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そして君は明日を生きる  作者: 佐野零斗
第一章『討伐士認定試験』
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第十四話『芽生えた友情』

 ────うわあ、すげえ豪華なホテルだ!!!


 “最上階ホテル”と聞いたときから、勝手に脳内で高級ホテル像を膨らませていた。


 だが、実物は──その想像を軽く越えてきた。


 自動ドアが静かに開いた瞬間、涼やかな空気とほのかに香るアロマが鼻腔をくすぐる。


 天井は高く広く、透明度の高いクリスタル照明がゆったりと揺れ、空中に小さな星を撒いたように散光が舞っていた。


 大理石のフロアは磨き上げられ、足を置くと遠くまで響く澄んだ音が返ってくる。


 受付カウンターは上品な光沢を放ち、壁面にはデジタルアートが流れ続けている。


 ここが「受験者向けの宿泊施設」だと言われても、誰も信じないだろう。王族向けホテルと言われてもおかしくないレベルだ。


 一人一部屋という贅沢さに、思わず喉が鳴る。

 各フロアの廊下は広く、照明は柔らかな光で影を作らない。どこまでも清潔で、どこまでも静かだ。


 さらに共同スペース──

 そこにはハイスペックの最新式マッサージチェアが20台ほど整然と並び、その奥にはガラス張りの壁越しに見える露天風呂。


 人工的に作られた“空中庭園温泉”で、夜は都市の光を一望しながら湯に浸かれるらしい。


 しかも更にすごいところが、この露天風呂は風景を変えることができ、山の中から北極の氷山などなど様々な場所の風景を映し出すことができる。


 極めつけは─────ルームサービス無料。

 もはや王宮の威厳と経済力をこれでもかと見せつける施設だ。


「流石にこれはすげえな…」


「な! テンション上がるぜぇ!!ここ三日間しか居れねえのかよ!!延長してえ!!」


 桜木翔也は本当に身体ごと喜んでいるようで、あちこちを見渡しては感嘆の声をあげている。

 まるで修学旅行に来た子どものようだった。


「皆さん、本日はお疲れさまでした。第一次試験突破、おめでとうございます。」


 澄んだ声が響く。

 振り返ると、凛とした美しさを持つ案内人の女性が、落ち着いた笑みを浮かべて立っていた。


 無駄のない所作、まっすぐな視線──きっと練度の高いスタッフだ。


「おいおい、あの案内人兼美人の姉ちゃんつきかよ! わくわくするな!色んなサービスとか受けられんじゃねーの!?なあなあ!」


「…あんまでかい声で言うなよ…聞こえるだろ。」


 本人は耳打ちしているつもりだが、声量は普通に大きい。女性案内人はクスリとも笑わず淡々としていて、恐らく“監視兼サポート”の役割なのだろう。


「では、皆様それぞれお部屋の鍵をお渡ししますので、名前を呼ばれた人からこちらにお越しください。」


 75個分のカードキーが手際よく配られていく。

 それぞれが部屋へ向かい始めると、廊下には程よいざわめきと期待の空気が満ちていった。


 俺も鍵を受け取り、自分の部屋の前に立つ。

 カードキーをタッチ──電子音とともに自動で開く扉。


 そして目に飛び込んできた光景に、息を飲んだ。


 広い。

 そして、綺麗すぎる。


 ベッドはキングサイズでふかふか。

 窓は床から天井までのフルガラスで、そこから王宮都市の景色が一望できる。


 ガラスには特殊加工がされているらしく、目の前の景色が立体感を伴って迫ってくる。


 机にはタブレット型の操作パネルが置かれ、部屋のほぼすべてをコントロールできる。


 バスルームも広く、照明は自動で調整され、風呂桶ひとつ取っても高級ホテルのそれだ。


「───ふう、ひとまず、第一次試験は通過っと。…そうだ、師匠に電話しておこう。」


 ベッドに倒れ込みながらスマホを取り出し、すぐに師匠へ電話をかけた。


「────あ、師匠。俺です、深海です。」


「おお、深海か。全然連絡くれんから心配してたぞ。試験はどうじゃった?」


 懐かしい声。

 あの山奥で、生きる術も戦い方も叩き込んでくれた師匠だ。声を聞いただけで、張り詰めていた心が少し緩む。


「無事、通過しました。今はホテルで休んでます。」


「よかったな、お疲れ様じゃ。これからも精進するんじゃぞ。気を抜かず、無理をせずじゃ。」


 師匠らしい、短くも温かい言葉。


「ありがとうございます。…それで、愛菜の様子はどうですか?」


 声が自然と柔らかくなった。


「…まだ寝ておるな。まぁ呼吸も安定しておるから大丈夫じゃとは思うが。」


「…そうですか。なら良かったです。」


 胸が少しだけ軽くなる。

 愛菜の姿は、今の俺を支える最後の柱だ。


 「────師匠。俺、第一次試験中、愛菜の声が聞こえた気がするんです。最後の最後で……。」


「───そうか。そりゃ愛菜も見守っておるということじゃろうな。お主はとりあえず体を休めて、次の二次試験に備えろ。」


「……わかりました、師匠。」


「二次試験だとおそらく30人くらいまで絞られるはずじゃ。自分を信じて突き進むんじゃ。」


「分かりました。絶対に乗り越えてみせますから。」


 電話を切るのと、チャイムが鳴るのが同時だった。

 次の瞬間──


 バンッ!


