じゃない。ワシらがたまたま運よく見逃された。つまりは、生かされた命なんじゃ。じゃから────」


 宥めるように師匠が言う。

 分かってる、分かってるんです。そんな事。でも、俺の中の "ナニカ" が、胸を引きちぎって来るような、そんな痛みに襲われる。


「分かってますよ。俺は生かされた。そんなの分かってます。でも、俺が生かされたのには理由がありますよね。」


「理由…じゃと?」


「当然だろ。俺が生かされたのは、ベンケイを殺せ。という神からの命令だ。そうに違いねえよ。」


「…深海、お前──」


「師匠、世話になったな。もうあんたに教わることも、教えられる事もねえ。俺はこれから1人で行動する。──いや、"2人で" 行動する。今までありがとよ。じゃあな。」


 彼女の亡骸、遺骨をリュックにしまい家を出る。師匠の顔は見ずにそそくさと。

 青年は今、こんな所で修行などやっている暇はない、今すぐにでも、あのデカブツを殺したい。そんな感情しか湧いてこなかった。


 場面は移り、都心部に場所を移した。

 人が大勢溢れる中、盗賊の中で情報屋という看板を掲げ商売している男がいた。

 その男に奴の情報を聞いてみることにした。


「───おい、そこの男。」


「んぁ?なんすか?」


「情報屋なんだろ?天道教の奴らはどこにいる。」


「あーあー天道教ね、教えてもいいけど、先にお金を払ってもらわねえとな、」


「──ちっ、ほらよ。」


 一応、少しのお金はあった。

 特訓してた頃にちょくちょく師匠から貰っていた小遣いを貯めていたおかげで。


「はい、まいど。じゃあ教えよう。天道教の奴らはこの都心区の近くにいる、可能性がある。そして、天道教の奴らは夜にしか現れない。らしい。───俺が知ってるのはこのくらいさ。」


