第四十七話『新たな出会い』
一方その頃、琴葉と愛菜は同じ家で暮らしていた。
正確に言えば、琴葉の家に愛菜が転がり込んでいる形だ。家自体は決して広くはないが、二人で住むにはむしろちょうどいい。
立地も申し分なく、徒歩数分の距離にコンビニがあるという最高の環境だった。
「あ、琴葉ちゃん!そろそろご飯出来るけど、一緒に食べる?」
「そうね、食べようかしら。」
いつものように愛菜が台所で夕食の支度をし、琴葉はその傍らで剣の自主練をしていた。
すると、ふと彼女の端末が鳴る。
「───あ、深海くんからですわ。なになに、『俺、お前の所の師範から色んなこと教わったから、次はシクリータ宮殿に行く』?……エッ!?シクリータ宮殿!?!?」
「琴葉ちゃん?どうしたのそんな大声出して、」
「あぁ、ごめん。……なんでシクリータ宮殿なのよ。あそこは確か…まぁても、確かに今の深海くんには興味深いところかしらね。」
「あれ、その会話って…」
「うん、深海くんからよ。どうやら東商中心地から北にある宮殿、シクリータ宮殿に行くらしいわね。」
「……琴葉ちゃんには連絡来るんだっ…、私には全然連絡ないのにな。」
軽く唇を尖らせ、頬を膨らませる愛菜。
琴葉はその髪をそっと撫でながら、微笑ましく呟いた。
「そうムスッとしない。可愛いけどもっと可愛い顔が崩れて台無しよ。───じゃあ、深海の所行っちゃうか。私達もシクリータ宮殿に行きましょ?」
「えぇっ……いいのかな?勝手に行っちゃって。」
「大丈夫。別に依頼って訳じゃないし、依頼がもしあればワープロボットで移動すればいいだけだしね。」
「……それも、そうだね。じゃあ行こうっ!深海…じゃなかった、シンくんに久々に会えるんだし!」
「分かりやすくテンション高いわね、愛菜ちゃん。じゃあ今からワープロボットを手配するわ。ちょっと待ってね。」
「はーい、じゃあご飯食べて待ってよ?今日のご飯は肉じゃが!」
「肉じゃが…この未来の世界に来る前に食べて以来よ、懐かしいわね。」
そんな会話を交わしながら、二人はワープロボットの到着までの間、昼食を楽しんでいた。この時代、ワープロボットは討伐士専用の高速移動手段だが、需要過多ゆえに順番待ちは避けられない。
誰もが使えるがゆえに、いつも数が足りていなかった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「……でっけぇなぁ。ここか。」
目の前にそびえるのは、純白に輝く巨大な建造物──
『シクリータ宮殿』。
広大な庭園と中庭を擁する壮麗な城は、まるでこの世界のヴェルサイユ宮殿のようだ。
その白亜の壁面には幾重にも窓が並び、ざっと見ただけでも三十を超える部屋があるのが分かる。東商討伐士政府の本部と比べても遜色ない規模だった。
「こんなでかい所、独りじゃ到底管理出来ねえだろ。沢山人がいたら嫌だな。……まぁでも強くなるためなら、行くしかねえよな。」
コンコン、とエントランスの巨大な扉を叩き、「すみませーん!」と声を張る。
『───どちら様ですか?』
柔らかくもどこか警戒を滲ませた女性の声が響く。
よく見れば扉の横にはインターホンらしき装置があり、そこからの声のようだ。
「あ、すみません。オレは───」
『外部カメラで確認しましたが、あなたの情報は記録にありません。あなたは本当にシクリータ宮殿に用事がある方ですか?』
どうやらこのインターホンは、相手の情報を瞬時に解析できる高度な機能を備えているらしい。しかし、声色にはまだ警戒が残っていた。ここは慎重に対応するしかない。
「申し遅れました、私は東商討伐士の小柳深海と申します。風の噂で、このシクリータ宮殿の領主様がとんでもなくお強いと聞きまして。興味があり、参上した次第です。」
『────状況は把握致しました。今、門を開けますのでお入りください。』
音もなく扉が開き、深海はそのまま中へ足を踏み入れた。ロビーに一歩入った瞬間、息を呑む。