「よっす小柳〜!遊びに来たぜ!」


 勢いよくドアが開き、桜木翔也が乱入してきた。

 元気、エネルギー、感情──全部フルパワー。


「あぁ、来たのか、本当に。」


「当然だろ!俺は一度行ったことは曲げねえ主義だからな!んな事より早く麻雀やろうぜ、麻雀!!」


 ここは高級ホテルの一室だということを完全に忘れている。机の上に麻雀セットをドンッと置き、勢いのままに座り込む。


「ほらほら、待ちきれねえよ、早くやろうぜ!」


「へいへい、分かったよ。言っとくけど、本当にルール知らないからな。」


「任せとけって! 強くなるまで帰さねぇからな!」


「いや、それは帰れよ!?」


 そんな軽口を交わしながら、結局向かい合って座ることになった。翔也にルールを叩き込まれながら牌を触り──


 気づけば、窓の外は夜に沈んでいた。


 笑い声と牌を積む音が、いつまでも静かな部屋に響いていた。


「はぁ〜、やっぱ人とやる麻雀おもしれえ。」


 翔也が椅子の背にだらんと身を預け、心から満たされたような声を漏らした。


 テーブルの上には積み上げられた点棒、乱雑に散らばった漫画のような手牌、空きかけのコップ。


 ホテルの一室とは思えない、どこか合宿所の夜のような和気あいあいとした光が溢れていた。


 外の窓は夜を映し、遠くのネオンや街灯が静かに瞬いている。満ち足りた静寂と、ついさっきまで部屋じゅうに飛び散っていた笑い声の名残が、空気の中に薄く漂っていた。


「そうだな、意外と面白いんだな、麻雀って。……あ、悪い。俺喉乾いたからちょっと自販機行ってくるわ。」


「おう、OK。」


 立ち上がると、床のカーペットが柔らかく沈み込み、足を包み込むような足触りが気持ちいい。


 このホテルは高級すぎて、歩くだけで気分が変わる。

 扉を開けて廊下に出ると、天井の間接照明が静かに光を落とし、外の喧騒とは別世界のような上品な静けさが漂っていた。


 共同スペースは、夜でもライトが少しだけ灯っている。整然と並んだマッサージチェアはまるで無人の司令席のようで、微かに電子音を発しながら待機状態になっている。


 その一角に、未来感のある白い自販機が数台並んでいた。


「そうだなあ、オレンジジュースにしようかな。───って!300円もすんのかよ!!俺らの時代じゃディズニーレベルの値段だな。富士山の頂上ともいうか。」


 画面に表示された数字を見た瞬間、反射で文句が口から出る。ホテル価格──とはいえ、これはなかなかパンチがある。


 ため息をつきながら電子決済をタップし、ジュースの缶がコトン、と音を立てて落ちてきた。


 拾い上げようとして、つい手元が狂い、小銭が指の隙間をすり抜けた。


「あ、やべっ!」


 カラン、カラララ──と、金属の小さな音がフロアに響く。転がる硬貨は予想以上に速く、薄明るい床の上で反射を繰り返しながら逃げていく。


 拾おうと身を屈めたそのとき──


「───大丈夫ですか?」


 澄んだ声が、背後から柔らかく降ってきた。


 振り返ると、女性がしゃがみ込み、小銭を拾い上げていた。白く長い髪が肩から流れ落ち、照明に照らされて上品な光を帯びている。


 白い手首の動きひとつひとつが洗練されていて、何故か視線を奪われる。


 ほんの一瞬、空気が変わった──そんな気配を感じた。


「「あっ!すみません。ありがとうございます。」」


「いえいえ、お気を付けてくださいね。…そういえばあなた、第一次試験で第二位の成績を収めた方ですわよね?」


「あ、はい。そうですね。」


 女性の瞳が穏やかに細められる。

 しかしその奥には、何か測り知れない光が潜んでいた。ただの“綺麗な人”ではない。


 間違いなく、実力者の雰囲気をまとっている。


「……ふふっ、貴方とは、何かご縁を感じますわ。近いうちに、また会えると思いますので。お互い二次試験、頑張りましょうね。」


「は、はぁ。お互い頑張りましょう。」


「ふふっ、それでは私はここで。ごめんあそばせ。」


 女性は優雅に手を軽く振り、音も立てずに廊下を歩き去っていった。柔らかな香りが、遅れて鼻先にかすかに届く。


 ──ただ者じゃねぇな。

 残された空気が、妙にひんやりしていた。


「……何だったんだ?」


 胸の奥に、不思議な違和感だけが薄く残っている。

 縁──とはどういう意味なのか。

 だが、考えても答えは出ない。


 オレンジジュースの缶を握り直し、部屋に戻った。


「おお、少し遅かったじゃねえか、何してたんだよ。」


「いや、小銭落としたら、綺麗な女性が拾ってくれて、それで少し話してた。」


「……あ?おいお前。───何抜け駆けしようとしてんだおいこらぁぁぁぁ!!!」


「はぁ!?そんなんじゃねえよ!!」


 翔也が、椅子ごとひっくり返りそうな勢いで立ち上がり、俺の髪をわしっと掴んだ。


「うるっせぇ!!!お前!そいつ絶対可愛かっただろ!!ずっと喋りてえって思ったから喋ってたんだろ!!!」


「だから違ぇって!!なんかいきなり、縁を感じるとか何とかって言われて!!」


「それ遠回しのプロポーズじゃねぇかぁぁぁ!!許さねえ、ぜってえ許さねぇぞ小柳ぃぃぃ!!!」


「うぉぁ!人の部屋で走り回んじゃねぇって!!」


 翔也は走り回り、部屋の中をひたすら暴走している。

 もはや俺より体力残ってるんじゃねぇか。


「うるせぇうるせぇ!!俺に走りで勝てると思ってんのかァァァ!?嫌なら止めてみろよ!!!」


「────ちょっと、騒がしいよ。」


 その瞬間、玄関から低い声がした。

 振り向くと、そこには見知らぬ女が立っていた。


 誰だよ、知らねぇよ、ってレベルの自然な立ち方。

 まるで元からそこにいたような顔で俺たちを見下ろしている。


「あぁ、悪い、ちょっと騒がしかったな…って、」

「お前…………、」


 思わず言葉が止まる。


 ───────誰?