「……は?」


 有益な情報は何一つない。

 そんなのネットで調べればすぐに出てくるような内容ばかり、コイツはダメだ。殺意が湧いてくる。

 俺は、その衝動を抑えられなかった。



「──そうか……死ね。」



 グシャッと彼の喉元が切れる音が聞こえ、血を流し倒れる情報屋。

 人々の悲鳴が聞こえる、人々の逃げ惑う足音が聞こえる。この時、初めて人間を殺害した時瞬間。何故か、気分が良かった。スッキリした。


「取り敢えず、金奪って逃げねえと。」


 情報屋の遺物から金と使えそうな物を盗み、走って逃走した。すぐに討伐士が来ることは予測済みだったが、俺はとにかく走った。


 走って走って───

 絶え間内ほどに走りまくった。


 そして、都心区から少し離れた馬小屋のような場所についた。

 明らかに誰も使ってなさそうな雰囲気の場所、身を隠すのにはちょうどいい。


「……ここにするか。」


 ずっと走った影響で疲れが溜まり、すぐに眠気が来た。

 辺りを見ると藁が多く積まれているところを発見し、そこへ移動し横になる。

 リュックから彼女の骨が入った袋を取り出し、抱き締めながら寝る。


「──愛菜、俺は幸せだよ。お前と一緒にいれて、ずっとお前の隣にいれて。これからは、お前の復讐に専念する。……俺はずっと、お前の味方だ。」


 出会ってからずっと隠していた密かな恋心。

 彼女の存在が亡き今、隠す理由もない。

 それが例え、亡骸であったとしても───

 彼の愛は、変わらなかった。




 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※




 あれから数日が経過し、彼はずっと使ってない馬小屋で生活しながら身を潜め、都心に行く時もフードをかぶり目立たなくして、路地裏で人を見つけては殺して金を奪う。


 そんな、人の理を外れた生活を送っていた。


 ある日、都心で情報を探っていると。


「──なあ、聞いた?」


「なになに」


「明日の夜、あの有名な『天道教』の奴らが東商のとある村にに来るらしいぜ。」


「えっ、マジで?結構大胆じゃん。」


「なんか噂によれば、そこでしか手に入らない物があるらしいぜ?」


「そりゃ確かにあの宗教団体も気になるわな。」


 有益な情報を耳にした。

 そこで俺は彼らに詳しく話を聞く事にした。


「───よお兄弟。さっきの話は本当か?」


「お?よっ兄弟。ああ本当だ。東商のとある街なんだが、ここから割と近いから、興味あるなら行くといいぜ、マップ送信しとく。」


「助かるよ、ちなみに。この近くで武器を売ってる場所って何処だか分かるか?」


「この近くだと、あそこの通りを左に行くと丁度品揃えのいい武器屋があるぜ。」


「何から何までありがとう兄弟、それであと最後にひとつ聞きたいんだが、───お前ら、爆薬とかって、持ってないよな?」



 その夜、誰もが寝静まる時間帯。

 静寂な空気を破壊するかのような爆発音、人の肉が焦げる匂い、建物が燃え広がる光景。


 彼は、武器屋に侵入し、使える武器を全て盗み、証拠隠滅。爆薬で店ごと爆破させた。


「───決行は明日の夜。ベンケイを殺害し、この腐った世界から去る。それが、俺がここに生きる理由だ。……愛菜、待ってろ。もうすぐ悲願が叶う。」


 彼女の亡骸を抱える一人の青年は、明日に向けて万全な準備と計画を練っていた。

 その時、思わぬ来客が来る。


「───よお兄弟。後を追って来たらこんな所にまで来ちまったぜ。」


「お前は……昨日の。…もう1人はどうした。」


「…… アイツは、もう死んじまった。突然の出来事で、俺も現実を受け止められねえよ。」


「…………そうか、悪い。」


「気にすんなよ兄弟。アイツも余生をしっかり生きたんだ。それだけで俺はアイツを尊敬してる。だから、あいつの分俺は生きるって決めたんだ。」


「すげぇよ。そうやってすぐ気持ち切り替えられて、……俺には、出来ねえから。」


「…その骨、…………そうか、大体は察せられる。…お前は明日、天道教の奴に決着つけに行くんだろ。その重装備を見ればわかる。」


「嗚呼、これは俺の宿命なんだ。きっと、神がこうしろと命令してるかのように、すらすらと頭に思考が浮かんでくるぜ、」


「……そっかあ、兄弟も兄弟で大変なんだなぁ。……よし、俺も手伝うぜ。」


「…何言ってんだ、俺が行くのは過酷な道だぞ。この世界の敵になってもいいって覚悟でやってんだ。お前に…そんな重荷。」


「んなのいいってことよ、どうせ今の俺には、なんにも目的とかねえんだからよ。だから俺に目的を、生きる意味をくれよ、兄弟。」


「……なんでそこまで。」


「お前が俺らに話しかけた時、その目の奥に覚悟が見えた。……その覚悟に惚れてな。だから、お前の覚悟を、俺にも背負わせてくれ。」


「……分かった。だが、無茶はするな。俺も一応情は持ち合わせてるつもりだ。無理なら引き返せ、俺はベンケイを始末する。」


「…… 天道教、鉄壁のベンケイか。アイツはしぶてえぞ。絶対に一撃じゃやられねえ。」


「だから、俺の考えたこの作戦だ。これなら、アイツは首どころか全体全て爆裂する。」


「なら俺は、ベンケイ以外のやつがいた場合の足止め要因だな。」


「悪いな。本当に、こんな私情に巻き込んじまって。」


「気にすんな兄弟。任せてくれよ。俺がやりたくてやってんだ。兄弟は自分の使命を達成しろ。」


 男二人の固い握手、同盟を誓った仲間2人。

 寝て起きると決行日という、緊張感が漂う中、2人は藁の上で、作戦をしっかり練った。




 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※




 討伐士達に見つからない様に夜まで身を潜め、時刻は22時を過ぎた頃だった。


 天道教の奴らが来る予定時間にさしかかり、俺達は準備するべく先に村へ到着していた。


「予定では、この付近に天道教の奴らが来る。兄弟、作戦通り頼むぜ。」


「任せろ兄弟。…愛菜ちゃんのためにも、しっかりと遂行しねえとな。」


 刻一刻とその時を草陰で待ち続ける。

 数時間が経過した時、ついに奴が姿を見せた。ワープのような渦が発生し、そこから出てきた巨体。俺の大切な人の命を奪われたあの瞬間。忘れもしないあの瞬間。思うことが沢山あるのは当然だ。


