第四十一話『エリカの花言葉』
私は、大敷府のとある街で、ごく普通の女の子として生まれた。大敷府は東商の西に位置する都市で、東商に次ぐ繁栄を誇る町として知られている。
私は奥寺家の長女として生まれ、兄弟は私を含めて八人。他の家族より一回り賑やかな環境の中で育った。
私が生まれた時、両親は涙を浮かべて喜んでくれた。
何の異常もなく、元気に生まれてきてくれたことを、心から嬉しがっていたのだ。
「───ふふっ、可愛い女の子よ。」
「そうだな、君とこの子がよく頑張ってくれたおかげだよ。そういえば、名前の件は君が案を持ってるんだよね?聞かせてくれないか。」
「────絵梨花。絵梨花にしたいの。」
「絵梨花か。いい名前だ。理由を聞いてもいいか?」
「───私の好きな花の名前なの。エリカのお花。花言葉は『博愛』。この子には、誰にでも平等に優しく、平等に愛情を持って育って欲しい。もちろん、絵梨花自身も平等に愛されて欲しいという意味も込めてるわ。」
「素敵な名前だ。絵梨花。これからは家族みんなで力を合わせて生きていこう。俺も出来る限り力になるから。」
「………心強いわね。ふふっ、…ほら、あなた、私の指を握った。…ふふっ、可愛い。私の愛しい絵梨花。何があっても、ずっと一緒だよ。お母さんとお父さんが、守ってあげるから。」
覚えてはいないが、両親が私に注いでくれた愛情は、今では痛いほど実感できる。その愛は、私の兄弟たちにも同じように注がれ、名前にはひとつひとつ意味が込められた。
両親は裕福ではなかった。父は討伐士、母は専業主婦だったが、八人の子供たちが何不自由なく暮らせる環境を整えていた。
その事実だけで、私は両親を尊敬していた。
「ねねおとさんおかさん!私ね、私ね!」
「ちょっとねーちゃん!僕が先だよ!」
「私が先!」
「ねえねえ、テレビのリモコンどこ?」
「そこら辺にあるんじゃね」
「この味噌カツうめぇ!」
「はっはっは!確かに美味しいな。」
「はいはい、お母さん順番に聞くから、ゆっくり話してね。」
食卓は常に騒がしく、笑い声と会話が溢れていた。
それでも、私はこの空間が居心地の良い、かけがえのない場所だと思っていた。
食後は、家族恒例のゲームタイム。
テレビの前に全員が集合し、パーティーゲームで1位を競う。勝っても負けても笑い合える、この時間こそ家族の幸せだった。
「あー!今私が先に取った!」
「へへーんだ!残念だったなねえちゃん!」
「ずる賢いなあお前は、」
「これ、サイコロいつ回すの?」
「ミニゲームで逆転してやる…!」
「絶対負けない…!」
「ふふっ、お母さんは後ろで見てるから、誰が勝つか予想しとくわね。」
夜、寝る前にはお母さんが部屋にやってきて、優しく言った。
「───じゃあ、みんなしっかり寝るのよ。寝る子は育つって言うからね。寝ない子にはサンタさんも来ないわよ。おやすみ。……みんな、愛してるわ。」
その言葉は軽いものではなく、本当に私たちを想って発された温かい言葉だった。
朝になると、家族全員が眠そうな顔で食卓に集まる。
お父さんはほぼ毎日一番最初に家を出る。剣を携え、家にいる時と外に出る時で雰囲気が変わる父を、私は幼い頃から密かに尊敬していた。
日常は、賑やかで、温かく、いつも笑い声で溢れていた。もちろんトラブルもあったが、家族の力で乗り越えてきた。
そんなある日のこと──。
「───はい、みんなしっかり食べてお母さん嬉しい。今洗い物しちゃうから、ゲームしてもいいわよ。」
「よっしゃー!やろうぜ!」
「今日は負けねえ!」
「私が勝つわよ!」
いつも通りの賑やかさが続く中──突然。
「────パリン!!」
お皿の割れる音に、兄弟たちは一斉にキッチンへ目を向けた。そこには、膝立ちで動けなくなったお母さんの姿があった。
「お母さん…!大丈夫!?」
『──ごめ、んね…絵梨花…だい…じょうぶ…ウ"ッ…、ブハッ…。』
少量だが、母が吐血していた。
胃や腸、あるいは心臓にも問題があるかもしれない。
私はすぐに母の元に駆け寄り、指示を出した。
「───彩雨!!今すぐ治癒術師と近くの医者に連絡!すぐ!!」
「わ、分かったわ!」
「ねえちゃん!僕は何したらいい!」
「おかあちゃん…うわぁぁん…!」
「詩音、お母さんの背中さすってやって!みんなも!」
数分後、治癒術師と医者が到着。
母の様子を確認し、応急処置を施す。
「内部出血の可能性があります。心臓にも影響があるかもしれません。取り敢えず治癒術で応急処置はしましたが、病気そのものは治せません。」
「充分です。取り敢えず母を本部に運んでください。」
ワープロボットで母はベッドへ移動。
騒がしかった家の空気は、一瞬にして張り詰めた静寂に変わった。
「───大丈夫だよ。お母さんは絶対に無事に帰ってくれる。だから信じて待とう、ね?」
私は兄弟を抱き締め、皆もそれに応えた。
不安を乗り越え、互いに支え合う絆を感じながら。
「そうだよ、お母さんは絶対に大丈夫。」
「かーちゃんがこんな所で負けるわけない」
「ママは絶対に帰ってくるんだから。」
「私も信じてる。お母ちゃんが帰ってくるって」
「母さんは弱い人じゃない。」
「ママァ……グスン。」
「絶対大丈夫だもん、おかちゃんは。」
「───そうよ、絶対に大丈夫。私達がお母さんの無事を信じましょ?」
この瞬間。兄弟の団結は、より強く結ばれたと感じた。
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