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そして君は明日を生きる  作者: 佐野零斗
第二章『復讐に燃える青年と小さな暗殺者』
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第二十七話『秘めたる才能』

 ちょうど深海と琴葉が洞窟を探索している頃───


「……何故、貴方達が…ここに。」


「フン、貴様。女なのに強いな。俺の目的は違ったが、いい収穫だった。……小柳深海、どこに行きやがったんだ。」


「深海を探しておるのなら、ここじゃないぞ “ベンケイ”。お前さんは……来るのが遅かったんじゃ。」


「うるせえよ、死にかけのジジイ。前回、神蔵の坊主が来なければ貴様ら全員ぶち殺せてた。だが俺は昔の俺とは違ぇ。“あのお方”から力を授かった。完膚なきまでの絶対的な力!!俺に合いすぎてる最高の力をなぁ!!!」


「美咲、お前さんは逃げろ…。流石にコイツは次元が違う……。」


「ですが、Masterを置いて逃げるなんて!」


「あとから絶対合流する。じゃからお主は先に逃げな。」


「……分かりました。絶対、死なないでくださいね。」


「あ“? おい。何逃げてんだ女!!」


 あの時の悪夢が蘇るように、銃口──否、ベンケイの腕が美咲の方を向いた。

 阻止するように師匠が盾になった。


「……ちっ、邪魔しやがって。」


「お主はワシを撃てない。そうじゃろ。」


「なめやがって、このクソジジイが。」


 ベンケイの顔が引きつっていく。

 刻一刻と自分に近づく巨体に、師匠はただ対抗することしかできなかった。


 どれくらい時間が流れただろうか。師匠は確かに強い。だが相手は天道教の幹部で、年齢差からしても勝ち目は薄いと誰の目にも明らかだった。


 それでも師匠はボロボロになりながら倒れようとしなかった。 そして、ベンケイが渾身の一撃を振り下ろそうとしたその瞬間──ある声が響いた。


「───ベンケイ、殺すな。」


 巨体の背後から、老婆のような声が聞こえた。師匠が耳にしたその声は、確かに長年付き添った老婆の声に似ていた。


「ば、ばあさん……? なんでそこに。」


 血の滲む視線の先に立つ“老婆”は、師匠が長年見てきた妻そのものだった。だが、付き合いの長さからこそ分かる違和感があった。老婆のそれとは、どこか違う。


「清光は殺すな。殺すべきは小柳深海ただ一人だ。余計なことはするな。」


 声色が徐々に変わる。老婆の柔らかな響きが、しだいに硬い芯のある女性の声音へと変わっていった。


「ですが、ここで仕留めた方が──」


「私は“殺すな”と言ったんだ。二度も言わせるな。」


「な、なぜ。お前さんがそっちにおるんじゃ。ばあさん。」


「私はばあさんではない。ここまで演技するのも大変だったがな。」


 ゆっくりと、“老婆の皮”が剥がれていくように見えた。皮が剥がれるたびに現れる見覚えのない顔。師匠の頭の中は混乱で渦巻いた。


「お、お前さんは……誰じゃ。」


「言うわけないだろ、お前に。お前に話す情報なんて今はない。」


「……本物のばあさんはどうした。」


「──深海がいないなら用はない。帰るぞ。」


 巨体の男と、“婆さんだった”女は振り返りもせず歩き去っていった。 追おうとする気力は、師匠にも、そこにいる誰にも残っていなかった。


 数分が過ぎたころ、美咲が様子を見に戻ってきた。


「───Master! 酷い怪我……、今すぐ治療しないと…。治癒術士に連絡します…!」


 美咲は慌ただしく治癒術士へと連絡を入れる。師匠は薄れていく意識の中で、必死に生への糸をつかもうとするようだった───



 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



「──来いよ子犬!! ほらどうした!!」


 威嚇の声。俺は見よう見まねで相手の注意を引き、そこをカウンターで突くつもりだった。だが、思わぬ部分で計算が狂った──