「来たぜ兄弟、あれが "鉄壁のベンケイ" だ。お前の作戦通りに行くぜ。」


「嗚呼、頼むぜ。兄弟。」


 彼の作戦は至ってシンプル。

 隙をついて後ろからその身を焼き焦がす。作戦名を付けるのなら、『後ろからドカーン吹っ飛ばし大作戦!』なんて、可愛いもんじゃない。


 まず、兄弟が草陰で物音を立てて視線を向けさせ、油断しているところの背後から俺が大量の爆薬を包んだ手榴弾を投げ、ベンケイの体に当たった瞬間に爆裂する。

 そんな感じだ。

 実際、可能性は大いにあった。

 これから、奴を仕留められる。その自信が物凄く湧いてくる。


「──じゃあ、行くぜ兄弟。」


「おう、頼むぞ。」


 俺が遠回りに足音を立てずに走る。

 所定位置に着いたら携帯で兄弟に合図をする。


「───よし、今だ。」


 ガサゴソ、ガサゴソ。

 草陰が不自然に揺らめく様に、天道教の奴らも気になったのだろう。


 その場には、"鉄壁のベンケイ" の他に2人居たが、俺の目的は奴だけだった為どうでもよかった。


「──おい、あそこでなんか物陰が見えるぞ。」


「あ"ぁぁぁん?気のッせいだろぉ!こんな深夜に草の中隠れてる奴なんざァ、変なやつなんだからほっとけやァ!」


「デモ、タシカニキニナル。アノカゲ。」


「───"神殺し" 、ちょっと様子を見てこい。」


「テメェに指図される義理はねェぞ鉄壁ィ。…チッ、仕方ねぇなァ!何もなかったらブチコロスからなァ!テメェの事ォ!」


「ワタシモイコウ。ドウセナニモナイトオモウガナ。」


 完璧な作戦だった。

 ベンケイが待ち、他のモブが様子を見る。

 奴が1人になった瞬間を待っていた───



『────死ね。ベンケイ。』



 後ろから、思いっきり殺意を込めてナイフで胸らへんに貫通させ、手榴弾を投げ爆発させた。

 爆発した時の爆風で軽く吹き飛ばされたが、明らかに殺った感触があった。


 ───爆風が無くなると、辺り一帯が更地になるほどの威力故に、更地になった真ん中に倒れる巨体の姿があった。


 俺の悲願が達成された。

 だが何故だろう。喜びの感情は湧いてこなかった。


「あれぇ?ベンケイが死んでるよォ。俺達が目を離してたウチにさァ?」


「バカナヤツダ、ユダンスルナンテナ。」


「やった、やったぞ兄弟。」


「正直ぃ?ベンケイを不意打ちで仕留めたアイツに興味はあるんだけどさァ?俺はあの有名な "神殺し" さ。無作為に命を奪う奴には断罪を下すのが俺の使命さァ。」


 神殺しからしたら、俺の目的など知ったことでは無いはずだ。そして知ろうともしないだろう。

 故に、俺がこうして神殺しに狙われるのは確定事項だった訳だ。


「おい "レイシア" 。オマエはベンケイの遺体をあの方に届けろ。俺はワープさせなくてもいい。自力で帰れるからなァ。」


「ワカッタ。オマエモ、ユダンスルナヨ。ワタシハナニモキニシナイガナ。」


 人型AIの"レイシア"と呼ばれていたロボットがベンケイの遺体に手を置き、一瞬にして移動させた。そして自分自身も直ぐにスンと姿を消した。