「誰でもいいだろ。うるさかったから来た。」


「うるさかったから来た…って、え?鍵しまってただろ。」


「いや、空いてたよ。いやぁ、試しに開けてみるもんだよね、物騒だなぁって思って開けてみた☆」


「開けてみた、じゃねえよ。なんだこの女……。」


 この図太さ、いや自由さ──ただの一般人ではない。

 というか、なんでそんな明るく言えるんだ。


「まぁいいじゃんかよ、この際面白そうだし絡んでみようぜ。麻雀は一旦休みだ。」


「確かに、いい気分転換になりそうだし。」


 翔也は完全にノリノリだ。


「じゃあ自己紹介から、オレは小柳深海、コイツは───」


「桜木翔也だ!!馴れ馴れしく "しょうちゃん" って呼んでくれてもいいぜ!!!」


「オレと言い回し違ぇじゃねえか。毎回変えてんのかよそれ。」


「うちは、名古井伊織でーす、なんならー、うちの事をいおちゃんって呼んでくれてもいいよぉ?」


「なんだ急に、距離の詰め方よ。もしかしてお前ら似た者同士じゃねえの??」


 男女二人してボケ倒すのやめろ。

 俺がツッコみ役として固定されていく未来が見える。


「自己紹介も終わったし、何かする?UNOでもいいぜ。」


「じゃあ折角ならよ!温泉行ってみようぜ!?露天風呂最高だって言ってたよな??」


「ありだな、俺も気になってたし。」


「いいねぇ!じゃあうちもお前らと一緒に男湯入ろうかなぁ」


「お!!いいじゃねえか!!」


「イヤヨクネエダロオイ!!?」


 変な声が出た。

 いや、当たり前だろ。


「なあ…伊織。一応聞くが、女性だよな?」


「うん、もちろん女性だけど?なに?男性に見える?はっ倒すよ?お?」


「いや違くて、なんかやけにすんなり言うからさ。男湯入るとか。だからてっきり。」


「なんだ、そゆことか。でも結構男勝りするとは言われるんだよね。」


「男勝りっつうか、男っぽいよな、ほら、その胸とか…」


「おい桜木、次余計なこと言ったら大声出すよ?『痴漢ですー!!!』って。」


「さーせん!!それだけはほんと、すいやせんした!」


 三人で大笑いし、部屋の空気がいっきに軽くなる。

 緊張や不安、そして試験の疲れすらどこかへ飛び散っていったようだった。


「はぁ、早く温泉入りに行こうぜ。時間無くなっちまうよ。」


「おう!」 「行こう行こう!!」


 話しながら廊下を歩くと、ホテルの落ち着いた照明が三人を包み込む。


 明日はまた試練の日だ。

 けれど──こうして馬鹿みたいに笑える時間があるだけで、気持ちは驚くほど楽になる。


 この出会いが、後々どんな形になるかは、まだ誰も知らない。


 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 ─────ふぅ、さっぱりした。


 湯船から上がってしばらく経つというのに、まだ身体のどこかがぽかぽかと温かく、血流が脈打つ感覚が残っていた。肩や背中を包んでいた重たい疲労が溶け、体の内側から軽くなっていく。


 湯気の残る脱衣所を抜け、静かな廊下に出た瞬間、温泉特有の鉱石の匂いが少し離れた場所までついてきていることに気付く。


 このホテルの温泉は天然温泉で、効能の欄にはぎっしりと細かい文字が並んでいた。肩こり・リウマチ・冷え性・腰痛・皮膚疾患──「老化に伴う治らない神経痛」にまで効くと書いてあり、未来の温泉の万能感に思わず苦笑いしたほどだ。


「最近の温泉はすげぇな、便秘とか老化とか、何でも治るじゃねぇか……」


 ぼそっと呟きながら、暖簾をくぐる。湯気が薄く残る浴場の外には、夜の空気がほんの少し流れ込んでいて、ほてった頬を心地よく冷やしてくれた。


 時刻はすでに夜。中庭から差し込む青白い照明が、廊下の床に柔らかい影を落としている。ひんやりとした空気に、湯上がりの余韻が浸透していく。


 翔也と伊織はまだ出てこない。翔也は湯船を見つけるとまだ浸かっていたいと言っていたし、伊織は髪こそ短いが、スキンケアに時間をかけていそうで、どちらもまだ浴場にいるのだろう。


「先に上がっちまったな……二人を待つか。」


 そう思って歩き出した時、廊下の奥の展示スペースに、ひとつ影が揺れているのが見えた。スポットライトの下に立つ人影が、光を背負いながらじっと一枚の写真を見つめている。


