第二十五話『出発』
あの日の夜、俺たちは泣き疲れるまで泣いた。
気づけば二人とも眠りに落ちていて、目を覚ましたのは俺のほうが先だった。
カーテンの隙間から朝日が差し込み、淡く部屋を照らしている。ぼんやりとした視界の中で、昨夜の記憶が少しずつ蘇ってきた。
「……ううん、もう朝か。」
寝癖を手ぐしで整えながらスマホを開く。
通知は──特に無し。
ため息をひとつつき、隣を見る。愛菜が穏やかな寝息を立てていた。
「愛菜、もう朝だぞ。」
とん、とん。軽く背中を叩く。
彼女は小さく身じろぎし、まぶたを開けた。
「……んん、おはようございます。もう朝ですか?」
「そうだよ。ほら、起きろ。」
「そうですね。おはようございます、シンくん。」
「てか、なんで敬語なんだよ。」
「なんか慣れなくて……徐々に直していこうかなと。」
「なるほどな。まぁ、好きにしろよ。」
そんな他愛ない会話を交わしながら、着替えを済ませてリビングへ向かう。もちろん、着替えるときはどちらかが外に出る──暗黙の了解だ。
「おお、おはようさん。相変わらず早いのぉ。」
師匠がいつものように椅子に腰かけ、お茶をすすっていた。
婆ちゃんの姿は見えない。
「あれ、師匠。婆ちゃんは?」
「あぁ、婆さんなら朝早くに出かけていったわい。ワシに何も言わずにな。まぁ、すぐ帰ってくるじゃろ。」
「じゃあ、私、朝ごはん作っちゃいますね。お二人は座って待っててください。」
そう言って、愛菜はキッチンへ向かう。
エプロン姿が妙に板についてきたな、と少しだけ思う。
その間、師匠と二人で話をすることにした。
「なんか愛菜ちゃん、昨日より元気になった気がするんじゃが。何かあったのか?」
「まぁ……ないといえば嘘になりますけど。あんまり深く詮索しないでくださいよ。恥ずかしいんで。」
「もしや──お主ら、まさか……」
「違いますよ。師匠が考えてるようなことじゃありません。ただ、昔の愛菜がどんな人だったのかを話しただけです。」
「なんじゃ、つまらん。若気の至りで子作りでもしたのかと思ったわい。」
「んなバカな。付き合ってもないですし。」
「お主ら、付き合ってないのか? なんでじゃ? お似合いなのに。」
「……なんとなくです。」
「ほほー、まさか深海──よし。愛菜ちゃーん! 深海がお主のこと──」
「おーい師匠!! 余計なこと言わないでくださいよ!! 『あー愛菜! 別になんでもねぇからな!!』ったく、何勝手に変なこと言おうとしてるんですか!」
「ワシはただ、お主らの仲をもっと深めようと──」
「余計なお世話ですよ!」
「──二人とも、朝から元気ですね。」
愛菜が微笑みながら朝食を運んできた。
テーブルの上には焼き鮭に味噌汁、ふっくら炊きたてのご飯。どれも見た目からして完璧だ。
「今日も美味そうだな。」
「ありがとうございます。すぐ出来ますから。」
朝の柔らかな空気の中、三人で食卓を囲む時間は、なんだか穏やかだった。
食後の片付けはいつも愛菜の仕事だが、今日は俺も手伝うことにした。そんな俺を見て、師匠が茶をすすりながら言った。
「さて、お主ら、今日は何する予定なんじゃ?」
「オレは今日から依頼された任務があるんで、行ってきます。少し長くなるかもしれませんが、必ず連絡します。……愛菜はどうする?」
「……もちろん、ついていきたい気持ちはありますけど。」
「じゃあ決定じゃな。お主ら二人で討伐士の任務に行くと。愛菜ちゃん、深海をしっかりサポートしておくれ。」
「子供扱いしないでくださいよ。オレは別に──」
「というわけじゃから、愛菜ちゃん、よろしくな。」
「はい! お任せください!」
「……話、遮ってんじゃねぇよ。」
ぼそっと呟いた声は、誰にも届かない。
スマホを開くと、任務の詳細が届いていた。
東商の大都市から少し離れた田舎町にある洞窟の調査。集合場所は現地で、任務期間中は討伐士が管理する家に滞在できるらしい。
画面をスクロールして確認していると、一通のメッセージが届いた。送り主は琴葉だった。