「さてェ、アイツとオマエ、どう料理してやろうかなァ?ア、間違えた。"断罪"だったなァ?ウッヒャヒャハャハビヤビャ!!」


 汚い声で嘲笑う彼、

 前髪が貞子のように長く、目がほとんど見えないが、若干見える赤い瞳には、溢れ出るほどの殺意が感じられる。


 こいつが、"神殺し" 。


 俺は察した。俺達は今此処で、奴に殺される。


 俺は、そう考えた瞬間、自然と言葉が出た。


「───待て、神殺し。頼みがある。そこの草影に隠れてる、俺の大事な兄弟だけは見逃してやってくれないか。」


 俺は、ほんの数日だけだったが、愛する彼女を失って、彼から初めて人の温もりを感じた。

 彼には、報われて欲しい。

 そう心から願うようになった。


 俺の心は既に真っ黒に染まっていたはずなのに。俺の気持ちは揺らがなかった。


「兄弟……!!お前!!」


 彼が、草陰から姿を見せた。


「…………兄弟、そういえば、聞いてなかったな。兄弟の名前、聞かせてくれないか。」


 彼は唇を噛み締め、少し泣きそうな、悲しそうな顔をして、ぼそっと呟いた。


「…… 、" ソシウス " だ。」


「ソシウス、か。……ははっ、いい名前じゃねえか兄弟。ありがとな。こんなくだらねえ計画に、付き合ってもらってよ。明らかに俺一人じゃ、失敗してたかもしれねぇ。」


「俺は、お前のためにやったんだ!お前はあの時路地裏で、覚悟が決まった目を俺に向けた!俺はそれがなんだか男らしくて、直感的にかっけえって思ったんだ。だから俺がしたくてやった事だ!俺も一緒に罪を背負う責任があんだよ!!!」


 声を荒らげ、夜の静かな空気を変える。

 その言葉にただ直感的に、嬉しかった。

 彼の言葉に、胸が暖かくなる。


 ───嗚呼、やっぱり生きてて欲しい。

 彼には、幸せになって欲しい。


「……俺からも、聞かせてくれ兄弟。……お前の名前は 。」


「────小柳、深海。」


「深海、か。… 深海、俺は────」


「はーい!そろそろ時間切れェ!さァ死ぬ準備できたァ?深海クゥン。」


「悪ぃなソシウス。もう時間がねえみてえだ。…今すぐ、走って逃げろ。そして……」


 彼はすぅっと息を吸うと、大きな声で──


「お前は良い奴だから!!絶対!!幸せに生き抜いてみせろよぉぉぉ!!!!!!!」


 彼はその言葉を聞くと、後ろを向いて走っていった、その後ろ姿を見て、少し寂しい、切ない気持ちになった。


 と思ったが、彼が立ち止まり、後ろを向く。


 そして、俺の言葉に返すように一言───


「お前も!!絶対良い奴だから!!幸せにならねえと許さねぇからなぁ!!来世で会おうぜぇ!!!!」


 バカだな、来世なんて…なんて思いながらも。俺の目尻からは、涙が零れ落ちた。


 何故だか分からない、意思に反した涙。

 その涙を拭うことはしなかった。


「いいねェ、これこそ友情だなァ。俺も少し感動しちまったよォ。ウンウン。でも仕方ないよねェ。自分の行いで人が死ぬんだからァ、残酷な世界だよねェ。ア、でも殺そうとしてるのは俺かァ、アハハハハ!!!」


