第四十四話『最後の贈り物』
「………数ヶ月以内、か。これは早急に手を打たなければいけない問題だな。」
第二位が考え込む間、視界がぐらりと揺れる。力を使いすぎた反動か、傷から溢れる血の影響か、体の力が抜け、奥寺絵梨花はその場に倒れ込んだ。
「───!奥寺さん!大丈夫かい。……駄目だ、意識がない。恐らく体の限界を超えて戦ったのだろう。…よく頑張ったよ、君は。…取り敢えず、応急処置を…」
応急処置として手元にあった癒しの薬草を口に含ませ、体を抱き上げ、最初に荷物を置いたホテルまで駆ける。
「──お帰りなさいま…うわぁぁっ!お、折木様…!!な、何故あなた様が…!」
「すまない、急用だ。今日ここに泊まる奥寺さんが重傷だ。今すぐ治癒術士に連絡してくれ。」
「わ、分かりました…!では今から奥寺様の部屋へご案内します!」
「すまない、助かるよ。」
ベッドに寝かせ、安静にさせながら治癒術士の到着を待つ───。
しばらくすると、ドタドタと駆ける足音が響き、ドアが勢いよく開く。治癒術士のグライスが到着した。
「───竜馬!急用って何!!大丈夫!?」
「グライス、思ったより早かったな。悪いが急用は僕じゃない、───この子だ。」
「この子…どうしたの。こんなに怪我してるなんて、尋常じゃないね。とにかく治癒するから、下がってて。」
グライスは絵梨花のお腹に手を置き、治癒術を発動させる。
「───清流に流れし水の本流よ、癒しの力を我に授け、この者の穢れを浄化せよ。」
傷がゆっくりと塞がり、血が治癒術で体内に流れ込む。術を施しながら、グライスが話し始める。
「──そういえば、この子なんでこんなに怪我してるの?普通じゃこうはならないよ。」
「奥寺さんは、閃光と戦ったんだ。」
「閃光!?まさかの!?まだ新人なのにあんな強敵と戦ったのか…それで、倒したの?」
「………一応、ね。だが、隙を付かれ逃げられてしまった。完全に僕の不徳の無さが原因だ。僕が──」
「ハイハイ、自分を責めない落とさない。竜馬はそういう癖があるから。」
「……すまない。」
「───まあ、無理もないよね。閃光は竜馬の”幼馴染”だし、なにか思うところがあるのは流石の私でも分かるよ。」
「……閃光が、真奈華の名前を出したんだ。その時、流石の僕でも本気でぶっ倒そうかと思った。」
「真奈華ちゃん…ね。久しぶりに聞いたわ。確かにその名前は、あなたの中でいい気分じゃないだろうけど、やっぱりまだ覚えてたんだね、閃光も。」
「実際、真奈華の事件に関与しているのは彼も同じだからね。……僕は今でも残念だよ。彼が敵側に寝返るなんてね。」
「私も同じよ。……本当は彼のこと、閃光なんて名前で呼びたくないもの。」
「──本当、なんで寝返ったんだろうな。“虹明” は。理由も教えてくれないまま寝返ってしまったから、そこを知りたい。」
⸻
これは、お母さんが亡くなり、お父さんに稽古を付けてもらう前の記憶───。
お母さんのお別れが終わり、数ヶ月後。お母さんが亡くなって最初に迎えた9月17日───そう、私の誕生日。
「───誕生日おめでとうー!!!」
部屋に元気な声が満ち、家族みんなが私の誕生日を祝福してくれている。
「ねえちゃんももういい歳だな。」
「まぁ実際、お姉ちゃんもうだいぶ成長したもんね。」
「絵梨花お姉ちゃん絵梨花お姉ちゃん!似顔絵作ったんだ!」
日常のように家族の時間を過ごし、日課のゲームに興じる。
本来なら、後ろで微笑み見守ってくれる母がいるはずだが、もう居ない現実に、胸がぎゅっと締め付けられる。
ゲームが終わると、お父さんがにこやかに話し出す。
「───さあみんな、絵梨花の誕生日みんなで祝ったよな!最後に、お父さんからみんなに渡さなきゃいけない物がある!」
「渡さなきゃいけないもの?」
「絵梨花、改めて、誕生日おめでとう。」
まず渡されたのは、元々お菓子を入れていた箱。
「開けるな」と言われ、兄弟みんな揃って箱を手に持つ。
中を確認すると───
「これっ…タブレット?」
「起動してみたら分かるよ。」
画面を二度タップすると、一つのファイルが現れ、題名には一言。
『絵梨花へ』。
各兄弟にも同じファイルがあり、それぞれの名前が記されていた。
「───お母さんからだよ。お母さんが、最後の最後に俺達に残してくれたもの。」
お父さんからの説明に、私は軽く動揺する。
死の直前に母が残したはずのものに、さらに追い打ちがあったのだ。喜びと寂しさが、心の中で渦を巻く。
「…お母さんの…最後の贈り物…でも、なんで今?しかもみんな分…。」
「あぁ、タイミングが良かったんだ。実はお母さんから、都合のいい時に渡してほしいと言われていて、試行錯誤した結果、誕生日が近かったからな。」
「……今、見てもいい?」
「…うん、もちろんだ。みんなも見よう。お母さんからの最後のメッセージだからな。」
お母さんが残した最後の贈り物───もう声も聞けない、会話もできない。でも、永遠に残るその想いに、私は手を伸ばす。
そして、愛情の込められた皮肉めいた笑みを思い出しながら、ファイルを開き、動画をクリックした。
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