天井からは巨大なシャンデリアが下がり、壁際には古風な甲冑が並ぶ。どこを見ても豪奢な装飾に囲まれ、まるで貴族の城そのものだった。
「すげぇ……。外観もヤバかったけど、中も桁違いだな。……この甲冑、いくらすんだよ。」
古きアニメ脳が興奮を抑えきれずにいたその時、背後から足音が近づく。
「────初めまして。深海様。私は我が当主、"剣豪" ストレイド・ヴェルリルにお仕えするメイド。フィアと申します。」
「……メイド服…!!」
その瞬間、深海の目が輝いた。
この世界に来てから、もう二度と見ることはないと思っていた“あの姿”が目の前にあった。
黒髪ショートの可憐な少女。クラシックなメイド服に身を包み、完璧な礼を取る。その姿に、封印していたオタク魂が再燃しかける。
「フ、フィアちゃん?でいいのかな。俺は小柳深海、よろしく。」
「はい、よろしくお願いします。……深海様は、さっきと別人のように馴れ馴れしいんですね。」
『やべっ…流石に距離近すぎたか……?』
「わ、悪いな。つい。」
「いえ、構いませんよ。それよりも、あなたがここに来た目的をお伺いします。この屋敷に来た理由を。」
「……目的か。そうだな、強いて言うなら、俺は、強くなるために来た。…奴を、倒すために。このシクリータ宮殿の領主が超絶強いって聞いたから、その人に剣を教えて欲しくて来た。そんな感じだな。」
「奴…?……あまり事情は分かりませんが、相当な覚悟を持ってこられたのですね。失礼しました。」
フィアは静かに一礼する。
深海はその仕草に首を傾げた。
「ん?失礼しました…?なんで謝るんだ?」
「こんな立派な事情だとは知らずに、不本意ながら警戒しすぎていた事に対しての謝罪です。」
「やっぱメイドって全員律儀なんだな。」
「申し訳ございませんが、今ストレイド様は席を外しています。しばらくすれば戻ってくると思いますが、どうしますか?」
「え、それオレ、ここにいちゃまずくね…?領主の許可なしに入ってたら、侵入者だって言われて斬られたり……」
「先程インターホンで会話している時にもう許可は頂きました。私の判断に委ねられた形でしたが、同じことです。」
「ふう……なら良かった…。んじゃあ、せっかくだしこの周りを案内してくれないか?フィアちゃん。」
「かしこまりました。……あと、『フィア』で構いませんよ。ちゃんを付けなくて。」
「…そうか?じゃあフィア。改めて頼んでいいか?」
「はい、かしこまりました。」
彼女は軽く微笑むと、壮大な宮殿の案内を始めた───
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大きなロビーを抜けると、一部屋丸ごとを使ったキッチンと長い食卓が並び、さらに螺旋階段で三階まで続く壮麗な屋敷の内部が広がっていた。
一階は主に生活スペースで構成されており、風呂や食卓が備わっている。風呂はなんと大浴場で、露天風呂まで完備。その露天風呂には特殊な仕掛けが施されており、行きたい場所を願えばその風景を映し出す。まるで本当にその地で湯に浸かっているかのような体験ができるのだ。
そして、食卓とは別に設けられたリビングは、まさに娯楽の殿堂。カラオケに大型テレビ、ソファー、卓球台、ビリヤード、さらには簡易ボウリングまである。
すべてを詰め込んでもなお余裕のある広さ。深海はただただ圧倒されていた。
二階はすべて客室。
横にずらりと並ぶ部屋の数は数えきれず、廊下を端から端まで歩くだけでも一苦労だ。 それぞれの部屋には浴室とトイレが付き、冷蔵庫もテレビも最新型。まるで高級ホテルを思わせる贅沢な造りだった。
三階はフィアやストレイドの私室が並ぶ、プライベートエリア。構造自体は二階と大差ないが、雰囲気はやや落ち着きがあり、主の生活感が漂っている。
「────すっげぇな……。というかこんな広いと逆に寂しくならないか?」