 彼が、何処からか分からないが斧を転移させ、思い切り振りかぶろうとしている。


 俺は、この瞬間に走馬灯を見る。

 父親との記憶、母親との記憶、弟との記憶、飼っていた犬との記憶、小学校の記憶、中学校の記憶、そして、愛菜との記憶────



 走馬灯が途切れる、生が無くなる。

 命が零れる、血が無くなる。脈動が止まる。


 俺は、首を落とされたらしい。

 その瞬間に、鎖から解き放たれたような開放感に包まれ、気持ちが良かった。


 これで俺は、めでたく地獄行き。なんて、そんな事を覚悟していると、急にふと意識を取り戻した感覚になり、目を開ける。


 そこに広がっていたのは、真っ白な空間。

 先が見えない真っ白な空間に、俺が居る。

 足の感覚がない、地面に立っている感覚がなく、動けはするのだが、違和感だ。


 目的地が無い俺は、ただ方向も分からず前に進むしか出来なかった。

 真っ直ぐ進み、ゴールなど無いのは直感でわかってるはずなのに、俺は進まなきゃ行けない気がした。


『───シン、くん』


 聞き覚えのある声が聞こえた。

 後ろにいるのか、前にいるのか、左右にいるのか。それさえ分からないが。


 彼女の声が、はっきりと聞こえた。

 俺も彼女の声に応えたい。そう思っても口が動かない。彼女の言葉に、返答出来ない。


『──んくん!』


『──────シンくん!!!!』


 彼女の大きな叫び声と共に、パッと再び目が覚める。目を開けるとそこに居たのは───



『───もう、心配させないでよ。シンくん。』


 目の前に、居なくなったはずの彼女がいる。

 今の光景はまるで、あの時のようだった。


 師匠にボコボコにされたあの時、意識が戻った瞬間泣きながら抱き着いてきた、あの時のような光景だ。懐かしさすら覚える。


 彼女が目の前にいる、それだけで幸せだ。

 彼女が見れてる、彼女に触れられる。彼女が、彼女が、彼女が──────


 体が、勝手に彼女を求め、久しく会って早々に抱き締めてしまった。


「───愛菜…!…… 愛菜!!」


『──うわっ、シンくん…!?…ふふっ、やっと名前、呼んでくれるようになったんだね。…久しぶりだからなんか照れるけど、凄く嬉しいよシンくん。』


「愛菜が…愛菜が居る……俺の……目の前にっ…居るよぉ…、愛菜が、愛菜がぁ…!!」


 その姿はまるで子供のように、わんわん泣き喚いていた、彼女は彼からの急な抱擁を受け入れながら、彼の髪を撫で、ぎゅっと強く抱き締め返す。


『よしよし、辛かったね。一人で抱え込ませちゃったよね。… ごめんね。傍に居てあげられなくて。』


「謝らなくていい…っ、今こうやって、君が隣に居てくれてる…目の前で抱き締めてくれてる…!それが…それがっ…今何より…嬉しい…。」


『私も、あそこで死んじゃうとは思わなくてさ。本当ごめんね。……実は、ずっとシンくんの事、ここで見てたんだ。シンくんがどんな生活をしてるのか、どんな道を辿るのか、気になっちゃって。…… 正直、少し怖い部分もあったけど、でもそれは、シンくんが私の為にって行動してくれたんだよね。』


「嗚呼、俺は最低だ。人を殺した、罪のない人も関係なくだ。盗みや詐欺、爆破事件も起こした…、俺はもう立派な重罪人だ。」


『シンくん、あのさ、…… "最後" に、伝えたい事があるの。』


 彼女から出た "最後" の言葉の意味。

 彼はそれに疑問を抱き問い返す。


「おい、待て……最後って……。」


『……私ね、さっき閻魔様に言われたんだ。私たちの運命を2つから選べって言われて、ひとつが "私を天国に連れて行って、彼を地獄に落とす" もうひとつが、"私と一緒に、この人格を消して生まれ変わるか" このふたつ。……私は、迷うこと無く後者を取った。生まれ変わるって事は、今の "海宮愛菜" という人格は完全に消えちゃうから 。だから最後。』


