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そして君は明日を生きる  作者: 佐野零斗
第一章『討伐士認定試験』
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第十七話『小柳 深海 vs 川崎 琴葉』

 空気が一気に変わった。


 今目の前に対面しているのは、かつての幼馴染──否、今の俺にとって最強格の相手だ。

 地面に落ちる砂の音すら聞こえる気がするほど、張り詰めた空気。


 誰かが息を飲めば、その音だけで切り合いが始まってしまいそうな緊張感が漂っていた。


 ────そして、先に動いたのはオレだった。


 踏み込んだ瞬間、視界が一瞬揺れた。

 次の瞬間には、琴葉の気配が目の前…よりも近く、ほぼ至近距離に迫っていた。


「っ……!」


 木刀が閃き、反射で後ろに跳ぶ。

 刃は紙一重で空を切ったが、頬に冷たい風が走った。

 あと数ミリ遅ければ、確実に当たっていた。


「おお!!すげぇ!!あの攻撃かわせんのかよ!」


 ギャラリーたちは完全に固まっていた。

 だが俺には、周りの声が遠くで反響しているようにしか聞こえない。

 視界に残ったのは、琴葉の残像だけだ。


 彼女の剣が振り抜かれた軌跡を見届け、逆に俺が距離を詰める。 懐に潜り込み、木刀を振る。


 だが───


 “ガツッ!”


 彼女の腕が鋼のような軌道でガードを組み、俺の一撃を完全に止めていた。


「くそっ……常に先を読まれてる感じだな。」


 そう、彼女は速いだけじゃない。

 “反射神経”と“予測”が異常次元で噛み合っている。


 こちらの肩の動き、指の力み、足の角度──

 その全てから次の攻撃を読み取っている。

 無作為に技を振るっても、意味がない。


 なら、斬り合うしかねえ。


 俺は一気に距離をゼロにした。

 木刀と木刀がぶつかり合い、乾いた衝撃音が響く。


 “ガキィィンッ!”


 “カンッ!カンッ!”


 次の瞬間には、二人の剣が高速で交錯し始めた。

 ほぼ互いの顔が触れそうな距離、

 互いの瞳に相手の殺気が映り込む距離。


 木刀がぶつかるたび、まるで火花のように空気が震えた。参加者たちはもちろん、ランキング上位者でさえ目を逸らせない。

 目で追うだけでも遅れるほどの高速戦闘だった。


 攻撃、防御、攻撃、防御、攻撃──

 リズムなど存在しない。

 ただ本能と経験がせめぎ合う、紙一重の応酬。


 呼吸が乱れ、身体が悲鳴をあげ始めた頃──

 一旦距離を取る。


「───はぁ、はぁ。ここまでやっても、一撃もあいつに届かないのか。」


「深海くん、なかなかいい腕前ですわ。昔の私ならやられていたかもしれませんが──」


 そして彼女は、すっと目を細めた。


「今の私は、過去を捨てた“私”です。絶対に負けませんわ。」


 言葉の重みで、空気がさらに締まった。

 彼女の覚悟は本物だ。

 一度死んだ人間が、もう二度と迷わないような、あの異様な決意。


 なら、こっちも応えなきゃいけねえだろ。


「まだ、終わらねえぞ!!終わらせるわけには…いかねえ!!」


「───ふぅ…そろそろ、私も本気を出しますわ。」


 地面を蹴り戦線に戻った瞬間。

 視界から琴葉の姿が“消えた”。


「……っぐふっ……!」


 腹に重く鋭い衝撃。

 木刀の先が突き刺さるような痛みで、膝が震えた。


 何も見えなかった。

 本当に稲妻が走ったとしか思えないほどの速度。


「くそ、手加減してやがったのか……。あの速さ…まるで雷鳴が轟いたような…」


「最初から本気を出せば、目が慣れてしまいますでしょう?奥の手は、後から出すからこそ意味があるのです。──悶絶していただかないと。」


 言い切る声は軽いが、その裏の力は重い。

 だが──まだ倒れねえ。


 胃から逆流しそうな嫌な感覚が込み上げる。

 視界が揺れる。足が鉛のように重い。


 それでも。


「────あなた、まだ立ちますか、懲りませんね。」


「お前の速さに、負けてばっかじゃいられねえんだよ!ここで終わるわけには……」


 気合いで踏み込んだ。

 だが彼女はまた一歩先を読んでくる。


 “バチィッ!”

 “ドスッ!”

 “ガンッ!”


