第四話『最強を目指す青年』
舞台は移り変わり、小さな庭に集められた。
窓の近くにおばあちゃんと愛菜。そして庭の真ん中におじいさんと俺が立っている。正直この状況に理解が追いつかなかった。
ただ平凡に生きただ平和に暮らしていたこの俺が、いきなり "試してやる" と言われここに集められている。
「あの、試すって…何を…?」
と言葉を発した瞬間の出来事。
一瞬だった。爺さんの行動が見えなかった。
────いつの間にか。相手の腕が自分の腹に突き刺さるように殴られていた。
腹に激痛が走る、胃液が出そうになる。
「がはっ … 、」
蹲った。正直油断していた。
戦闘経験がなくても勝てる相手だと見誤っていた。
「まったく、修行が足りんな。…身につけている腕時計やらを見る限りお前さん。"過去から来たんじゃろ?" 」
目の前の爺さんは、全てを知っている様な言い草だった。
完全にみぞおちを殴られ悶絶している中、理解が追いつかなかった。
「───── だったら、なんですか 。」
血が出そうなほど喉が熱い。ガラガラ声を出しながら精一杯の抵抗で殴り掛かる。だがそれも虚しく散る。
「───── 口を動かす前に、その悶絶したフリをいつまでやっておる。立ってこい、それともワシが立たせてやろうか?こうやってなぁ!!」
蹴りあげられた。腹を思いきりだ。
この爺さんは、加減を知らない。宇宙まで飛んでいきそうな程の威力。そう感じるほど、腹に大きな衝撃が走り、唾液と一緒に血が混じった。そして宙に少し浮き、重力と共に地面に叩き落とされた。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
どれくらいの時間が経っただろう。
視界の平行感覚が無くなってきた。
「……ふぅ、残念じゃ、もっと骨のあるやつじゃと思っていたんじゃが、ワシの思い違いだったようじゃな。所詮過去から来たボンクラってとこじゃったわ。」
うっすらと、爺さんの後ろ姿が見える。
今まで18年生きてきて初めての感覚だった。
悲壮感、劣等感、喪失感。よく分からないのが正直なところだが。
悔しさ─────と呼ぶべき感情だった
意識は殆ど無いが、俺は何故か立ち上がった。
口端からは血を流し、お腹には痣が何個も出来ていた。だが、俺は立ち上がった。
─────あの瞬間。俺の中の "何か" が変わった。
無意識に、ただ無意識に、自然と、出てきた言葉が、爺さんを刺激した。
───── 待てよジジイ。まだ終わってねえぞ。
上の服を脱いだ。邪魔だったからだ。
お世辞にも鍛えているとは言えない体ではあったが、その腹部の痣が、この時は英雄の勲章のように思えた。
たった1回の戦闘、たった1回の模擬戦だとしても、戦いであることには変わらない。
ここで負けたら、いけない気がした。
色んなものを失ってしまう気がした。
今まで過ごしてきた18年間の中では味わえなかった。この高揚感と高まるアドレナリン。
その様はまるで、戦いに飢えた獣のようだった。
────目の前の敵 『 爺さん 』を、本能的にぶっ飛ばしてぇ。
頭の中には、その言葉しか浮かんでこなかった。
「……ふん、そうだ、その目じゃ。その目が、その思考が、その悔しさが、お前を奮い立たせているのじゃろうな。… やはり、ワシの目に狂いはなかったようじゃ。」
その時、じいさんが動いた。
恐らく俺の腹部を狙っていたのだろう。
俺は本能的に。カウンターを狙った。
もちろん素人レベルのカウンターしか出せないと思った。だがやらなければやられる。
─────腹部の殴りに合わせて、膝を思いっきり打ち込んだ。
今まで、本気で人を殴る蹴るを全くした事が無かった男が、勝てる相手では無い。
本能的に分かってはいたのかもしれない。
だけど、この選択に後悔はしていない。
だが俺の蹴りは 、ヤツに届かなかった 。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
────意識が朦朧としている。
頭が痛い、お腹が痛い、喉も焼けるように暑い、つらい、のみこめない、しんどい、足が痛い、痛い、痛い、痛い、イタい、いたい、つらい、いたい、きつい─────
「──シン… くん … だい 、じょ … ぶ、。」
頭の中で聞き覚えのある声が掠れて聞こえる。俺はその声に答えようとも答えられない。
脳が揺れている、気持ち悪い、頭が痛い吐き気がする、気持ち悪い、最悪、無理、あつい、きつい、どうしよう、やばい、起き上がれない、だるい──────
「そう 、です … 、たす 、ほう 、他に 、… すか … 。」
途切れ途切れに彼女の声が聞こえる。
焦っているような声。バタバタと足音も聞こえてくる。
「そん 、私 … 、い 、ます 。」
何も聞こえない、何を言っている?