「…意味がわからねえ…、じゃあ …… お前は、天国で暮らして幸せになれたはずなのに…生まれ変わることを…選んだのか?」


『まあ、そんな感じ…。』


「なんで…なんでだよ…!!俺は地獄でいい!俺は沢山悪いことをしてきたんだ!地獄にいる覚悟だってあった!愛菜は幸せになるべきだ…!!俺と一緒に生まれ変わるなんてそんな事!!」


『私ね、貴方と一緒に居たいの。それが例え、海宮愛菜としてじゃなくてもいい。どんな人間でもいいから。あなたと一緒に居たい。それが何より幸せだから。』


「なんでだよ…俺は、お前に塩対応ばっかしてきただろ!名前だって今回が初めて呼んだし、普段お前が絡んでくる時も、俺は塩対応ばっかしちまってた。なのにどうして…」


『そんなの、"あなたが、初恋の相手" だからに決まってるじゃん。…言わせないでよ、バカ。』


「……初恋の相手だからって……!」


『初恋の子って、なかなか冷めるの難しいの!ずっと想い続けるもんなの!もう、本当に女心分かってない!バカバカバカっ!それに、塩対応とは言ったけど、私はずっと好きでい続けたんだよ。嫌な事ばかりじゃない、むしろ楽しいことも沢山あった。だから私は、シンくんと一緒にいたい。シンくんと寄り添いたいって思ったの。…… だから、シンくん。最後に、私の話を聞いて欲しい。』


 俺は、頷くしか出来なかった。

 もどかしさ、悲しさ、悔しさ。

 様々な感情が入り浸る中、彼女の、"最後"の言葉を聞く事にした────


『じゃあ、話すね。…まずは幼稚園の頃、私の事を助けてくれて、ありがとう。あの時は本当に、シンくんがヒーローみたいに見えて、あの日から私はあなたに恋をした。いわゆる初恋。その瞬間は、はっきり覚えてる。


 小学校に上がって、なかなかクラスに馴染めない私に、不器用ながら気を使ってくれて、手を差し伸べてくれてありがとう。あれが無かったら、私は絶対に孤立してたと思うし、学校を心から楽しいと思えてなかったから。本当に感謝してもしきれない。


 中学校に上がっても、変わらず私と仲良くしてくれてありがとう。きっとシンくんに、反抗期と思春期があって、女の子の事を別認識する時期なのに、私の事を見放さずに居てくれて、嬉しかった。まぁ、嫌々付き合ってくれてた時もあったけど、でもそれも!いい思い出!なんて…


 で、高校に上がってさ、私達凄く成長して、もう立派な大人だねーなんて話してたの覚えてる?あの時、シンくん私に向かって、「お前はまだちんちくりんだろ。」ってボソッて言ったの、忘れてないからねっ…!……でも、そんなくだらない日々の会話も、私は凄く楽しかった。あなたと話すと、高確率で笑いが生まれてたから、2人で笑い合う時間が多かったから、本当に楽しかったんだよ。


 他にもさ、一緒にゲーセン行ったり、一緒にカラオケしたり、一緒に勉強したり、一緒に2泊3日のお出かけしたり、色々あったよね。あの時さ──── ( あれ、なんで私泣いてるんだろう。なんで、涙が零れちゃうんだろう。彼との思い出を振り返ってるだけなのに、泣くな私…っ…!シンくんを困らせちゃう。堪えろ私っ……。)


 ───それで、その…えぇっと。………すぅ、ふぅ。…… よしっ!────私は、シンくんの事が、ずっと、ずっと、ずぅぅっと!大好きだよ…!!どんな姿になっても、どんな人格に生まれ変わろうとも、海宮愛菜が消えても、私はずっとずーーっと!!シンくんの事が大好きだから…!!