「確かにこのくらい広々としているのでたまに寂しさを感じる時はありますが。フィアは一人で大丈夫なので。」
「とは言ってもな、……そうだ、中庭があっただろ?中庭はどうなってるんだ?」
「中庭は特に何もありませんよ。大きな芝生が生えていて運動が出来るスペースです。よくストレイド様があそこで剣を振っているのをお見かけします。たまに強く振りすぎて、木刀で宮殿を破壊する事もありますが。」
「宮殿を破壊……?木刀で…?どうなってんだ。」
「当然です。ストレイド様は "剣豪" と呼ばれしお方。剣に関していえば、この世界の誰よりも強いと思います。…私も、ストレイド様に目の前で救って頂きましたので。強さはよく理解しています。」
「そんなストレイドさんに仕えてるフィアも相当強えんじゃねえの?頼れる2番手〜的な。」
「……フィアは、狼と人間のハーフですし、戦闘の才能が皆無なので、戦うことが完全に出来ない訳では無いのですが、狼族と同じように戦うことは出来ないんです。」
「さっぱり話が入ってこねえ…狼と人間のハーフってことにまず1驚きで、狼族って族がいることに足して2驚きだよ。」
「────狼族はいわゆる、戦闘民族のような立ち位置で、戦闘を好み、戦いが強い者が全てを制する弱肉強食の種族。狼族として生まれたからには、戦わなければならない使命。それが狼族です。」
「へえ、ここ何百年かのうちに、そこまで進化を遂げたのか狼も。ん待てよ?冷静に考えたら、四足歩行の狼と人間が結婚したってことか…?」
「いえ、両親ともに二足歩行ですし会話もできます。昔の狼は、獣そのもので四足歩行で言葉は通じないと聞いた事がありますが、今の狼は進化を遂げているのでその心配はありません。」
「随分と劇的な進化だな。……じゃあフィアはハーフでもあるし、そもそもあまり戦闘は好きじゃないってことか。」
「……はい、でも分かってるんです。全て私のわがままだって。私がしっかりしないといけないって。…でも、私は、狼族の落ちこぼれ。戦闘もろくに出来ませんでしたし、狼族の中では追放されるような立ち位置。……今はストレイド様に救って頂きましたからこうして生きていられますが、また生きる理由を見失った時が怖いんです。」
フィアは少し寂しげに、視線を落として呟いた。
初対面のはずの彼に、これほど心を開く理由はわからない。だが、深海はただ、率直な想いを口にする。
「まぁ俺は狼族の決まりとかなんとかってよく分かんねえけどさ、自分の出来ることからやってくってのは、いいと思う。でも、気負いしすぎても自分に毒だ。自分の出来る範囲で全力出してやった方がいい。」
その言葉を遮るように──コンコン、と扉を叩く音。
「……失礼しました、少し深く喋りすぎましたね。お客様ですね。行きましょう。」
「オレも行くのかよ。」
二人で扉へと向かう。
フィアがインターホンに手を伸ばし、先ほどと同じ要領で応対を始める。その姿を、深海は背後で静かに観察していた。
「────すげえ、インターホンのカメラ部分にセンサーがついてて、相手の情報とか体温が分かるようになってる。こんな進化してんのかよ。……ん?待てフィア。そいつらオレの知り合いだ。琴葉と愛菜だ。」
「そうなんですか、───ストレイド様。先程の新海様とお知り合いのようですが、通してもよろしいでしょうか。」
『───いいよ。許可する。』
携帯とトランシーバーの中間のような通信機から、落ち着いた男の声が返る。了承を得るとフィアは軽く頭を下げ、
「かしこまりました。失礼します。──では今門を開けます。そのまま中に入ってください。」
ガラガラと扉が開き、見慣れた二人の姿が現れた。
久々の再会に、深海の表情がほころぶ。
「あ、深海くん。久しぶり。……というか、更にゴツくなった…?この短期間でどれだけトレーニングしてるのよ。」
「シ、シンくん…!久しぶりっ!元気だった?」
「二人とも元気そうでなによりだ。オレは平気だよ。まあ少し色々あったけどな。」
