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そして君は明日を生きる  作者: 佐野零斗
第一章『討伐士認定試験』
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第十二話『始まりの鐘の音』

 ───じゃあ、行ってきます。


 まだ夜の名残を引きずるような薄明かりの中、外に踏み出した瞬間、ひんやりとした朝の空気が頬をかすめた。


 深く吸い込めば肺の奥まで冷たさが入り込み、一瞬で意識が覚醒する。


 その静けさを破るように、ヒバリの高い鳴き声が空へ跳ね上がり、まるで今日という運命の朝を告げる合図のように響いた。


 俺は軽く伸びをし、身体の芯で燃えている衝動に任せて走り出した。地面を蹴るたび、昨日までの弱さや迷いが砂煙のように後ろへ飛んでいく。


「っはあ、やっぱ朝に走ると気持ちいいなぁ!オタクしてた頃は、こんな時間に走るなんて考えもしなかったから、初めての感覚だ!」


 言いながら、笑みがこぼれる。

 筋肉が動きを思い出すように、身体がじわじわ温まっていく。汗が額を伝って首元に落ちる感覚すら、今は心地いい。


 今日、この走り始めは儀式みたいなものだ。

 この先の戦いに向けて、自分の身体と心を目覚めさせるための、静かで熱い準備運動。


 ────おはよう、愛菜。


 ふと、胸の奥で彼女の寝顔が浮かぶ。

 出発前、布団に横になる愛菜を見た時の光景が鮮明に蘇る。


 薄く色の差した唇、微かに上下する胸。

 生きているのに、夢の世界に囚われたまま帰ってこない。その姿に触れるたび、何か大事なものをそっと預けられた気がして、胸が温かくも締め付けられる。


「今日、絶対頑張ってくるから。昨日言ったこと、しっかり届いてるって信じてる。…お前の元気を、しっかり受け取って戦ってくるからな。」


 あの時握った手の感触が、まだ残っている。

 冷たい空気の中で触れた彼女の指先は、なぜかほんのり温かく感じられて──

 まるで“行ってこい”と背中を押されたようだった。


 ─────愛菜のためにも、今日は絶対!討伐士になってやる!!


 心の奥底から湧き上がる叫びが、声となって飛び出した。俺は振り返らない。立ち止まらない。


 王宮の方角へ全力で駆け抜ける。

 朝日に照らされて黄金色に輝く巨大な王宮は、まるでこれから受ける試練そのもののように堂々と立っていた。



 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 王宮──東商の象徴。

 その姿を目にした瞬間、思わず息が止まった。


 周囲には巨大なビルが立ち並び、どれも未来的なデザインで迫力がある。

 

 けれど、王宮だけは別格だった。

 天へ向かって伸びる巨大な塔、金属とガラスが織り成す複雑な構造、

 神殿のようであり、先端技術の結晶のようでもある。


 まるで時代や文化が何度も融合して、こういう形になったかのようだ。


「すげぇ …… でけぇなぁ。未来ってこんなに進歩してんのかよ。つかまぁ、異種族が蔓延ってる時点で、結構進歩してるんだろうけどな。」


 自動ドアがまるで生き物のように静かに開く。

 中へ踏み込んだ瞬間、外とは違う空気が肌を撫でた。

 清潔で、温度管理が完璧で、どこか静電気のような“技術の匂い”が漂う。


 広いロビーの床は白く光沢を放ち、高い天井からは幾本もの光の帯が降り注ぎ、まるで空に浮かぶ宮殿の中に足を踏み入れたような錯覚に陥った。


 受付に向かうと、そこには二人──いや、二体のロボットが立っていた。

 人間に近いシルエットでありながら、完璧に整った関節と無駄のない動きが、明らかに人ではない存在を物語っている。


「あのー、討伐士認定試験を受けに来た小柳深海ですけど。」


 すると、二体のうち一体がぴたりとこちらに顔を向けた。瞳の代わりに光が瞬き、機械的な声が響く。


「オハヨウゴザイマス、トウバツシケンサンカシャ、デスネ。ミギノエレベーターヲ、ノボッテ、クダサイ。」


「すげぇ、完全に全部ロボットがやってるよ。」


 人間の代わりに、AIロボットが受付業務を一手に担っている。


 入力ミスはない、疲れない、文句も言わない──

 これが東商の“近代化”の象徴なんだろう。


 そう思うと、一歩進むごとに世界が広がっていく感覚がした。昨日までいた“地元”とは明らかに違う。


 ここは未来であり、戦場であり、そして今日、俺が挑むべき舞台なのだ。


 深く息を吸い、拳を軽く握った。


「────ここか、ってうわ、何この人数!?」


 エレベーターが重厚な音を立てて開いた瞬間、俺は思わず声を漏らした。目の前に広がる空間は、ただの待機室とは到底思えないほど広大で、まるで巨大なイベントホールのようだった。