『今日の任務先、ちゃんと分かってる?』
『分かってるよ。そうだ、一緒に愛菜も行くことになったから。よろしく。』
『よろしくって……何もできないわよ。別に連れてきてもいいけど。』
やれやれ、相変わらずの塩対応だ。
スマホをポケットにしまった瞬間、チャイムが鳴った。
「──なんだこれ。ロボット? 胸元に討伐士のマークがついてるけど……。」
玄関を開けると、一体の人型ロボットが立っていた。
見た目は昔見たペッパーくんに近い。
『コンニチハ、コヤナギシンカイサンデスネ。コンカイノイライニツキ、ゲンチマデゴアンナイイタシマス。』
どうやら案内用のロボットらしい。
そんな話、入団のときには聞いてなかったが──とりあえず話を合わせる。
『アナタハ、ドウギョウシャノカタデスカ?』
「まぁ、そんな感じ。付き添いだ。」
『カシコマリマシタ。デハ、オフタリゴアンナイイタシマスノデ、ワタシニフレテクダサイ。』
「触れる……これでいいのか?」
俺と愛菜がロボットの肩に手を置いた瞬間、
眩い光が部屋を包んだ。
視界が白で塗りつぶされ、次に目を開けたとき──
そこはもう別の場所だった。
「な、なんだこれは……。未来はこんなにも進化してしまったのか。スゴすぎるだろ…。」
「すごい……初めてです、私。ワープしたの。」
『ワタシハ、“アンナイガタ”ノロボットデスノデ、キホンチュウノキホンナノデス。デハ、ワタシハコレデ、サヨナラ。』
そう言い残し、ロボットは消えていった。
目の前に広がっていたのは、のどかな田舎町だった。
青い空の下、緩やかに風が流れ、どこか懐かしい土の匂いがする。
鳥のさえずりが遠くから聞こえてきて、まるで時間がゆっくりと流れているようだった。
見た感じ、お店は地元のスーパーとコンビニくらい。特に目立つところはない。
そうこうしていると、見た目四十五歳くらいの男性が話しかけてきた。
「やあ、こんにちは。君たちは討伐士だね。歓迎するよ。俺は村長の坪倉だ。よろしく。」
「初めまして。討伐士の小柳 深海と申します。こっちは付き添いで来た海宮愛菜。」
「海宮愛菜です。よろしくお願いします。」
「よろしくね。じゃあ早速、今夜泊まるホテルに案内するよ。先に君のパートナーが来てるから、ちゃんと合流してね。」
どうやら琴葉はもう到着しているらしい。
歩いて十分ほどで、部屋が多い民家のような比較的大きめの家に着いた。
「ここが、今日から泊まるホテルだ。家の中は自由に使ってくれて構わないよ。あとはよろしくね。そうだ、何かあればマップアプリで俺の家まで来てくれ。今、共有しておいたから。」
「分かりました。ありがとうございます。」
村長と別れ、家のドアを開けた。
ドアは横にスライドするタイプで、おばあちゃん家によくあるやつだ。
「──来たわね、深海くん。」
琴葉が待っていた。討伐士の制服こそ着ているものの、どこかゆったりとした雰囲気で、あの頃とは大違いだ。
「おう、早かったんだな琴葉。」
「あなたが遅いんですわ。もう……! あ、愛菜ちゃん? えぇっと、久しぶりね。」
「……う、うん! 久しぶり……?」
彼女が違和感を覚えたような顔をしている。
当然だ。彼女には記憶がない。“久しぶり”などと言われても、記憶がないのだから。無理に合わせるしかない。
「じゃあ、部屋を決めて。二階が部屋になってるから。ちなみに一階はリビングね。テレビも冷蔵庫もお風呂も綺麗で、正直住み心地は最高よ。」
「すげぇなそれ。じゃあ二階で荷物下ろしてくるから、待っててくれ。」
と言い残し、二人で二階に上がった。
部屋はトイレを除いて四つあった。さすがに愛菜と俺は別々の部屋にすることにした。師匠の家では仕方なく一緒だったが、琴葉に変な詮索をされても面倒だ。
ある程度荷物の整理が終わり、一階に降りると、すでに愛菜と琴葉が一緒にいた。
「────来ましたわね。じゃあ、早速任務の話に移らせてもらいますわ。」
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