第三十三話『少年が目指す夢』
あれから時が過ぎ、少年少女は中学生になった。他の中学生が世間話に花を咲かせながら登下校をしている。二人は中学校に行かせて貰えなかった。無論、金銭面の理由で。
貧民街の "盗賊" 、この世界では職を持たないものは皆盗賊扱い。盗賊の貧民街ともなれば、免除や支援など受けれるはずもなく、自給自足の生活を余儀なくされる。
そのため、義務教育を受けずに育つ事になる、しかし二人はそれでも満足していた。
「──なあメィリィ、俺達もう中学生の年齢じゃん?…その、今メィリィは、中学校とか行きたいって思うか?」
「… そうだね。確かに、行きたい気持ちもあるけど…でも、私は……。」
"あなたがいればいい" なんて、思春期の女の子にはなかなか言いずらい言葉だ。それを言えずに頬を赤らめ、下を向いて沈黙が続く。その沈黙を終わらせるかのように、優羅が口を開く。
「ま、まあ。特に深い意味はねえんだ、悪いないきなりこんなこと聞いて。… 俺さ、メィリィとなら、中学校行きたかったなって、思っちまってさ。」
目を開いで少し驚く彼女。
嬉しいという感情爆発しそうになるのを抑えに抑えたが。頬の赤さは消えなかった。
「この窓から見えるの、俺らと同年代くらいの奴らだろ?… あの男女も、あの男女も、おそらくカップルだ。こうやって好きな人と一緒に隣を歩いて笑いあって。そんな恋愛もしてみたかったなって思ってさ。」
「!……そ、それって…。」
私の事が……なんて考えてしまった。
そんなことは有り得ないだろうと高を括っていたが、可能性が見えたような気がした。
「……!!あ、い、いや!、別にメィリィとカップルっぽいことしてえとか!そんなんじゃなくてだな…!!」
恥ずかしそうに照れる彼。
バタバタして少し顔が赤くなる彼。
その一個一個全てが、愛おしかった。
「──メィリィと一緒に学校生活送れたら、絶対楽しいだろうなって。友達だろうと、仮に恋人だったとしても。メィリィとなら楽しく学校に行けて、満たされてる気持ちで帰って来れるんだろうなって、思っちまってさ。」
彼はどこか寂しそうだった。
それを見て、彼女も色々考える。
やっぱり彼は学校に行きたいんだろう、彼は私以外の友達も欲しいのではないか、私だけじゃ、満足しないんだろう。等々
色々な思いがぐるぐると脳内を巡る。
彼女も、学校に行きたくない訳では無い。
もちろん彼と一緒に行けるのなら、彼と一緒に学校生活が出来るのなら、そうしたい。
でも周りの環境を若い頃から知ってしまった彼女は、「諦める」という癖がついてしまっていた。
「……私も同じ気持ちだよ。優くんと学校に行けるなら行きたいし、優くんとなら、絶対楽しい学校生活になるって思う。」
「だよな……じゃあさ、2人で学校行こうぜ。」
「……えっ?」
驚きが隠せない顔で見詰める。
入学すらしてない私達が入れるわけが無い、彼がどう思ってそう言ったのか分からないからとりあえず聞くことにした。
「……夜の学校に、二人で忍び込もうぜ。」
「で、でも。バレたらどうしよう。」
「そんときは俺が何とかするからさ、な?」
正直、行きたい気持ちしか無かった。
夜の学校、すなわち誰も居ない背徳感。2人だけの学校生活を、ほんのひと時だが味わうことが出来る。これほど幸せだと思うことはない。
「───分かった。行く。」
そうして、深夜11時。
二人は、近くの中学校までやってきた。
校門は思ったよりも飛び越えるのが容易で、二人の身体能力なら余裕で飛び越えられた。
「遂に…念願の学校だな。」
2人は身体能力が人より高く、壁をのぼりトイレの窓から侵入した。
夜の光が入り込んでいるため完全に真っ暗という訳では無いが、薄暗い学校を2人で歩く。
とある教室の一室に入り、二人の思い描く授業をやって笑いあったり、ドラマの真似事をしてみたり、グラウンドで走り回ってみたり、二人運動会を開催してみたり、プールに足をつけて足湯のように入ってみたり。
やっては行けないことなのだが、2人にとっては幸せでかけがえのない時間だった。この一瞬は、念願の学校生活が叶っている訳だ。
しばらく学校生活を楽しんだ最後は、屋上で二人寝そべって空を見ていた。
月と星が綺麗に輝いている幻想的な雰囲気だ。
「──はあ、楽しかったなメィリィ」
「そうだね、本当に楽しかった。」
「念願の学校生活、とは言えないくらい質素ではあったかもしれねえけど、どうだった?つまんなくなかったか?」
「そんな事ないよ、私にはもったいないくらい楽しかった。人生で一番はっちゃけたしさ。」
「… 良かったよ。君がこうやって楽しそうに笑ってる姿、俺結構好きだからさ。」
「お、思い返してみると、私達もう出会ってから結構経ったね。早かったよ。」
照れからか、話題を逸らし始めた。
違和感のある逸らし方に、可笑しかったのか、彼が笑った。
そして少し沈黙が続き、空に向かって手を上にあげて呟く。
「──俺、将来の夢があるんだ。」
「… 聞かせて。優くんの将来の夢。」
「俺、討伐士で最強になりたい。最強になって、みんなから賞賛され英雄と称される、そんなヒーローのような存在になりてえんだ。そして、家族に裕福な暮らしをさせてあげたい。討伐士で上の地位になれば、それが叶うから。」
「……なんとなく、そんな気はしてたけど、やっぱり討伐士なんだね。私は、怖いから出来る自信が無いや。ましてや戦うなんて、したくないもん。」
「ははっ、確かにメィリィは出来ねえかもな。でも俺は絶対討伐士になって、みんなを守りたい。守ってくれるっていう絶対的安心感をみんなに与えたいんだ。」
空に差し出した手を握り、月が彼の手で隠れた。
それを見ながら少年は、自身の夢を語る。
隣で応援の眼差しを向ける少女。彼のすることは全て応援してあげたい、全て叶えてあげたい。全て支えてあげたい。
そんなわがままとも捉えられるような感情を押し殺し、彼と会話をする。
「… でも優くん、英雄になったその先とかって考えたりするの?その、もしかしたら、結婚とか…するかもじゃん?」
少しだけ聞いてみることにした。英雄として世界を救ったその先に、守るべき人が出来るのかどうか。
今聞いても無駄かもしれないけど、この時彼女は無性に聞きたくなっていた。
「そうだなあ、特に考えてないけど、まずは討伐士認定試験を合格しねえとな!」
「あっ、そ、そうだよねぇ!はは、あれ、凄く難しいんでしょ?上位10人そこらしか入れないっていうさ、すごく倍率が高いところだけど、大丈夫?」
彼女なりの心配の証。
彼のすることに応援してあげたいのは事実だが心配しないとは言ってない。
「ん?なんとかなるっしょ!!だってこの俺だぜ?この俺様が落ちるわけがねえ。俺は自分に物凄く自信があるんだ。環境が悪かったぶん、俺は強いんだって思うようにしててさ、それが良かったのかもな。」
彼はいい意味で何も考えてなさそうな雰囲気で呟いた。
その雰囲気が、貧民街の癒し枠として機能していたのは、また別のお話。
夜風の優しい風が靡き、星と月が俺たちを見守る中、幸せで落ち着いた空間が続いた。
そろそろ帰らなければ朝方に近づく、二人で充分楽しんだあと、二人は、帰路を歩いた。




