第二話『最悪の運命』
「──何か困っていることがあれば、僕で良ければ話を聞かせてくれないか?」
同じくらいの歳の青年に唐突に声をかけられ、俺たちは思わず身構えた。見ず知らずの土地で親切面を向けられても、どこか裏があるのではと疑ってしまう。
それでも、今は他に頼れる人間がいない。心細さが勝って、俺は素直に頷いた。
青年は一瞬ほっとしたように笑い、すぐに自己紹介を始めた。
「あ、すまない。自己紹介がまだだったね。僕は折木竜馬。東商の平和を守る『討伐士』だ。」
“討伐士”─────さっきの電話で聞いた職業名が、改めて耳に入る。どこか広告のような響きと、肩書きから漂う現実感。だが正直なところ、俺のなかで討伐士は“依頼を受けて報酬を得る者”。
つまり金で何でも解決する職業のイメージだった。今回みたいな状況で本当に無料で手を貸してくれるのか、半分以上疑いを拭えない。
「…討伐士ってことは、お金もらうんだろ?俺たち、お金持ってないんだけど。」
俺の言葉に、竜馬は肩を軽くすくめて笑う。笑顔は爽やかで、どこか絵に描いたような─────本当に“爽やかイケメン”の王道だ。だが、口先だけで済ませる軽さはなく、その笑顔には安心感がある。
「ははっ、流石にそこまで薄情な人間じゃないよ。さっきから見ていたけど、行く宛もないほど困ってるんだろ?そんな困ってる人の手助けくらいタダでやるさ。何を困ってるんだい?」
俺はつい、毒づくように呟いてしまった。
「ちっ、クソ…絵に描いたような爽やかイケメンキャラじゃねえかよおい。」
竜馬は軽く笑い、それから俺たちが体験した不可解な出来事を、最初から順を追って説明するよう促した。言葉に詰まりながらも、俺は出来事を一つずつ話した。
駅からの事情、チェキがなくなったこと、電話の対応、そして─────突然の襲撃と気絶。全部を、切れ切れの記憶を頼りに吐き出す。
聞き終えた竜馬は短く頷き、街の仕組みから説明し始めた。彼の声は落ち着いていて、聞くほどにこの世界の構造が浮かび上がってくる。
「──なるほど、つまり君たちは過去の世界からやってきて、今行く場所がないってことか。」
「ああ、それで一つ聞きたいんだけど。俺らはこれからどうすればいい?」
直接的な問いに、竜馬は間を置かずに答えるよりも先に、まず全体像を整理してくれた。彼の言葉は要点が明確で、こちらの混乱を着実に解いていく。
「うーん、そうだな。まずはひとまず、この世界のことを簡単に説明しておこうか。この世界は少し特殊でね、昔と違う部分がいくつもあるんだ。」
「ああ、助かる。」
「──この世界が昔と変わったことを一言で言えば、近代化と職業の変化だ。近代化は、この街の風景を見てもらえば分かると思う。でも一番大事なのは、もう一つの“職業”だ。昔の時代は様々な職業があったが、今はほとんどが限られたものになっている。まず、昔の公務員みたいな存在で言うと、政府で動いている人たち。それから、新たに増えた職業が、僕たち『討伐士』、傷を癒す『治癒術士』、それから兵器や罠を開発して売る『機工術士』だ。それ以外は、人々が生きていくために必要な食べ物や飲み物を売っている人たちだね。これについては昔とあまり変わらないんじゃないかな?」
竜馬の説明は丁寧で、不要な装飾がない。けれども情報量は多く、俺も彼女も話の輪郭をようやく把握し始めた。彼が言う「政府が機能弱体化した」の部分は、さっきの電話で感じた違和感を裏付けるものだ。
「なるほど、要するに妖怪ウォッチバスターズのアタッカー、ヒーラー、レンジャーみたいな感じか。」
俺は昔のゲームの比喩で簡潔にまとめる。すると彼は一瞬だけ首をかしげて、かわいいと呟くように返してきた。
「何?妖怪ウォッチ…バスターズ?なんか、可愛いな。」
空気が和らぎ、緊張が少しだけ解ける。けれど、根本の問題は何一つ解決していない。どうやって“戻る”か────その質問がやはり最も重要だ。
「…大体、この世界のことは分かった。それで、俺たちはどうやって現実世界に帰れる?」
竜馬は一瞬考え込み、慎重に言葉を選んだ。彼の目がほんの僅かだけ遠くを見やる。その表情は、単なる推測以上の確信を含んでいた。
「それについてはまだ分からないけど、ひとつだけ頭の中で考えていることがある。」
彼が口にした言葉に、俺は耳をそばだてた。これまでの断片的情報が走馬灯のようにつながる気配があった。
──君たちをここへ送った人間は、この世界の人間、つまり“未来から来た人間”だと思う。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「…恐らく、僕たち討伐士が長年追っている極悪集団『香良洲』が関係していると思う。香良洲は、この世の悪事の裏には必ず関係していると言われている最凶最悪の奴らだ。裏世界の人達をを全て支配している、悪の元凶さ。」
折木の声は、さっきまでの柔らかな口調とは違い、低く鋭い響きを持っていた。まるで、その名を口にすることすらためらうほどの“何か”が、その集団にあるようだった。
「僕たちが知っている情報では、香良洲が作り出した、“最悪の未来が訪れる”という運命を強制的に発動させることが出来るという兵器のレシピ。それがある機工術士に渡されて兵器が完成した。そしてその機工術士こそが、君たちをこの世界に送った人物だと思う。」
運命を書き換える平気のレシピ。
たった数文字のその言葉に、背筋がひやりと冷えた。何かを変えるどころではなく、“最悪”へと導くために創られた兵器。普通の技術者が扱える代物ではない。