 足、手、胸に木刀が叩き込まれ、息が漏れる。


「ぐふっ……ぐほっ……っ、うげっ……!」


 琴葉の速度は、ただ速いだけじゃなかった。

 “次の俺の苦痛”すら予測して打ち込んでくる。

 攻撃の軌道も、タイミングも、痛みまでも計算されている感覚。


 頭で対策を考える暇もない。

 考えた瞬間には次の一撃が迫っている。


「こりゃまずいな、このままじゃ小柳がもたねえぞ。」


「そろそろ降参してはいかがですか。」

「私に勝てるとは……思えないのですが。」


 冷たい声とともに彼女は木刀を構え直す。

 その姿は、美しく、そして圧倒的だった。


「───どうにかして、勝てないのか。」


 俺の視界が揺れ、地面が波打つように見える。

 でも──まだ終われねえ。


 終わらせるのは、俺だ。


 体の至る所に青アザができている。触れるだけで痛みが走る。ぽた、ぽた……と、血が地面に落ちる音がやけに大きく聞こえた。


 それでも、彼女────川崎琴葉は微動だにせず、まるで散歩の途中で立ち止まったかのような、ケロッとした表情で俺を見ていた。


 その余裕が、逆に恐ろしい。

 力の差は、歴然だった。


 息を吸うたびに肋骨が軋む。視界の端が揺れる。

 それでも意識だけは、まだ落ちていない。


 その時だ。師匠の声が蘇った。


『────お前さんは、やるべき事を見誤らず、自分の想いを信じるんじゃ。』


『ワシは最初から、お主の事を心配しておらんがな。』


 あの飄々とした顔。何度もボコボコにされながら、それでも俺を見放さなかった師匠の背中。


 師匠の想いを裏切りたくない。

 愛菜にだって、まだ何ひとつ報告できていない。


 だから──


 俺はここで、負ける訳にはいかない。


「───なんですの、空気が、変わった?」


「あ、あれ!小柳の様子が!」


「あれは…深海…?なのか?」


 周囲の土がざわりと揺れた。

 風が強くなったわけじゃない。俺の“内側”から吹き出した気配に反応したのだ。


 "あの頃" のオレだ。

 師匠に叩き伏せられた時に目覚めた、もう一人のオレ。


 "戦いに飢えた獣"


「ふふふ……はははははは……久し振りだなァ、この感覚。1年ちょっとぶりくらいだぜぇ。心拍音が上がって…体温も上がって…最っ高の気分だ…。」


 胸の奥が熱い。皮膚の下を血液が暴れ回っている。

 脳が冴え渡り、傷の痛みすら快感に変わる。

 戦いそのものが────生の証明になっていく。


「…彼の眼球が赤くなった? 深海くんのこの変化はなんですの……全く理解が出来ませんが。油断は出来ませんわね。」


 琴葉の静かな声が耳に届いた瞬間、


 ─────ゴタゴタ言ってんじゃねえぞ。


 一歩踏み込む。


 地面が砕けるような音と同時に、俺の姿が掻き消えた。


 懐に入っていた。

 視界に捉えられたのは、わずかに見開かれた彼女の瞳。


 一発食らわせた。

 木刀を振り下ろし、彼女の腹に叩き込む。


 ドゴッ!