「あれ?もう出てたのか?伊織。」


 声をかけると、伊織がゆっくりこちらを向いた。

 湯上がりのせいか、いつもより頬がほんのり桜色だ。短い髪は指先でざっと整えたような無造作さで、それが逆に色気を帯びて見える。


「お、小柳。まあね、うちは髪が短いからすぐ乾くんだよ。」


 いつもの調子の抜けた声だったが、彼女の視線はすぐにまた写真へ戻った。


「……これ…なんだ、山の写真か?」


「これ、うちのパパが撮ったんだ。御嶽山って山の写真。すごく綺麗でさ。」


 伊織が指で示した先には、朝焼けに染まる山の風景があった。


 霧が薄く漂い、山肌には橙色の光がかすかに反射している。空の半分は深い藍色を残し、雲の端が金色に縁取られていた。


 静かで、でもどこか神秘的。

 まるで世界が目を覚ますその瞬間だけを切り取ったような一枚。


 伊織の表情も、どこか誇らしげだった。


「御嶽山か…オレのいた時代にもそんな山があったな。懐かしい。」


 聞こえないくらいの小さな声でつぶやく。

 未来の景色に囲まれていると、ときどき過去が遠く曇ってしまう気がして、こんな風に写真一枚で記憶が急に浮かんでくるのが妙に心に刺さる。


「凄いな。……これを本当に伊織の親父さんが。」


「うん、パパが御嶽山がふんたけ──」


「あ?え?ふんたけ……?」


 言葉の途中で、伊織がぴくりと動きを止めた。

 目の端が震え、顔がりんごのように真っ赤になる。


「ふ、噴火って言おうとしたの!!それをふんたけって……っ、か、噛んだだけ!!」


 必死に弁解するその様子があまりにも必死で、思わず吹き出した。


「ぶふっ……!」


「な……!笑わないでよ!!恥ずかしいんだから!!」


「悪い悪い、いや、面白すぎて……」


 伊織は耳まで真っ赤にしながら、指先でもじもじと髪を触る。


 湯上がりのせいか、表情が柔らかく、普段の強気さよりも素直さが滲み出ていて、見ているこちらが照れそうになる。


 そこへ、勢いよく走る足音が近づいてきた。


「おおっ、二人して何盛り上がってんだ?もしや恋バナか?俺も混ぜてくれよー!!」


 翔也がタオルを肩に掛けたまま、満面の笑みで割って入ってきた。


「違うわい!!」

「違ぇよ!!」


「お、息ぴったりぃ!よっ、新婚夫婦!新婚さんいらっしゃい〜!!」


 その大声に、展示スペースのセンサーライトが一瞬チカッと反応するほどで、俺と伊織は条件反射みたいに同時に睨みつけてしまった。


 顔が熱い。

 さっきまでの湯上がりの熱とは違う種類のものだ。


「……お前、次言ったらぶっ飛ばすかんな。」


 伊織が拳を握る。

 その影が床に落ち、翔也は一瞬で神妙な顔つきになり土下座し始めた。


「ハイ、スイマセン。」


「最近の女子って怖ぇ……。そう思うよな。深海。」


「いや、お前が悪いんだろ。」


 「まさかの深海までそっちサイド!?」


 そんなくだらないやり取りに、気付けば三人とも笑っていた。ホテルの廊下に響く笑い声は、温泉のあたたかさが残ったままの空気に溶けていく。


 試験という緊張をしばし忘れ、

 束の間だけ訪れた、穏やかな時間。


 ──いつか振り返ったとき、こういう瞬間が一番心に残るのかもしれない。