「いや、その機工術士、私のお父さんかもしれません…いや、あの顔は絶対に父でした。一瞬ですが、顔が見えたんです。絶対に、私の父です。断言します。」
彼女の声は震え、揺れ、けれど迷いがなかった。
父と娘。記憶に刻まれた輪郭や声色、仕草……それらが一瞬の邂逅で確信へと変わったのだろう。
「本当か…!?それは驚きだ。」
折木の目が大きく見開かれた。
彼にとっても予想の範囲を超えていたらしい。
「ちょっと待てよ。コイツのお父さんかもしれない機工術士は、この未来の世界の人間なんだろ?じゃあ、どうして過去に行けてるんだ?もし本当にコイツのお父さんなら、今この世界にはいないはずだ。」
疑問は自然に口から漏れた。
普通に考えれば矛盾している。未来の人間が、どうやって俺たちの時代に─────。
折木は深く息を吸い、ゆっくり吐いてから答えた。
「香良洲は、この世界の法則を破り、さまざまな犯罪に手を染める極悪集団だ。もし仮に、彼女のお父さんが奴らに利用され、香良洲が人体実験でその兵器を使用し、君の父親が最悪の運命を背負って過去に送られ、そこから君たちがその世界に捨てられていたなら…」
空気が止まった。
公園の風が一瞬だけ消えたような錯覚。
もしその仮説が本当なら────彼女の父親は、自分の意思とは関係なく“強制的に送り込まれた”ということになる。
「つまり、お父さんは最悪の運命を背負った状態で、無理やり俺たちの世界に送られたってことか?」
自分で言いながら、胸の内にざらついたものが広がった。あの時のお父さんの異常さは、狂気ではなく“そうさせられた結果”だったのかもしれない。
「…そんな、何それ…それを私たちに隠して。」
彼女は小さく嗚咽を漏らし、拳をぎゅっと握りしめた。涙が零れ落ちるのも止められない。
「まだ確定したわけではないが、大体の予測はつく。香良洲がやろうとしていることは人のする事じゃない。…本当に、本当に。許せない連中だ。」
折木は淡々と説明しているようで、その声の奥に怒りが混ざっていた。討伐士としての彼なりの正義が傷つけられているのが分かる。
「じゃあ、あの時。最悪の運命が来ると悟ったお父さんは、その事実に怖くなって狂ってしまったってことか?」
俺の問いに、折木はすぐに首を横に振った。
「僕の考えはちょっと違う。…お父さんは君たち、いや、君に最悪の運命から救われて欲しいと思ったんじゃないかな?」
「…私に?」
彼女は顔を上げたが、視界は涙で滲んでいた。
強くあろうとしていた彼女の声が、まるで幼い子供のように弱々しく震えた。
正座したまま、涙を隠すことすら忘れて泣き崩れる彼女。その姿を見た折木は、そっとポケットから白いハンカチを取り出し、迷いなく彼女へ差し出した。
優しくて、自然で、押しつけがましくない動作。
本当に“こういうキャラ”なんだろうと思えるほど完璧だった。
「一つ一つの仕草まで、イケメン主人公みたいだな。」
思わずぼそっと呟いてしまった言葉は、風に紛れて消えるほど小さかった。
「おそらく、お父さんは最悪の運命を呼び起こす兵器を作ってしまったこと、君を巻き込んでしまったことを悔い、せめて君たちが犠牲にならないように、君たちを未来の世界へ送ったんだ。方法は分からないが、お父さんは、自分一人で最悪な未来に立ち向かう事に決めたんだと思うよ。」
折木の声は静かで、しかし確信に満ちていた。まるで長年積み重ねた経験から、無数の悲劇を見てきた者だけが持つ“重み”が言葉に宿っていた。
「…そう、だね。」
彼女はしばらく俯いていたが、ゆっくりと顔を上げた。涙で濡れたその瞳に、弱さはもうなかった。
震えていた肩が止まり、代わりに身体の中心に火が灯るような、そんな気配をまとっていた。
彼女はぐいっと袖で涙を拭う。
「お父さん、私がんばるよ。どんなことがあっても、絶対、お父さんを壊した『香良洲』に復讐するから…!」
声はまだ少し震えていたが、その決意はむしろ痛いほどまっすぐだった。
未来の世界に放り出され、意味も分からず殴り倒され、泣き続けてもおかしくない状況で────それでも、彼女は立ち上がった。
その姿を見て、折木はわずかに目を細めた。討伐士としての表情ではなく、一人の青年としての表情だった。
「無論、私たち討伐士も協力しよう。君たちの力が必要だ。協力してくれないか?」
差し出された言葉は、頼みではなく“仲間への招待”のようだった。
この世界で居場所のない俺たちに向けて、初めて示された“道”。
「…分かりました。」
俺の口から出た返事は、気づけば自然だった。
逃げるわけにもいかないし、見て見ぬふりもできない。
それに────彼女を一人で戦わせるつもりなんて、最初からない。
決意を固める二人を、眺めていた深海は、唐突にあることに気づいて眉をひそめた。
…………待てよ?
ここまでの話を整理すると─────
彼女の父親は“最悪の未来に巻き込まれないように”俺たちを未来へ送った。
つまり、俺たちに危害を加える理由なんて、本来どこにもないはずだ。
だとしたら────あの時、あの狂ったような怒鳴り声は……。
『お前らがぁぁぁぁぁぁぁ!!犠牲になっちまえぇぇ!!!』
あれは、一体……なんだったんだ……?
まさか、本心じゃなかった?
誰かに強制されていた?
それとも、あれこそが……“最悪の運命”に支配された姿……?
思考がぐるぐると渦を巻く。
胸の奥に、得体の知れない寒気だけが残った。
────あの叫びの意味を、知るのが怖いと初めて思った。
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