 天井は人の身長の四倍はあり、透明なスカイガラスの向こうに朝日が差し込み、光がゆっくりと床に広がっていく。その光の帯に、数百人の影が揺れていた。


 圧巻という言葉すら足りない。

 視界の端から端まで、人、人、人。

 呼吸の熱気が室内の空気をわずかに曇らせ、ざわつく声が空気を揺らし、軽い振動として足裏に伝わってくる。


 集合時間5分前だというのに、その人数はざっと見ても600は超えている。


「おいおい、ここは免許センターじゃねえんだぞ?こんなに集まってるのか…。多すぎるだろ。」


 俺は半ば呆れ、半ば興奮しながら周囲を見回した。


 若者、筋骨隆々の戦士風のやつ、耳の先がシュッと伸びたエルフらしき種族、白銀の毛並みを持つ獣人、背中に小さな羽を生やした妖精種族……。


 そしてその間に、場違いすぎて逆に目立つ、小柄な子供と腰の曲がったおばあちゃん。


「流石におばあちゃんと小さい子は帰らせてやれよ、流石に無理があるだろうが。」


 ついツッコミが口からこぼれた。

 しかし、討伐士は“誰でもなれる”という建前の職業。だからこそ、こういうカオスな光景が生まれるのだと実感する。


 カーンコーン─────。


 天井スピーカーから鐘の音が鳴り響いた瞬間、室内の空気がスッと冷えたように感じた。

 人々のざわめきが徐々に萎んでいき、緊張がゆっくりと空間を満たしていく。


「ただいまより、団長様が入られます。志望者の皆様は後ろに下がり、スペースを作ってください。」


 アナウンスは丁寧だが、有無を言わせぬ響きを持っていた。


 全員が一斉に後方へ下がる。

 600人以上が動くその一瞬、空間が震えた。服の擦れる音、靴の軋み、息を呑む音が折り重なり、まるで巨大な生き物の体内にいるような圧迫感が生まれる。


 ──その中に、二人の影が歩み出た。


「本物の団長様だ!」「すげぇ……!」「本物だ…!」「あの圧倒的なカリスマ性、俺も身につけてえな…!」


 周囲が一気にざわめき、熱狂すら生まれる。


 だが、そのざわめきをすべて押し込めるように、彼──神蔵源治は歩いてきた。


 その姿が見えた瞬間、胸が勝手に締めつけられる。


 まるで、空気そのものが重さを増したかのようだ。


 歴戦の圧──そんな曖昧な言葉で済ませたくない。

 彼の一歩には命の重みが宿り、背負ってきた過去、勝ち取ってきた栄光、失ってきた何かが全て滲んでいた。


 そして、短く。


「─────静かに。」


 その一言で、空間が凍りついた。

 本当に“一瞬で”静かになった。

 喉を鳴らす音すら許されないほどの支配力だった。


「初めまして、東商討伐士団長の神蔵源治だ。……いい面構えだ。君達には期待している。この素晴らしき伝統を守り抜く為に、優秀な人材が欲しい。精々、人生を賭けるつもりで頑張って欲しい。以上。これから試験の全容を説明する。副団長。」


 重厚でありながら、無駄な装飾の一切ない言葉。

 聞いた人間が即座に背筋を伸ばしたくなるような、そんな「本物」の声だった。


「───はい、では副団長のマイケルが説明させていただきます。」


 今度は柔らかく落ち着いた声。副団長は団長とは対照的に、聞きやすい穏やかさを持っている。


「認定試験は第一次から第二次、第三次、そして最終試験まであります。各試験でポイントが付与され、その合計点で順位が決まります。また、最終試験に関しては、上位五人の順位決めとなりますので、皆様が討伐士として相応しいか判断されるのは第三次までとなります。」


 周囲がざわつく。

 俺も、喉が乾く感覚を覚えた。


「そして、協議の結果、今回から討伐士の人員を増やす事になりました。よって今までは上位5位までが討伐士になれる、というルールでしたが、今回から、上位10名に上げられました。」


「上位10名、前より受かる確率が上がったってことか?」


 俺は思わず小声で呟く。


 だが、


「ですが、年々応募してくる人数も増えていますので、相対的に難しいのは確かでしょう。そこはご理解をお願いします。」


「ですよねー。」


 肩の力が抜ける。

 つまり、枠は増えたが競争は激化している──そういうことだ。


「そしてこれから、第一次試験の説明をします。最初に君達にはどれだけの身体能力があるかをテストさせていただきます。この部屋の更に上の階には、アトラクションエリアという階があります。そのアトラクションエリアには、様々な仕掛けが用意されています。その仕掛けを潜り抜け、早くゴールに到着できた人から、ポイントが付与されます。」


「なるほど、ポイント制か。恐らくこのパターンは順位によってポイントの数が減ってくるってパターンだろうな。」


 俺は頭の中でレースゲームのようなイメージを浮かべる。いや、そんな簡単なものではないはずだ。


 討伐士団が正式に設ける試験だ。命の危険すら覚悟すべき難度があるかもしれない。


「また、今回の試験は3日間かけて行います。その間、この王宮から出る事を禁じます。その代わり、この王宮別館にホテルがございますので、そのホテルで3日間生活してもらいます。必要な道具は全て揃っておりますのでご安心を。」


 3日間──これは試験というより、もはや“戦場生活”の予行演習だ。


「ホテル内での私語や交流は許可されていますので、ご自由に。そして第二次試験以降の内容は当日に再度説明させていただきます。この時点でご質問等がある方はいらっしゃいますか?」


 誰一人、手を挙げない。

 緊張で指先が固まっているのだろう。俺もその一人だ。


「────では、第一次試験のフィールドに、ご案内します。皆さんの健闘を祈っております。」


 エレベーターの扉が、静かに、荘厳な音を立てて開いた。


 漂ってくる空気はどこか冷たく、しかしそれがむしろ心を研ぎ澄ませてくれる。


 胸の奥が熱を帯びる。

 拳を握りしめると、皮膚がキュッと鳴った。


 ──これから始まる、俺の本当の試練。


 討伐士認定試験が、今、確かに幕を開けた。

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沢山の人に俺の小説を届かせたいです!

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