俺が関係している気がする。わからない。分かりたくない、怖い、なんだ、なにが ─────
「深海くんは、私の大切な人なんです。…ですから、私が絶対に助けます。」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
────── ここは …… ?
目が覚めた。布団を被り目の前には丸い灯りが見えている。丸い灯りを覆うように右から彼女の顔が出てきた。
「シンくん……!シンくん!心配したんだから、もう…!!バカ!バカバカ!心配させないでよ…!」
寝てる俺に泣きながら抱き寄せる彼女、どうやらずっと看病してくれていたらしい。素直に嬉しかった。
「あ…、悪いな。ちょっとまだ、クラクラしてっけど──」
起き上がり、自分の体を見た。
目線を下に下げると。痣があったはずの腹部が綺麗さっぱり治っていた。
「────え、なんで?俺、確かあの爺さんにボコされて、」
「その子に、感謝するんじゃな。」
足音を消して忍者の如く爺さんが現れた。
正直この爺さんに対してはいい気持ちではない。だが今は話を聞くことにした。
「お前さんが気絶して寝込んでる間、この子は、あるかも分からない "癒しの薬草" を取りに、山々を超え、川を渡り探してくれていたんじゃよ。」
「そう、だったのか。… ありがとう。」
「バカ…。折角探して、見つかって使ったのに、あなたがなかなか目を覚まさないから。私 …… わたし … 。」
「……本当にありがとう。お前のおかげで救われたよ。この恩は絶対に返すから。」
そう言い、彼女の髪をそっと撫でた。
撫でたかった訳ではない。ただすすり泣きしている彼女にどう表現したらいいか分からないだけだった。
「──それとお前さん 。名前は?」
「…小柳深海、コイツは海宮愛菜。」
「深海。お前さんはいい根性をしておる。正直、あの場でボコボコにやられて終わると思っておったが、深海、お前は立ち上がった。その精神力と根性だけは認めてやるわい。」
「でも、負けた事には変わりない。爺さん。アンタは強かったよ。俺今までアイドルオタクやってて、人と本気でぶつかった経験とか無かったけど。そんな俺でさえ、爺さんがちょーーつええ事は分かった。」
「アホ抜かせ、ワシはもう老い耄れじゃ。現役の頃に比べたら、そこまで強くないわ。」
この瞬間、俺は一個考えが浮かび上がった。
この国は、討伐士が中心となって動いていた。
異世界モノで言うところの、"騎士団" のような形なんだと思っている。
つまり、最強の討伐士になれば、香良洲を突き詰める事が出来るんじゃないか?
そしたら俺達は、無事に現代に帰れるかもしれない。
俺達の目的はこれしかない。そう直感で判断した。
「……なあじいさん。ひとつ頼みがあるんだ。」
「なんじゃ、そんな真剣な顔して。」
そう、これは真面目に、真剣な眼差しで言わないと伝わらない。
ここが近道ってんならやってやる。
簡単な話だ、この世界で最強になればいいんだろ。
アニメみたいな展開でワクワクするぜ。
俺なら出来る、そう信じてるから。
そうして、俺は覚悟を決めた。
─── 俺に、稽古つけてくれないか?
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