「……ぐはっ!」


 琴葉の身体がわずかに折れた。彼女が血を吐いた。効いてる、確実に。


「はははっ、戦闘中にゴタゴタ話してんじゃねぇよ!!もっと楽しもうぜぇ!!オレは今、最高に気持ちいいんだよぉぉ!!!!」


 背筋がゾクッとするほどの興奮が走る。

 自分が自分じゃなくなるような錯覚。いや────今の俺が本性なんだろう。


「──ぐっ、この程度、まだまだです。」


 琴葉が後退しながらも、呼吸を乱さず構えを整える。

 その姿を見て、俺は更に笑った。


「はぁ?? お前苦しそうじゃねぇか。腹一発喰らってみぞおち綺麗に入ったもんなぁ!!安心しろよ!!次で楽にイカせてやるよ!!!!」


 再び踏み込む。


 足裏が弾け、地面を抉りながら一気に間合いを詰めた。木刀を振り上げ、彼女の肩口を狙った瞬間────


「死ねぇぇぇ!!」


 グシャッ。


「─────っ、あ?」


 景色が、反転した。


 次の瞬間には、俺は仰向けで地面に倒れていた。

 意識が千切れ飛んだように、数秒前の記憶が無い。


 頭の奥がズキンと脈打ち、視界に赤いノイズが走る。


「何が、起きた?」


 琴葉が木刀を腰の鞘に静かに収めていた。

 その仕草が恐ろしく優雅で、逆にぞっとする。


「────飢えた馬鹿な獣が一番油断する瞬間。それは、獲物をあと一歩で捕食できる!と勝ちを確信した時です。」


 彼女がゆっくりと俺に歩み寄る。


「最強の獣は、勝ちを確信したとしても、次の一撃に備えておく。そこの力の差で、貴方は私に負けた。」


「───なんだと、まさか…オレが……負けた?」


 歯を食いしばり、何とか立ち上がろうとする。だが剣が握れない。手が震える。視界が二重に揺れ、脳が痛い。頭から温かいものが流れる。


 それでも────負けを認めたくなかった。


「その状態じゃ、戦闘続行は困難ですわね?」


 琴葉の言葉は感情の一切を排した、ただの事実通知。

 だけど今の俺には、胸の奥を鋭く刺し貫く宣告にしか聞こえなかった。


 周囲のざわめきが、耳の中で渦巻く。

 勝者と敗者が決まった瞬間の独特の空気。

 熱気でも歓声でもなく、もっと生々しい“現実”の匂い。


「マジかよ……小柳が……」

「負けた……?」


 誰かの声。

 けれど誰の声なのか判別できない。

 音が歪んで、揺れて、ひどく遠い。

 まるで深い水の底から世界を聞いているような、そんな感覚だった。


「クソが……クソ、クソが……。」


 膝が勝手に落ちた瞬間、膝関節の中で“パキッ”と嫌な音が鳴った。痛みが走る。

 でも胸の痛みに比べれば、そんなものどうでも良かった。


 木刀を拾おうとしても、手が震えて握れない。

 指先の感覚がなくなり、じんじんと痺れだけが残る。

 肩から腕へ、そして肋骨の奥にまで“焼けるような痛み”が広がっていた。


 俺の負けだ。

 完全に、そして圧倒的に、負けた。


 俺が夢見た未来。


 師匠の言葉。

 愛菜の笑顔。

 仲間との約束。


 全部が頭の中でぐちゃぐちゃに混ざって、胸の奥で絡み合って動けなくなる。


 俺の夢は……ここで終わったのか?


 “討伐士になりたい”と、本気で願った。

 “強くなりたい”と、心から思った。

 だけど今、そんな想いがすべて音を立てて崩れていく。


 こんなところで終わりなのか?


 ─────みんな、ごめん。


 唇が震え、息がうまく吸えない。

 鼻の奥が熱くなって、耐えきれず涙が溢れた。


「ただいまをもって、第二次試験を終了します。今回残った参加者の数は30名、無事二次試験を突破した皆様はホテルへお戻りください。」


 アナウンスの声はやけに明瞭で、やけに乾いていた。

 まるで俺の敗北とは無関係に、淡々と世界が動いていくようで、余計に胸が締め付けられた。


「……おい小柳。お前は凄かったよ。あのバケモノ相手にあそこまでやり合えるなんてよ。お前は間違いなく強かった。」


「────クソ、クソが。悔しい…。」


 涙が床に落ちる音すら聞こえるんじゃないかと思った。 それほど静かに、そして重く滴っていく。


 悔しさ、情けなさ、無力感─────

 どれにも言葉が追いつかない。


 皆との約束を守れなかった。

 ただその一点だけが、胸の奥で黒い塊になって動かない。


 全てに絶望していたその時。


「いやぁ、いい物を見させてもらったよ。」


 その声はあまりにも穏やかで、あまりにも気負いがなくて、逆に背筋がゾクリとするほどだった。


「───団長、」


 顔を上げると、そこに立っていたのは団長────

 この国の討伐士の頂点。

 圧倒的強者特有の“静かな気配”を纏ったまま、俺の方を見下ろしていた。


「…ふふっ、なぜキミが落ち込んでいるんだ? 君は “二次試験を通過したでは無いか”。」


「……え?」


 声が裏返りそうになった。

 理解が追いつかず、目の焦点が合わない。

 頭の中が真っ白になり、数秒遅れて意味が流れ込んでくる。


 団長は淡々と言葉を続けた。


「実はね、君と彼女が戦っていた時には、既に参加者が規定人数に到達していた。つまり、あの場に残っていた全員が第二次試験通過者となっていたというわけだ。」


 その瞬間、胸の奥がドクン、と大きく脈打った。


 なんだよそれ。

 じゃあ、俺は必死に戦って……必死に立って……

 結局、敗北は関係なかったのか?


 でも、すぐに気づいた。違う。

 それでも無駄じゃなかった。


 俺は戦いの中で確かに進んだ。

 昔の自分から、今の自分へ。

 琴葉とぶつかったことで、何かが繋がった。


「……でも、なんで、なんで止めなかったんですか?」


「理由は第一位────私の息子がね。」


 団長は少しだけ口角を上げ、続ける。


「息子が言ったのだ。『条件は揃いましたが、これは中々面白い試合が始まりそうなので、この二人の戦いだけは止めないでほしい』とね。」


 鮮明に想像出来た。あの最強の男。

 こっちを品定めするように見ていた第一位の男が、そう言ったのだろう。


「なんだ……じゃあ、俺は……。」


「───ふふっ、おめでとう。第三次試験も期待しているよ。健闘を祈る。」


 その言葉は、優しく、誇らしく、胸の奥まで沁みた。

 あまりにも嬉しくて、また涙が出てきた。


「うぉぉぉ!!良かったなぁァ小柳ぃぃ……!!」


「ほんと良かった、ヒヤヒヤしたんだから…!」


 翔也と伊織が肩を叩いてくる。

 その軽さですら痛い。

 でも、その痛みが妙に心地よかった。


「────あ、そうだ。その傷では次に響くだろう。ホテルにあるメディカルカプセルを使いなさい。30分で全治するはずだ。もちろん、先程の彼女にも使わせるつもりだがね。」


「あ、ありがとうございます。」


 今度は涙じゃなく、心から笑えた。

 団長に認められたことが、こんなにも嬉しいなんて。


 こうして俺達は二次試験を終え、フラつく足取りのままホテルへと戻った───

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