 こんな子供っぽくて、ノリが鬱陶しい私と一緒に居てくれて、本当にありがとう…!!十何年間の短い命だったけど、本当に幸せだったし楽しかった……!!…あなたが、シンくんが居たから……私は、心から笑えたんだよ…!!心から、幸せだったんだよ!!心から、あなたが大好きだったんだよ!!…良かった。やっと、最後に言えた…。』


 "笑えた" なんて言葉では言ってるものの、今は涙を堪えるのに必死で 、涙を孕んだ目で笑顔を作って話している 。そんな彼女の涙と熱い演説に釣られるように、俺も涙を流した。


 これが紛れもない、 "海宮愛菜" の本心。

 俺も言わないといけない。彼女ほど振り返れるほどの余裕は無いにしろ、俺も言わなければいけない事がある。

 しっかり伝えないと、この "小柳深海 " という人格が消える前に─────


「俺は、極悪人だ。復讐に燃えて、多くの人を殺して、幸せを奪った身だ。そんな俺に愛菜は、勿体ないほどの愛をくれた。…俺は、そんな真っ直ぐで、素直で、可愛くて、時に真面目で愛嬌のある愛菜が。心から、大好きだった。あの幼稚園の時から、俺も愛菜と同じでずっと、"あなたの事が好きでした" ……悪い、泣き過ぎて頭回ってねえから、愛菜みたいに辿れねえや…ははっ。」


 愛菜は少し俺の言葉を聞くと、堪らなくなったのか、俺の事を正面から抱き締めた。

 服が涙で染みるのを実感しながらも、俺も彼女と同じくらいの力で、抱き締める。


 俺たちは死んで霊体になっているはずなのに、こうやって今、2人で抱き合えている。

 きっとこれが、この状況が、俺達への"最後のプレゼント"なのだろう。


 感謝してもしきれない。

 だって今この瞬間に、大好きな人と一緒に居れて、気持ちを共有して、こうして体を合わせる事が出来ているのだから────


『…… ふふっ、あったかいなぁ、シンくんの体温。…私達、死んじゃってるはずなのに、シンくんの体温、凄くあったかい。』


「愛菜も、凄くあったかいよ。… いい匂いだし、やっぱりちっちゃい。」


『いい匂いは恥ずかしいし、ちっちゃいは余計…!』


 彼女がムスッとした顔で俺を見る。

 俺のこの十数年の人生の中で、今この瞬間以上に幸せな事なんて絶対になかった。


 こうして、ずっと一緒に居たかった。

 俺達はこれから生まれ変わって、別の人間として転生し生きていく。

 転生してから愛菜と出会える可能性なんて、恐らく極わずかしか無いと思う。


 だけど不思議と、また会える気がするんだ。

 根拠も無いし確信もないけど、なんとなくそんな気がするんだ。


『そろそろだね、きっと。』


「そうだね。…愛菜、怖い?」


『ううん、怖くない。あなたと今こうやって一緒にいて消えれるなら。怖くない。』


「そうか、なら良かった。」


『… ねえシンくん、さよならする前に一個、お願いごとしてもいい?』


「もちろん、なんでも言ってみろ。」


『シンくん。生まれ変わったらさ。私の事、お嫁さんにしてくれる?』


「…!…嗚呼、もちろんだ。俺から愛菜にお願いしたいくらいだよ。そん時はしっかり男としてプロポーズして、愛菜と一緒に幸せに暮らすさ。」


『…ふふっ、嬉しい…嬉しいなぁ…。じゃあ未来の私は…きっと幸せものだね。』


「俺が、次は絶対にお前を幸せにしてやるからな。約束だ。だから、また会おうぜ。」


『…うん!また会おうね!』


 愛菜と最後の約束をして、消える寸前。

 愛しい彼女と唇を触れ合わせた、気がした。
























 ────祝福を告げる鐘の音が聞こえ、参列する親族達をに見守られながら、とある夫婦が結婚式を挙げていた。


『えー、それでは新郎新婦様。汝らは病める時も健やかなる時も、常にこの者を愛し、守り、慈しみ、支え合うことを誓いますか。』


 そんなのもちろん決まってる。

 俺の中では、回答はひとつしか無かった。

 逆にそれ以外の回答が出てきたら台無しになるこんな場面で、二人は口を揃えてこう言った。



『はい、誓います。』


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