第三十九話『閃光 vs 奥寺絵梨花』
「こ、怖いけどっ…頑張れ私っ…!」
自分の頬を二度、パンパンと手で叩く。
絵梨花なりの気合の入れ方だ。一人で住宅街をパトロールしているが、辺りは異様に静かで、逆にその静寂が不気味さを際立たせていた。何かが出てきそうな予感──それは、驚くほど的中した。
「…おかしい、明らかに静かすぎるし、人と会ってない…連続事件が起きて警戒してるからなのかな…でも‥明らかに…」
「───祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。娑羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす。驕れる人も久しからず、ただ春の夜の夢のごとし。猛き者もつひにはほろびぬ、ひとへに風の前の塵に同じ。…嗚呼、いい響き。いい言葉だ。人は季節と同じく移り変わり、人はみな変化を求める。だから、変化させる独裁者的存在がいてもいいんじゃないか。───お嬢さんも、そうは思わないかい?」
油断もしていなかったのに、一瞬で背後を取られた。
背筋に冷たいものが走り、身体が硬直する。圧倒的な強者感。冷や汗が止まらないまま、絵梨花は自力で緊張をほぐし、距離を取った。
相対する男性は、長く白い髪を持ち、織姫のような漢服を着ている。その顔つきは穏やかだが、どこか狂気を帯びていた。
「あ、あなたは…この住宅街の人…ではなさそうですね。」
「お嬢さん、カンがいいんだね。ふふっ。君みたいな女の子は嫌いじゃないよ。顔可愛いし、メガネを外してコンタクトにすれば、もっとカワイイのに。」
「悪い人…じゃないのか?でもなんだか怪しい。」
「疑い深い女の子なんだねえ、君は。俺はただ、『変化を促すために人間を殺害』してただけなのに。」
耳を疑った。いつもの会話のように声色が変わらずに語る。一瞬、脳が処理を追いつけなかった。
「え…今なんて‥。」
「あれ?聞こえなかった?ごめん、じゃあもう一回言うね。俺はただ、変化を促すために人間を殺害してただけ、変化ってのは誰かが行動しないとさぁ。」
「人間を‥殺害…?変化…?なにそれ。」
「まあ聞いてくれよ。俺の話を聞けばきっと納得してくれるからさ。」
勝手に語り始める彼。もし今、剣を振ったとしても当たる気がしない──そう絵梨花は判断し、耳を傾けることにした。
「───人間ってさ、色んな感情を持ってるよね?その感情の変化って、色々あると思うんだよ。悲しみ、怒り、喜び、苛立ち、恐怖、嘆き、苦しみ、しんどいとか、色々あるけど、その感情がどの時、どの場面で出るかは、人それぞれな訳じゃない。俺はそれを見るのが楽しみなんだよ。例を挙げるなら、人によっては、『母親』を殺した時よりも『ペットのポチ』を殺した方が悲しみが強い、とかねぇ!様々な人間一人一人十人十色が、感情を抱く場所、環境が違うんだよ!俺はそれを見るのが楽しいんだ!はははっ。可笑しいよね。」
「……ふざけるな。」
口を噛み締める絵梨花。臆病だった表情は消え、そこには立派な『討伐士』の顔があった。
「あれ、怒ってるの?別に君の家族に手を出した訳じゃないんだから怒らないでよっ。そんな怒っちゃうと、高血圧になっちゃうよ?そうして高血圧で倒れたら周りは悲しむかな?それとも嘆くかな?それとも───」
「……私のお母さんもお父さんも、もう居ませんから、そんな自分勝手な御託はもう結構です。…ひとつ、あなたに聞きます、貴方は自分がそうやって勝手に奪ってきた命、どう責任取るつもりですか?」
冷静な口調に宿る憎悪と嫌悪。絵梨花の心は激しく揺れていた。
「──責任、ねえ。俺は責任取るつもりなんてないよ。人間は常に変化を求めている。感情の変化、環境の変化、様々な変化を求めて人間は生きていくのさ。だから逆に、君ら俺に感謝して欲しいくらいだ。だって俺が行動したおかげで人間は変化をすぐに感じられるわけでしょ?これ程感激することはないだろう。それで俺はその様が見れて一石二鳥──」
こいつは人間として終わっている。自らの信念を曲げず、勝手な理論で他人の命を奪う、邪悪な存在だ。