「いいから、早く戻るよ。うち早くUNOやりたい。」


「お、じゃあビリのやつ罰ゲームな!!罰ゲーム内容はその時俺が決める〜!!小柳も強制参加!!」


「へいへい、分かってるよ。」


 三人でわいわい言いながら廊下を歩き、自分の部屋に戻る。


 夜のホテルは静まり返っていて、俺たちの笑い声だけがやけに響いていた。湯上がりの暖かさがまだ身体に残り、窓の外では夜景の光が揺らめいている。


 部屋に入ると、翔也と伊織が勝手にワクワクした顔で机に向かい、UNOのカードを広げていた。


「お前ら……準備早すぎだろ。」


「だって早くやりたいんだもん!」「だもんじゃねえよ……」


 気づけばUNOに始まり、トランプ、ブラックジャック、大富豪、オセロ……。


 途中で夜食のカップ麺をつついたり、しょうもない話で腹を抱えて笑ったり、

 カードの色を読み間違えた翔也が悲鳴を上げて伊織に殴られたり、カオスな時間が続いた。


 いつの間にかテーブルの上はぐちゃぐちゃになり、布団もベッドも誰がどこで寝てるのか分からない状態だったが、笑い声が途切れた瞬間──睡魔は一気に襲ってきた。


 そして気づけば、三人とも部屋の床で雑魚寝していた。



 ─────ううん……もう朝か。



 カーテンの隙間から差し込む白い光が目に刺さる。

 天井をぼんやりと見つめながら、昨夜の騒がしさが嘘のように静まり返った部屋の空気を感じる。


 昨日までの笑い声が、まだどこかに残っている気がした。だが、それと同時に胸の奥に重たく沈む感情があった。


 今日から第二次試験だ。

 この瞬間から、桜木も名古井も──敵になる。


 それが現実なのに、どうしても心がざわつく。

 もやもやして、息がうまく通らない。


 ずっとこんな風に、くだらないことで笑っていられたらいいのに。そんな甘い願いを、どこかで自分が抱いているのが分かった。


 でも──その甘さに浸っているわけにはいかない。



 その時だった。



 ─────シンくんなら、きっと大丈夫。



 柔らかくて、あたたかくて、懐かしい声が脳裏に響いた。 思わず息を呑む。

 間違いなく愛菜の声だった。


 まるで肩にそっと手を添えられたような感覚がして、胸が熱くなる。


「……そうだよな。」


 静かに返事をすると、不思議なほど迷いが晴れていく。


 俺がこの試験を受けている理由。

 俺が前に進む理由。


 討伐士になって──

 愛菜の父親の変わり果てた姿、あの悪の権化『香良洲』の正体を暴き、そして必ず、香良洲を壊滅させる。


 それが、俺という人間が今ここに存在する意味だ。



 立て、小柳深海。


 前を向け、小柳深海。


 気持ちを強く持て、小柳深海。


 みんなの想いを背負え、小柳深海。



 ────戦え、小柳深海。



 胸の奥に静かに、しかし確かな炎が灯るのを感じた。

ご覧いただきありがとうございます!


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沢山の人に俺の小説を届かせたいです!

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