「…それで、後ろの子は?」
「申し遅れました。私は剣豪ストレイド・ヴェルリルにお仕えするメイド、フィアと申します。」
「見た目凄くかわいい……。」
「しかもこの可愛い身なりで狼族なんだぜ?ビックリだよな。」
「この世界に来てからちょこちょこ聞いた事あったけど、生で見たのは初めてね、狼族って事は、戦闘種族よね?じゃあフィアさんもさぞお強いんでしょう?」
「あ、いえ…その」
「────フィアは、この宮殿の全てを任されてる万能お役立ちメイドなんだぞ?戦闘だかなんだかが出来るよりこっちの方が優秀だし可愛いだろ。俺は戦闘出来なくたって全然いいね、こっちの方が目の保養だしむしろずっと戦わずにお役立って欲しいみたいな?」
久々に解き放たれた深海のオタク口調に、フィアと琴葉は一瞬言葉を失った。
「……そ、そうなのね。でもこの屋敷全部任されてるってのは、本当に凄いことね。ところで、今はストレイド様はいらっしゃらないの?」
「はい、ストレイド様は今外出中でして、いつ戻ってくるかも分からないんです。恐らく早めに帰ってくるとは思いますが。」
「シンくん、大丈夫?なんか傷が…」
「あぁ、大丈夫だよ。少し強いおじさんと修行してただけだから。」
「ほんと…?見して。」
愛菜が彼の腕を掴み、古傷を見つめた。
師範のもとでの修行の痕─────自然治癒で癒えたはずの傷が、まだ薄く残っていた。
「……こんなになって、」
「愛菜…心配かけた───」
「───こんなにボロボロになってまで、頑張ったんだね。シンくんは凄いよ。」
深海が言葉を続けるよりも早く、彼女の声が優しく重なる。その穏やかな空気を切るように、フィアが静かに告げた。
「───では、ストレイド様が帰られる前に客室へご案内します。二階へどうぞ。」
「ふふっ、こんな大きな宮殿来たことないから凄く楽しみっ…!」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「───この広さ、これが客室の広さかよ。普通に一軒家のリビングくらいの広さじゃねえか。ソファーにテレビ、長いスピーカーまでしっかり常備。WiFiももちろんある。つか10G回線ってなんだよ。5Gの二倍いってんじゃねえか。」
「───うわぁ…広い…!こんなに立派な客室は初めてだわ…。私の元居た場所も、こんなに広かったのかな…。いやいや!何私考えてるの…!!過去は過去!消えたものは仕方ないっ…!」
「───悪くないわね。というか、客対応が良すぎよ。これだけ完備しているなら、何日居ても飽きないわね。…さて、荷造り終わりっと、あ、この剣は大事にしないと。…… 師範から貰った、大切な物だしね。」
荷物をまとめていると、天井のスピーカーから放送が流れた。
どうやら宮殿全体に繋がる内部通信のようだ。
『───もうすぐでストレイド様がお帰りになられます。客人の皆様は一階リビングでお待ちください。』
「よし、行くか。」
準備を終えた三人は、一階のリビングへと向かう。
螺旋階段を降り、右手の廊下を進めばすぐにたどり着く場所だ。
当然ながら、客室よりもさらに広い空間が広がっている。
「先程放送でもお話しましたが。もうすぐでストレイド様がお帰りになられます。もう暫くお待ち────」
フィアの言葉が途切れた。
バタン、と重厚なドアが勢いよく開く。
フィアは即座に頭を下げ、そのまま静止する。
やがてリビングの入り口に現れたのは─────
長い黒髪を後ろで結び、鋭さと優しさを併せ持つ男。
その姿はまるで、時代劇で見る坂本龍馬のような風格を漂わせていた。
「───フィア、帰った。俺が居ない間の留守番ありがとう。……君達がフィアが言ってた客人だね。初めまして。俺の名前はストレイド・ヴェルリル、このシクリータ宮殿の当主にして、 "剣豪" と呼ばれている男さ。」
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