「あなたに聞いたのが間違いでした。あなたはそんな解釈違いの理論を並べ、幸せに暮らしていた家族の幸せを奪い、その様を見て楽しむ。…… ふざけないでください。……親がもし居なくなったら、その子は…兄弟は、どんな想いをすると思ってるんですか!!!!」
涙が自然と溢れ出る。自分と重ね、親を失った悲しみを誰よりも理解しているからだ。
その涙と共に、憎しみが剣先に宿る。
「知らないよそんな事、ただひとつ共通している事があるとすれば、唯一の家族を殺されると、みんな遠い目をするんだ。人生どこを目指して行けばいいか分からない。そんな目をしながら涙をボロボロ流すんだ。そこから鳴き声を上げたり悲鳴をあげたりする人もいるなぁ。うるさいと思う時もあるけど、それも変化。その子はさぞ俺に感謝するだろうね。だって俺はその人に変化を与えた。与えられたら感謝するのは当然でしょ?」
彼の話を聞くたび、虫唾が走る。
抑えきれない苛立ちと殺意──しかし、討伐士としての冷静は失わない。剣を鞘から抜き、構える。
「… これ以上、話をしても無駄なようですので、あなたは、ここで私が倒します。これ以上、犠牲者を増やさないように…これ以上、家族の幸せを、家族の温もりを、あなたに奪われないように…!!───『討伐士、奥寺絵梨花』全力で行きます!」
「───ふふっ、いいねぇ、しっかりと覚悟が決まった顔だ。さっきの君と今の君は違う。これも変化さ。絵梨花、君に敬意を払おう。───『天道教幹部 "閃光" のコウメイ』 君の全力を、精一杯受け止めよう。そして───君はどんな顔で絶望してくれるのかな?」
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「じゃあ先手必勝!うりゃあああ!!!」
「ふふっ、可愛い声でそうやって走っても、───俺には届かないって。」
閃光の場所で、一瞬の光が瞬く。その光が消えた時、彼はすでに奥寺の間合いの最短距離に立っていた。
衝撃が全身を襲い、壁に激突し、喉奥から血が溢れる。吐き出さなければならない──
「ぐふっ……!!!」
「ははっ、やっぱり脆いよね人間って。俺も同じ種族だと思うとため息が出るよ。ホント。」
パワーもスピードも桁違い。入団試験の戦闘型AIとは比べ物にならない強さ。絶望すら漂う。
「これじゃあまるで俺が弱いものイジメしてるみたいじゃん。面白そうだからすぐには殺さないでおこうとは思ってたけど、流石にこれじゃレベルが違いすぎるよ。」
絵梨花は再び剣を強く握り、走り出す。一つの動作しかしてこない彼女に、閃光は呆れたような表情を浮かべながら、再び攻撃を仕掛ける──
「君って人は、もしかしてひとつしか技を知らないのかな?それでよく、みんなの平和を守る討伐士が務まるね。」
ゼロ距離まで一瞬で近付き、全力の腹パン。腹に力を入れて威力を抑えたが、それでも悶えるほどの衝撃。
しかし、討伐士としての誇りが彼女を支える。飛び上がり、閃光の腕を支点に、顔面に強烈なハイキックを叩き込む。
彼は後退りし、動揺を隠せない。その一瞬、絵梨花の胸に芽生える小さな希望
────もしかしたら、勝てるかもしれない
「なかなか、やるじゃないか。いってぇ、俺の顔に傷を付けられたのはいつぶりかなあ。自分の血の温かさを感じたのはいつぶりかなあ。」
「私は、そんな攻撃じゃ負けない。私は弱いけど、弱いなりに今まで特訓してきたの!剣も教わったし!血反吐はくくらい筋トレもした!だから絶対あなたに負ける訳にはいかない!!」
空気が変わった。先程までの軽妙な雰囲気は消え、重く張り詰める緊張が辺りを支配する。
「───君の原動力が分からないよ俺には。何故君は、俺の行動を邪魔しようとする?俺はただ、世の人間達に変化を与えているだけだぞ?それを邪魔するのは同じ人間に対して失礼じゃないかな?」
「───人の命を奪われたとしても変化したいなんて人間は居ない!完全にあなたが間違ってる!… 親を失った子は、何していいか分からなくなるんだよ!!行き場を失う子も沢山いるの!!その子達の気持ちも考えず、その子達の生きる意味を奪うなんて、絶対…ダメだよ。」
心臓を手でぎゅっと押さえ、掠れた声で訴える。孤独を人一倍経験した絵梨花だからこそ、苦痛は増幅される。しかし、今は立ち止まるわけにはいかない。