「……うぉっ!? はえぇ!!」


 想像を超える速さ。洞窟内で比較的コンパクトな動きをしているにもかかわらず、その攻撃の速度は目を見張るほどだ。反応が一瞬遅れ、こちらの攻撃はかすりもしなかった。


「やるじゃねえか、こいつ。」


「深海くん、私も加勢いたしましょうか?」


「いや、必要ない。琴葉は調査書と周りの確認を頼む。こいつはオレが倒すから。」


「了解。危なくなったら助けるわ。」


「グギャオ…!」


 速さに惑わされるが、数秒間の観察で攻撃パターンは読めてくる。確かに速いが、琴葉ほどの反応速度はない。琴葉の剣筋を見てきた俺なら、この動きに対応できないわけがない。読みさえすれば、次に取るべき行動が透けて見える。


「……ぐふっ…!!!」


 しかし身体が追いつかなかった。行動パターンを把握したとしても、肉体の反応が追いつかず、まともに一撃を受けてしまう。腹が裂けるように痛み、気持ちが悪くなり、吐き気が込み上げる。血の味が口に広がり、喉が焼けつくようだ──


 獣がこちらへと近づき、獲物を仕留めるために渾身の一撃を構えた。


 そのとき、頭の奥でとある言葉が反芻された。


『飢えた馬鹿な獣が一番油断する瞬間。それは、獲物をあと一歩で捕食できる!と勝ちを確信した時。最強の獣は、勝ちを確信したとしても、次の一撃に備えておく。そこの力の差で、貴方は私に負けた。』


 忘れようとして忘れられない言葉。

 その意味が、この瞬間、血と汗の中で腑に落ちるように理解できた。


 小柳深海は考え、想像した。

 この絶望的な状況から、獣に勝つための方法を。


 ───グオオオオ!!!


 獣が腕を振り下ろす。全身の力を込めた一撃だ。


 今だ。


 隙が生まれた刹那、俺は体を起こし、渾身の力で獣の腹を真っ二つに切り裂いた。


 その一太刀は、かつて敗れたときの太刀筋を彷彿とさせるものだった。スピード、構え、無意識に模したあの時の形。敗北した彼女を思い出し、身体が反応したのだ。


 後ろで大きな音がして、獣は崩れ落ちた。振り返らずとも分かる、勝利の確信。俺はゆっくりと剣を鞘に納める。


「……すごい、あの速さ。私と同じくらいだったかもしれないわね。」


「流石に琴葉には勝てねえよ。でも、思い出したんだ。お前の言葉。で、やってみるしかねえって思ってやったら、なんか出来たわ。」


「…それ、“なんか出来た”で片付けられるほど簡単にできることじゃないと思いますわよ。」


「そうなのかな。よく分かんねえけど。とりあえずぶっ倒したんだし、早く帰ろうぜ。愛菜が待ってる。」


「そうでしたわね。報告書は全部終わったので、もう帰りますわよ。」


「分かった。今日の飯なんかなぁ、カレーがいいな。」


「愛菜ちゃんの気分次第ですわね。私はなんでも嬉しいですけど。」


 そう言って、俺たちは洞窟を後にした。

 初任務は無事に果たされた。あの日の経験は、後に俺の成長を促すきっかけとなった。


 その背中を、薄ら笑いを浮かべて見送る者がいた──


「──あらぁ? 負けちゃったのぉ? こんなにお腹引き裂かれてぇ、可哀想ねぇ。いくら私たちで管理してる犬だからって、命はあったもんねぇ? 命が終わっていくその様は、気持ちよかったのかなぁ? それとも痛かったのかなぁ?」


「こいつではやはり無理だったか。まぁ、あらかた想定内だったが。だがひとつ、“彼の才能”は注目しなければならないな。」


「…そうねぇ。それにしても小柳深海くん。上の人が興味あるって言うから見てみたけど……確かに面白い子。ふふっ。」


「楽しむな。いずれ脅威になる人間かもしれないんだぞ。まだ“天の導き”は授かってなさそうだからいいが、これから先、授からないとも限らない。」


「その時はぁ、その時でしょ? だいじょーぶ、上の連中が負けるわけないんだからさぁ。」


「……相変わらず楽観的な女だ。」

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