「──だから、私は未来の子供達の為に、ここで剣を握らなきゃいけないの。立ち上がらなきゃいけないの!」
「君の理想論はよく分かったよ。未来ある子供たち、ねえ。でも中には未来の希望が見いだせない子供だっているでしょ?望まれずに生まれてきた子供は、ずっとその親元で暮らさなきゃいけない。そんなの可哀想じゃないか。だから俺が始末して、その子の環境を変化させる。これも一種の正義だろ?」
「確かに、あなたの言う事には一理あるかもしれない。でもやり方が完全に間違ってる!人の命は何にも変えられないんだよ!!だからこそ価値があるの!そう簡単に奪っていい物じゃないんだよ!!!」
声が夜の静寂を切り裂く。怒りと決意が入り混じった叫びは、まるで空気を震わせる刃のようだ。
「……君は、恵まれてるんだな。あぁ羨ましいな、そうやって恵まれてるからそんな思考が生まれるんだ。」
呟きと共に、閃光は再び間合いを詰める。ダガーナイフが飛び、火花が散る──剣でブロックし、距離を保つ絵梨花。
「私は、恵まれてなんかないわ。少なくとも、あなたよりはね。」
前蹴りが炸裂し、彼は後ろに吹き飛ぶ。
その変化に気づきつつも、閃光は再び立ち上がる。
「……君は俺の何を知ってるんだ。俺の事を何も知らないくせに、自分が悲劇のヒロインぶらないで欲しいな。それに勘違いしているみたいだけど、君は恵まれてるよ。周りには仲間がいるじゃないか。それに比べ俺達『天道教』は仲間じゃない。同じ『あの方』を崇めてるだけに過ぎないんだから。アイツらと同じにされたらこっちが迷惑だしね。」
「…!貴方達、仲間じゃないんですか。」
「仲間じゃないよ、情も湧いてこないくらい興味無いからね。みんな自分の目的の為に必死なのさ。でも共通してる部分はやはり『あの方』を崇めているかどうか、それだけさ。」
「随分と私に喋ってくれますね。いいんですか、そんな情報をベラベラ喋っても。」
「ふふっ、いいさいいとも。君の冥土の土産に聞かせてあげてるだけだからね。どうせこれからこの世を去る人間に何言っても無駄じゃない?どうせ消えるんだし。だから今君の知りたい事はなるべく答えたくてさ。」
完全に舐め切った態度。
今まで本気を出しているようには見えなかった証拠だ。傷はあるが、順応力が高く、彼女の変化にはさほど動揺していない。
「それは討伐士として情報が貰えるので、嬉しいお言葉です、が。ひとつ正したいことがあるので正させてもらいます。」
剣を前に構え、一言────
「────私、死にませんから。」
「……ぶふっ、はははっ。まだ君、俺との力の差が分かってないのかな?まぁ、これだけ手加減したらそりゃそうだよね。そう勘違いしちゃうのも無理ないよね。──じゃあ、そろそろ、50%くらいは出してあげるよ。」
彼の周囲に光が滲み、オーラのように溢れ出す。
何が起きるのか想像もつかない。刹那、腹に凄まじい衝撃──吹き飛ばされ、メガネが割れ、とある家の壁に激突する。
閃光の足が前に出ている。恐らく蹴り──いや、一瞬すぎて考える暇もない。意識を失いかけた絵梨花に、声が響く。
「──俺が何故 "閃光" って呼ばれているか、これで君でも分かったよね?…ふふっ、さっきの希望の顔から今の顔、完全に戦意喪失してるようなその顔さ、いいねぇ、それも変化だなぁ。その顔をさせたかったんだ。俺は。」
閃光は髪をかき上げ、顔を凝視する。不気味な笑みが夜の闇に映える。立ち上がることも、動くことも出来ない──絶体絶命。
「──可哀想に、骨も折れて血も出て、可愛い女の子だったのに、そんなボロボロじゃ、雑巾みたいに扱われちゃうよ?そうならないように、俺が今、楽にしてあげるからさ。」
片手にダガーナイフ、仕留める構え──
その時────
彼が後ろに吹き飛ばされた。
絵梨花が目を開けると、誰かの背中が視界に飛び込む。候補は数人思い浮かぶが──声を聞いた瞬間、その全てが消えた。
「───僕の大事な後輩に、何してるんだ閃光。これ以上やるつもりなら、僕が相手になろう。」
「───チッ…。なんで、お前がいるんだ……!!
折木竜馬!!!!」
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